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【第4部】浩輔編
3.失恋
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中学生になり、周りが色恋の話題になっても、浩輔は目移りすることなく舞衣だけを見ていた。舞衣も浩輔だけを見てくれていたように思う。
中学生になって新聞配達をしたかったが、法律で禁じられているとして認めてはもらえなかった。少しでも早くお金を稼ぎたかったのだが。しかし、浩輔は勉強にも力を入れ、舞衣と同じ高校に行けるよう努力を下。
中学三年生の秋、図書室の書棚の影で舞衣とキスをした。
付き合っているわけではなかったが、三年前にお互い好意があると悟ってからは、告白できるタイミングを伺っていた。
中学生になって皆がスマホを持ち始めても、浩輔は自分のものを持つことが出来なかった。施設が無料で貸与してくれるものがあったが、あくまでも連絡用だ。付き合うならスマホが欲しくなる。アルバイトができない中学生の間は告白はすべきじゃない、浩輔のなかではそういう考えがあったのだ。
図書室の奥で待ち合わせ、書棚の影で話をする。
三年間で、二年生の時にしか同じクラスになれなかった。できれば三年生で同じクラスになりかたかったのに。
教室でこっそり舞衣の姿を見ることもできず、図書室で会ったり、市内の図書館で一緒に勉強をして帰ったり。
「舞衣、もうちょっとだけ、待ってほしい」
「……うん」
ぐんと背が伸びた浩輔を見上げる舞衣が、随分小さく見えた。中学生になってかなり伸びたが、舞衣はあまり伸びた様子はない。
図書室に人がいないことはわかっている。
敢えてその奥で逢瀬を重ねいたし、今日初めて舞衣に触れた。
背伸びをして、高い位置にある本に手を伸ばした不安定な舞衣の手を取り、抱き締めた。自分を抑えられなかった。付き合ってもいないのに、と思ったが身体が動いてしまった。
彼女は拒まなかったし、ぎこちない浩輔のキスを受け入れてくれた。
「もう一回……」
「……うん……」
頬に手を当て、舞衣の唇を貪った。
──当然その感情が続くと思っていた。
なのに。
舞衣とは同じ高校には進まなかった。
希望の進路を考えた時、浩輔は工業高校の自動車科を選択した。自動車整備士になりたいという目標が出来、舞衣の希望の普通科の進学校は違う、そう考えた。
高校が違っても、お互いこの気持ちは同じだと思っていた。
やっとアルバイトをすることが出来るようになった浩輔は、まずは一ヶ月必死でアルバイトをした。施設長の伝で、中古品だがスマホを手に入れることができた。とてもじゃないが新品の最新機種を買える金は工面できない。
アルバイトの給料で、学生生活で必要なものを買わなければいけないし、高校を出たあとの専門学校の費用や生活資金を貯めねばならない。スマホにお金をかけることはできなかった。
ゴールデンウィークが終わり、中間テストを終えて、やっと舞衣に会いに行くことが出来る。
待ち合わせは、中学時代に一緒に勉強をした図書館だ。アルバイトの時間まではあるし、舞衣に会う時間もある。合格発表の日に会ってから二ヶ月弱だ。
舞衣の携帯の電話番号は覚えているから、ショートメールで用件が伝えておいた。了承の返事も来たし、スマホを持ったことも伝わっただろう。
待ち合わせの図書館へ行き、アルファベットで区切られた個別ブースに向かう。五個あるブースは全て空いていた。まだ舞衣は来ていないようだ。Aとプレートのあるブースに入り、持っていた本を取り出し、読み始めた。
しばらくすると、小さくノックの音がし、舞衣が顔を出した。
「お待たせ……」
「お、久しぶり」
大きな声にならないよう、浩輔は挨拶をした。
中学時代の舞衣は、髪を二つに分けて結んでいたが、目の前の彼女は髪を下ろしていた。ブレザーの制服姿を初めて見たが、似合っている。何より、中学生の頃よりもっと可愛らしくなっている。学ランの自分はどうだろうかと思ったが、中学も学ランだったので代わり映えはないに違いない。
「ごめん、待ったよね」
「いや、さっき来た所」
ブース内にあるテーブルで、向かい合わせに座った。
近況報告をしていたが、声が大きくなりそうだったので、二人は図書館を出た。
浩輔は自転車を押し、舞衣は徒歩で駅までの道を歩く。近くに公園を見つけ、二人はそこにあるベンチに腰を下ろした。
「スマホ、やっと持てるようになったから、これからは連絡取れる」
「うん、よかったね」
「おう」
メッセージアプリのIDの交換をして、浩輔は息を飲む。
そして、ドキドキする感情を抑え、舞衣を見た。
「舞衣」
「ん?」
「ずっと言えなかったけど、やっと言える」
「え……」
まっすぐに舞衣を見つめた。
愛らしい顔の彼女も、浩輔を見ている。
「舞衣、俺と、つきあって、くれるよな」
「…………」
うん、と言ってくれるものだと思っていた。
舞衣は無言のままだ。
しばらくの後、目を逸らし、耳を疑う言葉を聞いた。
「ごめんなさい」
「え……」
今俺は断られたのだろうか、と舞衣の言った言葉を反芻した。
(ごめんなさい……?)
「俺の彼女に……」
「ごめん、なれない」
「え……え? なんで?」
ごめんなさい、という言葉の意味が理解できない。
彼女になれない、とはどういうことだろう。
「わたし、付き合ってる人がいるんだ」
「は!?」
「だから、ごめんなさい」
「ちょっと待って……」
それって彼氏が出来たと言うことだよな、と浩輔は必死に理解しようとした。
会わなかった二ヶ月弱の間に、何が起きたのだろう。
舞衣が自分のことを待ってくれているものだとばかり思っていた。しかし現実はそうではなかったのだ。
二つ上の三年の先輩に告白され、浩輔のことを待っていた舞衣は、最初は断ったらしいが、押しが強く根負けした……そんなシンプルな事情だと言う。毎朝電車で一緒になるのがきっかけだったとも話してくれたが、正直そんなことは興味は無かった。
そして付き合いが始まったのは、ゴールデンウイーク明けの、ごく最近の話だというから、浩輔は言葉も出なかった。ほんの一週間ほど前ではないか。小学校一年からの知り合いの自分ではなく、入学して一ヶ月足らず、しかも相手のことを殆ど知らないような間柄の男を舞衣は選んだのだ。
「俺のこと……信じられなくなった……?」
「そうじゃない。そうじゃないよ……。でも」
「でも?」
「わたしのことを好きだって言ってくれた人が現れて……三原君に会えなくて……このまま会えないままなら、って……」
「……バイト一ヶ月やって金貯めてスマホ買ったら連絡するって、言ったのに……」
怒りと虚しさ空しさがこみ上げてくる。
なんだったんだろう……。
こんなに必死だったのに。
別に結婚の約束をしたわけじゃないけど、迎えに行ったら別の男にかっさらわれてた、まさにそんな感じではないかと感じた。
「ごめんなさい」
舞衣は流されやすい、人の意見を受け入れる、自分の意見を押し込むような女の子だ。どうせそこにつけこまれてしまったのだろう。でも。
(舞衣が相手を好きなら仕方ないな……)
「俺が、舞衣を縛り付けてただけなのかもな。ごめんな」
浩輔はベンチから立ち上がると、舞衣を見下ろした。
「俺のこと嫌いになったわけじゃないんだ」
「……ない、ないよ! 三原君のこと嫌いになるわけないよ。嫌いになんて……」
「ならいいよ。俺より彼氏のほうが好きになったってだけの話だ」
「…………」
「じゃあな」
「えっ、三原君……」
「バイバイ」
浩輔は泣きそうになるのを堪え、背を向けた。
連絡先を交換したばかりだが、もうそんなことをする必要はなかったのだ。
(言ってくれればよかったのに……って、俺がスマホ持ってなかったからか……)
「待って、三原君!」
舞衣の声が聞こえたが、振り向くことはなかった。
公園を出るとすぐに自転車に跨がった。
(カッコ悪……)
俺が施設じゃなくて、どこにでもいるような家庭で育ってたら……また違ったのかな、と考えても仕方のないことを考えてしまう。
(あと一週間早く会ってれば、舞衣を取られなくて済んだのかな……)
もうどうしようもないのに。
悔しい気持ちもこみ上げてきた。
(フラれた……)
自転車を漕ぎ、バイト先へ向かった。
中学生になって新聞配達をしたかったが、法律で禁じられているとして認めてはもらえなかった。少しでも早くお金を稼ぎたかったのだが。しかし、浩輔は勉強にも力を入れ、舞衣と同じ高校に行けるよう努力を下。
中学三年生の秋、図書室の書棚の影で舞衣とキスをした。
付き合っているわけではなかったが、三年前にお互い好意があると悟ってからは、告白できるタイミングを伺っていた。
中学生になって皆がスマホを持ち始めても、浩輔は自分のものを持つことが出来なかった。施設が無料で貸与してくれるものがあったが、あくまでも連絡用だ。付き合うならスマホが欲しくなる。アルバイトができない中学生の間は告白はすべきじゃない、浩輔のなかではそういう考えがあったのだ。
図書室の奥で待ち合わせ、書棚の影で話をする。
三年間で、二年生の時にしか同じクラスになれなかった。できれば三年生で同じクラスになりかたかったのに。
教室でこっそり舞衣の姿を見ることもできず、図書室で会ったり、市内の図書館で一緒に勉強をして帰ったり。
「舞衣、もうちょっとだけ、待ってほしい」
「……うん」
ぐんと背が伸びた浩輔を見上げる舞衣が、随分小さく見えた。中学生になってかなり伸びたが、舞衣はあまり伸びた様子はない。
図書室に人がいないことはわかっている。
敢えてその奥で逢瀬を重ねいたし、今日初めて舞衣に触れた。
背伸びをして、高い位置にある本に手を伸ばした不安定な舞衣の手を取り、抱き締めた。自分を抑えられなかった。付き合ってもいないのに、と思ったが身体が動いてしまった。
彼女は拒まなかったし、ぎこちない浩輔のキスを受け入れてくれた。
「もう一回……」
「……うん……」
頬に手を当て、舞衣の唇を貪った。
──当然その感情が続くと思っていた。
なのに。
舞衣とは同じ高校には進まなかった。
希望の進路を考えた時、浩輔は工業高校の自動車科を選択した。自動車整備士になりたいという目標が出来、舞衣の希望の普通科の進学校は違う、そう考えた。
高校が違っても、お互いこの気持ちは同じだと思っていた。
やっとアルバイトをすることが出来るようになった浩輔は、まずは一ヶ月必死でアルバイトをした。施設長の伝で、中古品だがスマホを手に入れることができた。とてもじゃないが新品の最新機種を買える金は工面できない。
アルバイトの給料で、学生生活で必要なものを買わなければいけないし、高校を出たあとの専門学校の費用や生活資金を貯めねばならない。スマホにお金をかけることはできなかった。
ゴールデンウィークが終わり、中間テストを終えて、やっと舞衣に会いに行くことが出来る。
待ち合わせは、中学時代に一緒に勉強をした図書館だ。アルバイトの時間まではあるし、舞衣に会う時間もある。合格発表の日に会ってから二ヶ月弱だ。
舞衣の携帯の電話番号は覚えているから、ショートメールで用件が伝えておいた。了承の返事も来たし、スマホを持ったことも伝わっただろう。
待ち合わせの図書館へ行き、アルファベットで区切られた個別ブースに向かう。五個あるブースは全て空いていた。まだ舞衣は来ていないようだ。Aとプレートのあるブースに入り、持っていた本を取り出し、読み始めた。
しばらくすると、小さくノックの音がし、舞衣が顔を出した。
「お待たせ……」
「お、久しぶり」
大きな声にならないよう、浩輔は挨拶をした。
中学時代の舞衣は、髪を二つに分けて結んでいたが、目の前の彼女は髪を下ろしていた。ブレザーの制服姿を初めて見たが、似合っている。何より、中学生の頃よりもっと可愛らしくなっている。学ランの自分はどうだろうかと思ったが、中学も学ランだったので代わり映えはないに違いない。
「ごめん、待ったよね」
「いや、さっき来た所」
ブース内にあるテーブルで、向かい合わせに座った。
近況報告をしていたが、声が大きくなりそうだったので、二人は図書館を出た。
浩輔は自転車を押し、舞衣は徒歩で駅までの道を歩く。近くに公園を見つけ、二人はそこにあるベンチに腰を下ろした。
「スマホ、やっと持てるようになったから、これからは連絡取れる」
「うん、よかったね」
「おう」
メッセージアプリのIDの交換をして、浩輔は息を飲む。
そして、ドキドキする感情を抑え、舞衣を見た。
「舞衣」
「ん?」
「ずっと言えなかったけど、やっと言える」
「え……」
まっすぐに舞衣を見つめた。
愛らしい顔の彼女も、浩輔を見ている。
「舞衣、俺と、つきあって、くれるよな」
「…………」
うん、と言ってくれるものだと思っていた。
舞衣は無言のままだ。
しばらくの後、目を逸らし、耳を疑う言葉を聞いた。
「ごめんなさい」
「え……」
今俺は断られたのだろうか、と舞衣の言った言葉を反芻した。
(ごめんなさい……?)
