おちゆく先に

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124話

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■第5話(後篇):回る回らない









「あの煮物や荒炊あらだき旨かったな」



「びっくりだよ。アカネがあんなもの好きだとは・・・」



今日、幸尋ゆきひろが委員長を送り届けた、いや、ついていったとき、
お礼にもらったのは、彼女の家の手料理だった。



人参、たけのこ蓮根れんこん椎茸しいたけ、こんにゃくの煮物。
じんわりするようないい出汁だしが染みていて、
辛くもなく甘くもない絶妙な味付けだった。


そして、鯛の荒炊き。
頭と胸鰭むなびれのところを甘辛く煮たものだった。
付け合わせに、細長い牛蒡ごぼうが添えられていた。

見た目は濃くてしつこいかと思いきや、
案外そんなことはなく、何ともいい味で、
身をせせって口に運ぶのが止まらなかった。
ふたりともよくごはんが進んだ。



どちらも幸尋は普段食べることが無い料理だった。
これほど手間暇と熟練の技を必要とするものは無理だった。

こういった和風の料理をアカネは苦手だろうと思ったが、
意外なことに彼女もよく食べ、途中からは取り合うように食べた。



「覚えとけよな!ああいうの好きなんだよ」


恥ずかしそうに料理の趣向を教えてくれた。
あくまで上から目線なアカネである。





・・・日曜日の今日は、朝のちょっとした事件をきっかけに、
ふたりで出掛けることになっていた。



古びた団地から出て、いつもの道を歩いていたのだが、
アカネが川を見ながら歩きたいと言い始めた。


しぶしぶ幸尋はつつみを越えて河川敷まで出た。


幸尋は学校帰り、気分転換に堤を少し歩くことはあったが、
河川敷まで降りて河口に向かって歩いたことは無かった。




「ボク、ここが地元じゃないんだよ・・・」


ちゃんと先が通じているのか不安な幸尋である。


最近は雨が少なくて、川の水量も少なく、
川底が透けて見える。



「はぁ?そうなのかよ」


アカネが思わず足を止める。
驚いた顔にかすかに喜色が浮かんだ。


(うっすらバカにしてるなぁ・・・)


変な反応だと思いながら、
幸尋はそのまま歩いていく。



(カイテンヤキ・・・)


よく分からないもののために出掛ける。
幸尋は納得していなかった。





――今朝のことだった。




急にアカネが「カイテンヤキ」を食べたいと言った。
幸尋はそれがどんなものかイメージできなかった。




「何てゆうか、丸いやつだよ」


「こんぐらいで、あんこギッシリで」


アカネは困った顔で、手で形をつくってみる。
幸尋はその手を凝視ぎょうししているが、よく分からない。


「ん~カステラ的なやつ?」


「あんこギッシリっつたろ」


「たい焼きだろ?」


「丸いっつてんだろうが!」


お互いのイメージがぜんぜん結びつかない。

アカネの説明がふわっとしていて、ぜんぜん幸尋に伝わらなかった。
彼は彼で具体的なものを挙げるが、全くの見当外れしか出てこない。




「あーもー!!」



業を煮やしたアカネは幸尋を連れ出した。
どうやら駅の近くで売っているのを見たという。






駅までだいたい20分ぐらいかかる。
それもいつもの道を歩いたらのことだった。



必要以上の距離を歩きたくない幸尋と、
ただ川を見ながら歩きたいアカネ。


家を出てすぐにふたりはどの道を通って行くか、
回る回らないでしばらく不毛な主張が続いた。



結局、幸尋が押し切られて、ふたりで河川敷に下りた。



さすがに河川敷は開けていて風が通る。
さっきまでの気分が変わった。

それを何となく認めたくなくて、
幸尋は黙ったままだった。



「うーんっ」


アカネは背伸びしながら、どんどん遊歩道を歩いていった。




後ろから見ていると、アカネは川面に目を向けているのが分かった。
その目が少し細くなるような気がした。


(・・・・・・・・・)


