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15.義理と本命
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年が明け、仕事始めとなり、また同僚達と顔を合わせた。
真緒と目が合うと、創平は笑えるようになった。
ぎこちなかった笑顔も、お互い自然になってきた。
創平の恋は益々が募っていくようだが、今更の恋愛に足踏みをしてしまっている。しかも相手は、自分が罵った女性だ。いくら以前より距離が近づいたとはいえ、彼女に対しての酷い言動は消えないのだ。
「さっさと言えばいいのに」
山岡は簡単に言うが、そうもいかないのが大人だ。
「……ンな簡単じゃねえよ」
「好きです、付き合ってください。これでいいじゃん」
「それが難しいんだって。フラれたら、この先仕事しづれえだろうが」
「何も言わないでいて、御曹司にかっさらわれてもいいのか?」
「……それは嫌。せめて他のヤツなら」
なんだそりゃ、と山岡は苦笑していた。
真緒との距離はそれ以上縮まることもなく、ただ時間だけが過ぎて行った。
どこか遊びに誘おうか、と思いはするものの、口実がなく誘うことが出来ずにいた。
そして、バレンタインデーには、真緒からチョコレートもらい、創平は有頂天になった。
(倉橋さんから……)
だが。
「あ、俺ももらったよ」
「え?」
「全員に配ってたみたい」
「え」
「ほら」
仕事を終えて、山岡と駐車場に向かっている時だった。
暗がりの中で、山岡が小さな紙袋を見せてくれた。自分も同じものを手にしている。
「あ……」
「松浦、自分だけと思った? ざーんねん」
「別に」
「ほんと?」
「うるせーよ」
山岡には言えなかったが、正直、特別かもしれない、と自惚れかけていた。現実を知って、少し落胆したのは本当のことだ。
真緒からメッセージが届き、創平のアパートの前にいると言われ、慌てて外に出た。
もう部屋着に着替えたあとで、ラフなスタイルで出てしまった。
「倉橋さん……遅い時間にどうした?」
会社帰りだろうが、もうこの時間は暗い。
そして寒い中、彼女はここまで寄ってくれたのだろう。
『お疲れ様です』
小さく手話で言われ、創平も同じように返した。
「お疲れ……」
そして、真緒は恥ずかしそうに、紙袋を差し出した。
「え?」
(もしかして……)
『バレンタインのチョコです』
「会社でもらったけど」
『いつもお世話になっているので、別にもう一つ』
俯き加減になりながら手渡してきた紙袋を、創平は、
「あ、ありがとう……」
と、そっと受け取った。
「あっ、倉橋さん、お茶でも飲んでく?」
『え、いえ、失礼しますっ。渡したかっただけなので!』
止める間もなく、真緒はぺこりと頭を下げて踵を返した。
「え……」
以前、簡単に部屋に上がらない方がいい、と言ったせいだと思った。
(なんで俺はあんなこと言ったんだ……)
追いかけようと思ったが、自転車で去っていく真緒には追いつかないと判断した。
(……義理チョコじゃない、ってことだよな)
心臓がバクバク言っている。
(これは……)
ドアを閉め、部屋に戻って紙袋の中のものを取り出した。
ラッピングされた細長い箱が入っていた。
息を飲んでそれを開けると、いくつかのトリュフが並んでいる。
(手作り……か?)
