おちゆく先に

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34話

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 時は遡り、バルクド帝国軍が一時撤退した日の夜

 バルクド帝国軍が本陣を構えている中央湿地帯にあるテントの中ではログ・ハイローが一人頭を抱えていた。

 「うーむ、あまりに被害が多すぎる・・・本国に増援を願いたいが、陛下は聞き入れてくださらないだろう・・・どうしたものかな。陛下は捕らえている奴隷を使い捨てにしてもよい、と仰っていたが・・・さすがに奴隷とはいえ命を無駄にすることはできぬし、そもそもあの奴隷たちは恐らく・・・」

 自身の頭の出来はよく分かっているのだが、やはり戦争となると多少は策を巡らせなければならないことは解っているのだ。ただ妙案をまったくと言っていいほど思い付かないだけであり、戦争が起こると知ると毎日遅くまで頭を抱えながら「あーでもない、こーでもない」と必死に策を考えているのだった。実に苦労人気質である。

 将軍には補佐として数名の文官と武官が付けられるのだが、例によって皇帝の傀儡同然の人物ばかりであったため会議という名目で相談をしても、
 「将軍、皇帝陛下の仰っている通りにすれば問題ないのではないのかな?」と文官1号
 「その通りだ!皇帝陛下が直々に作戦を授けてくださっているのだ!なぜそれを実行しない!反逆するつもりか!?」と武官1号
 「そもそも皇帝陛下の作戦があるというのになぜ会議など開く必要があるのですかな?我々は無駄なことがお好きな将軍と違って忙しいのだがな」と文官2号

 実態は皇帝のお気に入り貴族の三男などの集まりで、ログは数回会議(相談)を開いた時点で無駄だと悟り夜な夜な独りで永遠と悩み続ける毎日を送っているのだ。
 今日もログは悲しいことに日課になってしまっている作戦会議(ただし独りきりで)を夜遅くまで開いていたのだが、野生の勘あるいは第六感というのだろうか急に嫌な予感がした。

 「何事だろうか?大抵こういう時はろくなことではないのだがな」
 ため息を吐きながら急いで愛用の赤く輝く鎧を着用して同じく愛用の大剣を背負いテントから出ていき、自身の勘が働く方へと足を進めた。


 暫く勘を頼りに進んでいくと嫌な予感のする場所が判った気がした。
 「ふむ、目的地は奴隷小屋か?見張りを置いているはずなのだがな・・・確認すればよいか」
 疑問を抱きつつも迷わず向かっていると、殺気を感じとった。

 「っ!?」
 本能に従い大剣を背負ったまま盾にしてみると“キンキンキン”と何かを弾く音がした。

 「はあ・・・今度は門衛は何をしておるのだ」
 そう愚痴りつつも敵の潜む方へ一瞬で移動して、再びナイフを投げようとしていた侵入者と思われる敵に横薙ぎの蹴りを繰り出す。
 “ゴギッ”と肋骨が折れる鈍い音と共に吹き飛んで行ってしまった。

 「あ、またやってしまった・・・死んでないだろうな」
 適切な手加減ができず敵を遥か彼方へと吹き飛ばした自分の不器用さに本日何度目か分からぬため息を吐きつつ飛んで行った先にある奴隷小屋へと近づいて行った。


 「おい!どうした!?なんで壁に突っ込んできたんだ!?お前らちょっと手伝ってくれ!」
 奴隷小屋では珍妙な奴らが壁に嵌まっている男を引っ張り出そうとしていた。

 ログは侵入者のくせに全く警戒をしていない奴らに本当に侵入者なのだろうか、と疑問を抱くがそもそも攻撃してきた男の仲間であるようだし捕縛していろいろ聞き出すか、と考えて行動に移した。

 未だに仲間を助けることに集中しているのかログが背後で大剣を振りかぶっていても気づきもせずに
 “ガガガーン”とあっという間に間抜けな侵入者を気絶させることができた。
 「こんなことしている場合ではないのだがな・・・とりあえず奴隷たちの様子を見に行くしかないか」
 気絶させたはいいものの捕縛用のロープを持っていないログはそのまま侵入者を放置しておくことに決めて奴隷小屋の入り口へと向かった。


