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【第4部】浩輔編
5.許せない
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自動車整備士の仕事は一年足らずで辞めてしまった。
専門学校に入学し、奨学金全額免除は駄目であったが半分免除の資格を得ることができ、なんとか学生生活を送ることができた。資格も取得し、それなりに名のあるディーラーに、整備士として就職することが出来た。
なのに。
しょうもうない理由で辞めてしまった。後になって「しょうもない」と思えたが、当時は我慢できなかったのだ。
陰湿ないじめが理由だ。
どこから洩れたのだろう、半年ほど経った頃、浩輔が児童養護施設の出だというそれだけの理由で、先輩社員たちからの陰湿な嫌がらせが始まった。同期が教えてくれた。彼はなんとか助けになろうとしてくれたが、巻き込みたくなかったので知らぬ振りをしてくれと頼んだ。
小学生の頃から、施設から通っているというだけで腫れ物のように扱う人間もいたが、いじめを受けるほどのことはなかった。まさか、社会に出てこんな思いをすることになろうとは思いもしなかった。
(くそっ……社会は甘くないってわかってる……)
何度も堪えたし、果てには支店長に談判もした。
──効果は、あるはずもない。
そして、ついに怒髪天を衝くような出来事が起きた。
整備士見習いの浩輔には、身に覚えのないミスを擦り付けられるというものだった。一年目で見習いの浩輔が、上司のチェックなしに整備を完了させられるはずなどないというのに。勝手に整備完了報告をし、お客様の車を整備不良のまま引き渡した、などあり得ない状況を作られたことは、浩輔には耐えられなかった。
自分だけならまだいい、お客様にまで迷惑をかけるような出来事は、あってはならないことだった。営業担当までがグルだった。どの班が整備をしたか、誰が責任者なのか、それくらいわかるだろう。なのに。
ブチンッと自分の中で辛うじてつながっていた線が千切れた。
先輩整備士をぶん殴った。
止めに入った他の整備士も殴った。
何の騒ぎだと駆けつけてきた若い営業社員を罵り、副支店長をも罵倒した。支店長は会議に出席のために不在だったのが悔しい。
殴った先輩整備士には殺意すら沸いた。薄ら笑いを浮かべて、人を虚仮にして、止めに入った整備士も一緒になって馬鹿にしたが、浩輔が本当に殴ってきたことで「まずい」と思ったのだろう。
浩輔は他人に暴力を奮ったことなど一度も無い。誰にも手をあげたことなどない。まさか漫画のように、拳で相手を伸すことができるなんて思わなかった。
皆に止められても怒りは収まらなかった。
「……ケッ」
吐き捨てて、ロッカールームへと向かった。
バッグを手にすると、事務室へ行き、デスクの中の私物を自分の荷物を全部入れた。職場から支給されたものは全て残し、通用口から出た。
(辞めてやる)
家に着いてから、会議から戻ったらしい支店長から電話が入り、事務所に来いと言われ、断ったがしぶしぶ向かった。さっきまではニヤニヤしていた連中が、浩輔を遠巻きに見ているのが腹立たしい。視線をくれてやると、慌てて目を逸らされた。
なかでも受付の女性社員は露骨だった。怯えたように、浩輔から目を逸らした。
(あの人も俺を影では馬鹿にしてたよな……。営業部長と不倫してるくせに)
応接室へ入らされ、支店長を前に座らされた。
「島田は軽い怪我で済んだようだ」
「そうですか」
先輩整備士は少しすりむいた程度だったらしい。吹っ飛んだ時に顔を擦った程度で、手足も身体も無事らしい。
(残念)
「警察に突き出すならどうぞ」
「……馬鹿なことを言うな」
「馬鹿なことを言うなと言われても、子供みたいな馬鹿なことをしてきたのはあなたたちじゃないですか」
支店長は言葉に詰まったようで、一瞬怯んだようだった。
「警察に突き出したほうがマズいからですか?」
「何を……」
「こんなことになった原因は、職場全体からのハラスメントが原因、って知れたらマズいからですよね? そのハラスメントの原因を追求していけば、不正や隠蔽、コンプラ違反が知れるわけですし、それなりの企業のなかでで、しょうもない理由で一人の社員を追い込んだって話、洩れたら立場が危ういですよね。俺が遺書残して首つれば明るみになりますよ」
俺は辞めます、と立ち上がり浩輔は言い放った。
「俺が辞めたら皆さん喜ぶでしょうし。次に誰かがターゲットにならないことを願ってます。短い間でしたが世話になりました。退職の手続き書類は、送ってくだされば書きますんで」
では、と一礼をして浩輔は応接室を出た。
「待て、内部のことは……」
支店長が声を掛けてきたが、背中越しに告げる。
「話しませんよ。守秘義務はありますから。……でも、皆さん次第ですけど」
