おちゆく先に

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55話

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 深緑の森に入って二日目

 ジグレイドは後方から近寄ってくる気配を感じとった。素早く身体を起こしてそれとなく身構えるが、近寄ってきたのはアイリーンだった。

 「あれ?起きちゃいましたね。私が起こそうと思っていたのですが」
 「そんな風に後ろから接近されたら素人か余程の鈍感以外は起きるだろ。今後一切しないでくれ」
 「分かりました・・・もうしませんよ」
 ジグレイドに冷たくあしらわれたアイリーンはトボトボと他の団員のいる方へと歩いて行った。
 そして起き上がって軽くストレッチをしたジグレイドは朝食を食べているカリーナの元に今日の予定を話し合うために向かっていった。今日も一日中層に向けて歩くだけなのだが・・・念のためというやつだ。


 「カリーナ、おはよう」
 「ん、おはよ」
 「念のため今日の予定を確認しよう。といっても魔物が出てこなければ昨日と同じく歩くだけだと思うが、亜人の拠点を見つけるために必要なことは何かあるのか?」
 「今のところはない。敵の拠点は中層以降だと予測されてる」
 「ふーん、浅層は王国騎士が巡回しているからか?」
 「当たり」
 「なるほどな、なら中層に入ったら何が必要か教えてくれ」
 「分かった」


 そして今日も数十キルという距離を歩き出した。
 イメージとして魔法師団は体力がないと思っていたのだが、思い違いだったようだ。普通に数十キルを歩いていても誰も音を上げずに何日も歩きとおした。


 今回、浅層で魔物は出てこなかった。誰も気が付いていないがジグレイドが無意識に放つ強者の気配が浅層の魔物を退避させていたのだ。だがこれは浅層の魔物が特に気配に敏感なだけで中層からの魔物のほとんどは威圧さえしなければ襲ってくるだろう。


 深緑の森に入って四日目

 現在は昼頃の時間帯である。そのためジグレイドたちは昼休憩を取るために少し開けた場所を探していた。
 「こんな斜面に開けた場所なんてあるのか?もうここで休憩にしようぜ?」
 「せめて平らなとこで休憩にしようよ」
 「メマ君の言う通り平らな場所がいいだろうな。こう苔が生えた斜面では急な襲撃に対応しにくいはずだからな」
 「ジグレイド、近くに休憩できそうな場所ないのかよ?」
 「流石に知らないですね、俺がここに来た時とはまた景観が違っていますし何より周囲の気配が変わり過ぎています。もう少し先に俺が殲滅したコボルトの集落がありますけど行きます?あそこなら平らだったはずですよ?」
 「その集落にはもうコボルトはいないのですか?」
 「はい、一匹残らず殲滅しましたから。ただ・・・死体の処理が面倒だったので放置しちゃいましたけど」
 「おい!それだと腐臭漂う中で休憩するはめになるじゃねーか!?」
 「ギース、あまり大声を出すな。ここはもう中層なんだぞ」
 「へいへい、中層って言っても魔物は全然いねーじゃねーか」
 「おや?ギース君、待望の魔物が君の大声に誘われてやってきたようだぞ」
 「なに!?よし!いっちょ俺がこんがり焼いてやろう」
 会話していたのはジグレイドを含めて4人、残りはギース、メマ、フルクトスである。
 そして先頭を歩いていたフルクトスが急接近してくる魔物の気配に気が付いた。少しだけ遅れてジグレイドも気配を感じとった。

 「これは随分と大勢ですね。皆さん固まってください!正面は俺がやりますので、あとの指示はカリーナ!頼んだ!」
 「分かった。イクシムはジグの援護。ファマルとギースは木が燃えない程度で右。メマとアイリーンは待機。私が左。フルクトスは全体。」
 素早く指示をだすカリーナ。それを聞いたジグレイドは『やはり団長なんだな』と考えながら魔物の群れが出てくるのを待った。

