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【第4部】浩輔編
10.パン屋
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「腹減った……」
土曜日の今日はよく頑張ったほうだ、と浩輔は息を吐いた。平日より来客も多いし、突発的な整備や部品交換が増える日だ。
今日は昼にコンビニのおむすびを食べたが、それだけはやはり足りない。会社の近くにパン屋があることを最近知り、浩輔は向かった。
「夕方になったら半額のがあるから。行ってみろよ」
同僚の整備士に言われ、言われたパン屋に向かう。
朝早くから開けているので、夕方は遅くまでは営業はしていないということだった。
通勤途中の道ではないため、気づかなかったようだ。
自動車整備士用のつなぎ姿に、薄いパーカーを羽織って向かった。もうつなぎでも暑いのだが、食品を扱う店に、汚れのある姿で行くのは申し訳ないからだ。
コンビニやスーパーではそうでもないが、パン屋だと、恐らく商品はむき出しの状態で陳列されているだろう。少しだけとは言え、いい顔をされない確率が高い。
こじんまりしている店を見つけ、ここだなと確認した。昔のドラマで見た喫茶店のようだ、と思った。
営業時間は朝七時から夕方六時までとなっている。営業時間自体は長いらしい。朝来るときに今度寄ってみるかな、とも思った。
「いらっしゃいませ」
扉を開けると、陳列棚が店内にあったが、殆どはもう完売しているようだ。
レジの横には冷蔵ケースがあり、飲み物が並んでいる。ほかには、完売しているようだが、恐らく要冷蔵の品もあっただろうと思われた。サンドイッチなどではないかと推測する。
「お……」
少しだけ残った惣菜パンが半額になっているのを見つけた。消費期限が早いものは半額になっているのだろう。カツサンドとハンバーグサンドを見つけ、一つずつ手に取った。
(明日の昼飯とかにするか……)
通常なら人気で完売しそうなメロンパンを見つけ、残っている三個を全てトレーに乗せた。残念ながらこちらは半額ではなかった。もう少し残ってはいるが、今日はこれでいいだろう。
レジに行き、会計をする。
「いらっしゃいませ」
小柄な女性店員が、トレーとトングをそのまま受け取り、レジを打ってくれた。
購入額は千円でおつりがくる。半額でなければ千円は軽く超えていた。
いい買い物をしたとほくほくだ。
小銭を出している間に、店員が一つずつビニール袋に入れてくれ、最後にそれらを紙袋に入れてくれた。ビニール袋ではないようだ。
(次からは買い物袋持ってこないとな)
「ちょうどいただきます。はい、こちらお品です、どうぞ」
「どうも」
「ありがとうございました。またどうぞ」
早く会社に戻って食べよう、と緩む口元を引き締めて踵を返した。
扉のレバーに手をかけた、その時、
「三原……くん……」
浩輔は思わず振り返った。
「え……?」
「三原君、だよね……?」
店員が、浩輔をまっすぐに見ていた。
(え……まさか)
舞衣だ。
佐藤、舞衣。
高校一年生の春に自分を振った女だ。
ずっと好きだった、舞衣。
今では時々思い出すことはあっても、何の感情もない相手だ。
買い物をしている間、店内とパンを眺めて、その後は会計に手一杯で、店員の顔などまじまじと見てはいなかった。
しかし、今はわかる。
間違いない、舞衣だ。
変わっていない。
(うそ……)
心臓が大きく跳ねた。
一度は振り返った浩輔だが、レバーを引いて店の外に出たのだった。
(舞衣が……)
こんなところで再会するなんて。
すたすたと店を後にする。
足早に会社に戻った。
彼女が追いかけてくる様子はなかった。
(やっぱ舞衣じゃない……かも)
と思ったが、どう考えても舞衣だ。変わってなさすぎるのだ。
(なんでこんなところで……)
舞衣はこの街にある大学に進学しているはずだ。それを知っていたし、就職先のディーラーの配属が決まった時も、もしかしたらと思ったことはあった。ばったり会うなんてことはないだろうと考えていた。
施設を出たあの日以降、会うことはなかったし、会いたいと思うことはなかった。もうこれで会うことはないのだろうなと思ったのに。
(あのパン屋でバイトしているのか……?)
