大人の恋愛の始め方

文字の大きさ
上 下
198 / 222
【第4部】浩輔編

18.合格祝

しおりを挟む
 舞衣が、市役所の採用試験に合格したという。
 八月の下旬になろうかと言う頃に、メッセージが届いた。
《よかったな》
 と送ると、礼の言葉のあとに、電話をしたかったのだろうけれど、躊躇ったようなメッセージが追加で送られてきた。
(電話してやるか?)
 浩輔のほうから電話をすると、電話口の向こうで舞衣が慌てふためいているのがわかった。
『ど、どうしたの電話なんて』
「掛けない方がよかったか?」
『そんなことはないよ』
「ならいいけど。……で、舞衣、おめでと。よかったな」
『ありがとう!』
 声が弾んでいる。
 子供の頃……というか、知っている舞衣はおどおどしていたような気がするが、こんなに感情を昂ぶらせるんだと知って少し嬉しくなってしまった。
(昂ぶらせる……)
 少し前に舞衣のあらぬ姿を妄想して自慰に耽った事を思い出し、邪念を振り払った。
「やべ」
『どうかした?』
「なんでもない」
『そう?』
 そうだ、とあたかも今思いついたかのように浩輔は口を開いた。
「祝いに、なんか飯でも食いに行くか? 遊びに行くのでもいいし」
『えっ』
「嫌ならいいけど」
『イヤじゃない、嬉しい……』
 電話越しだが、舞衣の気持ちが伝わってきた。
「じゃあ、とりあえず、舞衣を迎えに行く。いつがいい?」
 二人は予定を決めた。

