144 / 222
【第3部】祐策編
6.勘違い(後編)
しおりを挟む
「彼氏募集中ですよ」
(そっか……じゃあ、フリーなんだ……)
口元に笑みを浮かべてしまったのを見られ、
「どうかされましたか」
真穂子に不思議そうな顔をされてしまった。
「なんでもない」
「宮城さんがわたしに刺々しかった理由って、そういうことだったんですね」
「え? あー……」
「わたしが結婚してるのに不倫してる最低な女だと」
「いや、そうじゃなくて……あの」
形勢逆転だ。
真穂子が白い目で祐策を見た。
「軽蔑されてたんですね」
「そういうわけじゃないけど……少しは思った、かな……」
(あと若のことはめっちゃ軽蔑してた)
神崎高虎は女癖が悪かったし、顔もいいので彼自身がそれを自覚しているだけに、余計に二人を軽蔑してしまっていた。
はあっ、と真穂子はため息をついた。
「……まあ、誤解が解けてよかったです」
「ごめん」
「いいえ」
小さく真穂子は笑い、
「乗って帰りませんか」
もう一度誘ってきた。
断る理由はなかった。
「……いいの?」
「いいですよ。もう道はだいたい覚えましたから」
「すご」
素直に感心した。
一度しか行ったことがないはずの場所をもう覚えるとは。
「わたし、道とか、人の顔や名前、覚えるの得意なんですよ」
「すごいな……」
真穂子の特技に、祐策は感嘆の声をあげた。
……駐車場まで歩き、いつかのように祐策は彼女の車の助手席に乗せてもらった。
「よろしくお願いします」
「はあい、わっかりましたー」
彼女は陽気に返事をした。
前回は眠ってしまったが、今日はしっかり目を覚ましている。真穂子の安全運転は心地よくて眠ってしまいそうだったが、せっかくの時間がもったいないと思い、しっかり起きていた。
真穂子がどんなものが好きなのか、どんなものに興味があるのか、さりげなく会話でリサーチをする。テレビはどんな番組を見るのか、好きなアーティストやアイドルはいるのか、映画は好きなのか、どんなジャンルが好きなのか……。ただアーティストやアイドルは、祐策にはわからない人物だった。
(帰ってカズに訊いてみよう……)
あっという間に神崎邸の前までやってきた。
「あ、あのさ、雪野さん」
「はい」
降りようとして、手を止める。
「こ、今度ごはんとか……どうかな。お弁当作ってもらったお礼、全然してないし」
「いやいや、ちゃんと代金もらってましたし、お礼なんて」
「……そう」
速攻で断られ、祐策は引き下がった。
「えっ……あ、あの、行きましょう、ごはん。お礼とかそういうの抜きで、普通に、ごはん、行きましょうよ」
真穂子は慌てる。
「え……いいの……?」
「行きましょう」
「……うん、じゃあ、年が明ける前に、どう?」
祐策も真穂子も笑って頷いた。
心の中ではガッツポーズに小躍りをしている祐策だ。
「送ってくれてありがとう。助かった」
「どういたしまして」
車から降りようとドアに手をかけた。
「あの、宮城さん」
「ん?」
「前回の飲み会のあとお送りした時のこと、覚えてますか」
その質問に、祐策は気まずげな顔になった。
最後に、この場所で意識を失い、人に迷惑をかけているからだ。真穂子には特に迷惑をかけてしまっているため、再度詫びた。
「あの、その時にしたこととか言ったこと……覚えてますか」
「その時のこと? 俺やっぱり何かした!? 何か言ったんだ!? 雪野さんにひどいこと言った!?」
真穂子は悪いことはしたり言ったっりはしていないと言っていたが、本当は何か傷つけるようなことやセクハラ発言をしていたのかもしれない、と内心焦った。
「いえ、そうじゃないんですけど……」
「な、なに……」
「いえ、ならいいです」
「何、気になる。俺、何した?」
「覚えてないなら、別にいいんです、本当に」
それが気になるんだよ、と祐策は真穂子を追求した。
「あの……酔ってらっしゃったんだと思うんですけど」
「うん……」
「抱きしめられて……」
「!?」
マジかよ、と祐策は血の気が引いた。
「可愛い、とか……言って……」
「えっ!? マジで!?」
はい、と真穂子は恥ずかしそうに頷いた。恥ずかしいのはこっちだよ、と祐策は赤面した。暗くて真穂子には見えてはいないだろうけれど。
「ご、ごめん、気を悪くしたよな……」
「いえ、そんなことは。ちょっと、びっくりしただけで……。やっぱり酔った勢いですよね」
少し残念そうに見えたのは気のせいだろうか。
「違う」
「え」
「酔った勢いで言ったんだとは思う。……けど、嘘じゃない」
本心だ、と祐策は小声で言った。
「雪野さんは、可愛いと、思ってる。俺は」
「あ……えと……ありがとう、ございます」
「ご、ごめん。抱きしめたのは……ごめん……嫌だったよな、ずっと言えなかったんだよな、ほんとにごめん」
