大人の恋愛の始め方

文字の大きさ
上 下
180 / 222
【第4部】浩輔編

4.別離(後編)

しおりを挟む
 引越先の町へ行くために、浩輔は駅に向かった。
 自転車や手に持てない荷は、引越先のアパートへ、施設の先生が軽トラックで運んでくれている。なのであとは自分の身一つでいい状態だ。
「三原君……!」
 聞き覚えのある声に浩輔は立ち止まり、ゆっくり振り返った。
「三原……く……ん!」
 そこには、高校一年の五月以来会っていない舞衣の姿があった。
 息を切らせてこちらに向かって走ってくる。
 浩輔は踵を返し、駅へと再び歩き出した。
「待って……」
(なんで舞衣がここにいるんだよ!)
 未練はなくなった、はずだ。
 今から旅立ちだというのに、現れてくれるなよ。
 正直な気持ちがそれだった。
「三原君!」
 どんっ、と背中を叩かれ、彼女が追いついてきたことを察した。そこでようやく足を止め、仕方なく振り返った。
「なんだよ、何か用か」
 随分冷たい声が出るものだ、と冷静に思った。
 久しぶりだな、と笑った方がよかったのだろうか。
「三原君……、あの、今日、園を出るって聞いたから」
「……ああ」
 そうだ、自分がそう伝えたのだ。
 卒業式の日に、舞衣からメッセージが届いた。
 会えませんか、という内容のものだ。どの面下げて俺に会おうというのだ、と苛立って既読無視をし続けていた。実際、昨日までアルバイトを続けていたし、そもそも時間はなかった。無視をし続け、舞衣からその後の連絡はなかった。
 ふと今朝思い出し、今日出ていけばどうせ会うことはないのだろうから、と返信をしたのだ。
【今日出て行く】
 ただそう送っただけなのに。
 なぜこんなにピンポイントで遭遇するのだ。
 まるで待ち伏せでもしていたかのように。
(ンなわけないか……。なら、まさかずっと待ってたとか……)
 不器用な舞衣だ、時間がわからないなら近くで待つ、そういうことをやりかねない。浩輔の知っている舞衣だったら、だが。
「今日、引っ越すってメッセージあったけど、時間がわからなかったから……」
「…………」
「何時に、って送ったけど、既読にもならなかったから……もう行ったほうが早いって」
 あのあと返事が来たのか、と浩輔は驚いたが、今となっては見てもいないし返事も出来ないのでもう仕方がない。届いたのを確認していてもする気はなかったが。
「で、何の用だ」
「用って……特別にはないけど……会っておきたいと思って……」
「会っておきたいって、会って何があるっていうんだよ」
「なんでそんな言い方するの……」
「…………」
 舞衣にとっては、浩輔の突っ慳貪な態度は冷たく感じるのだろう。舞衣にそんな態度をとったことはなかったのだから。
「三原君、わたしも来週引っ越すよ。大学の近くにアパート」
「……そうか」
「また、連絡してもいいかな」
「……なんで」
「なんでって……」
「必要ないだろ」
「…………」
 冷たく彼女を見下ろし、浩輔はまた踵を返した。
「待って、三原君!」
「…………」
 ちょこまかと追いかけてくる舞衣を無視するように、早足で駅へと向かう。
「三原君……」
 追いかけてくんなよ、と思うその一方で、昔みたいにずっと俺に着いてくるんだな、と嬉しさに似た気持ちもこみ上げてきた。
(変わってない……)
 トコトコトコと、漫画のような音声に思わず口元を緩めてしまう。
 突如足を止めると、
「うわっ……」
 どんっ、と舞衣が背中に突進してきた。
「いた……」
「ちゃんと前見ろよ」
「見てるけど、三原君が突然止まるから……」
「俺のせいかよ」
「違うけど……、ごめんなさい……」
 鼻頭を摩り、舞衣は詫びた。
「舞衣」
「……はい」
 久しぶりに彼女の名前を口にした。
「俺の彼女になれるか?」
「……え……」
「俺と付き合って」
 試すことにした。
 そう言ったら舞衣はどう返答するだろう。
「……それは……」
「出来ないだろ」
「……ごめんなさい」
 またフラれた。
「離ればなれになるのに、付き合えない」
「え」
 前回と理由は違っていた。
「付き合うなら、連絡取りたいし、会いたくなるから」
「……そうか。あの時の男は?」
 知っているが敢えて尋ねてみる浩輔だ。
「すぐに別れた」
「……そう。大したやつじゃなかったんだな」
「……そう、だったみたい」
 クソみたいな男だったということはわかっている。だからわざと言ってみたのだ。随分意地が悪いということも自分でわかっている。
「三原君がまだわたしを……」
「俺は未練はない。一年のあの日で吹っ切ってる。言ってみただけだ」
(まだわたしを好きなら、の後はなんて言おうとしたんだ……)
 付き合ってもいいよ、なんて言うつもりだったのだろうか。
(フラれてるのに)
「……未練はない。でも」
 舞衣を見下ろし、
「次にもし会うことがあったら……その時舞衣がフリーだったら俺とつきあってよ」
 冷ややかに言った。
「……うん、わかった」
(ないだろうけど)
 浩輔は舞衣に背を向けたが、今度は舞衣は追いかけてはこなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

とりあえず、後ろから

ZigZag
恋愛
ほぼ、アレの描写しかないアダルト小説です。お察しください。

うちの娘と(Rー18)

量産型774
恋愛
完全に冷え切った夫婦関係。 だが、そんな関係とは反比例するように娘との関係が・・・ ・・・そして蠢くあのお方。 R18 近親相姦有 ファンタジー要素有

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される

Lynx🐈‍⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。 律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。 ✱♡はHシーンです。 ✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。 ✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。

処理中です...