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16話 覆面フェチの世界
しおりを挟むフェルリナが気がかりである。
一日一回のアレ、自分ですると言っていたけれど、どうも怪しい。ともすれば平気で自らの命を諦めて、遺言を書いているかもしれない。そんな事態になられては困るのである。
パレスから飛空艇を離陸させたゼイツは、ウェンディに発信した。
『あいもしもし! ちょうど良かった今連絡しようとしてたとこ』
「何だ? 何かあったか?」
『姫様の様子がおかしいから、部屋に来てみたんだ。そしたらびっしり紙になんか書いてあっ』
「げっ! 遺言か!?」
『これ遺言なの?』
「本人はどこにいるんだよ!」
『一階にいる。ハート型のケーキを作るんだって、エリアス王と楽しそうに卵といてる』
「エリアスと??」
『これポエムかなあ? ちょっと読んでみるね』
「ああ……」
ゼイツはソワソワと船室内を立ち返り、短髪を掻きあげた。
『〝なんて、なんて素敵なの〟』
「何がだ?」
『いいから聞いて。〝どんなにつらくても苦痛を浮かべない、表情を表に出さないあなたのそのポーカーフェイス。
その心にはどんな苦しみを抱えているの? 私には見せてくれないの?
そんな影のあるあなたがとても気になるの。〟』
ゼイツは目をぱちくりさせた。
「それ俺の事?」
『違うと思う』
「……」
『続きね、〝あなたなら私を受け入れてくれそうな気がするの。
かぶとから覗く、その優しい瞳が。〟ね? さて問題です。ここに惚れ薬の空瓶があります。今、姫様は一階で鉄兜かぶった国王とイチャイチャしています。何があったでしょう?』
「何がってお前、それ……」
ゼイツは素早く船室を出て、カンカンと鉄骨通路を急ぎ、操舵室へ凸した。
「ハッ、ゼイツ准将!」
部下がかしこまる。
「全速力で塔へ戻ってくれ」
「承知しました!」
「ウェンディ、洗面室の鏡戸の中に小包があるから見てくれ」
『うん?』
鉄骨階段を飛び下りて、甲板へ立つ。プロペラの回転速度があがっていく。
『あったよ』
「惚れ薬どっちが残ってる」
『ピンク。ショッキングピンク』
それならば飲んだのは六時間の方だ。だが一体何を考えてのことなのか。
『待って。仕様書がついてる。えーと、〝惚れポーション六時間版……これを目の前で飲んだ女の子は、世界中で君しか見えなくなる。しかもランダムで謎の性癖が開花するぞ! ※写真はイメージです。実際の性癖は異なる場合があります。P・P・Pコーポレーション〟』
「謎の性癖ってなんだよ」
『んー、写真はブロウジョブっぽいけどね』
「……」
ゼイツは眉をしかめて、ひたいの包帯を掻いた。
『商売上手だね、このPPPコーポレーションっての』
「んなことはどうでもいい。何時に飲んだか分かるか?」
『うーん、五時か六時あたりだと思う』
「とにかく、そばについてやってくれ。エリアス、アイツ手だすぞ」
『それならもう出してたよ』
「ハァ!?」
腹から思いきり声が出た。
『チューしようとしたら姫様が断ってた。ダメ……ッ♡ だってさ、アハハハハハ』
「ふっざけんなアイツぶっ殺す!!」
ドライヴランドの雄叫びが爆発し、遥か下方の大地がゴゴゴと呼応した。
『そこまで嫉妬する???』
「そうじゃねえ。事情があんだよ」
ジョニーじゃなきゃ駄目なんだよ。なのに俺とそうなっちまって、その上エリアスにも体を許すなんて、そんな事があっていいわけねーんだよ。
ゼイツは足をあげて、甲板の手すりを踏みしめた。
『ちなみにチューしようとしたって言っても、アイアンヘルムつけたままね? それ脱ぐと姫様テンションさがっちゃうから』
「あ?」
『惚れ薬を飲んだ時、アイアンヘルム被ったエリアス王が\ごはんですよー/みたいな感じで、部屋に入っちゃったんだと思うんだ? だから鉄兜に一目惚れしたんじゃないの?』
