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ドライヴランド編
24話 幼心の森でこどもになる
しおりを挟む「やあやあ、幼心の森へようこそじゃ」
森へ足を踏み入れようとした私たちに、誰かが話しかけた。
声の響きでツリービアード(木のひげ爺)だとわかったので、私は彼の姿を探しながら挨拶した。
「こんにちは……」
二、三本奥まったところに立っている木の幹に、動く瞼を見つける。
蜜のような琥珀色の瞳に、あがったりさがったりする眉。
鼻も口も皺だらけでわかりにくいようだけど、一度顔を見つけてしまえば、その後は友達に会うみたいにすぐわかる喋る木。
「ワシはこの森の門番をしておるナンジャモンジャという。お前さん方、デートに来たのかな?」
「門番? んなもん今までいなかったぞ」
ゼイツ准将がきいた。
「昨今、乱れが続いての。森だから誰も見てないと思うんじゃろうが、ワシらばっちり見てるからね」
ナンジャ爺がそう言うのをきいて、私は森の雰囲気を見渡した。
草花は陽に輝き、樹木は皆、小鳥たちを自由に遊ばせている。ピピピィと鳴く声があちこちに徹っている。
平和に思えるけど、何か問題でもあるのかな。私はきいてみた。
「乱れってなんですか?」
「平たく言うとデートスポットじゃ」
「とにかく、俺たちはそういうんじゃねえよ。ウシナウ草探しに来たんだ。知ってるか?」
「奥の湖の先に生えてたと思うよ?」
「ほんとですか!?」
やった! やっと見つけられるんだ……! 准将を見あげると、彼もうなずいた。
「じゃ入らせてもらうぞ」
「……モゴモゴ」
何かまだ話がありそうなナンジャ爺を横目に歩いていくと、傍に立っている木がぐんと大きくなって、立ち眩みのような感覚に私はよろめいた。
「フェルリナ下がれ!」
ゼイツ准将が私をふりかえった。
それはゼイツ准将のはずだった。
迷彩パンツを履いた少年に、私はぽかんとなった。
「おいてめえっ」
みるまに少年が駆けだして、ナンジャ爺に飛びかかった。
「けっ、蹴るなしこわっぱ! 年寄りになんちゅうことするんじゃ!」
「何だよこれ!」
「ワシはこの森をイノセントなデートスポットにしようと考えている。ドライヴランドの荒々しいイメージを払拭する、観光地にしていくつもりじゃブヘッ! パンチすな!」
「わけわかんねーこと言ってんじゃねえよっ!」
私は自分の小さくなった手のひらを見おろした。
私たち、子供になっちゃったの……!?
「元に戻せブロッコリー!」
「ワシャナンジャモンジャじゃい! ブロッコリーちゃうわ!」
いまいち信じられないのは、着ているドレスがジャストサイズだからだった。ゼイツ准将もそうだし、服ごと縮んだってことなの?
私は彼らを見た。
「幼心の森というとろうが! 子供に還って遊ぶというアミューズメントパークなんじゃ!」
「オレたち遊びに来たんじゃねーんだよッ」
よし、ケンカに夢中でこっち見てない。
そのすきに、私はひっこんだ両胸に手を当ててみた。はわわ、ぺったんこになっている。
「三秒で戻さねえと枝へし折ってやる。脅しじゃねえぞ。三、」
ミシバキッ
「イイデデデデ!! 三って! 三って!?」
「次はこっちの枝な」
うそでしょあんな風にツリービアード拷問する人はじめてみた……。
彼らの元へ、私は引き寄せられるように走っていった。
「ねえやめてあげて?」
と話しかけると、男の子は知らんぷりした。
私はナンジャ爺を見あげてきいた。
「この体、元に戻してもらえるんですか?」
「もちろん。帰る際に戻してあげよう」
「今戻せよっ」
「ここはひげ爺たちの森なんだから、言う通りにしようよ」
私は言った。
こんなのピクシーがやるような悪戯だけど、大した動機もない彼らとはちがって、
ツリービアードたちが行動を起こす時は森を守るためだ。ひげ爺たちはけっして悪い存在じゃないのだ。
「モゴモゴ……」
