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第一章 

15 眼差し

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内臓が全て潰れ、右半分顔が抉り取られたかのような想像を絶する痛み。

痛い、痛い痛い痛い痛い苦しい息が出来ない痛い。

痛みで意識が朦朧とし、黒神術を使うことも出来ない。
敵の近づく足音がする。死にかけの獲物を仕留める捕食者の余裕か、その足取りはさっきと違って明らかに遅い。

霧のままの方がこんな痛みなかった。生き物を真似るのに、こんな痛みまで忠実になるとは思わなかった。
蠍のゆっくりとした足取りに悔しさがこみ上げ、ズタズタになったであろう歯をくいしばると、違和感に気づいた。



あれだけ顔面を殴り飛ばされたのに、歯は今のところ欠けてないし、抜けてもない。それに血の味もしない。両目はすんなりと開けられた。右顔面の直撃は失明は免れないダメージだったはずだ。

それに気づいた途端、さっきまで壮絶な痛みが嘘のように消えた。


***********************

【レッドウルフ】◀︎

種族 : 魔獣
闇属性 : 火 

体力 : 2804/3650
魔力 : 600/600

スキル : 《空殺鉤爪》 《火狼の咆哮》《糾牙》《火炎達磨》

特殊スキル : 《種族変化》 《黒神術 》 ◀︎
黒神術 :  《状態変化》 《創造化》《遠吠え》《生体感知》

***********************

鑑定で今の状況をすぐ様確認。確かにダメージは入っている。けど…

待って、え?めっちゃ僕強くなってる!?
驚いてスクッと立ち上がると、僕がまだ元気だということに気付き、蠍が威嚇の咆哮を上げる。そうだった、まだ危機からは脱してない。

「キシャァァアアアアアア」

巨蠍が針のついた尻尾を半身ごと頭上高くに持ち上げ、先端をこちらに向ける。威嚇のポーズだろうか?と思ったが、先端が膨れ上がれ針に魔力がこもって行くのが見えて、それが違うと分かった。

なんか来る!
急いで倒さなければと思い、さっき鑑定で見たレッドウルフのスキルを思い出す。

確か《火炎達磨》って言うのがあった!達磨って言うのだから、丸くなるのだろう。

『火炎達磨』

蠍が針からレーザービームのように、紫色の液体を僕のいた場所目掛けて噴出する。それより少し前に、レッドウルフの火炎達磨を発動した。全身に黒炎を纏い、頭と尻尾が半端自動的に丸まり、炎を利用した烈火の如く転がるスピードでビームを避けた。そのまま一直線に進んだ僕は、巨蠍の真正面へ体当たりを運良く食らわす。

『ッッギ…シャ』

巨蠍が潰れた声で鳴くが、火炎達磨の勢いは止まらない。
そのままギュルギュルと高速回転し、巨蠍の頭部をどんどん焼き削って行く。

当の本人だが、余りにも早い回転に蠍より驚いていた。回転を止めようと思っても止められず、自分が黒い炎を纏いながら爆回転する様子を外の視点から呆然と眺めていることしか出来なかった。

そのまま巨蠍の頭部から胸部まで黒い炎の荒れ狂う大車輪は回転しながら沈み、巨蠍の針の尾が地面にズンと落ちたところで漸く止まる。



***********************

【エンシャードスコーピオン】◀︎

種族 : 蠍系魔物
闇属性 : 火 
死亡
体力 : 0/3080
魔力 : 324/600

スキル : 《ポイズンビーム》 《スラッシュ》《クイックアロー》

特殊スキル : 《蠍の舞》 

***********************

そのままシュタッと地面に四足で着地し、鑑定した。
エンシャードスコーピオンはもうピクリとも動かない。
しかし、その巨体は今にも起き上がってきそうな程迫力があり、あまりそこに長居したくない僕はその場から移動することにした。

***

太陽はもう沈みかけ、夕暮れとなる。この異世界で、太陽と言うのか分からないけど…。
エンシャードスコーピオンとの戦いの後、巨大な双頭亀–––鑑定の結果デュオタートルと言うらしい––を何匹か遠目から見かけた。

辺りの木々は青やら白やらの巨木が多かったのに、幹が茶色、葉が緑のだいぶ普通の色で普通の大きさの木が多くなってきた。崖の上の森を歩いてから随分と歩いてきたが、もしかして森を抜けられるのも近いのかもしれない。

普通の木を見かけるようになってからは、魔物をあまり見かけなくなった。それなら猫になっても安心かな…と黒猫に変化する。レッドウルフは強くて良いんだけど…やっぱり自分から見てもかなり怖い姿だから気を貼ってしまうし、図体が大きいから足音が響くし小回りも効かない。それより、可愛い猫の姿の方が慣れてるし安心する。

刻々と辺りが暗くなって行く中を、猫の夜目を効かせながら今日のエンシャードスコーピオンとの戦いを思い出す。

エンシャードスコーピオン…強かった。そう言えば初めて他の生物になってスキル使ったなぁ。

あれだけ回転したのに目が回ってないのは、スキルだからだろうか?それにしても、凄い光景だった…。

レッドウルフはレベルが上がって、攻撃が二回も直撃したのに案外体力が残ってたし、良かったけど…もし、種族変化した状態で体力がゼロになったらやっぱり死ぬのかな。
そういえば攻撃食らった時めちゃくちゃ痛かったのに、攻撃を食らっても体力は減ってたが、今くまなく身体を見ても怪我とかがなかった。

それに気づいた途端、痛みが無くなったし…うーん、つまりレッドウルフはすごく頑丈で、あれくらいのダメージじゃ怪我はしないのかな?
あと、ダメージなんて大したことない、全然大丈夫と思えば痛みを感じなくても済むのだろうか。

猫の姿で悶々と考えながら、すっかり暗くなった森を歩く。取り敢えず、ダメージを受けないように頑張ろうと決めた。

***

森の中を一匹の黒猫が静かに進む。白に近い蒼銀に輝くその珍しい瞳は、夜の闇の中でぼんやりと神秘的に揺らめく。

青い月明かりは黒猫を照らすが、よくよく見ればその黒より暗い漆黒の身体には毛艶が無く、どこか異質で 普通の猫と違う。

「~♪」

そんな不思議な猫を、普通の人間ならば見えないような場所から見つめる者がいた。

青い月から最も近い木、この世界では世界樹と呼ばれるその雲を突き抜けた先の枝の上で、体を揺らしながら機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。

「あは、楽しみだなぁ」

光る太い線模様の入った黒いフードの下から覗いた口元は、にんまりと弧を描く。

予測がつかない方向へ日々成長しているソレが、後々この世界にどんな影響を及ぼすのか、楽しみで仕方がない。

この黒猫の形をしたソレは、もうすぐ森を抜けるだろうと予測する。そして、黒猫に待ち受けるのは闇の者では決して渡り切ることの出来ない大河。そして、その向こうの黒猫の目指す人間の国。

この先どんな行動をするのか。その身体で、その心で、どんな反応をするのか。

ずっと黒猫の様子を見ていたかったが、それが出来ない事を残念に思いつつ、その人物は見ていられる今のこの状況を楽しむ事にした。

「まぁ頑張れよ、俺の『弟』」

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