大人の恋愛の始め方

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【第4部】浩輔編

7.仕事(前編)

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 仕事を斡旋してくれるのと同時に、神崎組にスカウトされた。
 神崎高虎は組長の息子だという。
「あ、でも俺は堅気なんで」
 ちょくちょく顔は出すけど、と彼は言った。
 イケメンのほうが神崎高虎で、強面のほうが影山智幸、浩輔のことは主に智幸が面倒をみてくれるという。面倒、と言っても普段は何もすることはない。
「昼間は自分の仕事して、終わったら、トモたちの手伝いしてやって」
 組長という人物には会っていない。病気入院中らしく、この事務所兼邸宅にはいないそうだ。
 スカウトされた時、いわゆる「ヤクザ」の組織だと察して、断ろうとした。
「組って言っても、殺しとかそういうの、一切無いから。ヤバい仕事はもう全然ないよ。前はあったけどさ。ちょっと見回りとか、銀行口座使えない相手から現金集金とか、そういうこと手伝ってほしいんだ」
(銀行口座使えない……って、それヤバい相手なんじゃないの? 今時、支払いを振り込みしないってほとんどないよな)
「今親父が不在だし、俺も継ぐ気一切ないんで。けど仕事はちゃんとしないどマズいじゃん? なめてかかってくる相手が出るかもしれないし」
 ヤクザになんなくていいからさ、ちょっと手伝ってほしいって話だよ、と高虎は軽く言った。
「そのかわり、危険手当ちゃんと払うし」
「危険なんですね……」
「言っとくけど、ここホワイトなほうよ? 昼間に堅気仕事出来るくらいだし」
「…………」
 衣食住も保証できるよ、と彼は爽やかに言ったが、智幸のほうは困惑した表情だ。
(この人もちょっと怖そうだし……)
 しかし条件はいいほうだ。自分の希望の仕事も紹介してくれた。
「別に、仕事の斡旋したからって恩義感じることないし、無理しなくてもいいよ」


 結局、神崎組の隅っこに籍を置くこととなった。
 高虎の言うとおり、特にヤクザのような仕事を手伝うことはなかった。何年か前までは荒れていたようだが、高虎はさっさと堅気になってしまったようだ。
 高虎に言われたのが、
「やらかしても指詰めるとかないし、刺青も強要しないから。あ、絶対に警察の世話にはなるなよ」
 これをしつこいくらい言われた。
 智幸や他の者もそう言われてきたらしい。
(ふーん……)
 仕事はアルバイトだが、整備士見習いとして、高虎の知人が経営する自動車販売会社で働くことが出来るようになった。
(知り合いがいるなら、ここで車も買えばよかったんじゃないのかな……)
 次からはそうするよ、と、浩輔が言うとそう高虎は答えたのだった。
 浩輔が勤務する会社が、前職場のように大きくはないが、労働環境は良かった。仕事では厳しい社長や上司だったが、オフになると騒がしくて楽しい性格の同僚ばかりで、浩輔には有り難かった。最初だけではわからない、と疑心暗鬼になったが、一ヶ月を経過すると、彼らは益々親身になってくれた。
「野菜食うか? 女房の実家が野菜作っててな。たくさん分けてくれるんだよ。三原も食え」
「ありがとうございます……あ、でも俺こんなに消費できないですよ……」
 カレーの材料になる野菜一式と、大きな白菜をもらったが、さすがに白菜は無理だ。腐ってしまう。
「なら、誰かと分けるか?」
「毎日鍋にしても無理ですよ」
 苦笑しながら野菜を受け取った。
 食べ物の心配をしてくれたり、飲みに誘ってくれたりもした。気を遣ってくれているのだろうとは思うが。
 そして四月からは、アパートを移った。
 神崎組の構成員たちが多くいるアパートだ。高虎の父親が管理しているアパートになる。少々古いが家賃が安い。節約しなければいけない身としては、背に腹は代えられない。ただ同然の家賃のおかげで、アルバイトの稼ぎと組からの報酬の範囲で、保険料や奨学金の返済も賄える。相変わらず生活はカツカツではあるが、以前より精神面は保てるのは本当に有り難いことだった。

「三原って彼女いんの?」
 宮城祐策がふいに言った。 
 彼は自分よりも先に構成員になって、高虎にいいように使われている男らしい。それは他の人間が言っていたことだが。
 同じ年だということがわかってからは、何かとよく話したり、つるんだりするようになった。それ故に、浩輔も高虎についてバーやスナックに連れていってもらうことも増えた。
「いるわけないだろ」
「……そっか」
「祐策は?」
「いるわけない」
「……そうか」
「三原って女にモテそうなのにな」
「全然」
 好きな子に二度フラれた、と話すと祐策は驚いた。
「まあ二度目は勢いで言っただけだから、カウントするのもどうかなって思うけど」
「えー……信じられんな」
「ずっと勉強とバイトだったし」
「俺も似たようなもんだ」
 祐策がここに辿り着いた経緯を話してくれたが、言葉に詰まって何も言えなかった。
(みんな……しんどい思いして来たんだな……)
 自分の生い立ちを辛いと思ったことはないが、悲しい気持ちになったことは何度もあった。それ以上に壮絶な体験をしてきているのだと思うと、胸が苦しかった。
 浩輔と祐策が話していると、事務所に高虎がやってきた。
 今日、二人は高虎に待つように言われていたのだ。浩輔がアルバイトを終え、支度をしてこの事務所で待っていた。
「お待たせ」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「じゃ、行こっか」
 高虎も仕事が忙しいはずだが、時々こうして夜の店に一緒に行く。ただ飲みに行くだけの目的ではないことを、何度か同行して気づいた。
 高虎の車の後部座席に乗り込む。
 いつか浩輔がトラブルに遭遇した車ではなく、今度は高虎の車だ。これは正真正銘自分の車だ。これは浩輔の勤める自動車会社で、中古購入したというワンボックスカーだ。いずれ会社の車もここで買って貰えるようになるかもしれない。その時には自分も整備に携わりたいと思っている。
 そして、高虎の車を浩輔は何度か運転させてもらったことがあった。
(いいなあ……)
 浩輔の中古車よりもかなりいいものだ。
(俺もいつか)
 その高虎の車の乗り込んで、夜の店と走った。
「あ、帰りは代行で帰るから、二人も飲んでいいからな」
「いや、俺は飲まないんで」
 浩輔はすかさず言った。
「明日も仕事ありますから」
「じゃ、運転頼むね」
「はい」
「じゃあ祐策は飲むよな」
「あー少しだけ」
 駐車場に車を止めると、三人は高虎の馴染みの店に向かった。
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