大人の恋愛の始め方

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【第3部】祐策編

21.提案(中編)

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 そういえば、真穂子の姉と神崎高虎夫妻の時はどうだったのだろう。確か子供ができて結婚した、と本人から聞いたことがある。その時はとっくに足を洗ってはいたはずだが。
「お姉さんの時は、どうだった?」
「ヤクザの息子、って言うことは義兄さんが話したみたい。子供ができました、って言ったらしいよ」
「で、すんなり許してもらえたのか?」
「わたしも詳しくは知らないんだよね……。びっくりはしたとは思うけど、今は孫が可愛くて仕方ないみたいだし、義兄さんと一緒にお酒飲んだりしてるし……ちゃぶ台ひっくり返すとかそういうことはなかったと思うよ」
「そ、そうか……」
 神崎高虎は人たらしだ、きっと真穂子の両親の懐に上手く入ったのだろうということは予想がついた。
「俺はそうもいかないよな……。それに、妹までヤクザと付き合ってるなんて知ったら、ご両親……大丈夫かな……」
「大丈夫じゃないかな……たぶん」
 どうかな、と祐策は不安しか口に出来なかった。
「娘が連れてきた相手がどっちも元ヤクザって……そんなの、お父さんお母さん、驚くだろ」
「驚くとは思うけど、嫌な顔はしないと思うよ、たぶん」
「そうかなあ……」
「息子がいないから、息子が出来たーって喜ぶんじゃない? あっ、結婚するわけじゃないけど……」
 真穂子が自分の発言に慌てて付け加えた。
「する」
「え?」
「結婚前提の同棲、って言っただろ。俺はしたいと思ってるよ」
「……うん、わかった」
 真穂子は小さく微笑み頷いた。
 嬉しそうな表情だと、祐策は思うことにした。
「ご両親が難関だからな……」
「そんな意気込むことないよ。うちは一般的……かどうかはわからないけど、平凡な家庭だから。資産家とか由緒あるおうちとかじゃないんだし」
「それが難しいんだよ……」
 さっき笑った真穂子は、今度は苦笑している。
「まず挨拶、行く」
「うん」
「承諾してもらえる前提で、住む場所とか、大まかにでも考えていこうよ」
「そうだね」
 二人の決意は固まった。
 当たり前だが、こんなことは初めてだし、今から緊張してしまう。真穂子は気負わなくていいようなことを言うが、不安しかないのだ。
(反対されても真穂子と一緒にいたいことは伝える、うん)
 テレビを見ていたはずが、どんなバラエティー番組だかもう内容が頭に入って来ない。
「ふう……」
 祐策が息を吐くと、真穂子が手を握って来た。
「今から緊張してる?」
「うん」
「大丈夫なのに。ねえ、祐策さん」
「ん?」
「わたしは、どうしたらいい?」
「何が?」
 祐策は、真穂子の両親に挨拶に行く、ということで頭がいっぱいになっており、ほかのことはもう入って来ていなかった。
「わたしは……祐策さんの、お母さんには……」
「ああ」
 そういうことか、と苦笑した。
「いいよ。行かなくて。縁切ってるし」
 祐策には身寄りがないことを真穂子は知っている。入社時の身元保証人が、神崎会長である時点で気づいていたようで、祐策が一切家族の話をしないことを察してか、訊いてくることもなかった。もしかすると身の上をある程度高虎に聞いていたのかもしれない。
「それにどこで何してるかも知らないし」
「そう……わかったよ」
 悲しげな顔に、祐策は握られた手を強く握り返した。
「物心ついたときには父親はいなくて、兄弟もいないし、ずっとじいちゃんばあちゃんと暮らしてて。じいちゃんが亡くなってからは、ばあちゃんと二人で暮らしてたけど。母親はたまに顔見るくらい。母親って感覚なかったけど。高校を出るか出ないかの頃に、ばあちゃんも亡くなって……いよいよ一人かって時に、母親が……」
 葬儀も終え、高校卒業を控えた頃に母親が現れ、祖母の亡くなった後の手続きを手伝ってくれるのかと思いきや、祐策が受け取った保険金を勝手に引き出して行方をくらました。
 こんなドラマみたいなことがあるのか、と思った時にはもう遅かったのだ。ヤクザが金の家に取り立てに来て、就職したばかりの工場にも来られ、わけのわからないまま、金を返すはめになり……。祖父母の家は売りに出すことになり、その金も多くは取られてしまった。仕事も辞めざるをえなかった。
 その頃に、神崎組の構成員たちに出会ったのだ。
 衣食住や最低限の生活は保証されるというし、仕事をすればそこそこの報酬ももらえるというから、祐策はもう身を任せるように構成員となった。
「けど、俺は運がよかった」
 高虎に出会ったのだ。彼はもう足を洗ってはいたが、組長の息子ということでちょくちょく顔を出していた。
「おっ、新入り?」
 彼にはいろんなことを言われ、教わった。絶対に入れ墨は入れるな、やりたいことを見つけたら躊躇わずに組を抜けろ、警察の世話にはならないように気をつけろ。……あとは女を教えてもらった。
 五年近く前に、組長が病死してからは後継者のない組は解体し、組長の兄である神崎が路頭に迷った者達の面倒を見てくれることになって、今に至る。皆は散り散りになって、堅気になれずに別の組に移った者、神崎の口利きで就職をした者、自分で自分の道へ進んだ者……様々だった。行く当ても帰る場所もない祐策は、神崎会長の世話になることになったわけだが。
「真穂子は全然俺に訊かないけど、訊きたいことあったら訊いてよ。話せることなら全部話すし。俺には隠すことないし」
「うん……訊きたくなったら訊くよ」
 そう言う真穂子だったが、あまり深く追求してこないだろう。彼女はそういう人だと、祐策はわかっていた。
 束縛もしないし、だからと言って空気のような扱いをするわけでもない。
「俺もさ、前から訊きたいことがあったんだけど」
「なあに?」
 自分の身の上を話したところで、ふと自分が以前から気になっていたことがあることを思い出した。
 言って悪いことでは全くないが、つい聞きそびれてしまっていたことだ。
「俺の何が好きになったの」
「え!」
 彼女は大きな声を出した。
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