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【第4部】浩輔編
6.出会い(後編)
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「ありがとう、助かった」
一通りの作業を終え、エンジンがかかったことを確認して、作業完了報告をした。イケメンはとても喜び、強面男性も安堵した表情を見せた。
「先週、点検に出したのにな」
「……ですが、バッテリー液がとても少なかったですね。点検後にものすごく走ったとか」
「いや、仕事くらいでしか走らないよ。今日は連れといつもより遠くまで出かけて帰ってきたところだけど」
変だな、と浩輔は思う。
半分以下だと交換するものだが。
「ちなみにディーラーはどちらですか?」
「あー、えとね──」
浩輔の顔が固まった。
昨日までいた会社だ。
「あの……ちなみに、営業店はどちらをご利用で?」
「──だよ」
(マジか)
俺がいたとこだ、と凍り付いた。
(点検不備……)
自分が整備補助をした車には、バッテリー残量の少ないものを見逃したものはないはずだ。もしそんなことをしても、先輩や上司のチェックで見つかる。
(けど、人にミスを押しつける嫌がらせをするくらいだしな……)
客の足下を見ている場合もある。もちろんあってはならないのだが。
上得意には揉み手ですり寄るし、金払いの悪い客には完全整備をしないこともあった。営業担当の采配によるのだが。
「あの、差し出がましいようですけど、無理に大きなところでなくても、提携販売店でも同じ作業はしてくれますので、時折そちらを利用されてみるのもよいと思いますよ。整備料も少しはお安いかと思いますし」
「そうなの?」
作業車が手一杯の場合は、提携販売店に下請けに出すことがあった。全て自社で整備点検をしているわけではない。客を選別して、まわすこともあった。
「個人的意見ですけどね……」
こんな出鱈目整備をして、ユーザーに迷惑をかけているとは……。
自分であったかもしれないし、自分じゃないかも知れない。この車を見たことはないので、恐らく自分たちのチームではないとは思うが、何かあれば全員の責任だ。
「ところで君、何者? すごいね。お礼しないとね」
「あ、いえお構いなく。自分は、通りすがりのただの車好きです」
「ただの車好きじゃないでしょー? 仕事何してるの? 車関係じゃない?」
イケメンはズバリ命中させてきた。
「あ……ま、まあ……」
「ほらやっぱり。普通持ってないよ、こんな工具とか部品!」
彼は嬉しそうな様子で、工具と浩輔を見比べ、強面に同意を求めている。
「……元自動車整備士見習いでして」
「いやあ手際いいなって思ったんだよね。え、待って、元!? じゃあ今は何?」
「無職です……昨日で辞めたもので」
浩輔の言葉に、二人はぽかんとした。
「勿体ないな……」
強面が言った。
「え、じゃあ何、働くところ探す? それとも何かやりたいことあるの?」
イケメンはなぜか浩輔に興味津々だ。
「あー……すぐにでも働き口見つけないと、って思ってハローワークに行ってきた所なんですよ」
「その帰りに俺らを助けてくれたってわけか。ありがとう。本当に助かったよ」
「ですね」
二人は頷いた。
「もうあのディーラーに出すのやめよ。こんな手抜き整備だなんてさ、がっかり。車だってキャッシュで買ってるのに」
「キャッシュ……ですか……」
この車を、と浩輔はその乗用車を横目で見る。とてもじゃないが、浩輔には手が届かない車だ。こんないい車、いつか乗ってみたいなとはいつも思っていた。お客様の愛車を整備したあと、試運転などをする時は正直楽しかった、人様の車だとわかっていながらもだ。
「会社の車だからねー」
「会社、ですか……」
「うん、社長の車、使わせてもらってるから」
「そうなんですね……」
やはり自分たちの担当していたお客様ではなさそうだ。別のチームだろう、記憶がない。
「君、年いくつ?」
「二十一です」
「おう、若いね。いいなあ、君いいよねえ」
イケメンは浩輔を見た。
「背も高いし、顔もいいし、うん、いいねえ」
確かに浩輔は背が高いほうだ。百八十あるし、低くはない。しかしふと気づいたが、目の前の二人も背が高い。浩輔と目線がほぼ一緒で、会話をしていてそう感じたのだ。
(顔もいい、って言ってくれたけど、この人のほうが顔はいいよ)
「俺の所の会社の整備士やってもらいたいくらい」
「……あ、いや、それは……個人ではやはり厳しいですよ……」
「資格はあるんでしょ」
「二級自動車整備士は……。でも実務は一年にも満たないですし」
「君みたいな親切な人に、会社の車や愛車は診てもらいたいよねえ」
「……ありがとうございます」
初対面で、少し手伝いをしたくらいでこんなに言ってもらえるのはありがたいのだが。
そろそろ退散しないといけないな、と浩輔はタイミングを伺う。
「……ね、ちょっと仕事しない?」
ふいにイケメンが言った。
「ちょっ……若……」
イケメンの言葉に、強面が顔を顰める。
(若……?)