会社に戻ると、パン屋があると教えてくれた同僚が声をかけてきた。
「買えたか?」
「あ、はい。結構いいものが。半額のも買えました。メロンパン三つも買いましたよ」
「おっ、いいね! あそこのメロンパン、外はカリッ中はフワッ、なんだよな」
「一つ食べます?」
「いやいや、俺はいいよ。自分で食べな。あの店マジでおすすめだからさ。昼前に並ぶ焼きカレーパン、絶品だから。昼に今度買ってみて」
「わかりました。教えてくださってありがとうございます」
よし帰る準備するぞ、と彼はパソコンの電源を落とした。
六時を過ぎてから、浩輔は会社を出た。いつもは通らなかったパン屋のある道を通ることにした。
(舞衣に……)
会うかも知れない、とわざわざそちら方面に向かった。
すぐに通り過ぎてしまい、舞衣の姿を見ることはなかった。閉店と同時にバイトが終わるとは限らないのに。
浩輔の胸がざわつき始めた。
土曜日の今日はよく頑張ったほうだ、と浩輔は息を吐いた。平日より来客も多いし、突発的な整備や部品交換が増える日だ。
今日は昼にコンビニのおむすびを食べたが、それだけはやはり足りない。会社の近くにパン屋があることを最近知り、浩輔は向かった。
「夕方になったら半額のがあるから。行ってみろよ」
同僚の整備士に言われ、言われたパン屋に向かう。
朝早くから開けているので、夕方は遅くまでは営業はしていないということだった。
通勤途中の道ではないため、気づかなかったようだ。
自動車整備士用のつなぎ姿に、薄いパーカーを羽織って向かった。もうつなぎでも暑いのだが、食品を扱う店に、汚れのある姿で行くのは申し訳ないからだ。
コンビニやスーパーではそうでもないが、パン屋だと、恐らく商品はむき出しの状態で陳列されているだろう。少しだけとは言え、いい顔をされない確率が高い。
こじんまりしている店を見つけ、ここだなと確認した。昔のドラマで見た喫茶店のようだ、と思った。
営業時間は朝七時から夕方六時までとなっている。営業時間自体は長いらしい。朝来るときに今度寄ってみるかな、とも思った。
「いらっしゃいませ」
扉を開けると、陳列棚が店内にあったが、殆どはもう完売しているようだ。
レジの横には冷蔵ケースがあり、飲み物が並んでいる。ほかには、完売しているようだが、恐らく要冷蔵の品もあっただろうと思われた。サンドイッチなどではないかと推測する。
「お……」
少しだけ残った惣菜パンが半額になっているのを見つけた。消費期限が早いものは半額になっているのだろう。カツサンドとハンバーグサンドを見つけ、一つずつ手に取った。
(明日の昼飯とかにするか……)
通常なら人気で完売しそうなメロンパンを見つけ、残っている三個を全てトレーに乗せた。残念ながらこちらは半額ではなかった。もう少し残ってはいるが、今日はこれでいいだろう。
レジに行き、会計をする。
「いらっしゃいませ」
小柄な女性店員が、トレーとトングをそのまま受け取り、レジを打ってくれた。
購入額は千円でおつりがくる。半額でなければ千円は軽く超えていた。
いい買い物をしたとほくほくだ。
小銭を出している間に、店員が一つずつビニール袋に入れてくれ、最後にそれらを紙袋に入れてくれた。ビニール袋ではないようだ。
(次からは買い物袋持ってこないとな)
「ちょうどいただきます。はい、こちらお品です、どうぞ」
「どうも」
「ありがとうございました。またどうぞ」
早く会社に戻って食べよう、と緩む口元を引き締めて踵を返した。
扉のレバーに手をかけた、その時、
「三原……くん……」
浩輔は思わず振り返った。
「え……?」
「三原君、だよね……?」
店員が、浩輔をまっすぐに見ていた。
(え……まさか)
舞衣だ。
佐藤、舞衣。
高校一年生の春に自分を振った女だ。
ずっと好きだった、舞衣。
今では時々思い出すことはあっても、何の感情もない相手だ。
買い物をしている間、店内とパンを眺めて、その後は会計に手一杯で、店員の顔などまじまじと見てはいなかった。
しかし、今はわかる。
間違いない、舞衣だ。
変わっていない。
(うそ……)
心臓が大きく跳ねた。
一度は振り返った浩輔だが、レバーを引いて店の外に出たのだった。
(舞衣が……)
こんなところで再会するなんて。
すたすたと店を後にする。
足早に会社に戻った。
彼女が追いかけてくる様子はなかった。
(やっぱ舞衣じゃない……かも)
と思ったが、どう考えても舞衣だ。変わってなさすぎるのだ。
(なんでこんなところで……)
舞衣はこの街にある大学に進学しているはずだ。それを知っていたし、就職先のディーラーの配属が決まった時も、もしかしたらと思ったことはあった。ばったり会うなんてことはないだろうと考えていた。
施設を出たあの日以降、会うことはなかったし、会いたいと思うことはなかった。もうこれで会うことはないのだろうなと思ったのに。
(あのパン屋でバイトしているのか……?)
会社に戻ると、パン屋があると教えてくれた同僚が声をかけてきた。
「買えたか?」
「あ、はい。結構いいものが。半額のも買えました。メロンパン三つも買いましたよ」
「おっ、いいね! あそこのメロンパン、外はカリッ中はフワッ、なんだよな」
「一つ食べます?」
「いやいや、俺はいいよ。自分で食べな。あの店マジでおすすめだからさ。昼前に並ぶ焼きカレーパン、絶品だから。昼に今度買ってみて」
「わかりました。教えてくださってありがとうございます」
よし帰る準備するぞ、と彼はパソコンの電源を落とした。
六時を過ぎてから、浩輔は会社を出た。いつもは通らなかったパン屋のある道を通ることにした。
(舞衣に……)
会うかも知れない、とわざわざそちら方面に向かった。
すぐに通り過ぎてしまい、舞衣の姿を見ることはなかった。閉店と同時にバイトが終わるとは限らないのに。
浩輔の胸がざわつき始めた。
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