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17.ピュア
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晴れて二人はつきあうことになった。
真緒がOKという返事をくれたのだ。
こんなとんとん拍子でいいのだろうか。
こんなうれしいことがあるのだろうか。
と、その場で飛び上がりそうになるのをよく必死で堪えたと後で思ったほどだ。
(どうしてOKしてくれたのか……不思議だけど……)
いつもなら早々に手を出すが、真緒相手にはそうはいかない。
出したいが……そんなタイミングはなかった。
(けど、付き合うってことは、この先キスしたりそれ以上のことするって話で……彼女はちゃんとそれをわかってるのか?)
当初、真緒は創平の部屋にあがるのをためらっていた。
「何もしない、何にも」
と創平の真剣な眼差しに、真緒は部屋に入ることも了承してくれた。そういった手前、真緒に何かするわけにはいかない。
日曜日の昼は、真緒と一緒にランチを作って食べたりする。
部屋では、ただそれだけだ。あとはテレビや録画を見たり。
ドライブに出かけることもあった。
海に出かけたり、山道を走ったり。
『いつも運転させてすみません』
「いいよ、俺、運転好きだし」
平気だよ、と真緒の頭を撫でてやると嬉しそうに俯いた。
(可愛い……)
これくらいは許してもらえるよな、という精一杯のスキンシップだった。
夜は遅くならないように、彼女を家まで、夕飯の時間までには送り届けた。
時折、倉橋家で夕飯をごちそうになることもあった。
「娘の恋人」という認識を持ってもらえているようで嬉しいが、緊張しかなかった。食事を一緒にさせてもらうなんてしてもいいのだろうか、と毎度考える。もてなしてもらうのはありがたいが、ちっぽけな自分にどうしてそこまで、という気にもなってしまう。
緊張しながらも、倉橋家の食卓を一緒に囲む回数は増えていた。
前回は、身の上について話すことはなかったが、真緒の両親と馴染みになるにつれて気づくことがあった。
真緒の父は会社役員で、兄は医者だという。母親は今は専業主婦だが、昔はパートに出たり、ピアノ講師をしていたという話だ。
父親はあまり手話ができないらしいということは、前回気づいていた。簡単な言葉はわかるが、殆どは真緒の表情から、なんとなく読み取るだけのようだ。今はここにいない真緒の兄は、手話を率先して習得したと話してくれた。
「真緒の声をなんとかしてやりたくてね……」
いいと聞くといろんなことを試したけれど、と母親は言う。
両親とも、治療費のためにお金を稼ぐのに必死だったという。
「恥ずかしい話ですが」
そう笑っていたが、当時はきっと計り知れない苦労や心痛があったことだろう。
真緒の兄は、妹の声を治す医者になりたいと言って医者になったようだ。
「この子は気管支が未発達のままらしくて……」
それは山岡に少し聞いたことがあって、知っていたが、黙って話を聞いていた。
「結局どうにもならなかったわけですが、真緒はもう充分だと言ってくれていますので」
それから、真緒の子供時代のことを話してくれた。
「私達は運がよかったんですよ」
「運、ですか」
娘には幼稚園時代から仲のいい幼馴染が二人いまして、と父親は言った。
「二人にはたくさん助けてもらいましてね。その子たちの親御さんにも、本当にたくさん助けてもらって……出会った人たちが皆、素敵な方ばかりで。卑屈になってしまいそうな時も、周囲の方達に随分と救われました」
(そうだったのか……)
「娘には、人様への感謝を忘れないようにと、常々言っています。もちろん私も妻も、この子の兄も忘れないようにと、思っていますよ」
創平は言葉を失った。
(俺の家族とは大違いだ……)
人を羨むのではなく、感謝する。
当たり前のようで当たり前でない、自分には出来てないことだと感じた。
(こんなご両親だから……倉橋さんは……前向きなのか)
俺があんなにひどいこと言ってきたのに、と何度も何度も反省してきたことではあるが、その度に自分を罵りたくなる。
(俺なんかが付き合っていい相手じゃないかもしれないな……)
「私の妹夫婦の会社でも、皆さんはよくしていただいていますし、感謝してもしきれませんね」
「……は……?」
危うくスルーしかけた創平は、父親の言葉に素っ頓狂な反応をしてしまった。
「あの、妹……さん、とは」
「草野小夜子ですよ」
「小夜子さん……社長の奥さん……ですか」
「小夜子は私の妹です」
えっ、と創平は盛大に驚いてしまった。
真緒の両親は顔を見合わせたあと、真緒を見た。
真緒は首を傾げ、両親を見返している。
「え……じゃあ、うちの社長と奥さんは、倉橋さんの叔父さん叔母さんになる、と?」
倉橋家の三人は頷いた。
「ご存知なかったですか?」
母親は驚いたように言う。
「全く……初耳です……」
『知ってらっしゃるのかと思ってました』
(いや、知ってたらあんな暴言……。俺、よく咎められなかったな、社長にも小夜子さんにも……)
初めて真緒の父親と、小夜子が兄妹だと知り、何も言うことができなくなってしまった。山岡や他の社員たちは知っていたのだろうか。知っていて、真緒に優しくしていたのだろうか。
(親戚だって知ってても知らなくても、あんな感じだったろうけど……)
真緒が告げ口をするような女性でないことはわかっている。
きっと二人にも、自分がされたことは伝えていないだろう。
だが。
それよりも、姪と交際している、まだ手は出してはいないが、出したようなものだ、それを知ったら社長夫妻が黙っているだろうか。
「妹夫妻は知っていますから、安心してください」
「えっ……社長たちはご存じなんですか……」
もう冷や汗しか出なかった。
真緒がOKという返事をくれたのだ。
こんなとんとん拍子でいいのだろうか。
こんなうれしいことがあるのだろうか。
と、その場で飛び上がりそうになるのをよく必死で堪えたと後で思ったほどだ。
(どうしてOKしてくれたのか……不思議だけど……)
いつもなら早々に手を出すが、真緒相手にはそうはいかない。
出したいが……そんなタイミングはなかった。
(けど、付き合うってことは、この先キスしたりそれ以上のことするって話で……彼女はちゃんとそれをわかってるのか?)
