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12話 ゼイツvs傭兵団
しおりを挟むゼイツ准将は白目をむいて、右手にフライパン、左手におたまをつかんでいた。
「……ちょっと待て……ッ」
ゼ、ゼイツ准将だ……! 薬に負けないで助けに来てくれたんだ!! 姿を見れて死ぬほどホッとした。早く彼の所へ行きたくて、私は体を暴れさせた。
「ふむ、来たか」
デッカイーナ人が私を持ち直して言う。
「キェーマ、テッメエ……、またなんか盛りやがったな……ッ」
薬を盛られたこと、分かってるみたいだ。相当眠いんだ。起きようと必死な形相だけど、武器の代わりにフライパンとおたまなんか握っちゃってるから、傭兵軍団たちも脅威を感じていない。どうしよう。こっちは五十人くらいいるんだよ?
「おいラージ大将さんよぉ」
傭兵団の男たちが聞いてくる。
「見ての通りおれたちはちゃんと薬を飲ませた。効かなかったのはそっちの責任だぜ?」
「アイツ殺っちゃっていいのか?」
「ああ」
「代金上乗せもらいますぜ?」
「殺せたらな」
そうラージ大将が答えると、彼らはちょっと変な顔をして塔の方へ向き直った。私は暴れつかれてぐったりしなだれた。口は塞がれて、手足は縛られて、何もできない。私には、ゼイツ准将が助けてくれるって信じることしかできない。
「フェルリナどこだ!」
ゼイツ准将が呼んでる! 私はここだよ!
私は上体を起こし、懸命に首をあげた。傭兵たちが掲げる松明の炎と炎の向こうに、あの人が見えた。
彼は近くの一人を指していた。
「おい、お前! 俺を殴れコオォー……zzz」
「は? おい起きろ! うすらボケ!」
「…………ハッ。殴ったか?」
「まだだよ!」
「脳天に一発いれてくれ、早めに頼む」
「ふっ、ふざけてんじゃねえぞ! 言われなくても……!」
ちょっとウソでしょやめて! 男は容赦なかった。ゼイツ准将の額に剣を叩きつけ、血がジュースのように流れでた。赤々と照らし出された。きゃああっ!
ゼイツ准将は目を開けた。
「……少しマシになったぜ」
斬りつけた男は唖然としていた。ゼイツ准将は彼に気づくと、おたまで叩いた。男はその場に崩れ落ちた。仲間がおたまでノックアウトされたのを見て、傭兵たちは様子を変えた。
「んじゃいつでもかかってこい」
准将はそう言って背を向けた。
「あ、あ、コイツ、ドライヴランドだ!!」
傭兵団たちが気づいた。
「なんでこんなとこに!?」
ゼイツ准将は本当に背中を向けている。話には聞いていたけれど――ほんとにああやって戦うの?
「ド、ドライヴランドがいるなんて聞いてないぞっ」
「逃げた方がよくないか」
傭兵が一人、二人が後ずさりした。
「逃げるのか? 腰抜け傭兵ども」
ラージ大将が言った。
「うるせ! ドライヴランドに遭遇したら逃げていいって戦争法で決まってんだよ! だからああやって背中向けてくれてんだ。背後から斬りかかるか、逃げるか、選択していいんだよ!」
「まぁ待て!」
とリーダーっぽい人が皆を止めた。
「あいつはただ、寝ぼけて〝ドライヴランド〟ごっこしてるだけなんだよ。ほら見ろ」
私もゼイツ准将を見た。かっくんと船を漕いでいた。
「寝てる」
「な? たとえ本物のドライヴランドだとしてもだ、今なら倒せる気がしねえかお前ら。おれら傭兵団の名をあげるチャンスだ!」
「お、おう!!」
ちょっとやめてよ! ゼイツ准将起きて! やられちゃう!
軍団がわっと攻撃しかかった。ボゴッ。ゼイツ准将の後頭部が思いっきり殴られた。次から次へとボコボコボコ……倒れずに、耐えている背中が見えなくなる。
ゼッ……ゼイツ准将!!
取り囲んだ人だかりが渋滞する。外側では皆武器を振りかざして襲いかかる順番を待っている。やめて!やめてってば! 内側にいる傭兵たちがつぎつぎ倒れている。殴る順番が来た人が、ドゴッ「ぐへっ」一瞬で倒れた。ゼイツ准将の背中と、肩越しに振り向いている横顔が見えた。左の男に肘鉄をくらわし前の男の剣を叩き落とす。フライパンで引っ叩く。背後から振り下ろされた斧の柄肩を掴んで、相手のみぞおちへ突く。斜め後ろの男を蹴る。蹴り飛ばされた男の体が「ぐぁっ」ぶつかって回りが怯む。右から左から前から後ろから襲いかかられてはやりこめていく動きが、加速していくように見えた。傭兵たちが戸惑うほどに。
ガンッ ゴスッ パコッ ボガッ殴ボカッ殴ボカッ殴ボカッ殴パコッドサッドサッドサッドサッ
「くっ、くそ! これでもくらえ!」
ひときわ大きな剣を持った傭兵がとびかかると、ゼイツ准将は頭突きをかましていた。血しぶきが散った。パパッと妙な手つきでその大剣を奪いとり、
次の瞬間には傭兵たちが後ろへ吹っ飛んだ。一人立つゼイツ准将が大剣を担ぎ直す。
それで、全員だった。
「…………」
ずっと首をあげていたから痛くなって、私は地面へとうなだれた。視界の端が霞んできていた。
「返してもらおうか」
ゼイツ准将の声が言うのが聞こえた。
「その剣でいいのか? 武器を持ってくるなら待っていてやる」
ラージ大将がこんなようなことを言っている。余裕の発言だ。ゼイツ准将と決闘して、勝つ気でいるのだ。私は力なく体を振った。
「武器は戦場で拾う。身軽が好きでね」
「ならば」
ラージ大将が背中の大剣を抜く。背筋を逆なでするように、鉄の滑る音がした。
「その前に妖精を下ろせ」
「今のお前なんぞ片腕でじゅうぶんだ」
「だったら俺はニワトリを持ってくるがそれでいいか?」
――コケケッ、コケッ バサバサッ
塔の裏にあるニワトリ小屋がにわかに活気づいている。夜が明けるのだ。
「何の話をしている」
「戦下国際法八章百三項、〝決闘相手にハンデが生じた場合、ドライヴランドは同等、もしくはそれ以上のハンデを負う義務がある。〟先月可決したんだよ、めんどくせえ法律がまた」
「くだらん」
「まったくだ」
「そんなふざけた真似をされるくらいならば全力でいこう」
デッカイーナ人が私を放った。私は肩を打ち、芝生に転がった。草は露に濡れていた。そこに顔をこすりつけると、スライムがはがれて逃げていった。
「はぁ……っ、はぁっ、……ゼイツじゅんしょ……」
彼は正面を向いて、大剣を構えていた。
「フェルリナ、目つぶってろ」
そう言われたから、私は目を閉じた。
辺りが静かになった。
…………コケッ。
ブオオンッ!! ゴキッザシュッ!!
何かが転がった。
巨体がどしんとひっくり返って地響きが起こった。
芝生を踏んでくる足音があって、足首の縄が切られ、両手首の縄も切られると、私はゼイツ准将の首筋に抱きついた。
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