大人の恋愛の始め方

文字の大きさ
上 下
136 / 222
【第2部】28.温泉

しおりを挟む

バコッ

「あたっ」
 とても小気味いい音が響いた。
 髪の長い女性が、スリッパ片手に仁王立ちでそこにいた。彼女が高虎の頭を叩いたということは明らかだ。
「菜穂子……」
「虎ちゃん、今わたしの噂してなかった?」
 頬を引きつらせた高虎の妻・菜穂子がそこにいる。どうやら途中から話を聞いていたようだ。
(虎ちゃんって呼ぶの、確か奥さんだけだったな)
 その呼び方に、かつての「若」に威厳がなく吹き出しそうになったが、ぐっと堪えた。
「し、してないよ」
「セックスが雑だって言ってなかった?」
「言ってないって。トモがさ、雑に何度もセックスするっていう話」
「はあ!?」
 あんたいい加減にしろよ、とトモは高虎に詰め寄る。
「人のせいにしないの!」
 菜穂子にも詰め寄られた。
「うううう……」
 ごめんなさいごめんなさい、と高虎は菜穂子に平身低頭で詫びを入れた。
「影山君、ごめんなさいね。主人が本当にいつも」
「いえ……」
「虎ちゃん、人前で卑猥な単語を連呼しないの」
「ごめんなさいいぃ」
 ほら行くわよ、と菜穂子が高虎の手を引く。
「あ、待って。トモに渡したいものがあるから、それだけ」
「いいわよ」
 高虎はジャケットの胸ポケットから、小さな袋を取り出し、トモの目の前に差し出した。
「何ですか」
「遅くなったけど、引越祝」
「えっ……」
「昔はお年玉だったけどな。それも兼ねておまえにやる。はずんどいたよ。あの子と二人分だからな」
 また後でな、と高虎は菜穂子に連れていかれ、すぐ側の襖の向こうに消えた。
「もう、人前でああいう話しないでよ」
「ごめーん」
「最近は里菜はすぐ寝てくれないから、虎ちゃんと時間が合わないの。わかってよ」
「わかってるよ。じゃあ、里菜が寝たらしてくれる?」
「まあ、ね」
「ねえ今、里菜寝てるんだよね。今チャンスじゃない?」
「伯父様の家で出来るわけないでしょ。ちょっと!」
「チューくらいいいじゃん」
「きゃっ、こらっ、いきなり触んないでよ」
 高虎が菜穂子のどこかを触って叱られているのがわかった。
「ダメ? みんなあっちで喋ってるしさ。このまま……しようよ」
 囁くような二人の会話は、耳のいいトモには聞こえていた。
(おいおい……結局仲良しかよ……)
 それよりも、夫婦の会話はシャットアウトし、手渡された小さな袋を見つめる。ポチ袋だ。
(引越祝いとお年玉、か……)
 組が解体するまでは、若だった高虎は毎年「お年玉」をくれていた。どうやら全員にではなかったようで、行く宛もなく組長の邸宅に籠もる連中や、彼を慕っている者にくれていたようだ。二十歳を過ぎた大人の自分にも、少しだが、と言って配ってくれた。
「神崎さん……感謝します」
 中は開けずに、聡子の元に戻った。
「大丈夫でしたか? 絡まれてたんですか」
「いや、少し話をしただけだ」
 ポケットにポチ袋をしまい、神崎の前に座る。
 聡子は、高虎にトモが「絡まれた」と思っていたようだ。本当に苦手らしい。
 三人は談笑し、楽しい時間を過ごした。


「俺たちそろそろお暇します」
 すっかり日も暮れてしまい、いつまでも長居するわけにもいかない、とトモはそう申し出た。
「もうそんな時間かあ」
 高虎も時計を見たあと、妻の菜穂子のほうを見た。菜穂子は娘の里菜を腕に抱いている。遊び疲れて、また眠ってしまっているようだ。
「じゃあ、俺らも帰るとするか」
 高虎一家も帰り支度を始めた。
「会長、今日はお邪魔しました」
「またいつでも来なさい。聡子さんも、一人で遊びに来てもらっても構わないんだよ」
「ありがとうございます」
 玄関先では、高虎一家とトモ達二人を、神崎やカズ達が見送ってくれようとしていた。
「お邪魔しました」
 聡子が頭を下げると、皆が口々にまた来て下さいねと言ってくれた。
「影山、ここはおまえの実家みたいなものだ。遠慮することない。さっきも言ったが、またいつでも来なさい」
「はい……」
 頭を下げ、二人は高虎一家より先に神崎邸を後にした。
「トモ、またな」
「はい、また」
「聡子ちゃんもまたな」
「……またいつか」
 スン、と聡子は無表情になり、声をかけてきた高虎に挨拶をした。
「冷たっ」
「聡子ちゃん、またお話しようね。里菜も聡子ちゃん気に入ったみたいだし」
「はい、是非。お話したいです」
 菜穂子に声をかけられると、聡子は嬉しそうに言った。菜穂子とは話をしてみると、波長があったらしく、女子トークを展開していた。娘の里菜も聡子に懐いたようで、三人の女子たちは楽しそうに盛り上がったいたのだった。
「何その温度差。菜穂子との差はなに、ひどい」
 高虎に対しての警戒心や敵視は全く解けていない様子で、トモは笑いそうになってしまったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました

utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。 がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...