大人の恋愛の始め方

文字の大きさ
上 下
146 / 222
【第3部】祐策編

8.近づく距離

しおりを挟む
 二人の距離は近づいたが、それ以上は踏み込めないでいる祐策だった。
 年が明け、折を見てデートには誘うが、自分の気持ちを伝えることができないでいた。
 あと一年ちょっとは縛りがある。
(俺の過去のこと知ってるとは思うけど……)
 元とはいえヤクザの男なんていやだよな、と気弱になる。
(でもお姉さんが若の奥さんか……お姉さんの時、どうだったんだろう……)
 もめたのかな、反対されなかったのかな、それとも過去のことを知らないのだろうか。会社経営をしているからさほど気にされなかったのだろうか。
(俺は……そうもいかない……)
 車も持っていないし、ローンを組むこともできない。
 好きだと言っても、上手くいってもいかなくてもその先のことを考えることができない。一時の感情でうまくいっても、将来まで怖くて考えられない。
 一緒に出掛けてくれるくらいだし、俺のことは嫌いじゃないだろうけど、と消極的だ。


 別の日。
 一緒にラーメンを食べて、真穂子に送られて帰ったところに、ちょうど和宏も帰ってきたところだった。
 和宏が挨拶をしたので、真穂子も車を降りて挨拶をした。
「寒いですし、よかったらお茶でもいかがですか」
 和宏は言う。
 真穂子は和宏がヤクザとは関係がないことを知っているのかわからないが、普通に接している。そうこうしていると、中から人が出てきた。
「おう、祐策か! おかえり」
「若……神崎さん」
「え」
 真穂子が驚いた声をあげる。
「ん? あれ、まほちゃん!? ええ!?」
 神崎高虎が広い玄関から出てきて、門扉で三人と出会したのだ。
 真穂子と高虎が顔見知りなのはわかっていた。しかし、その驚きようが妙に思えた。
(あ、そっか。雪野さんがここに来ることはないもんな) 
 和宏は祐策たちと高虎を見比べている。
「えっ、祐策と!? えっ、そうだったんだ!? まほちゃんの……そうだったんだ!? 好きな男って祐策!? そっかそっか、よかったなあ! 祐策、俺の義妹のことよろしくな!」
「ちょ……お義兄さん!」
 真穂子は困惑し、慌てている。
「好きなやつって祐策のことだったんだ。なんだ、おんなじ会社だったんだな?」
「もうっ、うるさいですよ!」
 祐策と和宏はぽかんとして二人のやりとりを見ていた。
(好きな……やつ?)
 神崎高虎のせいで、お茶でも、という和宏の誘いは有耶無耶になってしまった。
 そうして真穂子は慌てて帰っていった。


 まだまだぎこちない距離の二人だというのはわかっている。
 帰るつもりだったはずなのに、祐策が帰ってきてからまた屋内に高虎は入ってきた。自分は帰るところでなかったのだろうか。
 そして、高虎が首を突っ込んでくる。
「祐策ってまほちゃんのこと好きなんだろ」
 ブッと茶を吹き出す祐策。
 和宏は慌てて布巾で机を拭いてくれた。
「いきなりなんですか」
「付き合ってんのかと思ったよ」
「付き合ってませんよ」
「付き合えよ」
「そんな簡単に言わないでくださいよ」
 フンッと祐策は鼻を鳴らして高虎を睨んだ。
 肩を竦め、高虎は笑う。
「まほちゃんはいい子だぞ」
「……知ってますよ」
「だったら付き合えよ」
「だからそんな簡単なことじゃないんですって。どちらか一方的な感情だけでは成り立たないでしょう」
 おまえ成長したな、と高虎は笑った。
「馬鹿にしてます?」
「してないよ」
「してますよね」
 へらへらと笑う高虎に、祐策は苛立った。
「俺は神崎さんみたいに顔がいいわけでも、頭がいいわけでもないんです。何の特技もない元ヤクザが、普通の女性に告白して、嬉しいなんて思わないでしょうよ」
「玉砕するのが怖いんだな」
 ぐっと言葉に詰まり、高虎から目を逸らした。へらへらしているくせに、人を見抜く目や力があり、それでいて人を引きつける力もある、不思議な男だ。
 その男が図星を射したものだから、祐策は口をつぐんだ。
「……同じ会社ですからね、俺だって人並みに気まずさとか、恥ずかしさとか、そういう感情がありますよ。俺はともかく、雪野さんのほうが……嫌な思いをするんですから」
「フラれる前提かよ」
「……ええ、前提ですよ」
 悪いかと言わんばかりの口調で言い返すしかできなかった。
「今のままでいいです」
「本気か?」
「いいです」
「行動しなきゃ、まほちゃん、誰かにさらわれるぞ?」
「さらうも何も、そうなっても雪野さんの意思なんですから」
「ちっさい男だったんだな、祐策は。もっと骨のある男だと思ってたのにな」
 なんだこいつ、と祐策はかつての「若」に刃向かう気持ちが芽生える。心底癪に障ったる。人の恋愛に口を出さないでほしい。言ってやろうかとすら思った。
「……そっか。悪かったな。じゃ、そろそろ俺帰るわ」
 高虎は立ち上がり、リビングを出て行った。
(……ムカつく)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました

utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。 がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...