大人の恋愛の始め方

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【第3部】祐策編

17.高虎の尋問(後編)

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「ごめんごめんって。祐策には全幅の信頼を置いてるからさ。まほちゃんも安心よ。おまえは……遊びの女にも、悦ばせたことはあってもひどいことしたことないだろ」
 急に声のトーンが落ちる。
(DV男って言ってたしな……)
「しませんよ」
「だよな」
「……昔の男って、彼女にどんだけ酷いことしたんですかね」
 高虎にも腹は立つが、見ず知らずの相手にも種類の違う怒りが湧いてくる。
「俺が知ってるのは、暴力振るうクソ最低なヤツだってことだな。ひょろひょろした男でさ、なよなよした面で暴力とは無縁そうなくせにな。自分たちの行為を撮影して金にしようともしてた」
「は!?」
 高虎の言葉に耳を疑った。暴力を振るわれていた話は本人から聞いたが、高虎が言った『撮影』のことは聞いていない。
「金にしよう、って何ですかそれ」
「お、おー……まあアレよ、動画をアップして広告収入得るサイトあるだろ。あれのアダルトサイト版があるらしくってな、素人が、顔は隠すけど行為を晒すっていうのがあるんだと」
「か、金儲けしてたってことですか!?」
 許せねえ、と祐策の顔は怒りに満ちて引きつっていく。
 昔のことかもしれないが、そんなことがなされていたとは許し難い。
「その動画、残ってたりしないですか」
「見たいのか?」
「んなワケないでしょ! 残ってたりしたら嫌じゃないですか……デジタルタトゥーになってんじゃないかって」
「デジタルタトゥーって、おまえ、そんな難しい単語よく知ってるな」
「あんたを先にやってやろうか」
 バカにされたようで、祐策はカッと頭に血が昇る。本当に腹のたつ男だ、と。
 しかし高虎は悪い悪いと祐策を宥めるのだ。
「よく聞け。金にしようともしてた、って言ったろ。未遂だよ未遂。一応防いでる。撮りたかったんだろうけど、できなかったんだよ」
 どういうことだ、と祐策は眉を顰めた。
「そんな計画聞かされたまほちゃんが首を縦に振ると思うか? 断ったんだよ。それからだよ、DVは。セックスが怖くなって、相手が無理矢理しようとすればするほど嫌悪が生まれる。で、ここからはその男の言い分だぞ、まほちゃんから聞いたわけじゃないからな。……まほちゃんが嫌がるのはプレイかと思ったんだと。けど全然悦ばないから叩く殴る蹴る、無理矢理すれば泣いて嫌がる、全然イカない、喚くばかりで気持ちよくない。だんだんつまんない女になってきて、適当なところで捨ててやるかと思ったら、まほちゃんから別れを切り出された。そして逆上」
「え……クソかよ……許せねぇ……」
「ストーカーまがいなことしてよ」
 高虎の語気が強まった。
「……てか、神崎さんはその男と面識があったんですか」
 会ったことがある口ぶりに祐策は疑問を投げ掛けた。
「おう。ボコボコにしてやったからな」
「そう、なんですか……?」
 真穂子が頼んだのだろうか?
 いや彼女が進んで頼むようには思えないが。
「五年くらい前だったか……」
(まだ俺が組の構成員だったころか……)
「偶然、つきまとわれてるまほちゃんがいて。可愛い子がいるなあ、けどなんか変だなあと思って声かけたら、途中省略するけど、男がくってかかってきてな、男が勝手に事情を話してそういうことだったから取りあえずボコった」
「そ、そうですか……」
 可愛い子がいるけれど何かに追われているような感じで、気になって声をかけたら、高虎の背後に隠れたという。すると男が現れ、真穂子に不穏なことを言ってきたというから、とりあえず軽く懲らしめてその場は諫めたが、また危害を加えてくる可能性もあると感じた高虎が、相手の素性を確認し、後日改めてボコボコにした……ということがあったようだ。
「実はさ、奥さんと知り合ったのって、まほちゃんがきっかけなんだよな」
 真穂子と知り合いになったのは、それがきっかけで、さらに妻である真穂子の姉は、妹の真穂子との出会いがきっかけだと話してくれた。それは初耳だった。
(へえー……そうか、義兄とかいう以前に、知り合いや友達って間柄になって相談してたのか……)