 「ふむ、壊れているな。なぜだ?」

 入り口に着いたはいいものの小屋の扉は壊れており、無理やりこじ開けて入ることを考えて壊そうとしたが、扉が壊れる直前でやめた。
 このままだと小屋が壊れるのではという予感がしたのだ。

 「仕方ない、裏口に回るか・・・」

 壊れた入り口を不器用なログは直すことも到底できないので裏口に回ったのだが、先ほどの間抜けな侵入者と同じ様なローブを纏っている侵入者がいた。

 ログはまだいるのかと思い無力化しようとした途端一人の侵入者に気づかれてしまった。

 「っ!?何奴!?姿を現すのじゃ!」
 まるでこちらが侵入者の様な物言いに少々呆れるが、まどろっこしい事は苦手なので素直に出ていくことにした。
 姿を現したログに侵入者たちは驚き警戒心を顕にして

 「き、貴様はログ・ハイローっ!なぜここにいるのじゃ!?」
 ローブで顔が見えないが少年としか思えないような背格好の侵入者が年寄りのような口調で問いただしてきた。
 「なぜと聞かれてもだな・・・勘、としか言えぬし、そもそもここは我らがバルクド帝国軍の陣地だからな俺がいるのは当然なのではないか?」
 ログは思ったことを正直に答えたのだが相手はそうは思わなかったようで、
 「なに!?裏切者がおるのかっ!?くそっ、なぜ同胞の救出の邪魔をする輩がおるのじゃ!見つけ出して叩き潰してやるわい!」
 勝手にあらぬ方向へと解釈して怒り、仕舞いには侵入した目的まで暴露してくれた。
 そんな相手にログはもう少し情報が欲しいと思い黙って眺めていたのだが、すぐに我に返ってしまった。

 「しかし見つかってしまっては致し方あるまい!相手はあのログ・ハイローじゃが、儂がなんとか足止めをする!そう時間は稼げぬだろうが・・・なんとしてでも同胞の救出を完遂できるだけの時間は稼ぐ!お主たちははよう行くのじゃ!」

 「お、おう!オラたちに任せてくだせえ!ガガルド様のお命は無駄にはしませんぜ!」
 ガガルドと呼ばれた侵入者の周りにいた似たような背格好の侵入者たちは哭きながらそんな事を言い出した。

 まるでログが目の前の侵入者を殺すことが決まっているかのような物言いに再度呆れてしまうが、とりあえずはまだ黙って見守っていようと思った。

 「な、なぜ儂を勝手に殺すのじゃ!?それにお主たちは救出の後に助けには来てくれぬのか!?ぐぬぬ、もう知らぬ!儂は独りでログ・ハイローを打ち倒し生還してみせるのじゃ!」
 拗ねたガガルドを放置して周りにいた侵入者たちはそそくさと奴隷小屋に入っていった。

 それをログは黙って見送っていたのだが、
 「ログ・ハイロー、なぜ黙って見過ごしたのじゃ?貴様なら儂らをものの数秒もあれば皆殺しにできた筈じゃ・・・今更同情したなどとほざくでないぞ。貴様ら人族は戦争に利用したいがために我らの同胞を奴隷に落とし虐げてきた。そんな貴様ら人族が我らを同情するなどという侮辱を儂は許せん!」

 怒りを顕にしてどこに持っていたのか知らないが身の丈以上の大きさの朱色のハルバードの様なもの(一般的なハルバードよりも短くなっておりガガルドの身の丈に合わせた物になっている)を腰を落として構えていた。

 「別に同情なんかではない。俺はそもそも奴隷を信用していなくてな、奴隷が何人逃げ出そうが正直に言えば興味はない・・・が!少年が俺の前に立ちはだかると言うのであれば容赦なく叩き潰してくれよう」
 同情をしていると言えばそうなのだが、更にめんどくさいことになりそうなのであえて興味がなくただ侵入者を排除する体でいくことにした。