「ああ……どっちにしろ、」
『でもなんで姫様は惚れ薬なんて飲んだんだろう? 喉乾いてたのかな』
捨て鉢になったか。エリアスに助けを求めたか。どちらにしろ褒められた行動ではない。
「とりあえず早急に戻る。それまでぜってー手出させんなよ」
『あいよ』
♡ ♡ ♡
私フェルリナは、胸がどんどんドキドキしてくるのを感じていた。
彼との出会いは、ほんの風のいたずら。突風がきてカーテンが舞いリンゴが床に転がったので、窓を少し閉めようとして立ったら、庭で誰かが見あげてた。騎士様が着る甲冑の、頭の部分だけかぶった人が首をあげて私を見ていた。鼻先に向かって少し尖ったようなフォルムで顔が覆われていて、表情は全く見えなかったのに、どこか悲しげだった。
「愛しのフェ、フェルリナ姫!」
彼は私の名を呼んだ。……愛し? 私は胸元に手を当てて、いちど部屋を振り返り、私のことですか? というように首をかしげてみせた。
「はいそうです! 貴方のために夕食をお作りしようと思うのですが、何かご希望はありますか!」
と彼は言う。首から下はフリルブラウス姿で、よく見ると卵の入ったかごを持っていた。
「あ、あのっ」と私は声をあげた。「でしたら私もお手伝いします……」
はい? というように、彼はアイアンヘルムの耳元に手を添えた。聞こえなかったみたいで、私はのどを抑えて、窓から身を乗り出した。すると、「今そちらへ伺います!」そう言って彼は塔の入口へ走っていったの。私に大きな声を出させまいとしてくれたんだってわかった。
私はハッと窓から離れた。どうしよう、ここへ来るんだわ。髪を抑えて部屋を見回す。とっさに洗面室へ行って、前髪を直し、着ているシュミーズドレスを整えていると、扉がノックされた。心臓が跳ねた。
「フェルリナ姫、僕です」
ドアを開けると、彼が息を切らせている。その姿はまるで、私を救いに来てくれたナイト様のようだった。なんてかっこいい面構えなの……。どんなに苦しくてもそれを表に出さずに、私を助けることだけを考えてくれている、そんなお姿。銀色に光っているところも、誠実さそのものだわ。
「どうぞ、お入りになってください」
「ありがとうございます。しかし僕はこれ以上入るわけにはいかないのです」
「……どうしてです?」
「もし入ってしまえば、制御がきかない。あなたのことを、押し倒してしまうかもしれないので」
押し、倒す?
アイアンヘルムを被ったナイト様が、私を押し、倒す……?
悪を砕き、正義の鉄槌を下すその銀色のヘルムの下に、そのような隠された欲情があるの?
あごを引いて私をじっと見ている無機質な表情からは想像できない。
むしろこちらの胸のうちを見透かされているよう……
「姫、どうしても言わせてほしいことがあります。昨夜のことを弁明させてください」
……昨夜って何かあったかしら。なんだか頭の中にもやがかかっていて、記憶があやふやだわ。ただ一つわかっているのは、この世界には私とナイト様しかいないってこと。そして、私がナイト様に対してどうしようもなくドキドキしてきちゃってるってこと。この二つ。
「聞いていただけますか? 情けない言い訳を」
「はい、聞きます」
「ありがとうございます。僕はアノ時……、キェーマがあんまり怖くてずっと目を瞑っていまして、なんとかしなくちゃという思いで、それで、あなたを想像に使って……その……」
「あの時? 想像?」
「はい。僕の頭の中にはいつも貴方がいらっしゃるのです」
近くで見ると鉄兜には長方形の隙間が空いていて、そこから彼の瞳が覗いていた。まっすぐに私を見ていた。
「僕はあなたを愛しているんです。フェルリナ姫」
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