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【第3部】祐策編
2.秘密の弁当
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その後は、祐策と真穂子は会話が増えていった。
顔を見るだけで嬉しかったはずが、会話が増えるともっと嬉しくなる。
(ヤバい……)
好きかもしれない、と甘酸っぱい気持ちを押し隠すのに必死だった。今の自分にはそんなものは必要ないし、持つべき感情ではないのだ。
ある日の昼休み。
今日は現場が近くだったので、みな一旦会社に戻ってきていた。
真穂子は毎日手作り弁当を食べている。
昼食は、大抵現場や現場近くの飲食店やコンビニで弁当を買っている祐策は、それを見て、
「うまそう……」
とうっかり、口にしてしまった。
小さな弁当箱だが、彩りがあるおかずに、小さなおにぎりが二つ入っているのが見えた。
「あ、ごめん、覗くつもりはなくて」
焦る祐策に、真穂子は笑いながら、
「じゃあ、宮城さんのも作りましょうか?」
そう言った。
何を言われたんだろう、と一瞬考える。
(作る……? 弁当を……?)
言葉を理解したが、思いがけない提案に驚き、祐策は即座に断った。
「毎日は無理なので、週に一回くらい、秋冬なら……今の時期ならいいですよ」
「え……」
「いいですよ」
「いいのか……? いくら払ったらいい?」
さすがに無料というわけにはいかない。家族でも恋人でもない会社の同僚のために時間や金を割かせるわけにはいかない。有償でないといけないだろう。
「宮城さんはどれくらいなら出せそうですか? 三百円くらいですか」
祐策があまり満足な昼食を摂っていないことは察しているようだ。
確かに、菓子パンを二個か三個、若しくはおむすびを二個、そんな手軽な昼食だった。朝は早朝家政婦が作ってくれたものをしっかり食べるし、夜も、家政婦が朝のうちに作ってくれたおかずをお供に、同居人たちでほぼ自炊をしている。
「三百円じゃ安すぎるだろ。じゃ、じゃあ……ワンコインとか六百円とか……?」
菓子パンやおむすびと飲み物で五百円から六百円くらい費やしているので、それくらいではどうかと思った祐策だ。
「乗った。では五百円、それで手を打ちましょう。……って言い出したのはわたしなのに、いいんですか、いただいちゃって」
もちろんだよ、と祐策は頷いた。
「あ、あの、本当に作ってもらえるのか……?」
「毎週月曜日、どうですか? 月曜日はわたしのお弁当、おかずが豪華なんで」
「そうなの?」
週末に買い物に行き、一週間分のおかずをまとめて作るのだと真穂子は言った。金曜日が近づくにつれ、夕食に使うこともあるため、おかずが少なくなっていく、と話してくれた。
「そう、なんだ……」
「だから月曜日がいちばんお得ですよ」
何か苦手なものや食べられないものがあるかと尋ねられ、
「納豆は無理かな」
と答えた。
「あとは……一般的な人間が食べられるものなら大丈夫だと」
「わかりました。じゃあ、次の月曜日から作りますね。ちなみに納豆はわたしもだめなので絶対に入ってくることはありません」
得意げに笑い真穂子に、祐策は笑った。
「うん、ありがとう。よろしく」
いつの間にか祐策の弁当を作ってくれることになってしまった。
真穂子のおかげで月曜日が楽しみになった。
おかずの入ったタッパーと、ラップに包まれたおむすびが、保冷バッグに入れられていた。同僚たちに見つからないように留意する。見つかればうるさいことを言われるのは間違いない。職場のアイドル・真穂子の手弁当なのだから。
真穂子の弁当はとても美味かった。
高校生の頃は弁当だったが、それは誰かに作ってもらった記憶はなかったので、真穂子の弁当はとても嬉しかった。
「ごちそうさま。あの……すごく、美味かった」
「お口にあったならよかったです」
タッパーを洗って返す、と言う祐策に、真穂子は強引にそのまま受け取った。
「残してないならいいじゃないですか」
「残さないよ、美味かったのに」
「じゃあ、そのままもらいます。これからも洗わなくていいですからね」
作ってもらったのに申し訳ないよと言っても、彼女は空っぽのタッパーが入った保冷バッグを奪い取った。
「……わかった。甘える。ありがとう。ごちそうさまでした。うごく美味かった」
「どういたしまして」
真穂子が笑うと、心臓がバクバクした。
「あの、さ……次も……楽しみにしてていいかな」
「もちろん。楽しみにしてもらえると腕が鳴ります」
二の腕を振り上げた真穂子も心なしか嬉しそうだ。
「た、楽しみにしてる」
そう言うのが精一杯だった。
顔を見るだけで嬉しかったはずが、会話が増えるともっと嬉しくなる。
(ヤバい……)
好きかもしれない、と甘酸っぱい気持ちを押し隠すのに必死だった。今の自分にはそんなものは必要ないし、持つべき感情ではないのだ。
ある日の昼休み。
今日は現場が近くだったので、みな一旦会社に戻ってきていた。
真穂子は毎日手作り弁当を食べている。
昼食は、大抵現場や現場近くの飲食店やコンビニで弁当を買っている祐策は、それを見て、
「うまそう……」
とうっかり、口にしてしまった。
小さな弁当箱だが、彩りがあるおかずに、小さなおにぎりが二つ入っているのが見えた。
「あ、ごめん、覗くつもりはなくて」
焦る祐策に、真穂子は笑いながら、
「じゃあ、宮城さんのも作りましょうか?」
そう言った。
何を言われたんだろう、と一瞬考える。
(作る……? 弁当を……?)
言葉を理解したが、思いがけない提案に驚き、祐策は即座に断った。
「毎日は無理なので、週に一回くらい、秋冬なら……今の時期ならいいですよ」
「え……」
「いいですよ」
「いいのか……? いくら払ったらいい?」
さすがに無料というわけにはいかない。家族でも恋人でもない会社の同僚のために時間や金を割かせるわけにはいかない。有償でないといけないだろう。
「宮城さんはどれくらいなら出せそうですか? 三百円くらいですか」
祐策があまり満足な昼食を摂っていないことは察しているようだ。
確かに、菓子パンを二個か三個、若しくはおむすびを二個、そんな手軽な昼食だった。朝は早朝家政婦が作ってくれたものをしっかり食べるし、夜も、家政婦が朝のうちに作ってくれたおかずをお供に、同居人たちでほぼ自炊をしている。
「三百円じゃ安すぎるだろ。じゃ、じゃあ……ワンコインとか六百円とか……?」
菓子パンやおむすびと飲み物で五百円から六百円くらい費やしているので、それくらいではどうかと思った祐策だ。
「乗った。では五百円、それで手を打ちましょう。……って言い出したのはわたしなのに、いいんですか、いただいちゃって」
もちろんだよ、と祐策は頷いた。
「あ、あの、本当に作ってもらえるのか……?」
「毎週月曜日、どうですか? 月曜日はわたしのお弁当、おかずが豪華なんで」
「そうなの?」
週末に買い物に行き、一週間分のおかずをまとめて作るのだと真穂子は言った。金曜日が近づくにつれ、夕食に使うこともあるため、おかずが少なくなっていく、と話してくれた。
「そう、なんだ……」
「だから月曜日がいちばんお得ですよ」
何か苦手なものや食べられないものがあるかと尋ねられ、
「納豆は無理かな」
と答えた。
「あとは……一般的な人間が食べられるものなら大丈夫だと」
「わかりました。じゃあ、次の月曜日から作りますね。ちなみに納豆はわたしもだめなので絶対に入ってくることはありません」
得意げに笑い真穂子に、祐策は笑った。
「うん、ありがとう。よろしく」
いつの間にか祐策の弁当を作ってくれることになってしまった。
真穂子のおかげで月曜日が楽しみになった。
おかずの入ったタッパーと、ラップに包まれたおむすびが、保冷バッグに入れられていた。同僚たちに見つからないように留意する。見つかればうるさいことを言われるのは間違いない。職場のアイドル・真穂子の手弁当なのだから。
真穂子の弁当はとても美味かった。
高校生の頃は弁当だったが、それは誰かに作ってもらった記憶はなかったので、真穂子の弁当はとても嬉しかった。
「ごちそうさま。あの……すごく、美味かった」
「お口にあったならよかったです」
タッパーを洗って返す、と言う祐策に、真穂子は強引にそのまま受け取った。
「残してないならいいじゃないですか」
「残さないよ、美味かったのに」
「じゃあ、そのままもらいます。これからも洗わなくていいですからね」
作ってもらったのに申し訳ないよと言っても、彼女は空っぽのタッパーが入った保冷バッグを奪い取った。
「……わかった。甘える。ありがとう。ごちそうさまでした。うごく美味かった」
「どういたしまして」
真穂子が笑うと、心臓がバクバクした。
「あの、さ……次も……楽しみにしてていいかな」
「もちろん。楽しみにしてもらえると腕が鳴ります」
二の腕を振り上げた真穂子も心なしか嬉しそうだ。
「た、楽しみにしてる」
そう言うのが精一杯だった。
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