この愛を思い知れ

我利我利亡者

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おまけ3

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 その日、エリックは疲れていた。そりゃあもう、これ以上ない程とてもとても疲れていて、家路を急ぎながら道端でぶっ倒れてしまいそうなくらいには。疲労のあまり道端でぶっ倒れてそのまま寝こけなかったのは、偏に家で愛しいユージーンが自分の帰りを待っていてくれている、というその意識があったからである。ユージーンの存在がなければ、エリックは今頃家に帰るどころか職場の宿泊スペースに泊まって少しでも疲れを癒そうと勤めていた事だろう。
 エリックがここまで疲弊していたのには理由がある。何の事はない、雇われ先の問屋に急な大口の注文が一気に沢山入って忙しかったのだ。言葉にするとそれだけの簡単な事だが、あれやこれや荷物を入れたり出したり上げたり下げたり、人を迎えたり送り出したり、指示を受けたり飛ばしたり、そんな事が何日もぶっ続けで本当に忙しかった。それこそ、ユージーンの顔を見る為に毎日昼休憩時は彼の職場まで一緒に弁当を食べに行ったり、定時までには必ず仕事を終えて決して残業はしない事だったりを信条としていた筈のエリックが、渋々ながらもそれらのポリシーを一時的にとは言え返上するくらいには。
 お陰でエリックはもうかれこれ丸三日もユージーンの待つ自分の家に帰れていない。もう限界だった。エリックからしてみればユージーンは精神安定剤で、同時に生きる糧だ。これ以上顔を見れないなんて冗談抜きに気が狂って死んでしまう。エリックはただユージーンの顔を一刻も早く一目でも見たい一念で、鬼気迫る勢いで方々を駆けずり回り手を尽くして仕事をやっつけ、明日からの仕事も山積してはいるもののなんとか今日の一時帰宅をもぎ取ったのだ。とっくの昔に疲労はピークを超えていたが、これも全てユージーンに会う為である。このユージーンに会いたいという執念だけで、エリックは疲れた体に鞭打ち動かしていた。
「ジーン、ただいま……!」
 時刻はもう直ぐ深夜という頃。ようやく自宅に辿り着いたエリックは、小さな声で帰宅の挨拶をした。こんな時間だ、ユージーンはもう休んでいるだろうし、下手に大きな声を出して起こしたくなかったからだ。しかし。
「お帰り、リック」
 驚いた事に、ユージーンはまだ起きていた。いつもならとっくのとうに休んでいる時間だというのに。家の窓から明かりが漏れていない事もあってエリックはユージーンが就寝中だと思っていたのだが、何とユージーンは玄関に椅子を持ってきてそこに座りエリックの帰りを待っていた。
「ジーン! た、ただいま。どうして起きてるんだ? もう休んでると思ってたんだが」
「どうしてって、そんなの決まってる。リックの帰りを待ってたんだよ。ここ何日もリックに会えなくてずっと寂しかったからね。今日帰ってくるって知らせの手紙を貰った時からずっと、夜更かししてでも帰りを出迎えようって決めてたんだ」
「ジーン、そこまで俺に会いたいと思ってくれていたのか……!」
 伴侶からの嬉しい言葉に、エリックは感動して頬を緩ませ思わず微笑む。相手を恋しく思い、会いたいと願っていたのは自分だけではなかった。それだけでも充分嬉しいのに、更には今日は可愛い寝顔が見れたらそれだけでもう御の字だと思っていたが、こうして起きている時に会えて更には言葉まで交わせるなんて。喜びに打ち震える心が駆り立てるがまま、エリックはユージーンに近づいてギュッと抱き締め、その額にキスを落とした。そうするとユージーンの方からもチークキスを返してくれる。2人にとってはお決まりのコミニュケーションだ。
「ご飯はどうする? 簡単なものなら直ぐに用意できるけど」
「うーん、どうするかな。疲れてるし腹も空いてるけど……先に風呂入っていいか? 今何か腹に入れたらそのまま寝ちまいそうだ」