 「なんじゃと!?勝手に虐げておきながら興味がないじゃと!?き、貴様ら人族は真に勝手な種族じゃの!訳もなく奴隷に落とされた我らの同胞の痛みを知るがよい!」

 怒りそうなので興味のない体で話を進めたというのに結局は怒るのか、とため息を吐きだす。
 だがそのため息がまたガガルドの逆鱗に触れたようで一層怒鳴り散らしてきた。

 「貴様ら人族はどれほど我らを侮辱すれば気がすむのじゃ!命を懸けて挑む儂に対して本気で戦う姿勢すらしないというのか!?それともなんじゃ!?儂程度だと本気にもなれぬとでも言いたいのか!?」
 確かにガガルドの実力ではログを相手に数秒もてばいい方であろう、だが決してログはガガルドを軽視しているわけではなかった。
 ログが見抜いたガガルドの実力はかなりのものであり、ログ以外では相手にもならないくらいであるのだ。

 なにを言っても怒りが増しそうなガガルドにめんどくさくなってきたのかログは問いには答えずに手早く無力化することにした。

 ログは一瞬でガガルドの懐に入りその剛腕で殴り上げた。
 “ドゴオッ”決して素手で殴ったのでは鳴らない音がしてガガルドは数メル空に飛んでいきそのまま落ちてきた。
 死んではいないが、まさに瞬殺である。

 地面に落ちた時にはすでに気絶していたガガルドを拾い上げ荷物のように担ぎ適当な場所を探す。

 「さて、どうしたもんか・・・とりあえず正体でも見てみるか」
 捕縛しようかと悩むが、ロープがないことを思い出したので捕縛は後回しにしてローブを捲った。

 「やはりドワーフであったか・・・」
 ローブの下は髭の生えた小柄な種族であるドワーフであった。
 「亜人種の反乱か、面倒なことにならなければよいのだが・・・とりあえず縛っておくか」
 そのドワーフが着ていたローブで簡易的に縛り上げ捕縛したのち足元に置いておいた。


 ログは今悩んでいた。最近は毎日悩んでいるのだが、その比ではないくらい悩んでいた。
 もちろん今現在足元で気絶しているドワーフの侵入者と恐らく今も救出しているであろう侵入者、最後に救出され脱走する奴隷についてだ。

 「どうしたもんか・・・見過ごせば恐らく皇帝陛下はお怒りになるだろうが、個人的には非正規の奴隷は解放してやりたいのだがな」
 ぶつぶつと誰にも聞こえないくらいの小声で悩んでいたのにもかかわらず返答があった。

 「ならば我らのことは見逃してもらえないだろうか?我らはお主たち人族に捕らえられ不法に奴隷とされた同胞を開放するためにここへ侵入しただけなのだ」
 「ぎゃはは、ハヌマエン様よー!いくらあのログ・ハイローといってもよ、俺ら全員で掛かれば殺せるんじゃねーのか?やっちまおうぜ!」
 大声で笑いながら物騒なことを言い出したのは先に話し出した侵入者の隣にいた腰が曲がっている大柄な侵入者であった。

 「何を言い出すのだ!?そんな事はしてはならん!第一まだログ・ハイロー殿の足元には気絶して縛り上げられたガガルド殿が横たわっておるではないか!そもそもログ・ハイロー殿は我らが一斉に掛かっていったとて勝てぬ!それが判らぬからお主は未だに未熟者なのだ!」
 「なんだと!?族長だからって調子に乗ってるんじゃねーか?お前なんていつでもぶっ殺して俺様が族長になれるんだぜ!?今ここで引導を渡してやろうか?ああん!?」

 いつの間にか侵入者同士で言い争いになり放置されているログはため息を吐き足元に置いていたガガルドをハヌマエンと呼ばれた侵入者に向かって放り投げた。

 「言い争うのは勝手だが、もう俺は眠たいからそのドワーフを連れてさっさと帰れ!俺は自分のテントに帰らせてもらうぞ」
 そう一方的に言って侵入者を放置して奴隷小屋から立ち去った。
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