どうやら真緒の手作りらしい、ということはわかった。
(自惚れていいのかな……)
一つ口に放り込むと、口のなかで溶けて甘さが広がっていく。
(嬉しい……)
実は手作りチョコレートをもらったのは初めてだ。歴代彼女にすらもらったことはない。もらったことはあっても、手作りではなかった……。
(こんなに嬉しいもんなのか……)
それも、好きな相手からもらうのは。
(全部食うのやめよ)
そっと箱を閉め、冷蔵庫に入れたのだった。
会社で会っても、真緒はぎこちない。
礼を伝えたが、彼女の態度は少し妙だ。まるで避けられているかのようだった。
山岡も気づいたようで、
「松浦、真緒ちゃんに何かしたか?」
と問われてしまった。
「してねえよ」
「そう? 最近よそよそしいなあって」
「元からだろ」
「そうだけど……ちょっと距離が近づいたと思ってたから」
「うん、俺もちょっとそんな気になってた」
山岡には、義理チョコ以外に、トリュフをもらったことを伝えた。
彼ならきっと何か意見をくれると思ったからだ。
「うーん、特別だな」
「特別。それはどういう意味だと思う? 倉橋さんは『世話になってるから』って言ってたけど」
「おまえは額面どおりに受け取るか?」
「……うん」
世話になっている、以外には何も言われてはいないのだ。
そう受け取るしかないと思っている。
「ホワイトデー、ちゃんとお返ししろよ」
「するけどさ」
「……告る?」
「……いや、それは」
このままの関係でいい、だがこのままだと彼女はきっと誰かのものになって自分の手の届かない存在になりかねない。
「ちょっと、考えるわ」
「おう」
「……で、相談したいことがあるんだ」
「いいよ」
「いや、おまえの奥さんに」
「里佳子に?」
「うん」
「いいけど……うち来る?」
「あ、いや、伝言でいい。おまえに仲介頼むのは癪だけど」
「はあ?」
山岡はしかめっ面をして、創平を睨んだ。
「おまえを邪険にするつもりはないから」
「当たり前だ。俺抜きで里佳子に接触するなよ。俺の女房なんだからな」
「誰か手え出すかよ。そんなことじゃないわ」
なんだかんだで愛妻家の山岡は、妻のことをなると牙を剥いてくるのだ。
「奥さんにさ……ホワイトデーに、バレンタインのお返しに何を贈ったらいいか、って相談したいんだよな……」
「え、真緒ちゃん?」
創平は頷いた。
「相談できる女性がいないからさ、山岡の奥さんなら、まともな人だし、いいアドバイスもらえると思って……」
「オッケー、里佳子に訊いてみる。人選間違ってねえぞ。里佳子なら間違いないからな。何がいいか相談して返事するから」
「……頼む」
真緒と目が合うと、創平は笑えるようになった。
ぎこちなかった笑顔も、お互い自然になってきた。
創平の恋は益々が募っていくようだが、今更の恋愛に足踏みをしてしまっている。しかも相手は、自分が罵った女性だ。いくら以前より距離が近づいたとはいえ、彼女に対しての酷い言動は消えないのだ。
「さっさと言えばいいのに」
山岡は簡単に言うが、そうもいかないのが大人だ。
「……ンな簡単じゃねえよ」
「好きです、付き合ってください。これでいいじゃん」
「それが難しいんだって。フラれたら、この先仕事しづれえだろうが」
「何も言わないでいて、御曹司にかっさらわれてもいいのか?」
「……それは嫌。せめて他のヤツなら」
なんだそりゃ、と山岡は苦笑していた。
真緒との距離はそれ以上縮まることもなく、ただ時間だけが過ぎて行った。
どこか遊びに誘おうか、と思いはするものの、口実がなく誘うことが出来ずにいた。
そして、バレンタインデーには、真緒からチョコレートもらい、創平は有頂天になった。
(倉橋さんから……)
だが。
「あ、俺ももらったよ」
「え?」
「全員に配ってたみたい」
「え」
「ほら」
仕事を終えて、山岡と駐車場に向かっている時だった。
暗がりの中で、山岡が小さな紙袋を見せてくれた。自分も同じものを手にしている。
「あ……」
「松浦、自分だけと思った? ざーんねん」
「別に」
「ほんと?」
「うるせーよ」
山岡には言えなかったが、正直、特別かもしれない、と自惚れかけていた。現実を知って、少し落胆したのは本当のことだ。
