おちゆく先に

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88話

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 辺りがワイワイと夕食を楽しんでいる中、フェイシル王国側の陣地のテントから怒声が響きわたった。

 「ふざけるな!オウルーゼル公爵閣下ならば断じてそのようなことはしない!そもそもそのような作戦を組合が許すとでも思っているのか!?」
 声を荒げているのはフェイシル王国の将軍であるローレンだ。ローレンがこのように声を荒げることは滅多になく外で過ごしていた兵士たちは皆一様に驚愕していた。

 「落ち着きたまえよ、将軍。オウルーゼル公爵がどのように指揮していたのかは資料で読んだのでちゃんと知っておる。だがな、今回の総指揮官は吾なのだ。吾のやり方に従ってもらうぞ」

 今回の総指揮官はボダホン侯爵が務めることになった。
 なぜボダホン侯爵が選ばれたかというと入念な根回しの賜物だった。いつか役に立つだろうと周囲の諸侯貴族へと根回しを何年も行っていたのである。ある貴族には無利子で金銭を貸し与え、ある貴族には厄介な盗賊討伐の助勢をしたりとしていた。
 そして漸くその根回しが役立つ時がきたのだ。
 オウルーゼル公爵が病で床に臥せっていると知り、万が一バルクド帝国が攻め混んできた時には自分が総指揮官になれるように周囲の諸侯貴族へと働きかけていたのだ。
 貴族たちは恩のあるボダホン侯爵の頼みなので無下にもできず、渋々ボダホン侯爵が総指揮官になることを貴族たちは国王陛下へと進言し、国王陛下も湿地帯周辺の貴族の薦めとあっては無下にもできず、渋々ボダホン侯爵を総指揮官へと任命したのだった。
 ボダホン侯爵は当主となるまでは王都で文官の仕事をしていた。なので戦事には疎いのかといえばそうではない。戦局を読み、敵の戦略を先に対処するだけの知略を兼ね備えた文官であった。
 ボダホン侯爵は領民からは慕われており、良き当主として有名であると同時に組合嫌いとしても有名であった。もっというとフェイシル王国国民以外には冷たい人物だという噂が絶えない人物だった。
そしてローレンが聞いた限りでは今回の戦争での作戦においても組合員を捨て駒のように扱う作戦を立ていたのだった。

 「しかしこれでは…これでは組合員は魔法を放つ時間を稼ぐ盾としか思えないではないか!?盾ならば私が!何としてでもあの剛鬼を押さえてみせます!」
 必死に組合員の待遇を改善しようとボダホン侯爵に進言するローレンだったが、ボダホン侯爵には通じなかった。
 「分かっていないな…この作戦は組合員が魔法師団を守ると同時に組合員をも守っているのだぞ?確かに一見剛鬼の時間を稼ぐための捨て駒にしか見えないかもしれないが、ここに配置しておれば亜人族の連中も簡単には手出しできまい。それに知っておるぞ。将軍に弟子が出来たと噂になった小僧のことをな。なんでもすでに弟子を卒業したとか。ならば二人掛かりで剛鬼を足止めもできるだろう?なにか問題はあるか?周囲の警戒か?ならば櫓を建てればよかろう」

 正にぐうの音もでなかった。ローレンはまさかそんなにも考えた末の作戦だとは思っていなかった。噂は本当だったのかと思いなんとか改善をと声を荒げたが、要らぬ心配だったようだ。

 そして翌日、この作戦が組合員にもきっちり説明されながら発表された。



 675年   春   新緑の森の深層にあるクォムボーラの拠点にて

 「クックック、漸くだ…。漸くハヌマエンと多くの同胞の敵をとれるぞ」
 薄暗い部屋で不気味な笑みを浮かべてヤズメはそう言う。
 「リーダー、ハヌマエンを殺した全身鎧は俺に殺らせろよ。俺はこの時をずっと待ちわびていたんだ…!」
 「いいだろう。同じ獣人族としてカイチガ、貴様が敵をとれ。多くの同胞を殺したローブの集団は我が配下の竜人族と共にきっちりとってやる」
 「えー、族長おー!それに私も連れていってくれるんだよねえー?ダメだって言っても着いていくからねえー」
 二人の会話に混ざってきたのはイルルだ。
 「にしてもよ、俺はどうしたらいい?あんたらみたく空を飛べないぜ?」
 「大丈夫だ。配下の誰かに掴まればいい。初動は遅れるがそれでも奇襲が失敗することはないだろう」
 こうしてクォムボーラも戦争に向けて着々と準備を進めていくのだった。

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