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ドライヴランド編

39話 蟻

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朝起きたら、窓辺に置いておいたはずの薬品がなくなっていた。
風で外に落ちたのかと思って庭をのぞくと、

地面に空っぽのびんがころがっている。
その周りには、無数の黒い点々が。

「ああっ!?」

私はでんぐり返しするように窓から出て土に着地した。
ありたちによってコルクの栓がかじられ、中身が一滴残らずなくなっている。
夜通しパーティーでもしていたかのように群がっていて、私はその場にへたり込んでしまった。

「なんで……」

甘いシロップだったから食べられてしまったのだ。
これじゃあ今日の分の薬が作れない。
やっとウシナウ草を見つけて安心したところだったのに、薬剤の方がなくなるなんて……。

「フェルルン、そんなとこで何やってんの?」

室内を、タンクトップにポニーテール姿のウェンディ大佐が通りかかる。タオルで顔をふいて、前髪が濡れている。
昨夜は「女子会しよっ」と彼女とベッドにダイブして、そのまま寝落ちしてしまったのだ。

「甘いものを置いておいたら蟻にとられちゃって……」
「おー、ラブ蟻ね」
「ラブ蟻?」
「そそ。みんなカップルになってるでしょ?」

言われてみれば、たしかに二匹ずつ行動している。

「年がら年中イチャついてるから、イチャ蟻、リア充とか、皆好きに呼んでる。ドライヴランドにしか生息しないんだよ。さて、なんででしょう?」
そうなんだ。(暗)
私なんか一人でするのよ? 蟻さんたち、聞いてる? 気が重い……。あー……。「フェルルン?」

ウェンディ大佐が窓から身を乗り出した。

「あそこで寝てるのゼイツじゃない?」
「えっ」

私は彼女のながめる方をふりむいた。離れたところにニワトリが集まっていて、そこに大の字になって寝ている人の姿がある。

「ゼーイツ!」

呼び声がこだまし、体を起こしたのはやはりゼイツ准将じゅんしょうだった。

「あんだよ」

と答える声はかすれていた。服装が昨日と同じだった。
私も思わず声をかけた。

「ずっとそこで寝てたんですか!?」

准将が私の存在に驚いたように動きを止めた。

「あんた酒飲まないって言ってたじゃん!」

ウェンディ大佐が笑う。
昨夜は庭で男子会をやってたんだっけ。その流れで、あんな所で寝ていたのかな。ゼイツ准将、ワイルドすぎてもうあんまり驚かないや(笑)。

「飲んでねーよ」

テンションの低い返事が聞こえた。

准将がこっちへくるのを見て、私はとっさに小瓶とコルクを拾って、背に隠した。
大佐には丸見えだけど……と思ったら、窓辺からいなくなっていた。

「おはようございます」

寝起きのゼイツ准将はヒゲがちょっぴり伸びていて、にがみ走った顔つきをしている。
「おはよ。腕見せてみろ」

私は言われるまま左腕を差し出した。

包帯をほどいてもらっている間、彼の顔色をうかがう。なんだか顔が赤いように見える。朝陽に照らされているからだろうか。

「夜は眠れたか?」
「はい。せっかく客間用意して頂いたのに、ウェンディ大佐の部屋で寝ちゃって……」

ガーゼをとると、傷口が大陸のようなかさぶたになっていた。

「すごい治ってる……っ!」
「……もうちょっとかかるな。かゆくても掻くなよ?」
「はいっ。ありがとうございます。ゼイツ准将の言う通り、頑張って良かった」

准将を見上げて笑いかけると、彼は眩しそうに朝陽の方を向いた。

「顔あかいですよ……? 熱あるんじゃないですか?」
「体温は少しくらい高い方がいいんだよ、おかげで俺は病気知らずだ」
「へええ、そうなんですか」
「じゃ右手だせ」
「はい?」
「何か隠してるだろ」
ぎゃああ。ばれていた。

どうしよう。准将だって、ほっと一息ついてるはずだもの。そこへ「薬品がなくなったからやっぱり救命が必要」なんてぶり返したら、とうとういやな顔されちゃうかもしれない。

「……見ない方がいいと思います……」
「いいか悪いかは見てから決める」
「熱あがっちゃうかもしれませんよ?」
「上等だ。いいから見せろ。俺に隠し事すんな」
うっ。すごい圧力。
「こ、これが【アンダーグラウンド】?」
「使うか!」

私はそうっっと空の瓶とコルクをさしだしてみせた。

「ウシナウ草と混ぜて飲む薬剤なんですけど……」
「……」
「窓のとこに置いといたら蟻が食べちゃったんです、明日には届けてもらえるようにアバウト先生に連絡いれようと思ってます、今日の分は自分でなんとかします!」
早口言葉のようになってしまった。

「……自分でするっていうなら、」
「は、はいっ」
「俺も同席して完遂できるか見届けさせてもらう。帰りの飛空艇でいいな?」
「あの、言葉が難しくてどういう意味なのかが……」
「フェルリナがオ○○ーするところを見る」
「!?」

私は耳をふさいだ。露骨ろこつすぎる。朝から聞く単語じゃない。

「なんで見るの!?」
「ちゃんとできるのか怪しいからな」
「見られてたらもっとできないです!」
「できなかったら手伝ってやるからそれでいいだろ」
「そんな嫌々手伝ってもらうつもりありませんから!」

経験豊富なゼイツ准将とちがって、
私にとって救命は初めてのエッチをしてるのと変わらないことで、
しぬほど恥ずかしくて、
わたし変じゃないかな、嫌われちゃわないかなって怖くてたまらないのに……

「ふんっ」
「ふんっ、てなんだ」

部屋に戻ってしまおうと窓枠へジャンプして、結構高かったから壁にへばりつく感じになってしまった。

「なんかそうやってると、チョウチョみてーだな」
「虫扱いしないでくださいっ」
「上れないのか?」
「のぼれます、のぼってる途中なんです」
「ほら」

易々やすやすと持ちあげられて私は室内に転がった。うぅ、結局手伝ってもらっちゃった。一応お礼を言おうと思って外に顔を出したら、准将はもういなくなっていた。

 
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