大人の恋愛の始め方

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【第4部】浩輔編

30.警告(後編)

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 舞衣のアパートに戻ると、彼女は、
「どうしたの? 何かあった?」
 と心配そうに尋ねてきた。
「いや、コンビニ行ってきただけだ」
「そう」
「ほら、これ」
「……煙草? ……チョコレー……あっ」
 浩輔はコンドームの箱を見せた。
 舞衣は顔を赤らめて、背を向けた。
「もうなかったし」
「そ、そう……」
 浩輔は本当にコンビニに立ち寄った。
 口実のために寄って、何かを買おうと思い、思わずこれを手にしたのだ。
 一瞬煙草に見えたようだが、それにしては大きいので、チョコレート菓子と思ったのだろう。すぐに察したようだ。
「俺は煙草は吸わないし、チョコレートもそんなに食べないし」
「…………」
「舞衣は煙草が嫌いだろ。吸わないから安心しろよ」
「……うん」
 舞衣は子供の頃身体が弱く、気管支も丈夫でなかったせいか、不快な空気には敏感なようだ。今でもそれは変わらないのだろう。
「俺には煙草は不味い。そんな金あるなら別のもんに使いてえし」
「別のもの?」
「……車とかさ。就職してから買った車にずっと乗ってるけど、いつか買い換えなきゃいけない日が来るだろうし」
「そっか」
 舞衣は浩輔が喫煙しないことを歓迎しているようだ。
 喫煙した口で舞衣にキスなんてしたら、彼女は気を失うかもしれない。
(あの坂本は……吸ってないだろうな)
 煙草の臭いはしなかった。
(煙草吸ってたら付き合わないか)
 もうどうでもいいけど、と浩輔は思った。
「出来たし、ごはんも炊けたから、そろそろ食べよっか」
「……おう」
 舞衣は手料理を振る舞ってくれた。
 簡単なものしか作れないと言うが、二人で食事をするようになってからはいろんなものに挑戦しているらしい。
(一生食いてえな……)
 まだまだ浩輔の男飯のほうが好きだと彼女は言うが、浩輔としては凝った料理を食べさせてもらえるのは嬉しかった。
(さっきのあいつとは飯食ったのか……)
 料理はいつも一人分だと言っていたし、そんな機会は少なかったのかもしれない。
(あの男、ヤり目的で付き合ったとしか思えねえなあ……別れて正解だ)
 自分のことは棚に上げる浩輔だ。
(それにあれだけ釘刺したんだし大丈夫だろう、一応身元を調べておくか)
 と浩輔は坂本の情報を脳内で整理する。
 以前、それとなく舞衣から、名前、学部や出身地、就職内定先などの個人情報を聞き出していたし、インプットしていた。本職ヤクザではないが、情報を手に入れる方法は知っている。その情報で金儲けなどに使う使うつもりはないが、舞衣のために手を打っておくのも悪くはないだろう。
「坂本君のこと、どうしてそんなに訊くの?」
 と以前言われたが、適当に濁した。まさか今会ってきて、大事なものを握って脅したなんて思わないだろう。もうきっと舞衣の脳内からは消されている。
「いただきまーす」
 当たり前のように二人は、こうして会って食事をしている。
「うん。あ、これうめえな。味付け、いいな」
 肉巻き野菜を口にして、浩輔は笑った。
「ほんと? ありがとう。三原君のおかげだよ」
「いやいや舞衣の腕だよ」
 高虎の手伝いをしている影山智幸は料理が得意で、彼が作ってくれたものが美味くてそれを舞衣に教えたのだ。本職がヤクザなのに、料理が好きで、タイミングが合えば料理を振る舞ってくれている。
 野菜や味付けを変えることで、毎日出しても違うものに思える。それ教えてくれたので、時折浩輔も作って、ストックしている。
 それを舞衣は気に入ったようだった。
「まだまだ頑張るね」
「おう」

 食事が終わってからの後片付けは、浩輔がする。
 浩輔の部屋で食事をした時は舞衣が片付けてくれるからだ。
 終わったあとは、少し話をし、その流れで浩輔がベッドに誘う──だいたい舞衣は拒否はしないことが多い。
 出来ない日はやんわり断ってくるし、浩輔の顔色を伺って、浩輔だけの処理を手や口でしてくれることはあった。
 今日は舞衣の部屋だが、浩輔の部屋では100%の確率で舞衣を抱いた。男の部屋に来るのだからそのつもりがあるのだろう、という気持ちでいる。
 そして今日も舞衣のベッドで彼女を抱いた。
 布団の上と違って、ギシギシと軋む音がするのがまたいい。
 最初の頃よりも舞衣は大胆になったし、浩輔の望むこともしてくれる。
(エロくなったよなあ……)
 情事を終えて、眠ってしまった舞衣の顔を見つめた。
 あどけない顔をしている。
(可愛いけど)
 彼女を起こさないようにそっとベッドから降りて、服を身につけた。
 泊まってもいいのに、といつも言われるが、舞衣も浩輔の部屋に泊まったことはない。
 自分だけ一方的なのもな、と思っている。妙なこだわりだ。
 そろそろ帰るかな、と支度をし始めると、
「三原君……?」
 舞衣が目を覚ましたようだった。
「帰るの?」
「ああ、もう遅い時間だしな」
「泊まっていけばいいのに……」
「また今度な」
「いつもそれ言う……」
 舞衣はベッドから降り、急いでスエットを着ると、浩輔の見送りに来た。
「じゃあ、またな」
「うん、またね」
「あーけど、引っ越しするんだっけな」
「うん、そうだね」
「引っ越しの手伝いはいらないんだったよな」
「うん。少しずつ箱詰めはしてるし、あとは引越業者さんに運んでもらうだけだよ」
 わかった、と浩輔は笑った。
「三原君」
「ん?」
「引越先にも、来てくれる……かな」
「舞衣がいいなら行くよ」
「うん、来て、ほしい」
 彼女は笑った。
(どういう意味で言ってるんだろう……)
 好きだから、なのだろうか。
 だが浩輔は舞衣に「好きだ」と言ったことはない。
 だから今はの関係は「恋人」ではない。
(セフレ)
 無邪気に笑う舞衣を少し蔑んだ目で見た。
 蔑んだ目だなんて、彼女はきっと気づいていないだろう。
「じゃあ、また」
「うん、おやすみ」
「おやすみ。風邪ひかないようにな」
 踵を返し、ドアを開けた。
 振り返ると舞衣は手を振ってくれた。
 片手を挙げると、浩輔はドアを締めた。
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