トラウマになったりしていないだろうか、と祐策は伺った。
「いえ……そんな、嫌な気分にはなっていませんし」
「けど、気持ち悪いとか」
「宮城さんにはそんなこと思ったりしませんよ。びっくりはしましたけど……」
「そ、そう……」
この手で、この腕で彼女の身体を抱きしめたのか。
柔らかかったとか、どんな感じだったのか、はっきり覚えていない自分が憎い。
(いや、そういうことじゃない)
「あのさ、俺、ほかには何か言ってない? 変なこと言ったり、したりはしてなかった?」
「…………」
何か言いたげな様子に見えたが、真穂子は首を振った。
「はい、もう覚えてはないですけど」
ならよかった、と祐策は安堵した。
(それ以上醜態を晒していないなら)
「雪野さん、送ってくれてありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「また、月曜日に」
「はい。また」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
車から降りると、窓越しに手をあげて挨拶をした。
真穂子も会釈をしたあと、車で走り去って行った。
今夜は、いい気分だ。
(そっか……じゃあ、フリーなんだ……)
口元に笑みを浮かべてしまったのを見られ、
「どうかされましたか」
真穂子に不思議そうな顔をされてしまった。
「なんでもない」
「宮城さんがわたしに刺々しかった理由って、そういうことだったんですね」
「え? あー……」
「わたしが結婚してるのに不倫してる最低な女だと」
「いや、そうじゃなくて……あの」
形勢逆転だ。
真穂子が白い目で祐策を見た。
「軽蔑されてたんですね」
「そういうわけじゃないけど……少しは思った、かな……」
(あと若のことはめっちゃ軽蔑してた)
神崎高虎は女癖が悪かったし、顔もいいので彼自身がそれを自覚しているだけに、余計に二人を軽蔑してしまっていた。
はあっ、と真穂子はため息をついた。
「……まあ、誤解が解けてよかったです」
「ごめん」
「いいえ」
小さく真穂子は笑い、
「乗って帰りませんか」
もう一度誘ってきた。
断る理由はなかった。
「……いいの?」
「いいですよ。もう道はだいたい覚えましたから」
「すご」
素直に感心した。
一度しか行ったことがないはずの場所をもう覚えるとは。
「わたし、道とか、人の顔や名前、覚えるの得意なんですよ」
「すごいな……」
真穂子の特技に、祐策は感嘆の声をあげた。
……駐車場まで歩き、いつかのように祐策は彼女の車の助手席に乗せてもらった。
「よろしくお願いします」
「はあい、わっかりましたー」
彼女は陽気に返事をした。
前回は眠ってしまったが、今日はしっかり目を覚ましている。真穂子の安全運転は心地よくて眠ってしまいそうだったが、せっかくの時間がもったいないと思い、しっかり起きていた。
真穂子がどんなものが好きなのか、どんなものに興味があるのか、さりげなく会話でリサーチをする。テレビはどんな番組を見るのか、好きなアーティストやアイドルはいるのか、映画は好きなのか、どんなジャンルが好きなのか……。ただアーティストやアイドルは、祐策にはわからない人物だった。
(帰ってカズに訊いてみよう……)
あっという間に神崎邸の前までやってきた。
「あ、あのさ、雪野さん」
「はい」
降りようとして、手を止める。
「こ、今度ごはんとか……どうかな。お弁当作ってもらったお礼、全然してないし」
「いやいや、ちゃんと代金もらってましたし、お礼なんて」
「……そう」
速攻で断られ、祐策は引き下がった。
「えっ……あ、あの、行きましょう、ごはん。お礼とかそういうの抜きで、普通に、ごはん、行きましょうよ」
真穂子は慌てる。
「え……いいの……?」
「行きましょう」
「……うん、じゃあ、年が明ける前に、どう?」
祐策も真穂子も笑って頷いた。
心の中ではガッツポーズに小躍りをしている祐策だ。
「送ってくれてありがとう。助かった」
「どういたしまして」
車から降りようとドアに手をかけた。
「あの、宮城さん」
「ん?」
「前回の飲み会のあとお送りした時のこと、覚えてますか」
その質問に、祐策は気まずげな顔になった。
最後に、この場所で意識を失い、人に迷惑をかけているからだ。真穂子には特に迷惑をかけてしまっているため、再度詫びた。
「あの、その時にしたこととか言ったこと……覚えてますか」
「その時のこと? 俺やっぱり何かした!? 何か言ったんだ!? 雪野さんにひどいこと言った!?」
真穂子は悪いことはしたり言ったっりはしていないと言っていたが、本当は何か傷つけるようなことやセクハラ発言をしていたのかもしれない、と内心焦った。
