大人の恋愛の始め方

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【第4部】浩輔編

4.別離(前編)

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 制服は、夏服に替わった。と言っても学ランを脱いだだけなのだが。
(舞衣の学校の夏服かあ……)
 舞衣と同じ高校の女生徒を見かけ、彼女もあの制服なんだなあと感慨に耽る。しかしすぐに首を振った。
(もう、舞衣に会うことはない、か……) 

 そんな時、舞衣に関して思いがけない情報をきいてしまうことになった。
 舞衣は、先輩彼氏に三股をかけられていたらしく、すぐに別れたらしい。
(なんだそりゃ)
 これは浩輔と同じ施設にいる二つ年上の由里の情報だ。勉強がよく出来る彼女は、舞衣と同じ高校に通っている。今更舞衣と同じ学校だと気づいたのは、舞衣の制服姿を想像したせいだった。
(由里さんと同じ、だったんだな……)
 由里は面倒見のいい人で、下の子たちのこともよく世話をしてくれる。最近は勉強により励んでいるので自分たちが下の子たちの面倒を見るようにはしている。
「由里さんの学校に、和木っていう男、いるよね? どんな人?」
 由里と一緒になった時、ふと舞衣の交際相手の話題に触れた。
「いるよー。くっそ最低な男だね」
 由里の口から「くっそ」という言葉が出て、浩輔は驚いた。
「あいつね、一年の時から女癖悪いって言われてるよ。二股は日常茶飯事だよ。こないだも三股バレて、本命以外の二人は切ったみたい」
 一人は一年生の女の子で、もう一人は別の高校の女の子だったかな、と由里は教えてくれた。本命がいるのに他にも、だなんて浩輔には考えられない。大人の世界や、ドラマや小説の世界だと思っていった。将来絶対ろくな大人にならないだろう、と思う。それに舞衣の相手がそんなヤツだなんて、考えたくない。
「浮気相手の片方はね、ほかの高校の女の子で、もう一人はうちらと同じ学校の一年生の子。信じらんないよね、違う学校の子はまだしも、同じ高校の一年の子はかわいそうだよ。好奇の目にさらされちゃうし……その子はうちらと同じ中学だったみたいで……って……え、もしかして」
 彼女は何かに気づいたようで、口を開き掛けて一度は噤んだ。
「まさか。もしかして、浩輔と仲がいいあの子……? 小学生からずっと一緒の舞衣ちゃん……」
 躊躇ったようだが言葉にし、浩輔が頷くと眉を八の字にした。
(舞衣は浮気相手のほうだったのか……)
 由里も浩輔も困惑の表情は隠せなかった。
「嘘……」
「たぶん、あの舞衣だよ」
「和木の彼女……。浩輔とあの子、付き合ってなかったの?」
「うん、付き合ってない。付き合う前にさらわれた、その先輩とやらに」
「今なら奪い返せる!」
「そういうのはもういい」
 浩輔はゆっくり首を振った。
「思い上がってたのは俺だけで。所詮、施設育ちのガキはお呼びじゃないってことだよ。子供のままごとだったんだよ」
 そんなことないと思うけど、と由里は言ってくれたが、浩輔の気持ちはもう続かない。未練がないわけではない。あれから会ってはいないが、会えばきっと気持ちが戻ってしまうだろう。しかし、最終的には「もうどうでもいい」という気持ちだ。
「由里さん、ありがと。変なこと訊いて悪かった」
「いや……なんか悪いこと言って、ごめん」
「いやいや訊いたのは俺の方だから。勉強の邪魔してゴメンね」
「全然。何か気になることあったら訊いてくれていいから」
「うん、ありがと。じゃあね」
 勉強室の由里に背を向け、浩輔は自分たちの部屋に戻った。

***

 高校三年間は、専門学校へ進学するための資金を貯めるためのバイトを必死でした。しかし奨学金を受けるためには勉強も疎かにはできないため、浩輔なりに必死で努力はしたつもりだ。専門や実習科目は真面目に受けたし、バイトをしながらも両立させてきたつもりだ。
(奨学金制度は申請するけど、免除は難しいかもな……)
 資金は貯めてはいるが、足りるとは思えない。
 一年しっかり働いて、その後に進学をすることも考えたが、施設長や先生たちの進めもあって卒業後の進学を決めた。
 
 周囲の友達は、彼女が出来たと言って高校生活を楽しんでいる者も少なくなかった。浩輔には縁の無い話だった。工業高校なので女子学生は少ないし、通学中の甘い話……自転車通学の浩輔には本当に縁の無い話だ。
 あるとすれば、バイト先での出会いくらいだ。スーパーでバイトをしていた浩輔の周囲は、基本的には昼間から夕方まではパート、夕方からは大学生が多かった。
 ……残念ながら出会いはなかった。ないわけではないが、浩輔の心動かされる出来事は起こらなかった。

 無事に高校卒業をした浩輔は、いよいよ施設を出なければいけない日が近づいてきていた。特例事項に該当すれば、二十歳まで在籍することはできるのだが、出ることを選択した。施設長や先生は「ここから通えるなら通ったらいい」と薦めてくれたのだが。
 出る日には、施設の皆が見送ってくれた。
 自分のことを慕ってくれていた小さな子たちも、決して好いてはいなかったであろう子供たちも、涙を堪えるようにして見送ってくれた。
「元気で。……何かあったら連絡してきなさい」
 施設長はそう言ってくれた。
 でも今まで、どれだけの子供が「何か」あって連絡してきたのだろう? 身元保証など、書類ごとではまだ世話になっている。しかしその最低限以外、頼るわけにはいかないのだ。次から次へと自分のような子供たちがここへやってくるのだから、卒園した者が頼るわけにはいかない。
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