伝えたい、伝えられない。

文字の大きさ
上 下
19 / 65

15.義理と本命

しおりを挟む
 年が明け、仕事始めとなり、また同僚達と顔を合わせた。
 真緒と目が合うと、創平は笑えるようになった。
 ぎこちなかった笑顔も、お互い自然になってきた。
 創平の恋は益々が募っていくようだが、今更の恋愛に足踏みをしてしまっている。しかも相手は、自分が罵った女性だ。いくら以前より距離が近づいたとはいえ、彼女に対しての酷い言動は消えないのだ。
「さっさと言えばいいのに」
 山岡は簡単に言うが、そうもいかないのが大人だ。
「……ンな簡単じゃねえよ」
「好きです、付き合ってください。これでいいじゃん」
「それが難しいんだって。フラれたら、この先仕事しづれえだろうが」
「何も言わないでいて、御曹司にかっさらわれてもいいのか?」
「……それは嫌。せめて他のヤツなら」
 なんだそりゃ、と山岡は苦笑していた。


 真緒との距離はそれ以上縮まることもなく、ただ時間だけが過ぎて行った。
 どこか遊びに誘おうか、と思いはするものの、口実がなく誘うことが出来ずにいた。
 そして、バレンタインデーには、真緒からチョコレートもらい、創平は有頂天になった。
(倉橋さんから……)
 だが。
「あ、俺ももらったよ」
「え?」
「全員に配ってたみたい」
「え」
「ほら」
 仕事を終えて、山岡と駐車場に向かっている時だった。
 暗がりの中で、山岡が小さな紙袋を見せてくれた。自分も同じものを手にしている。
「あ……」
「松浦、自分だけと思った? ざーんねん」
「別に」
「ほんと?」
「うるせーよ」
 山岡には言えなかったが、正直、特別かもしれない、と自惚れかけていた。現実を知って、少し落胆したのは本当のことだ。


 真緒からメッセージが届き、創平のアパートの前にいると言われ、慌てて外に出た。
 もう部屋着に着替えたあとで、ラフなスタイルで出てしまった。
「倉橋さん……遅い時間にどうした?」
 会社帰りだろうが、もうこの時間は暗い。
 そして寒い中、彼女はここまで寄ってくれたのだろう。
『お疲れ様です』
 小さく手話で言われ、創平も同じように返した。
「お疲れ……」
 そして、真緒は恥ずかしそうに、紙袋を差し出した。
「え?」
(もしかして……)
『バレンタインのチョコです』
「会社でもらったけど」
『いつもお世話になっているので、別にもう一つ』
 俯き加減になりながら手渡してきた紙袋を、創平は、
「あ、ありがとう……」
 と、そっと受け取った。
「あっ、倉橋さん、お茶でも飲んでく?」
『え、いえ、失礼しますっ。渡したかっただけなので!』
 止める間もなく、真緒はぺこりと頭を下げて踵を返した。
「え……」
 以前、簡単に部屋に上がらない方がいい、と言ったせいだと思った。
(なんで俺はあんなこと言ったんだ……)
 追いかけようと思ったが、自転車で去っていく真緒には追いつかないと判断した。
(……義理チョコじゃない、ってことだよな)
 心臓がバクバク言っている。
(これは……)
 ドアを閉め、部屋に戻って紙袋の中のものを取り出した。
 ラッピングされた細長い箱が入っていた。
 息を飲んでそれを開けると、いくつかのトリュフが並んでいる。
(手作り……か?)
 どうやら真緒の手作りらしい、ということはわかった。
(自惚れていいのかな……)
 一つ口に放り込むと、口のなかで溶けて甘さが広がっていく。
(嬉しい……)
 実は手作りチョコレートをもらったのは初めてだ。歴代彼女にすらもらったことはない。もらったことはあっても、手作りではなかった……。
(こんなに嬉しいもんなのか……)
 それも、好きな相手からもらうのは。
(全部食うのやめよ)
 そっと箱を閉め、冷蔵庫に入れたのだった。


 会社で会っても、真緒はぎこちない。
 礼を伝えたが、彼女の態度は少し妙だ。まるで避けられているかのようだった。
 山岡も気づいたようで、
「松浦、真緒ちゃんに何かしたか?」
 と問われてしまった。
「してねえよ」
「そう? 最近よそよそしいなあって」
「元からだろ」
「そうだけど……ちょっと距離が近づいたと思ってたから」
「うん、俺もちょっとそんな気になってた」
 山岡には、義理チョコ以外に、トリュフをもらったことを伝えた。
 彼ならきっと何か意見をくれると思ったからだ。
「うーん、特別だな」
「特別。それはどういう意味だと思う? 倉橋さんは『世話になってるから』って言ってたけど」
「おまえは額面どおりに受け取るか?」
「……うん」
 世話になっている、以外には何も言われてはいないのだ。
 そう受け取るしかないと思っている。
「ホワイトデー、ちゃんとお返ししろよ」
「するけどさ」
「……告る?」
「……いや、それは」
 このままの関係でいい、だがこのままだと彼女はきっと誰かのものになって自分の手の届かない存在になりかねない。
「ちょっと、考えるわ」
「おう」
「……で、相談したいことがあるんだ」
「いいよ」
「いや、おまえの奥さんに」
「里佳子に?」
「うん」
「いいけど……うち来る?」
「あ、いや、伝言でいい。おまえに仲介頼むのは癪だけど」
「はあ?」
 山岡はしかめっ面をして、創平を睨んだ。
「おまえを邪険にするつもりはないから」
「当たり前だ。俺抜きで里佳子に接触するなよ。俺の女房なんだからな」
「誰か手え出すかよ。そんなことじゃないわ」
 なんだかんだで愛妻家の山岡は、妻のことをなると牙を剥いてくるのだ。
「奥さんにさ……ホワイトデーに、バレンタインのお返しに何を贈ったらいいか、って相談したいんだよな……」
「え、真緒ちゃん?」
 創平は頷いた。
「相談できる女性がいないからさ、山岡の奥さんなら、まともな人だし、いいアドバイスもらえると思って……」
「オッケー、里佳子に訊いてみる。人選間違ってねえぞ。里佳子なら間違いないからな。何がいいか相談して返事するから」
「……頼む」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...