おちゆく先に

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46話

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 ジグレイドがコボルトの集落を殲滅してから数ヵ月が経過した。
 深緑の森にある泉のほとりでジグレイドは水浴びをしていた。

 「あー生き返る。ここ数日はずっと気が張っていたからな、そろそろ街に帰るか?」
 この泉がある場所は深緑の森の中層である。しかも深層にもそれなりに近い場所だ。普通の人が聞いたら頭のおかしい人認定されるような発言だがここにいるのはジグレイドただ一人であった。


 ここ数週間ジグレイドは深緑の森の深層に挑んでいた。だがいくらヒュドラの装備を着用していても深層の魔物は簡単にはいかなかった。そもそもヒュドラも深層の魔物と同程度あるいは少しだけ上といった程度なのだ。猛毒は効きにくい上に短槍も弾かれてしまい一頭倒すだけでも一苦労なのだ。だが深層に挑み続けた成果はあった。より自身の魔法が精練されて効率も強化具合も格段に上がったのである。

 「そろそろまともな食事とりたいし戻るか」
 水浴びを終えたジグレイドは街に戻る準備を始めた。

 この数ヵ月で持っていた背嚢は素材でいっぱいになり新たな背嚢を自分で作っていたのだ。もちろん何度も失敗して高級な深緑の森の魔物の皮をダメにしていたが、何度も素材を補充してなんとか作り上げていた。見た目は高級な皮を使っているようには見えないほど酷い出来栄えなのだが本人は満足しているようだ。そのお手製の背嚢に素材を入れていく。

 そして帰る準備が終わった頃には背嚢はまるで巨大な風船のように膨れていた。

 「よっこらせ。ちょっと欲張りすぎたか?せっかく深層の魔物の素材なんだから捨てる選択肢はないよな?頑張るしかないな」
 そんな大荷物だと動きも阻害されて襲撃されたら迎撃もまともにできそうにないのだが、あっさりと3日とちょっとで深緑の森から出られた。
 なぜ?と思うが、実は深層の魔物の素材を大量に持っていたおかげで中層、浅層の魔物は怯えて出てこなかったのである。


 そして帰り始めて4日、漸くカザフ要塞都市に帰還した。




 時は遡り
 671年 夏 バルクド帝国 帝都マグギルにある宮廷のとある部屋にて

 「くそくそくそくそくそがぁあああああ!」
 現在この部屋には皇帝一人だけである。
 なぜこうも荒れているのかというと、将軍ログ・ハイローからの戦争の報告書を読んだからである。将軍は陛下が荒れることが分かっていたので口頭ではなく書類という形で報告した。結局怒鳴られるのは変わりないが報告時とその後とでは明らかに後の方がまだマシだった。

 「ぜぇーはぁーぜぇーはぁーぜぇーはぁー」
 荒れた息を整えながら再びくしゃくしゃになった報告書を読み進める。
 「なんてざまだ。まともに戦えず撤退しただと!?亜人奴隷ごときのせいだと!?ふざけるなっ!」
 再び怒りがこみ上げてくるが一度怒鳴るだけで気を落ち着かせた。

 「おい!誰かおらんのか!?」
 「は、はい!なんでございましょう」
 「すぐに将軍を呼べ!大至急だ!皇帝命令だ!」
 「か、かしこまりました!」

 兵士はすぐさま出ていき将軍を探しに行った。



 将軍は兵士の詰め所にいた。
 “コンコン”とノックしてから入っていいか尋ねる。
 「入っていいぞ!」
 「失礼します!あの・・・」
 「君は確か陛下の近衛兵だったな。どうせ戦争の報告書で荒れていたのだろう?やれやれもう少し時間が稼げるかと思ったのだがな」
 「やはりわかりますか・・・。ご承知の通りの理由で皇帝陛下がお呼びです」
 「はぁー・・・少しは冷静になってくれているとよいのだがな。無理だろうな」

 ため息をつきながら立ち上がり正装へと着替える。そして近衛兵と共に陛下の待つ部屋へと歩いて赴いた。


 “コンコン”
 「ログ・ハイローです。お呼びとのことで参上しました」
 「遅いぞ!さっさと入れ!」
 「はっ!・・・それで戦争の報告書の件でしょうか?」
 「当たり前だ!なんだこの報告書は!ふざけているのか?」
 「いえ、すべて本当の出来事です」
 「ふざけるな!貴様がいてなぜ侵入者に気が付かない!?我が気づかないとでも思うたか?あ?」
 「申し訳ございません。私も戦いの直後で疲れていたのか全く気が付きませんでした。報告書にも書いてありますが相手は亜人です。手先が器用で土木作業も得意なドワーフ族と気配断ちが得意な種族が多くいる獣人族が手を組んでいたのです。さすがに気が付きませんでした。申し訳ございません」

 あらかじめ考え練習しておいた言い訳をするが、未だに怒りが治まらないのかアルザーンのこめかみがピクピクと動いている。
 「貴様それでも将軍なのか?いくら疲れていたからといって亜人ごときに後れを取るとは自覚が足りないのではないのか?あ?貴様には処罰として禁固刑だ!さっさといけ!」
 「はっ!では失礼します」

 頭を下げ退出する将軍にますます怒りがこみ上げてきたので怒鳴ろうとしたが、怒鳴ろうとした頃にはもう将軍はいなくなっていた。さすが将軍気配察知はお手の物である。
 「お気の毒様です。まさか将軍が牢に入れられるなんて・・・皇帝陛下はなにをお考えなのでしょう?」

 この発言は将軍を牢に連れていくという名目で付き従っている皇帝アルザーンの近衛兵である。
 「さーな、だがこの程度の処罰で済んでよかったと安心している。予想ではもっときつい処罰が来ると思っていたからな」

 そんな他愛もない会話をしながら牢へと行き将軍は投獄された。


 将軍がいなくなったバルクド帝国の軍部は荒れに荒れた。誰も将軍の代理が出来なかったのだ。将軍の補佐官が仕切ろうとするが誰一人従う者はおらず何処かへ出ていってしまう始末だった。結局はそのままダラダラと訓練も適当にこなすようになり更に兵士の力量が低下することになった。今までは将軍が全てを取り仕切っていたため起きた弊害だった。


 そんなことを知ろうともせずに皇帝アルザーン・ド・バルクドは戦争の準備を着々と進めていっていたのである。

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