こんな顔を何度も見た。
このときの彼女は別人のように思えてしまう。



どうしてそんなことが気になるのか、
幸尋はちょっとおもしろくなかった。



川の向こう岸を見たり、空を見たり、
しばらく落ち着かなかった。










「あ・・・あれ?歩道終わってる・・・」






「ちゃんとしろよな!ったく・・・」



アカネもアカネである。
先を歩いていたのは彼女である。


幸尋は何となくぼ~っと歩いていたので、
堤に上がる道を見落としていた。




ふたりは仕方なく引き返した。


すぐに堤を越える階段があると思っていたが、
結局だいぶ来た道を戻ることになった。




「だから、いつもの道を行こうって言ったんだ!」


「ごちゃごちゃうるせぇ!」


なかなか堤を越える階段が見つからなかったことが
ふたりを余計にイライラさせた。


ようやく堤を越える階段があった。
ちゃんと案内看板も掲げられていたのに、
ふたりとも見落としていた。


堤を越えると、道が二股に分かれていた。
一方は真っすぐに、よく通る道に通じていた。
もう一方は左へ斜めに伸びている、


アカネは迷うことなく左へと進んでいった。



「おいおい、真っすぐ行こうよ!
そっち行ったこと無いし!」



「うるせえ!こっちの方が近いって」


置いて行かれると思って、幸尋は急いで後を追った。





「・・・え?」





異様な雰囲気だった。


道は進むにつれて、うねるように曲がっていて、見通しが利かない。
両側の家々が崩れ落ちてきそうに建て込んでいる。

幅は2mほどだろうか。
人ふたりが並んで歩ける程度だった。

建ち並ぶ家々に、人が暮らしている気配は無かった。
かわらが落ちて、屋根の木材がき出しになっているところもある。
壁もくすんでいて、ヒビが入っている。


ふたりが暮らしてる古びた団地からそう離れていないはずだった。
ここはいつも通る道と川の間だろうと幸尋は思った。



幸尋が暮らしている団地もまぁまぁ古びているが、
この辺りはそれ以上だった。






見上げてみると、空の青さとは対照的に
家々が黒く見えてしまう。


立ち止まって見上げていた幸尋が視線を戻すと、
アカネはどんどん先に進んでいた。

あわてて後を追いかけた。







ガタン!







「ひっ!」





音がして、思わず幸尋が声を上げた。
先を進むアカネが振り返って、冷たい目を向けられた。



「な、何の音ぉっ!?」



「あ?どうでもいいだろ」



すぐにアカネは歩き始めた。
幸尋は足早に追った。


怖くないはずだったのに、ちょっとしたことで
けっこうビビッていたことが自分でも恥ずかしい。



(何でこーゆーのは平気なんだよ・・・)


急にムカムカしてくる。

ズカズカ歩いていくアカネの後姿を見ながら、
さっきの音に無反応だったのが信じられなかった。









「おぉう?」





急に開けたところに出た。

それはいつも通る道で、ちょうど交差点のところだった。
目の前の車道を渡ると駅に続く南側の商店街だった。


幸尋は見たことがある風景にホッとした。

車が行き交い、人々が歩いている。
目の前にはそうした生活の息遣いきづかいがあった。




「何だ?この疲労感は・・・」


「ヤバくね?」


ふたりそれぞれに振り返って見ると、
交差点に面したところは普通の家々だった。

歩いてきた道の奥にはただならぬ雰囲気があった。



「もう絶対あの道は通らないからな!」



「ひひっ♪何か取りかれたんじゃね?
疲労感とかあるって絶対やべぇよw」



「そぉんなのあるワケないよ」


咄嗟とっさに返した言葉が裏返る。

そんな幸尋を背に、アカネは信号が変わった横断歩道を渡った。







「ホントにカイテンヤキってあんのか?
何かの見間違いだろ・・・」



商店街に入って人心地ついたのか、幸尋は悪態をついた。

商店街は人通りがちらほらある程度だったが、
「生きた」感じがあってホッとした。



彼の言葉などには応じず、アカネはどんどん歩いていった。





「これ」





アカネが立ち止まったのは南側の商店街の終わりの方だった。
もうしばらく行くと、駅に行き着く。



見ると、甘味屋さんだった。

正面には饅頭まんじゅうや大福が並ぶケースがあり、
店先には鉄板で焼くものを扱う小さな屋台が出ている。



「回転焼き2つくださーい」


「はいは~い、ここで食べてく?」


「うん、そうするー」


さっそくアカネが近寄って注文した。
応じた店の人が小さな包み紙に素早く回転焼きを入れる。



「ほら、回転焼き」

幸尋は店先に出されている長椅子に座って、
差し出された回転焼きを受け取った。



それは手の平サイズの円盤型で、4cmほどの厚みがあった。
包み紙からアツアツ温度がじんわり伝わってくる。


「アカネの説明ヘタ過ぎ!」


「うるせぇ!」


そう言うなり、アカネは回転焼きにかぶりついた。
ほふほふしながら顔がほころぶ。


幸尋も回転焼きをかぶる。



(んふっ)


きつね色の生地は、表面こそカリッとしていたが、
すぐにもっちりした層が始まる。

ほのかな小麦の香りが広がったかと思うと、
アツアツのあんこのかたまりに至る。

ほっこりしたやさしい小豆あずきの甘味。
小豆たっぷりのあんこがたちまちほどけていく。

もっちりした生地と甘いあんこが
渾然こんぜん一体となってクチを魅了していく。

何とも言えないやさしい甘味だった。



「んふぅ~」


思わずふたりは見合って同じ声音を上げる。



「うん、たい焼きとは違うね」


「だろ?」



たい焼きの生地とは微妙に食感が違っていた。

たい焼きにはいくぶんハードな歯触り感があるが、
回転焼きはもっちり感がある。


あんこをハード生地で楽しむか、
もっちり生地で楽しむか、難しい問題である。


それはともかく、一口喉を下りていった後、
溜息ためいきのように鼻に香りが抜ける。


あの生地。

あのあんこ。


しっかりした甘さなのに後味がすっきりしていた。

もうこの味を知ってしまったら、止められなかった。
まだ熱いにもかかわらず、次から次へとかぶりついた。

おなかに収まった回転焼きは
まだほかほかしているような心地だった。




「あんこの一族って家族多過ぎだろ?」


「あんろいひろくってw」


アカネが口をもごもごさせながら笑う。

どういうわけか幸尋は回転焼きが初めてだった。
彼はアカネが美味しそうにかじりつくのを横からずっと眺めていた。











(つづく)
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