「了解。じゃあリックがお風呂に入ってる間に食事の準備しとくね。遅い時間だし、軽く食べられるものでいいよね?」
「ああ、頼むよ。有難うな。働き者で気の利く伴侶を持てて、俺は幸せだなあ」
「ふふっ、巫山戯てないで、お風呂入って来なよ。直ぐに入れるようもう準備してあるからさ」
 食事も風呂も直ぐにできるようにしておいてくれたなんて、本当にユージーンはエリックの体を慮ってくれている。エリックの疲れた体にユージーンの優しさが染みた。こんなに素敵な人と結婚できたなんて、自分はなんて果報者なんだろうか。己の幸運を深く深く神に感謝しつつ、エリックはいそいそと風呂に入りに行く。
 ピカピカに磨きあげられた湯殿では、なみなみとお湯の張られた浴槽がエリックを待っていた。疲れた時こそお湯に浸かって安らぐべしというユージーンの配慮だろう。エリックはそんなユージーンの気遣いに感謝し、有難く湯船に浸かる事にした。時刻は気温の冷える深夜だがユージーンが予め温めておいてくれたのか、湯殿に入っても肌寒くない。こんなところにまで気を回してくれたなんて。素晴らしい人を伴侶に貰えて、今の自分程恵まれた人間はこの世に居るまい。体を洗いつつもそんな事をつくづく思うエリックだった。
 ユージーンの心遣いを満喫しようと丁寧に体を洗い、全身を綺麗にし終えたエリックは満を持して浴槽の中に入る。ご丁寧に色んな種類の入浴剤が用意してあったので、エリックはその中の1つを選んで使った。ユージーンの好きな香りだ。自分好みの香りでも良かったが、折角なのでよりユージーンの存在を感じれる香りにしたのである。ユージーンの好きないい香りに包まれ、お湯に浸かって全身ホコホコしているエリックだったが、疲れている時にそうしているとだんだん眠くなってくるのが人間というもので……。
「リック。リックー。起ーきーて! 湯船で寝ると危ないよ?」
 自分の名前を呼ぶ声に、エリックはハッと目を覚ました。どうやら暖かくいい香りに包まれる環境が心地よ過ぎて、ついつい寝落ちてしまっていたらしい。そんな彼を起こしたのはいつの間にか湯殿に入ってきていたユージーンだ。どうやらいつまで経っても風呂から上がってこないエリックがどうしているのかと気になって、様子を見に来たらしい。ああ、心配させてしまったな、とエリックは浴槽に靠れさせていた上体を起こす。
「悪い……。寝てた……」
「随分疲れてるみたいだね」
「ああ、ここの所殆ど座る暇すらなく、食事すら立ったまま片手間に食べるくらい忙しかったからなあ……」
「それは大変だ。よしよし、それならお疲れのリックの為に、僕が一肌脱ごうじゃないか」
 そう言うとユージーンは腕捲りをして、エリックに頭を自分の方に向けるよう促す。エリックが何をするつもりなのか聞いてみても、いいからいいからとあしらうばかり。エリックは不思議には思ったがユージーンのする事だから、何をされようが構わないしどうせ変な事はされないだろうという心持ちで、最後には大人しく言われた通りに彼の方に背を向ける形で頭を向けた。すると、ユージーンは湯で温めてから、指先をエリックの濡髪に差し込む。そしてそのまま優しく頭皮をマッサージし始めた。
「あー……。ジーン、それ滅茶苦茶気持ちいいけど……気持ち良すぎて寝ちまうかも……」
「寝ていいよー。僕が見てるし、頃合いを見て起こすからさ」
「うーん……」
 体に溜まった疲労的な意味ではここで寝てしまいたいのだが、しかしエリックとしては折角ユージーンが自分の為に手間暇時間をかけてくれているこの瞬間に意識を失ってしまいたくはない。愛しい人が自分のためにしてくれる事ならば、なんだって覚えていたいし同時に感じ取ってもいたいという執着心のようなものだ。眠気と葛藤でムニャムニャと難しい顔をするエリックに、ユージーンが柔らかい笑い声を漏らす。そして、エリックの悩みは、ユージーンの優しい指使いでトロトロと解けていく。ユージーンの天にも昇るような心地のいいマッサージをされながら、難しく悩み続ける事なんて到底できない。少なくとも、エリックには無理だ。ユージーンに体の疲労を取って貰えてエリックは幸せで、ユージーンはエリックの世話を焼けて大満足。暫くそんな穏やかな時間が続いた。