「いえ、そうじゃないんですけど……」
「な、なに……」
「いえ、ならいいです」
「何、気になる。俺、何した?」
「覚えてないなら、別にいいんです、本当に」
それが気になるんだよ、と祐策は真穂子を追求した。
「あの……酔ってらっしゃったんだと思うんですけど」
「うん……」
「抱きしめられて……」
「!?」
マジかよ、と祐策は血の気が引いた。
「可愛い、とか……言って……」
「えっ!? マジで!?」
はい、と真穂子は恥ずかしそうに頷いた。恥ずかしいのはこっちだよ、と祐策は赤面した。暗くて真穂子には見えてはいないだろうけれど。
「ご、ごめん、気を悪くしたよな……」
「いえ、そんなことは。ちょっと、びっくりしただけで……。やっぱり酔った勢いですよね」
少し残念そうに見えたのは気のせいだろうか。
「違う」
「え」
「酔った勢いで言ったんだとは思う。……けど、嘘じゃない」
本心だ、と祐策は小声で言った。
「雪野さんは、可愛いと、思ってる。俺は」
「あ……えと……ありがとう、ございます」
「ご、ごめん。抱きしめたのは……ごめん……嫌だったよな、ずっと言えなかったんだよな、ほんとにごめん」
トラウマになったりしていないだろうか、と祐策は伺った。
「いえ……そんな、嫌な気分にはなっていませんし」
「けど、気持ち悪いとか」
「宮城さんにはそんなこと思ったりしませんよ。びっくりはしましたけど……」
「そ、そう……」
この手で、この腕で彼女の身体を抱きしめたのか。
柔らかかったとか、どんな感じだったのか、はっきり覚えていない自分が憎い。
(いや、そういうことじゃない)
「あのさ、俺、ほかには何か言ってない? 変なこと言ったり、したりはしてなかった?」
「…………」
何か言いたげな様子に見えたが、真穂子は首を振った。
「はい、もう覚えてはないですけど」
ならよかった、と祐策は安堵した。
(それ以上醜態を晒していないなら)
「雪野さん、送ってくれてありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「また、月曜日に」
「はい。また」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
車から降りると、窓越しに手をあげて挨拶をした。
真穂子も会釈をしたあと、車で走り去って行った。
今夜は、いい気分だ。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
契約妻ですが極甘御曹司の執愛に溺れそうです
冬野まゆ
恋愛
経営難に陥った実家の酒造を救うため、最悪の縁談を受けてしまったOLの千春。そんな彼女を助けてくれたのは、密かに思いを寄せていた大企業の御曹司・涼弥だった。結婚に関する面倒事を避けたい彼から、援助と引き換えの契約結婚を提案された千春は、藁にも縋る思いでそれを了承する。しかし旧知の仲とはいえ、本来なら結ばれるはずのない雲の上の人。たとえ愛されなくても彼の良き妻になろうと決意する千春だったが……「可愛い千春。もっと俺のことだけ考えて」いざ始まった新婚生活は至れり尽くせりの溺愛の日々で!? 拗らせ両片思い夫婦の、じれじれすれ違いラブ!
無表情いとこの隠れた欲望
春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。
小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。
緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。
それから雪哉の態度が変わり――。
森でオッサンに拾って貰いました。
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
アパートの火事から逃げ出そうとして気がついたらパジャマで森にいた26歳のOLと、拾ってくれた40近く見える髭面のマッチョなオッサン(実は31歳)がラブラブするお話。ちと長めですが前後編で終わります。
ムーンライト、エブリスタにも掲載しております。
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
Home, Sweet Home
茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。
亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。
☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる