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ドライヴランド編
26話 臆病
しおりを挟む※暴力的なシーンがあります。ご注意くださいませ。
バサッ バサッ
翼を広げたオンチドードーが見おろしている。
「ワタシはキェーマノデシ。バイトです。ゼイツを連れて来るようにいわれています。フェアリーは殺すようにいわれています」
バカな私はこれがまだアトラクションだと信じていた。
殺すという言葉を聞くまでは。
刃のようなかぎ爪が、私を狙って降りてくる。バサバサッ ドサッ
あっけなくお腹の上に乗られ、内臓を潰されるほどの重みに息がとまった。
「ひぐっ……」
ごめん平気? なんてコミュニケーションは一切なかった。彼女の両趾が、私の体の上でバランスをとろうと何度も踏みつけてきて、おへそに爪が食いこんだ。痛みに私は体をわななかせた。
「カチッ! カチッ! フンガッフンガッ」
近くで見る彼女の顔はデーモンのそれだった。
白濁した目を囲うアイラインはこめかみまでつり上がり、唇の色もまた真っ黒で、
私を見ているようで見ていない、点のような瞳孔をして、カチカチ歯を鳴らして顔をつきだしてくる。
不気味だった。くちばしがあるつもりなのだ。傍から見たら笑ってしまうような攻撃で腕に噛みつかれ、引きちぎられた。
「いやあっ! はなして!」
この鳥は仲良くする気なんてなかったのだ。
私がいくら悲鳴をあげても、
「ゼイツじゅんしょう助けて!」
ゼイツ准将は倒れたまま、
「お父様お母様助けて!」
湖は霧に覆われたまま、
「だれか助けてゲホッ …… ……」
森は静かなままだった。
――。
――いや、誰かがわめいていた。
「――……あきらめるな! がんばれ!」
そばの老木がツリービアードの顔を現じ、必死に訴えていた。
「フェアリーよ! こっちを見ろ! ワシを見ろ!」
……ツリービアードのギョロギョロした目が私を見おろして言う。
「そうじゃ! 気をしっかり持つんじゃ!!」
薄れかけていた景色が色濃くなった。
「たのむ戦ってくれ!! ワシと一緒に戦うんじゃ!!」
一緒に……
「ヒウウッ」
私は止まっていた息を吸い、頭を起こそうとした。
「いいぞ! 足をつかむんじゃ!!」
オンチドードーの顔と私の頭がゴチンッとぶつかった。歯が私の頭皮をかすめて髪を引きちぎろうとしてきたから、私も真似して彼女の長くてちりちりの髪を引っ張った。すると相手が怯んだ気がした。瞬間、ゼイツ准将の戦う背中が浮かんだ。
私は彼女の髪の上へ寝返りを打って思いきり肘鉄をくらわせた。肘がビンとしびれると同時に大きな手ごたえがあった。顔面に当たったのだ。彼女は倒れた。
「ようし!! 今のすきに目を狙え!! 追われないよう目つぶしするんじゃ!!」
草に小さな木箱が転がっていた。ナンジャ爺がくれたものだ。私はすぐにそれを拾って、彼女の顔にハチミツをぶちまけた。
「逃げろ!! フェアリー!!」
うつ伏せのゼイツ准将の横をすりぬける。彼を置いて逃げ出した。振り向けなかった。オンチドードーが今にも真後ろに来ているようで背筋が粟立って、木と木の間を疾走する。
今はとにかく逃げた方がいいんだ。じゃなきゃ私は殺されちゃうんだ。
そうだ。それでいい。お前は逃げろ。
ゼイツ准将の低い声が聴こえた気がした。
私は大樹の根元へ転がりこみ、そこへ背を押しつけた。
「ハァッ、ハァッ、」
来た方向をのぞいた。追って来てはいない。空にも影はない。手元の草を握りしめる。
心臓がバクバクしている。
「ハァッ、ハァッ、どうしよう、ハァッ」
倒れていたゼイツ准将。
背中に羽根が刺さっていた。あれで気絶させられたんだ。
オンチドードーは私を殺すって言ってたけど、私が隠れ続けてたらどうするんだろう。准将だけ連れて行っちゃうなんてことないだろうか。
キェーマ后は男の子のゼイツ准将に何をするつもりなんだろう。また何か飲ませたり、酷いことするとしか思えない。
「助けなくちゃ。でも、どうやって……?」
彼の元へ引き返したらオンチドードーがいる。私を見るなり、飛んで火に入る夏の虫とばかりに襲ってくるに決まってる。
白と黒の怖い顔にまた殺されかけるのかと思うと、
そう思うとどうにもたまらなくなって私は手足をばたつかせた。
「怖い、無理……!」
もう体に力が入らないし、足ももつれて走れない。
腕なんてどうなってるのか見るのも怖いくらいズックンズックン脈打って血が止まらないでいる。
こんな状態で戻ったら今度こそ殺されちゃう。
助けられるわけがない。
「できない……」
あんなに私のこと助けてくれた人を、助けに行かないの?
「うっ……」
私は膝を抱えて閉じこもった。
私には何にもできない。こうやって隠れてることしかできない。私ただのダメ王女だもん。
おじい様に追い出されるくらいのゴミだもん。
今でさえ、オンチドードーが来るかもしれないって怯えてる臆病者だもん。
「ううぅ ジョニー…………」
唇に涙があとからあとから入ってくる。
「ジョニー……ごめんなさいぃ……っ」
子供の頃よく、お城の中を黄色い尻尾が走っていくのを追いかけた。
『どうしたんだいフェルリナ、床に這いつくばって』
『おとうさま、あのね、ジョニーがたんすの下から出てこないの。すっごく臆病なの』
『臆病? それを言うならフェルリナだって』
『そんなことないわ。わたし、ジョニーのためだったら命懸けられるわ』
父はふふと笑った。
『命を懸けるっていうのは、死ぬってことじゃないぞ、フェルリナ』
『違うの?』
『弱い心を全部捨てちまえってことなのさ』
『……それってどうやるの?』
『心を透明にするんだよ』
私は顔を起こした。
サアア……と風が呼ぶ。
透き通った腕の向こうに、生い茂った草むらが揺れている。
ウシナウ草だった。
――俺、あの草見たことある気がするんだよ。探しに行ってみるか?
――生えてるところ思い出したんだ。
「……ひっく。」
ねえ、ジョニー
私こんどこそ、大切な友達を守りたい
ガッ
私は傷口に爪を立てた。
「ぎぎぎぎ……」
歯を食いしばって、血を絞り出す。
臆病者には臆病者のスキルがある。
一定の血を失うと体が防衛反応を起こし、全身が透明になる。
「わたしが……逃げたら……じゅんしょうが連れて行かれちゃう。
殺されても……連れて行かれちゃう。
だから私が……あの鳥をブッ倒すしかない……!」
自分の体が見えなくなると、私は着ているものを全て脱ぎ捨てて、走り出した。
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