「さ、リック。そろそろ起きて。いい加減上がらないとふやけちゃう」
「んっ、俺寝てたか……」
「ぐっすりで可愛かったよ」
 結局ユージーンのマッサージする手付きのあまりの気持ちよさにエリックは少し意識を飛ばしてしまっていたようだ。ユージーンに優しく揺り起こされてエリックは意識を取り戻す。折角ユージーンが俺のために頑張ってくれていたのに、寝るなんて。勿体ない事この上ない! 寝惚けた頭で辛うじてそんな事を考えるエリックは、ユージーンに手を引かれて湯船から出て、脱衣所に戻った。
「リック、頭拭いたげるから、少し屈んで」
「ん」
 ユージーンはムニャムニャフラフラしているエリックを危なくないよう洗面台に凭れさせ、少し屈んだ事で目の前に来た濡れた頭をタオルで拭いてやる。優しく、それでいて丁寧に。そのまま上から順に頭も肩も胴体、腕、足に至るまで、スッカリ綺麗に水気を拭き取った。自分が世話を焼くのが好きな事に加え歳上の矜恃があるからか、普段のエリックならここまでやらせてはくれない。今日はきっと疲れ過ぎていて半分眠っていて、夢現でユージーンに任せてくれているのだろう。いつもは何でも先回りして全てやってしまうエリックの面倒を見れて、ユージーンは大いに満足だ。
「ジーン……。キスして……」
「んー、なあに? 今日は甘えただね」
 寝惚けたエリックは理性が一足先にお休み中なのか、欲求のままにユージーンに甘えてくる。腕を伸ばして腰に搦めたり、ユージーンの肩に自分の頭をもたせかけたり、そのまま引っ付いてきたり。キスを強請るエリックにユージーンはちゃんと応えつつ、もう目の前の伴侶が可愛くて仕方がなかった。
「食事はやっぱり明日にしようか。これだけ眠たそうなら、無理しない方がいい。水分だけとって今日はもう寝よう」
「んー……そうだな……」
 眠気でポヤポヤしたエリックは、ユージーンの言葉の意味をちゃんと理解しているのかいないのか。エリックはなんだかフワフワした調子で答え、手渡された寝巻きに袖を通す。襟を内側に巻き込んでいるのをさりげなく直してやったり袖が捩れて変になってるのを真っ直ぐにしてやったりしながら、ユージーンはエリックが寝巻きを着終わるのを待った。それが済んだら眠気のせいでグラグラしているエリックに歯ブラシを渡して、ユージーンは途中まで準備してしまった食事を片付けに一旦台所に戻る。そして、ユージーンは手早く片付けを済ませて、水差しとコップを片手にエリックの元に戻ったのだが……。
「リック、なんか……立ったまま寝てない?」
「ぅ、ね、寝てない」
 辛うじて歯磨きは1人でシッカリできたらしいが口を漱いだ後歯ブラシを持ったまま目を閉じてフリーズしているエリックを見たユージーンは、本当に疲れているのだな、と察する。あのしっかり者のエリックが立ちながら寝るなんて相当だ、とも考えた。ムニャムニャと寝てない、寝てない、と繰り返すエリックにユージーンは水を少し飲ませてから、手を引いて2人の寝室へと向かう。
 寝室にたどり着いたユージーンは、先ず寝台にかけられた掛け布団を少し剥いでエリックにそこに横になるよう促した。エリックが大人しく横になったら、掛け布団をかけ直してやって自分もエリックの隣に潜り込む。エリック程疲れ果ててはいないのでそこそこだが、もうかなり遅い時間である。エリックの帰りを寝ずにずっと待っていたユージーンだって、それなりに眠いのだ。自分も支度は済んでいるしこのままエリックの隣で寝てしまおう、とユージーンも寝る体勢を整え始める。……ところが。
「わ、吃驚した。リック、いきなりどうしたの?」