***

 現れた舞衣は、女子大生らしい出で立ちだった。
 日曜日。
(結構……可愛い……)
 水色のパステルカラーの半袖のカットソーを着て、丈が長めのスカート。ふわふわした印象だ。どこにでもいそうな女子大生に見える。どんな服装が流行だとかそういうことは知らないが、違和感はない。
 待ち合わせの公園の駐車場で、舞衣を待っていたが、すぐにはわからなかった。今の舞衣はパン屋の舞衣くらいしか知らないからだ。
 まじまじと見つめていると、
「変かな?」
 と困ったような顔をした。
「いや、変じゃない。可愛いと思って」
「か、可愛い!?」
「うん」
 赤くなる舞衣を見て、
「嘘は言ってない」
 と言い繕った。
 しかしそれは逆効果だったようで、益々彼女は湯気が出そうなくらい赤くなった。
「車、乗って」
 助手席のドアを開け、乗るように促した。
 すぐに乗ってくれるかと思いきや、舞衣はなぜが困ったように浩輔を見た。
「どうした?」
「あの……助手席に乗ってもいいのかな」
「もちろん。どうぞ」
 おずおずと乗り込む舞衣に、
「タクシーじゃないんだし、後ろのほうがいいなら構わないけど」
「ご、ごめん、特に嫌とかはなくて」
 失礼します、と舞衣は言った。
 スカートが挟まれないように、と確認し、浩輔はドアを閉めた。
「じゃ、まずは食事に行こう。舞衣は何が食べたいか考えてきたか?」
「あ、うん。三原君はパスタは大丈夫?」
「うん、平気。寧ろ好き」
「じゃあ、このお店……行ってもらっていい? 生パスタのお店で、あとフランスパンが付いてくるんだって。種類も選べるし、シェアも出来るって」
 舞衣はスマホを取り出し、気になっていたらしい店のサイトを見せてくれた。
「へえー、こんな店があるんだ」
 自分の行く店といえば、安くて量のある店や、反対に高虎に連れていってもらうような店か、偏っている。おしゃれな店にはなかなか行く機会がなかった。
「よし、じゃあ、行くか。予約なしでも入れる店だよな?」
「うん、大丈夫そう」
 ナビがなくても道は大丈夫そうだが、念のため、その店を登録し、出発することにした。
「舞衣はこの店に行ったことはないのか?」
「うん、自分ではなかなか行けないなあって」
「友達とは?」
「うーん、なかなかタイミングが合わなくて。一人で行こうにも、ちょっと遠いし」
「そっか。もし行きたい店があれば俺に言えよ、俺が連れてってやるよ」
「え……いいの?」
 舞衣の声が上ずる。
「いいよ。予定がなければだけど」
「そう……」
 隣の舞衣をルームミラー越しに見ると、今日はパン屋で見かける時よりしっかりメイクをしているようだ。目元にふんわりとした色が入っている。バーで遭遇したときは、かなり濃いめのメイクだったが、仕事柄仕方がなかったのだろう。今日のほうが可愛いと思った。
(大人になったんだな……)
 唇に色もついているし、頬も少し色が付いている。
 そういえば舞衣は、子供の頃は身体が弱かったはずだ。いつの間にか、人並みにはなっていたようだが。
「舞衣、車酔いはないか?」
「大丈夫」
「小学生の頃、バス遠足の時、よく酔ってたよな」
「……そんなこと、よく覚えてるね」
「まあな」
 バスに乗ると乗り物酔いをする児童がいたものだが、舞衣がそれだった。新聞紙とビニール袋で作ったエチケット袋を持参していたことを思い出したのだ。
「で、大丈夫か?」
「うん、最近は大丈夫。三原君の運転は平気よ」
「俺の運転はって……?」
 言葉が気になり、思わず問い返した。
「他の人の運転だと酔ったことあるのか?」
「あ……えっ、その……」
 舞衣は一瞬しまったという表情を見せた。
「別に気にしねえよ。彼氏か?」
(まさか男がいるのか……)
 チクリ、胸が痛んだ。
「えと……以前に、付き合ってた人、あんまり運転が上手じゃなかったみたいで、結構荒っぽくて……よく気分悪くなってしまったていうか……」
「そうか」
「三原君はそんなことないからね!?」
「気分悪くなったら言えよ? まあ俺の運転で酔った人間いないし。車に携わる仕事してるし、車は大事に扱うよ、俺はね」
 お客様の車の修理をして試運転をする時も、社用車を運転する時も、安全運転を心がけている。
「大丈夫だと思う。発進もすごく滑らかだったもん」
「普通だと思うけど。その相手、よっぽど下手か、性格が荒かったか、だな」
 苦笑するしかなかった。
(その男って、セックスもそんな感じだったんだろうな)
「自分で言うけど、俺は下手じゃないと思うし、よほどじゃなきゃ荒くはならないよ。けど、気分悪くなったらすぐ言えよ。なんとかするから、さ」
「うん、ありがとう」
 舞衣の付き合っていた男はどんなやつだったんだろう、と浩輔は考える。訊いてみたいが訊いてもどうしようもない。今はつきあってはいないようだし、知っても仕方が無いと思うことにした。
 ミラー越しの彼女は、なぜか嬉しそうに前を見ていた。
 舞衣が行きたいという店に着くまでに、いろいろな話をした。
 まずは舞衣の、公務員試験合格を祝う。
「ありがとう、ほんとに採用試験に合格するなんて、嬉しくて」
「よかったな」
「……うん」
 試験に受かった後は、健康診断や面談があって、内定が出るのだと話してくれた。公務員というのは難しいものなんだなと感じた。
(俺には縁が無いけど)
 中学時代の同級生はどうしている、同じ中学から同じ高校に行った誰それはどうなっている、など浩輔の知らない情報をいろいろ聞いたが、記憶にない者もいた。
(そもそも高校時代の舞衣のこと、俺は知らないしな……)
 どんなふうに過ごしたのだろうかとも考えたが、さほど興味はわかなかった。それより、舞衣のつきあった男がどんな人物だったのだろうか、とそちらに興味が湧いていた。高校一年生の時の男はどうでもいい。同じ施設の女の子からきいた時にはクズなやつだったということだし、そんな男に引っかかっていなければいいが、と思ってしまう。「友達」として心配していしまう自分がいた。
 舞衣の話を聞きながら、どこかで話題にならないか、と考えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

契約妻ですが極甘御曹司の執愛に溺れそうです

冬野まゆ
恋愛
経営難に陥った実家の酒造を救うため、最悪の縁談を受けてしまったOLの千春。そんな彼女を助けてくれたのは、密かに思いを寄せていた大企業の御曹司・涼弥だった。結婚に関する面倒事を避けたい彼から、援助と引き換えの契約結婚を提案された千春は、藁にも縋る思いでそれを了承する。しかし旧知の仲とはいえ、本来なら結ばれるはずのない雲の上の人。たとえ愛されなくても彼の良き妻になろうと決意する千春だったが……「可愛い千春。もっと俺のことだけ考えて」いざ始まった新婚生活は至れり尽くせりの溺愛の日々で!? 拗らせ両片思い夫婦の、じれじれすれ違いラブ!

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

無表情いとこの隠れた欲望

春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。 小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。 緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。 それから雪哉の態度が変わり――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...