その後、視線をくれる同僚達を睨み付け、また通用口から外へ出たのだった。
専門学校に入学し、奨学金全額免除は駄目であったが半分免除の資格を得ることができ、なんとか学生生活を送ることができた。資格も取得し、それなりに名のあるディーラーに、整備士として就職することが出来た。
なのに。
しょうもうない理由で辞めてしまった。後になって「しょうもない」と思えたが、当時は我慢できなかったのだ。
陰湿ないじめが理由だ。
どこから洩れたのだろう、半年ほど経った頃、浩輔が児童養護施設の出だというそれだけの理由で、先輩社員たちからの陰湿な嫌がらせが始まった。同期が教えてくれた。彼はなんとか助けになろうとしてくれたが、巻き込みたくなかったので知らぬ振りをしてくれと頼んだ。
小学生の頃から、施設から通っているというだけで腫れ物のように扱う人間もいたが、いじめを受けるほどのことはなかった。まさか、社会に出てこんな思いをすることになろうとは思いもしなかった。
(くそっ……社会は甘くないってわかってる……)
何度も堪えたし、果てには支店長に談判もした。
──効果は、あるはずもない。
そして、ついに怒髪天を衝くような出来事が起きた。
整備士見習いの浩輔には、身に覚えのないミスを擦り付けられるというものだった。一年目で見習いの浩輔が、上司のチェックなしに整備を完了させられるはずなどないというのに。勝手に整備完了報告をし、お客様の車を整備不良のまま引き渡した、などあり得ない状況を作られたことは、浩輔には耐えられなかった。
自分だけならまだいい、お客様にまで迷惑をかけるような出来事は、あってはならないことだった。営業担当までがグルだった。どの班が整備をしたか、誰が責任者なのか、それくらいわかるだろう。なのに。
ブチンッと自分の中で辛うじてつながっていた線が千切れた。
先輩整備士をぶん殴った。
止めに入った他の整備士も殴った。
何の騒ぎだと駆けつけてきた若い営業社員を罵り、副支店長をも罵倒した。支店長は会議に出席のために不在だったのが悔しい。
殴った先輩整備士には殺意すら沸いた。薄ら笑いを浮かべて、人を虚仮にして、止めに入った整備士も一緒になって馬鹿にしたが、浩輔が本当に殴ってきたことで「まずい」と思ったのだろう。
浩輔は他人に暴力を奮ったことなど一度も無い。誰にも手をあげたことなどない。まさか漫画のように、拳で相手を伸すことができるなんて思わなかった。
皆に止められても怒りは収まらなかった。
「……ケッ」
吐き捨てて、ロッカールームへと向かった。
バッグを手にすると、事務室へ行き、デスクの中の私物を自分の荷物を全部入れた。職場から支給されたものは全て残し、通用口から出た。
(辞めてやる)
家に着いてから、会議から戻ったらしい支店長から電話が入り、事務所に来いと言われ、断ったがしぶしぶ向かった。さっきまではニヤニヤしていた連中が、浩輔を遠巻きに見ているのが腹立たしい。視線をくれてやると、慌てて目を逸らされた。
なかでも受付の女性社員は露骨だった。怯えたように、浩輔から目を逸らした。
(あの人も俺を影では馬鹿にしてたよな……。営業部長と不倫してるくせに)
応接室へ入らされ、支店長を前に座らされた。
「島田は軽い怪我で済んだようだ」
「そうですか」
先輩整備士は少しすりむいた程度だったらしい。吹っ飛んだ時に顔を擦った程度で、手足も身体も無事らしい。
(残念)
「警察に突き出すならどうぞ」
「……馬鹿なことを言うな」
「馬鹿なことを言うなと言われても、子供みたいな馬鹿なことをしてきたのはあなたたちじゃないですか」
支店長は言葉に詰まったようで、一瞬怯んだようだった。
「警察に突き出したほうがマズいからですか?」
「何を……」
「こんなことになった原因は、職場全体からのハラスメントが原因、って知れたらマズいからですよね? そのハラスメントの原因を追求していけば、不正や隠蔽、コンプラ違反が知れるわけですし、それなりの企業のなかでで、しょうもない理由で一人の社員を追い込んだって話、洩れたら立場が危ういですよね。俺が遺書残して首つれば明るみになりますよ」
俺は辞めます、と立ち上がり浩輔は言い放った。
「俺が辞めたら皆さん喜ぶでしょうし。次に誰かがターゲットにならないことを願ってます。短い間でしたが世話になりました。退職の手続き書類は、送ってくだされば書きますんで」
では、と一礼をして浩輔は応接室を出た。
「待て、内部のことは……」
支店長が声を掛けてきたが、背中越しに告げる。
「話しませんよ。守秘義務はありますから。……でも、皆さん次第ですけど」
その後、視線をくれる同僚達を睨み付け、また通用口から外へ出たのだった。
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