真緒からメッセージが届き、創平のアパートの前にいると言われ、慌てて外に出た。
もう部屋着に着替えたあとで、ラフなスタイルで出てしまった。
「倉橋さん……遅い時間にどうした?」
会社帰りだろうが、もうこの時間は暗い。
そして寒い中、彼女はここまで寄ってくれたのだろう。
『お疲れ様です』
小さく手話で言われ、創平も同じように返した。
「お疲れ……」
そして、真緒は恥ずかしそうに、紙袋を差し出した。
「え?」
(もしかして……)
『バレンタインのチョコです』
「会社でもらったけど」
『いつもお世話になっているので、別にもう一つ』
俯き加減になりながら手渡してきた紙袋を、創平は、
「あ、ありがとう……」
と、そっと受け取った。
「あっ、倉橋さん、お茶でも飲んでく?」
『え、いえ、失礼しますっ。渡したかっただけなので!』
止める間もなく、真緒はぺこりと頭を下げて踵を返した。
「え……」
以前、簡単に部屋に上がらない方がいい、と言ったせいだと思った。
(なんで俺はあんなこと言ったんだ……)
追いかけようと思ったが、自転車で去っていく真緒には追いつかないと判断した。
(……義理チョコじゃない、ってことだよな)
心臓がバクバク言っている。
(これは……)
ドアを閉め、部屋に戻って紙袋の中のものを取り出した。
ラッピングされた細長い箱が入っていた。
息を飲んでそれを開けると、いくつかのトリュフが並んでいる。
(手作り……か?)
どうやら真緒の手作りらしい、ということはわかった。
(自惚れていいのかな……)
一つ口に放り込むと、口のなかで溶けて甘さが広がっていく。
(嬉しい……)
実は手作りチョコレートをもらったのは初めてだ。歴代彼女にすらもらったことはない。もらったことはあっても、手作りではなかった……。
(こんなに嬉しいもんなのか……)
それも、好きな相手からもらうのは。
(全部食うのやめよ)
そっと箱を閉め、冷蔵庫に入れたのだった。
会社で会っても、真緒はぎこちない。
礼を伝えたが、彼女の態度は少し妙だ。まるで避けられているかのようだった。
山岡も気づいたようで、
「松浦、真緒ちゃんに何かしたか?」
と問われてしまった。
「してねえよ」
「そう? 最近よそよそしいなあって」
「元からだろ」
「そうだけど……ちょっと距離が近づいたと思ってたから」
「うん、俺もちょっとそんな気になってた」
山岡には、義理チョコ以外に、トリュフをもらったことを伝えた。
彼ならきっと何か意見をくれると思ったからだ。
「うーん、特別だな」
「特別。それはどういう意味だと思う? 倉橋さんは『世話になってるから』って言ってたけど」
「おまえは額面どおりに受け取るか?」
「……うん」
世話になっている、以外には何も言われてはいないのだ。
そう受け取るしかないと思っている。
「ホワイトデー、ちゃんとお返ししろよ」
「するけどさ」
「……告る?」
「……いや、それは」
このままの関係でいい、だがこのままだと彼女はきっと誰かのものになって自分の手の届かない存在になりかねない。
「ちょっと、考えるわ」
「おう」
「……で、相談したいことがあるんだ」
「いいよ」
「いや、おまえの奥さんに」
「里佳子に?」
「うん」
「いいけど……うち来る?」
「あ、いや、伝言でいい。おまえに仲介頼むのは癪だけど」
「はあ?」
山岡はしかめっ面をして、創平を睨んだ。
「おまえを邪険にするつもりはないから」
「当たり前だ。俺抜きで里佳子に接触するなよ。俺の女房なんだからな」
「誰か手え出すかよ。そんなことじゃないわ」
なんだかんだで愛妻家の山岡は、妻のことをなると牙を剥いてくるのだ。
「奥さんにさ……ホワイトデーに、バレンタインのお返しに何を贈ったらいいか、って相談したいんだよな……」
「え、真緒ちゃん?」
創平は頷いた。
「相談できる女性がいないからさ、山岡の奥さんなら、まともな人だし、いいアドバイスもらえると思って……」
「オッケー、里佳子に訊いてみる。人選間違ってねえぞ。里佳子なら間違いないからな。何がいいか相談して返事するから」
「……頼む」
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