大人の恋愛の始め方

文字の大きさ
上 下
183 / 222
【第4部】浩輔編

6.出会い(後編)

しおりを挟む
「ありがとう、助かった」
 一通りの作業を終え、エンジンがかかったことを確認して、作業完了報告をした。イケメンはとても喜び、強面男性も安堵した表情を見せた。
「先週、点検に出したのにな」
「……ですが、バッテリー液がとても少なかったですね。点検後にものすごく走ったとか」
「いや、仕事くらいでしか走らないよ。今日は連れといつもより遠くまで出かけて帰ってきたところだけど」
 変だな、と浩輔は思う。
 半分以下だと交換するものだが。
「ちなみにディーラーはどちらですか?」
「あー、えとね──」
 浩輔の顔が固まった。
 昨日までいた会社だ。
「あの……ちなみに、営業店はどちらをご利用で?」
「──だよ」
(マジか)
 俺がいたとこだ、と凍り付いた。
(点検不備……)
 自分が整備補助をした車には、バッテリー残量の少ないものを見逃したものはないはずだ。もしそんなことをしても、先輩や上司のチェックで見つかる。
(けど、人にミスを押しつける嫌がらせをするくらいだしな……)
 客の足下を見ている場合もある。もちろんあってはならないのだが。
 上得意には揉み手ですり寄るし、金払いの悪い客には完全整備をしないこともあった。営業担当の采配によるのだが。
「あの、差し出がましいようですけど、無理に大きなところでなくても、提携販売店でも同じ作業はしてくれますので、時折そちらを利用されてみるのもよいと思いますよ。整備料も少しはお安いかと思いますし」
「そうなの?」
 作業車が手一杯の場合は、提携販売店に下請けに出すことがあった。全て自社で整備点検をしているわけではない。客を選別して、まわすこともあった。
「個人的意見ですけどね……」
 こんな出鱈目整備をして、ユーザーに迷惑をかけているとは……。
 自分であったかもしれないし、自分じゃないかも知れない。この車を見たことはないので、恐らく自分たちのチームではないとは思うが、何かあれば全員の責任だ。
「ところで君、何者? すごいね。お礼しないとね」
「あ、いえお構いなく。自分は、通りすがりのただの車好きです」
「ただの車好きじゃないでしょー? 仕事何してるの? 車関係じゃない?」
 イケメンはズバリ命中させてきた。
「あ……ま、まあ……」
「ほらやっぱり。普通持ってないよ、こんな工具とか部品!」
 彼は嬉しそうな様子で、工具と浩輔を見比べ、強面に同意を求めている。
「……元自動車整備士見習いでして」
「いやあ手際いいなって思ったんだよね。え、待って、元!? じゃあ今は何?」
「無職です……昨日で辞めたもので」
 浩輔の言葉に、二人はぽかんとした。
「勿体ないな……」
 強面が言った。
「え、じゃあ何、働くところ探す? それとも何かやりたいことあるの?」
 イケメンはなぜか浩輔に興味津々だ。
「あー……すぐにでも働き口見つけないと、って思ってハローワークに行ってきた所なんですよ」
「その帰りに俺らを助けてくれたってわけか。ありがとう。本当に助かったよ」
「ですね」
 二人は頷いた。
「もうあのディーラーに出すのやめよ。こんな手抜き整備だなんてさ、がっかり。車だってキャッシュで買ってるのに」
「キャッシュ……ですか……」
 この車を、と浩輔はその乗用車を横目で見る。とてもじゃないが、浩輔には手が届かない車だ。こんないい車、いつか乗ってみたいなとはいつも思っていた。お客様の愛車を整備したあと、試運転などをする時は正直楽しかった、人様の車だとわかっていながらもだ。
「会社の車だからねー」
「会社、ですか……」
「うん、社長の車、使わせてもらってるから」
「そうなんですね……」
 やはり自分たちの担当していたお客様ではなさそうだ。別のチームだろう、記憶がない。
「君、年いくつ?」
「二十一です」
「おう、若いね。いいなあ、君いいよねえ」
 イケメンは浩輔を見た。
「背も高いし、顔もいいし、うん、いいねえ」
 確かに浩輔は背が高いほうだ。百八十あるし、低くはない。しかしふと気づいたが、目の前の二人も背が高い。浩輔と目線がほぼ一緒で、会話をしていてそう感じたのだ。
(顔もいい、って言ってくれたけど、この人のほうが顔はいいよ)
「俺の所の会社の整備士やってもらいたいくらい」
「……あ、いや、それは……個人ではやはり厳しいですよ……」
「資格はあるんでしょ」
「二級自動車整備士は……。でも実務は一年にも満たないですし」
「君みたいな親切な人に、会社の車や愛車は診てもらいたいよねえ」
「……ありがとうございます」
 初対面で、少し手伝いをしたくらいでこんなに言ってもらえるのはありがたいのだが。
 そろそろ退散しないといけないな、と浩輔はタイミングを伺う。
「……ね、ちょっと仕事しない?」
 ふいにイケメンが言った。
「ちょっ……若……」
 イケメンの言葉に、強面が顔を顰める。
(若……?)
「仕事が見つかるまででもいいし」
「え……あの……」
「ちゃんと金も払うし、寝床がないなら提供するよ? 飯もあるし」
「…………」
 強面のほうは何か気まずそうに、イケメンを見ている。
「……なーんてすぐ返事なんて出来るわけないか。なんなら、再就職先探し、俺も伝当たってみてもいいよ。君のような整備士、このままじゃ勿体ないし。親父や社長に当たってみるかな」
 ──これが、神崎高虎と影山智幸との出会いだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

とりあえず、後ろから

ZigZag
恋愛
ほぼ、アレの描写しかないアダルト小説です。お察しください。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

うちの娘と(Rー18)

量産型774
恋愛
完全に冷え切った夫婦関係。 だが、そんな関係とは反比例するように娘との関係が・・・ ・・・そして蠢くあのお方。 R18 近親相姦有 ファンタジー要素有

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される

Lynx🐈‍⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。 律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。 ✱♡はHシーンです。 ✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。 ✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。

処理中です...