 ユージーンが身を横たえて眠りにつこうとした途端、何故か反対にエリックが上体を起こした。体幹がシッカリしておらずフラフラ頭が揺れているが、どうにか起きていようと必死な様子だ。今にも眠りの世界に旅立ってしまいそうなのに、何をしているのだろうか? 意識を保っているのも大変なようなのに……。そう思ったユージーンは、コテンと首を傾げる。取り敢えずこのままではふとした瞬間に意識を失いあらぬ方向に倒れて怪我をするといけないので、ユージーンはもう一度エリックを寝かしつけようとするのだが……何故か頑なに抵抗される。益々意味がわからない。エリックは酷く疲れているし眠たいのではないのだろうか? ユージーンは先程とは反対方向に、また首を傾げた。
「リック、眠いんじゃないの? 明日もあるんだし、何より疲れてるんだから、もう寝た方がいいよ」
「……」
「え、何? なんて言ったの?」
「ゃだ……。もっとジーンと……一緒に起きていたい……」
「リック……」
 成程、どうやらエリックはここの所のユージーン不足が祟って、少しでも長く起き続けていてユージーンの存在を摂取していたいようだ。なんせユージーンがエリックに対してそうであるように、エリックだってユージーンという存在が居ないと心休まらないし、供給が足りていなければ不安定になるのである。言うまでもなくお互いにとって相手の存在は心の安定剤。睡眠欲がない訳ではないし休息もそれなりに大事だが、それ以上に相手の存在を感じていないと休まるものも休まらないのである。要はエリックは、十分過ぎる程に眠たいがそれ以上に、少しでも長く愛しいユージーンの存在を感じていたいのだ。それこそ、疲労を更に蓄積させ睡眠時間を削ってでも、ここ数日会えなかった分を取り戻すくらいには。
 とは言えエリックがここ暫く働き詰めでベッドで寝るのさえ数日ぶり、更に言えば無理して自宅に帰ってきたせいでこの上なく疲れている事に変わりはない。根性1本でなんとか起きてはいるが、それは辛うじてのものだということは見るに明らかだ。だってガックンガックン大きく船を漕いでいるし、体感はあなたは軟体動物かなにかですかと聞きたくなるくらいフニャフニャで心許ない。しかしそれでも最後に残ったヤケクソ根性なのかなんなのか、シッカリ握ったユージーンの手を離さないのだけは立派である。まったく、どれだけユージーンと離れたくないんだか。その激しい執着心が目に見えるようだ。
 勿論それ等の事は隣に居るユージーンにだって伝わってるし、なんなら結婚生活をやっていく上で通じあった感性で心の内まで十分過ぎる程に察せられてもいる。お互いにお互いの事を思いあっているのだから、ある意味ではこの2人は自分の事より相手の事に相手よりも詳しいと言っても過言では無い。なんにせよ、エリックの複雑な心持ちを直ぐさま、そして簡単に把握したユージーンは、その心情を思って微苦笑すると共に彼のこの意地らしい抵抗を微笑ましく感じた。
 だが、だからと言ってエリックを無理矢理起こし続けておいて一緒に夜を明かす訳には行くまい。エリックの思いはできる限り尊重したいと思っているユージーンだったが、それはそれ、これはこれ。変に無理をさせてしまってエリックが体を壊すような事になったら、元も子もないどころの話ではないからだ。ユージーンにとってエリックは何より大切な伴侶である。少しでも長く一緒に居て触れ合っていたいというのは2人にとって共通の願いだが、無条件にそれだけを前面に押し出し続ければいいという話でもない。だからこそ、エリックがこれ以上無理をしてしまわないように、ユージーンはグラグラと揺れているエリックの頭に手を伸ばした。
「ほら、リック。抱き締めておいてあげるから、もう眠りなよ。疲れてるんだから、これ以上の無茶は本当に体に毒だ。君が眠るまでずっと頭を撫でてあげるし、起きるまでずっと傍に居て離れないって約束するから、安心してお眠り」
 ユージーンはエリックが体を横たえるように導き、自らも横になってその頭を優しく胸に抱き込む。すると、エリックは無意識にかユージーンの体に頭を擦り寄せて、ムグムグと何か口の中で呟きながらその細い腰に腕を回して抱きついた。もうこれでユージーンはエリックから離れたくても離れられないだろう。そんな事しなくても、本当に離れやしないのに。まあ、無意識の内の行動だろうし、少しでも沢山伴侶の事を接触しておきたいんだろうな。そう察したユージーンは、胸中に湧く愛しさに頬を緩める。ユージーンはただ、この上なく優しくエリックの頭を撫でてやった。