 出てきたのは体長2メル以上もある二足歩行する亜竜種の魔物の群れだった。全身に棘が生えておりギチギチと音を立てている。更に足には一本だけ巨大な爪が生えていた。魔物は思っていたよりも多く総勢100を超える群れに魔法師団の面々は姿を見ただけで気圧されてしまっていた。
 「こ、こいつは!?スウォームディノだと!?」
 いきなり叫び声を上げたのはイクシムだった。
 「イクシム、こいつらを知っているのか!?」
 近くにいたファマルが問いただす。
 「流石深緑の森だ・・・遥か昔に絶滅したと言われている亜竜種の魔物が普通に現れるとは」
 「亜竜種だと!?確かに見た目は竜っぽいが・・・ってジグレイドさん!?」

 竜種と聞いて怒りが沸き上がりすぐに殲滅しなければ!という感情に突き動かされたジグレイドはスウォームディノの群れに一人で突撃していった。

 「この害種ども!種族ごと滅びろ!」
 ジグレイドはそう叫びながら身体強化魔法を強化しながら突進した。
 スウォームディノと丸盾が衝突する頃にはすでに猛毒の領域が周囲に広がりつつあった。だが強化を徐々にしたおかげで後方で呆気にとられている魔法師団の面々は猛毒に侵されずに済んでいた。

 「お、おい・・・なんだよあの強さは・・・」
 魔法師団の誰かが呟いた。
 「ああ、何してるか見えないが強いことは分かるぜ」
 ギースは目の前で行われている虐殺ともいえる不思議な光景に息をのんだ。
 それもそのはず、ジグレイドの動きはもはや目で追えるような速度ではないのだ。魔法師団の面々が見ている光景はジグレイドが消えた瞬間には別の場所にいてスウォームディノを斬り殺している姿であり、それが何回も何十回も繰り返されているのだ。極めつけは斬られても攻撃もされていないスウォームディノも何故か一瞬もがいて死んでいくのだ。もはやジグレイドが戦っていること以外何も分からない不思議な光景だった。


 数秒、数分だろうか?いや、数十分だろうか?そう感じてしまうほどの光景は逃げようとしているスウォームディノが無残にもジグレイドに斬り殺される場面で終わった。

 「ふー、ふー・・・っち!また我を忘れていたのか」

 そう以前にもジグレイドは我を忘れて戦ったことがあった。
 前回深緑の森に挑んだときの深層でのことである。スウォームディノではなくもっと巨大な亜竜種の群れを見つけたときのことである。だがジグレイドは見つけたことまでは覚えているのだが、我に返った頃には辺り一面に亜竜種の斬殺死体が所狭しと横たわっていたのである。
 今回は前回のように記憶がないとまではいかなくても我を忘れて突撃したことには変わりはない。それにスウォームディノの死体を見る限り猛毒の領域を発動させていたようなのだ。一歩間違えれば魔法師団の面々にも被害が及んでいた可能性もあった。


 「すまない・・・竜と聞くと我を忘れてしまうんだ・・・」
 ゆっくりと歩み寄りながら全員に話し掛ける。
 「い、いや、それは構わないけどよ。薄々思っていたけどジグレイドさんって激強の組合員だったんだな」
 他の団員が未だに言葉を失っているがファマルは引き攣りながらも答えてくれた。
 「いや、所詮は中層の魔物だ。俺なんてまだまだだよ」
 実際ジグレイドはまだフェイシル王国の将軍であるローレンよりも弱い。もちろん猛毒なしで戦った場合である。

 「そ、そうか?明らかオレっちの知ってるやつらより強いと思うが・・・」
 ファマルがボソボソと何か言っていたがジグレイドには聞き取れていなかった。

 すると今まで黙っていたカリーナが話し掛けてきた。
 「出番なかった」
 「あー・・・それはすまなかった」
 「いい」
 「とりあえずここに留まるのも良くないだろうし移動するか」
 「素材は?」
 「こいつらのはいらないな。必要としているのは深層の魔物の素材だ」
 「わかった。その時は手伝う」
 そんな会話をしつつ一行は深層へと歩き出した。

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