当初、真緒は創平の部屋にあがるのをためらっていた。
「何もしない、何にも」
と創平の真剣な眼差しに、真緒は部屋に入ることも了承してくれた。そういった手前、真緒に何かするわけにはいかない。
日曜日の昼は、真緒と一緒にランチを作って食べたりする。
部屋では、ただそれだけだ。あとはテレビや録画を見たり。
ドライブに出かけることもあった。
海に出かけたり、山道を走ったり。
『いつも運転させてすみません』
「いいよ、俺、運転好きだし」
平気だよ、と真緒の頭を撫でてやると嬉しそうに俯いた。
(可愛い……)
これくらいは許してもらえるよな、という精一杯のスキンシップだった。
夜は遅くならないように、彼女を家まで、夕飯の時間までには送り届けた。
時折、倉橋家で夕飯をごちそうになることもあった。
「娘の恋人」という認識を持ってもらえているようで嬉しいが、緊張しかなかった。食事を一緒にさせてもらうなんてしてもいいのだろうか、と毎度考える。もてなしてもらうのはありがたいが、ちっぽけな自分にどうしてそこまで、という気にもなってしまう。
緊張しながらも、倉橋家の食卓を一緒に囲む回数は増えていた。
前回は、身の上について話すことはなかったが、真緒の両親と馴染みになるにつれて気づくことがあった。
真緒の父は会社役員で、兄は医者だという。母親は今は専業主婦だが、昔はパートに出たり、ピアノ講師をしていたという話だ。
父親はあまり手話ができないらしいということは、前回気づいていた。簡単な言葉はわかるが、殆どは真緒の表情から、なんとなく読み取るだけのようだ。今はここにいない真緒の兄は、手話を率先して習得したと話してくれた。
「真緒の声をなんとかしてやりたくてね……」
いいと聞くといろんなことを試したけれど、と母親は言う。
両親とも、治療費のためにお金を稼ぐのに必死だったという。
「恥ずかしい話ですが」
そう笑っていたが、当時はきっと計り知れない苦労や心痛があったことだろう。
真緒の兄は、妹の声を治す医者になりたいと言って医者になったようだ。
「この子は気管支が未発達のままらしくて……」
それは山岡に少し聞いたことがあって、知っていたが、黙って話を聞いていた。
「結局どうにもならなかったわけですが、真緒はもう充分だと言ってくれていますので」
それから、真緒の子供時代のことを話してくれた。
「私達は運がよかったんですよ」
「運、ですか」
娘には幼稚園時代から仲のいい幼馴染が二人いまして、と父親は言った。
「二人にはたくさん助けてもらいましてね。その子たちの親御さんにも、本当にたくさん助けてもらって……出会った人たちが皆、素敵な方ばかりで。卑屈になってしまいそうな時も、周囲の方達に随分と救われました」
(そうだったのか……)
「娘には、人様への感謝を忘れないようにと、常々言っています。もちろん私も妻も、この子の兄も忘れないようにと、思っていますよ」
創平は言葉を失った。
(俺の家族とは大違いだ……)
人を羨むのではなく、感謝する。
当たり前のようで当たり前でない、自分には出来てないことだと感じた。
(こんなご両親だから……倉橋さんは……前向きなのか)
俺があんなにひどいこと言ってきたのに、と何度も何度も反省してきたことではあるが、その度に自分を罵りたくなる。
(俺なんかが付き合っていい相手じゃないかもしれないな……)
「私の妹夫婦の会社でも、皆さんはよくしていただいていますし、感謝してもしきれませんね」
「……は……?」
危うくスルーしかけた創平は、父親の言葉に素っ頓狂な反応をしてしまった。
「あの、妹……さん、とは」
「草野小夜子ですよ」
「小夜子さん……社長の奥さん……ですか」
「小夜子は私の妹です」
えっ、と創平は盛大に驚いてしまった。
真緒の両親は顔を見合わせたあと、真緒を見た。
真緒は首を傾げ、両親を見返している。
「え……じゃあ、うちの社長と奥さんは、倉橋さんの叔父さん叔母さんになる、と?」
倉橋家の三人は頷いた。
「ご存知なかったですか?」
母親は驚いたように言う。
「全く……初耳です……」
『知ってらっしゃるのかと思ってました』
(いや、知ってたらあんな暴言……。俺、よく咎められなかったな、社長にも小夜子さんにも……)
初めて真緒の父親と、小夜子が兄妹だと知り、何も言うことができなくなってしまった。山岡や他の社員たちは知っていたのだろうか。知っていて、真緒に優しくしていたのだろうか。
(親戚だって知ってても知らなくても、あんな感じだったろうけど……)
真緒が告げ口をするような女性でないことはわかっている。
きっと二人にも、自分がされたことは伝えていないだろう。
だが。
それよりも、姪と交際している、まだ手は出してはいないが、出したようなものだ、それを知ったら社長夫妻が黙っているだろうか。
「妹夫妻は知っていますから、安心してください」
「えっ……社長たちはご存じなんですか……」
もう冷や汗しか出なかった。
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