「でさ、おまえ、気づかない?」
「え、何がですか」
 はあ、と高虎はため息をついた。
(なんだよ)
 蔑んだような視線に、苛立ちを覚える。
「まほちゃんの前の男、ボコったの、俺だけじゃなくておまえもだぞ」
「えっ」
「相手をボコったの、覚えてない? まほちゃんが逃げてたときも、俺とおまえが一緒の時だったんだぞ。咄嗟におまえが庇ってくれて」
「えー……」
 知らない、と祐策は呟いた。
「その後、ちょっと手伝ってくれって言って、祐策と俺で、頭の悪い男を痛めつけに行ったの、相手の会社の前で出待ちした後に。記憶ないか?」
「えー……」
 そう言われ、祐策は記憶を辿ってみる。
「あるような無いような……」
 実の所無いわけではない。
 多すぎるのだ。
 五年ほど前なら、自分はまだ神崎組の構成員で、高虎は組長の息子「若」であったが実際は既に足を洗っていた。それでも自分たちは高虎を慕っていたし、彼も組に顔を見せていた。特に、彼が可愛がっている男達をよく遊びに誘っていて、祐策もその中の一人だった。
 その高虎は、裏家業でもやっているかのように、どこかの誰かに復讐のような行為をすることがあった。連れて行かれるのが祐策たちだったのだ。時には、自分の仕事取引相手だったのだろう相手もいたし、遊びの女につきまとう面倒な男たちもいた。
(面倒な……男……)
 正直件数が多すぎてどの案件かがわからなかった。
「なんとなく……。ですけど、みんな頭の悪い男だった気がして……」
「ん。それは確かに」
 女絡みの案件のターゲットの男達はみんな頭が悪そうだった。
 どういうルートなのかわからないが、高虎は相手の素性を調べあげ、弱みを握って相手を屈服させる。力で屈服させるのは祐策達の仕事だった。
「ヤクザだってわかったらビビってさ。ヤクザの女に手出したヤバい、って顔してたんだよな。まほちゃんが逃げてきたその場でスマホは叩き割ったし、あっ、後日おまえとボコりに行った時に、ちゃんと新品新機種を弁償してやったよ? その代わり二度と彼女の前に現れませんって約束させてさ。『スマホと彼女、どっちか選べ』って訊いたら即答でスマホだぞ? あのクソ男」
 高虎は忌々しげに言った。
「『てめぇみたいな男はセックスする資格ねえんだよ、惚れた女との情事をさらすなんてクソのやることだ。俺なら、惚れた女は一晩中抱いて、抱き潰して、立ち上がれないくらい満足させるけどな。さっさと失せろ』って言った祐策、カッコよかったなあ、そいつの股間をぎゅっと握り潰してさあ」
「いや潰してないでしょ」
「祐策に握り潰されて、最後にはおもらししやがったな」
「いやだから潰してないでしょ!」
 高虎はカラカラと笑っている。
「俺が女なら惚れるわーって思ったもん」
 高虎の記憶力はいい、自分とは大違いだ。その時のことを覚えているようで聞かせてくれたが、はっきりとは思い出せない。
 しかし、なんとなくは思い出せた。
「最後チビリながら逃げてったしょうもない男を締め上げた記憶はあります……。そいつが雪野さんの……か……」
「まあ、祐策がもっと締め上げたいなら個人情報教えるよ? 時々チェックしてんだよね。これまでの奴ら、SNSやってるやつばっかだから、たまにチェックするし。勤め先変わってないかとかさ。ふとした時にまた何かやらかすかもしれないじゃん。忘れたころに脅しをかけとけば、保険にもなるだろ?」
 これでよく警察沙汰にならなかったな、と今では思うことがある。
 組が解体されてからは警察の世話にならないように気をつけているが、何がきっかけでこの平穏が綻ぶかわからない。
「別に……いいです。雪野さんに危害を加えることがないなら。まあ、本心では今フルボッコにしてやりたいところですけどね。やったところで、雪野さんの傷が消えるわけじゃないので」
「……そっか。やっぱ祐策、いい男だな」
「褒めても何も出ませんからね」
「本心なのになあ」
 高虎は笑った。
 下世話な男だが、やはり憎めない。
 腹が立つことは多々だが……人たらしの才能があるのだ。
「頑張れよ」
「はい。……って何をですか」
 祐策は苦笑した。
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