「俺の彼女に……」
「ごめん、なれない」
「え……え? なんで?」
ごめんなさい、という言葉の意味が理解できない。
彼女になれない、とはどういうことだろう。
「わたし、付き合ってる人がいるんだ」
「は!?」
「だから、ごめんなさい」
「ちょっと待って……」
それって彼氏が出来たと言うことだよな、と浩輔は必死に理解しようとした。
会わなかった二ヶ月弱の間に、何が起きたのだろう。
舞衣が自分のことを待ってくれているものだとばかり思っていた。しかし現実はそうではなかったのだ。
二つ上の三年の先輩に告白され、浩輔のことを待っていた舞衣は、最初は断ったらしいが、押しが強く根負けした……そんなシンプルな事情だと言う。毎朝電車で一緒になるのがきっかけだったとも話してくれたが、正直そんなことは興味は無かった。
そして付き合いが始まったのは、ゴールデンウイーク明けの、ごく最近の話だというから、浩輔は言葉も出なかった。ほんの一週間ほど前ではないか。小学校一年からの知り合いの自分ではなく、入学して一ヶ月足らず、しかも相手のことを殆ど知らないような間柄の男を舞衣は選んだのだ。
「俺のこと……信じられなくなった……?」
「そうじゃない。そうじゃないよ……。でも」
「でも?」
「わたしのことを好きだって言ってくれた人が現れて……三原君に会えなくて……このまま会えないままなら、って……」
「……バイト一ヶ月やって金貯めてスマホ買ったら連絡するって、言ったのに……」
怒りと虚しさ空しさがこみ上げてくる。
なんだったんだろう……。
こんなに必死だったのに。
別に結婚の約束をしたわけじゃないけど、迎えに行ったら別の男にかっさらわれてた、まさにそんな感じではないかと感じた。
「ごめんなさい」
舞衣は流されやすい、人の意見を受け入れる、自分の意見を押し込むような女の子だ。どうせそこにつけこまれてしまったのだろう。でも。
(舞衣が相手を好きなら仕方ないな……)
「俺が、舞衣を縛り付けてただけなのかもな。ごめんな」
浩輔はベンチから立ち上がると、舞衣を見下ろした。
「俺のこと嫌いになったわけじゃないんだ」
「……ない、ないよ! 三原君のこと嫌いになるわけないよ。嫌いになんて……」
「ならいいよ。俺より彼氏のほうが好きになったってだけの話だ」
「…………」
「じゃあな」
「えっ、三原君……」
「バイバイ」
浩輔は泣きそうになるのを堪え、背を向けた。
連絡先を交換したばかりだが、もうそんなことをする必要はなかったのだ。
(言ってくれればよかったのに……って、俺がスマホ持ってなかったからか……)
「待って、三原君!」
舞衣の声が聞こえたが、振り向くことはなかった。
公園を出るとすぐに自転車に跨がった。
(カッコ悪……)
俺が施設じゃなくて、どこにでもいるような家庭で育ってたら……また違ったのかな、と考えても仕方のないことを考えてしまう。
(あと一週間早く会ってれば、舞衣を取られなくて済んだのかな……)
もうどうしようもないのに。
悔しい気持ちもこみ上げてきた。
(フラれた……)
自転車を漕ぎ、バイト先へ向かった。
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