 エリックは余っ程眠りに落ちたくないのかむずかる子供のように顔を顰めてモゾモゾしていたが、それもユージーンの頭を撫でる手つきの前に蕩かされていく。ユージーンのほっそりとした手がエリックの髪を梳き、背中を撫でて、その頬に触れる。その度にエリックの体から少しづつ力が抜けていき、意識は眠りの世界へと深く深く沈みこんで行く。やがて、ものの5分もしない内にあれ程眠りに落ちるのを渋っていた筈のエリックは、ユージーンの胸にもたれながらその腕の中でスウスウと穏やかな寝息を立てていた。エリックのこの幼い子供のような様子にユージーンは幻滅するどころか、いつも大人びた彼の意外な一面見れて胸をキュンキュンさせる。自分に縋りついたまま離そうとせずそのまま眠りについたエリックに、ユージーンはその後も何度も繰り返し頭を撫でてやるのだった。
 ユージーンの方が歳下という事もあって、普段エリックは何かとユージーンに優しくしてくれている。切り分けたフルーツの最後の1切れを譲ったり、お土産で色違いのハンカチを貰ったら先に選ばせてくれたり、何かあれば自分よりも先にユージーンの無事を確認したり。他にも色々と。ユージーンはエリックのそんな優しい所は勿論好きだが、それと同時に小さな子供扱いされているようでもあって、自分も対等な関係であって同じように相手を甘やかしたいと思ってもいるので、現状がいささか不満でもあった。だからこそ、寝惚けた結果とはいえこうしてエリックが心置きなく自分に甘えてきてくれて、ユージーンがどれ程嬉しかった事か。エリックが忙しいのは嫌だけど、疲れ果てた結果こうして甘えてくれるのなら、なかなか悪くないのかもしれない。そんな事まで考える始末だった。
 そうして暫くエリックの頭を撫で続け、暗闇の中にボンヤリと浮かび上がる彼の寝顔を幸せ一杯に眺めていたユージーンだったが、やがて大きな欠伸を1つする。エリックのように忙しかった訳ではないが、ユージーンもエリックの不在でここの所連日睡眠は浅かったし今日だって深夜近くまで彼の帰りを寝ずの番で待っていたのだ。そりゃあ疲れて眠くもなる。隣に愛しい相手の温もりがあれば、尚更だ。ムニャムニャと目を擦って、ユージーンは自らも眠ろうと掛け布団の中に潜り込み、横になった。勿論、エリックに寄り添って彼の体を抱き締めるのも忘れずに。眠っているから無意識だろうが、ユージーンが体を寄せるとエリックが彼の体に回している腕に僅かに力が籠る。その事に確かな幸せを感じつつ、ユージーンは静かに目を閉じた。
「おやすみ、リック。いい夢を」
 小さな声で就寝の挨拶をして、ユージーンは体から力を抜いた。そう待たずに小さな寝息が聞こえてきて、今ではもうエリックとユージーンの2人共が夢の中だ。2人の寝顔はとても穏やかで、きっと揃って穏やかで幸せな夢を見ているのだろうという事が伺いしれた。夜の静寂しじまが2人を包み、暗闇が全てを覆い隠す。こうして2人の幸せな時間は、穏やかに過ぎていくのだった。
 後日、エリックはユージーン相手に醜態を晒してしまったと悶えたが、当のユージーンはエリックに甘えられた事を煩わしいとも恥ずかしいとも思っていなかったのはご存知の通り。むしろ、もっと普段から甘えて欲しい、沢山あなたを甘やかしたい、とエリックに強請る始末。渋々ユージーンに世話を焼かれる事を承諾したエリックだったが、これが案外なかなか心地いい。その内エリックはすっかりユージーンに甘やかされるのを気に入ってしまい、家に2人きりでいる時なんかは、今まで以上にユージーンにべったり引っ付いて甘えるようになるのだった。
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