「仕事が見つかるまででもいいし」
「え……あの……」
「ちゃんと金も払うし、寝床がないなら提供するよ? 飯もあるし」
「…………」
強面のほうは何か気まずそうに、イケメンを見ている。
「……なーんてすぐ返事なんて出来るわけないか。なんなら、再就職先探し、俺も伝当たってみてもいいよ。君のような整備士、このままじゃ勿体ないし。親父や社長に当たってみるかな」
──これが、神崎高虎と影山智幸との出会いだった。
一通りの作業を終え、エンジンがかかったことを確認して、作業完了報告をした。イケメンはとても喜び、強面男性も安堵した表情を見せた。
「先週、点検に出したのにな」
「……ですが、バッテリー液がとても少なかったですね。点検後にものすごく走ったとか」
「いや、仕事くらいでしか走らないよ。今日は連れといつもより遠くまで出かけて帰ってきたところだけど」
変だな、と浩輔は思う。
半分以下だと交換するものだが。
「ちなみにディーラーはどちらですか?」
「あー、えとね──」
浩輔の顔が固まった。
昨日までいた会社だ。
「あの……ちなみに、営業店はどちらをご利用で?」
「──だよ」
(マジか)
俺がいたとこだ、と凍り付いた。
(点検不備……)
自分が整備補助をした車には、バッテリー残量の少ないものを見逃したものはないはずだ。もしそんなことをしても、先輩や上司のチェックで見つかる。
(けど、人にミスを押しつける嫌がらせをするくらいだしな……)
客の足下を見ている場合もある。もちろんあってはならないのだが。
上得意には揉み手ですり寄るし、金払いの悪い客には完全整備をしないこともあった。営業担当の采配によるのだが。
「あの、差し出がましいようですけど、無理に大きなところでなくても、提携販売店でも同じ作業はしてくれますので、時折そちらを利用されてみるのもよいと思いますよ。整備料も少しはお安いかと思いますし」
「そうなの?」
作業車が手一杯の場合は、提携販売店に下請けに出すことがあった。全て自社で整備点検をしているわけではない。客を選別して、まわすこともあった。
「個人的意見ですけどね……」
こんな出鱈目整備をして、ユーザーに迷惑をかけているとは……。
自分であったかもしれないし、自分じゃないかも知れない。この車を見たことはないので、恐らく自分たちのチームではないとは思うが、何かあれば全員の責任だ。
「ところで君、何者? すごいね。お礼しないとね」
「あ、いえお構いなく。自分は、通りすがりのただの車好きです」
「ただの車好きじゃないでしょー? 仕事何してるの? 車関係じゃない?」
イケメンはズバリ命中させてきた。
「あ……ま、まあ……」
「ほらやっぱり。普通持ってないよ、こんな工具とか部品!」
彼は嬉しそうな様子で、工具と浩輔を見比べ、強面に同意を求めている。
「……元自動車整備士見習いでして」
「いやあ手際いいなって思ったんだよね。え、待って、元!? じゃあ今は何?」
「無職です……昨日で辞めたもので」
浩輔の言葉に、二人はぽかんとした。
「勿体ないな……」
強面が言った。
「え、じゃあ何、働くところ探す? それとも何かやりたいことあるの?」
イケメンはなぜか浩輔に興味津々だ。
「あー……すぐにでも働き口見つけないと、って思ってハローワークに行ってきた所なんですよ」
「その帰りに俺らを助けてくれたってわけか。ありがとう。本当に助かったよ」
「ですね」
二人は頷いた。
「もうあのディーラーに出すのやめよ。こんな手抜き整備だなんてさ、がっかり。車だってキャッシュで買ってるのに」
「キャッシュ……ですか……」
この車を、と浩輔はその乗用車を横目で見る。とてもじゃないが、浩輔には手が届かない車だ。こんないい車、いつか乗ってみたいなとはいつも思っていた。お客様の愛車を整備したあと、試運転などをする時は正直楽しかった、人様の車だとわかっていながらもだ。
「会社の車だからねー」
「会社、ですか……」
「うん、社長の車、使わせてもらってるから」
「そうなんですね……」
やはり自分たちの担当していたお客様ではなさそうだ。別のチームだろう、記憶がない。
「君、年いくつ?」
「二十一です」
「おう、若いね。いいなあ、君いいよねえ」
イケメンは浩輔を見た。
「背も高いし、顔もいいし、うん、いいねえ」
確かに浩輔は背が高いほうだ。百八十あるし、低くはない。しかしふと気づいたが、目の前の二人も背が高い。浩輔と目線がほぼ一緒で、会話をしていてそう感じたのだ。
(顔もいい、って言ってくれたけど、この人のほうが顔はいいよ)
「俺の所の会社の整備士やってもらいたいくらい」
「……あ、いや、それは……個人ではやはり厳しいですよ……」
「資格はあるんでしょ」
「二級自動車整備士は……。でも実務は一年にも満たないですし」
「君みたいな親切な人に、会社の車や愛車は診てもらいたいよねえ」
「……ありがとうございます」
初対面で、少し手伝いをしたくらいでこんなに言ってもらえるのはありがたいのだが。
そろそろ退散しないといけないな、と浩輔はタイミングを伺う。
「……ね、ちょっと仕事しない?」
ふいにイケメンが言った。
「ちょっ……若……」
イケメンの言葉に、強面が顔を顰める。
(若……?)
「仕事が見つかるまででもいいし」
「え……あの……」
「ちゃんと金も払うし、寝床がないなら提供するよ? 飯もあるし」
「…………」
強面のほうは何か気まずそうに、イケメンを見ている。
「……なーんてすぐ返事なんて出来るわけないか。なんなら、再就職先探し、俺も伝当たってみてもいいよ。君のような整備士、このままじゃ勿体ないし。親父や社長に当たってみるかな」
──これが、神崎高虎と影山智幸との出会いだった。
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