「襲撃されたらどーすんだよ」
男の子になってしまったゼイツ准将が機嫌わるく言った。
「フムフム……」
「だったら早く草探しに行こっ?」
「さわんな」
「オヤオヤホッホ……」
手を払われたので、私はナンジャ爺に向かってちょんと膝を曲げ挨拶した。
「行ってきまーす」
「待つのじゃ、これを持っていきなさい」
「なんですか?」
ナンジャ爺が眉をあげさげして、下を見るよう訴えてくる。
根っこの所に、手のひらに収まるほど小さな木箱が二つ、転がっているのに気づいて私は拾った。
「ハチの蜜じゃ。お腹がすいたら食べるんじゃよ。さあ、楽しんでおいで」
私は駆けだした。
はだしの裏に踏むシロツメ草は柔らかく、私はあちこち好きなように渡った。小鳥のさえずりが鮮やかに降る。木漏れ陽の温かさと、木陰の冷たさを交互に浴びてふりかえると、ゼイツ准将も走ってついてきていた。
私は彼が来るのを待ち、後ろ歩きしながら頬を掻いて唇にかかった髪をとった。
「私たち何歳なの?」
「体感は十歳ってとこ」
彼の、のどぼとけのない首筋がごくっと唾をのむ。
「ゼイツじゅんしょう、子供の頃そんな感じだったんだね」
「自分じゃわかんねー。どう見える?」
やせていて、身長は私より少し高いくらい。
銀色の短髪はツンツンしてるけど、ヒヨコのように柔らかそうでもある。
すばしこそうで、体を動かしたくてたまらないって感じだ。
「んー、スポーツ特待生?」
てきとうに答えた私は身をくねらせてきいてみた。「私は?」
ゼイツ准将は私をじっと見て言った。
「ヒヨコ」
「うそっ、わたしも今おんなじこと考えてた」
笑うとゼイツ准将も笑った。
「自覚あったのかよ」
「そうじゃなくって、じゅんしょうがヒヨコって思ったってこと」
「なんでおれがヒヨコなんだよ」
「だって髪ふわふわなんだもん」
と頭を触りにいくと、彼はさっとよけた。
「さわんな」
また拒絶されてしまった私は石から石へ飛び移って、羽をぱたぱたと揺すった。
彼はちょっと興味をひかれたような目をしてそれを見た。
「なんでニワトリばかにするの?」
私は次に飛び移る石を見定めながらきいた。
「ばかにしてねーよ。無人島に連れてくならニワトリがいい」
「ああ、卵うんでくれるから?」
「そう。んで卵産まなくなったらフライドチキンにする」
ずべっと石苔にすべる。
「……ゾワッとしたよ」
「フェルリナは無人島に何連れて行く?」
「ジョニー」
私は唇をすぼめて、泣かないようにちがうところへ目をやった。
ゼイツ准将が思いきり石を蹴った。
「あそうだ! 湖についたら顔映してみようよ」
「クサ探しに来たんじゃねえの?」
「そうだった」
彼は枝を拾い、ぶんぶん振り回しながら歩いた。
「雷土戦争って知ってるか?」
「知らない」
「ドライヴが唯一負けた戦争。相手はピクシー族な。ナントカカントカっていう長い名前のフェアリーの王女にハメられたんだ」
むかしむかし、ドライヴランドの王様がフェアリーのお姫様と恋に落ち、ピクシー族と戦争になって彼らは敗北したのだ。
フェアリーのお姫様の裏切りによって……
ゼイツ准将は燃える目をしていた。
「いつかまたピクシー族と戦争して、今度はオレたちが絶対勝つ」
「ちがうわ」
私は瞬きしながら言った。
「メルケナ=アルケリーナ王女のことでしょ」
「うん、そんな名前」
「白化して死んじゃったのよ。王様を傷つけたことが悲しくて、粉になっちゃったの」
「……そうなのか?」
アルケリーナ王女は、私にとってお城の裏庭に立っている石像でしかない。
それでも通りすがりに見ると、彼女のさびしそうなほっぺたに涙が流れているような気がするのだった。
森も奥へ入り、水の冷たい匂いが漂ってきていた。
藻を踏んで、私たちは湖面を覗きこんだ。そこに映ったおぞましいものに、私は「あっ」と後ろへ逃げた。
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