大人の恋愛の始め方

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【第2部】28.温泉

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注意)この章では露骨な性表現があります。苦手な方はご注意ください。


 二人は会長の神崎から受け取った宿泊券を使って、年末年始は温泉に行くことにした。混雑時の予約をよく取ることができたものだと思ったが、神崎の力が働いているであろうことは想像できた。
 そこは二人ぞれぞれの月給ではとても泊まれないであろう宿と部屋だった。
「豪華だな……部屋に露天風呂があるぞ」
「会長さんって何者なんだろう……」
 二人がやってきたのは温泉観光地だった。普段から観光客で賑わってはいるが、年末年始ともなると、高級な宿であってもすぐに予約がいっぱいになると聞いている。
「いいのかな……」
「会長からの引越祝いだ、せっかくだし、遠慮なく楽しもう」
「……はい」
 恐れ多いな、と聡子は言いつつも、はしゃいでいるのがわかった。
 少し前に、聡子は二十三歳の誕生日を迎えたが、相変わらず欲がなかった。何か欲しいものはないかと尋ねても、特に思い浮かばないと言う。以前は一晩一緒に過ごしたいと言っていたが、一緒に住むことでそれが叶っている。また、一緒に旅行に行きたい、と言ったこともあったが、それは今回の温泉旅行で叶うこととなった。それもあってか、終始にこにこしているのだ。
(結局何もあげられなかった……)
 聡子の好きなチーズケーキを買ってきて、一緒に祝った、それだけだ。
(それで満足だって言うしな……、信じていいのかどうか……)
 この旅行では存分に楽しませてあげよう、そう思った。
 運んでもらった荷物を部屋に片隅に置き、散歩に行こうかと思っていると、仲居がやってきて館内の案内の後、抹茶を立ててくれた。
「ようこそお越しくださいました」
 女将ではない仲居だったが、そんなことまでしてくれるの、と聡子の目がそう言っていた。わたしたちはただの客なんですけど、と。
(えっ、そんなことまで……!?)
 ビジネスホテルにしか泊まったことのないトモは、そのもてなしに驚いた。第一、荷物を部屋にまで運んでもらったことですら驚いたのだ。聡子も同じだったらしく、対応にどきまぎしていた。
「抹茶と餡餅でございます。餡餅はこし餡でございまして……」
 茶菓子の説明までしてもらったが、抹茶を立ててもらっている時点で緊張していたので、説明が頭に入ってこなかったのが正直な所だった。
「では、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
 仲居が部屋を出ていくと、二人は肩の力を抜いた。
「体験したことのないおもてなしで、もうびっくりです」
「俺もだ」
 おずおずと抹茶を飲み、説明された餡餅を口にしてみる。
「美味しっ……智幸さん、このお饅頭、美味しいです! 売店にもあるって仲居さん言ってたし、お土産に買って帰りましょうよ」
「ん、そうだな。会長は好きだろうし、この旅館に泊まれたお礼に買って行こう」
 二人は顔を見合わせて笑った。
 今日は三十日だ。滞在は二泊三日、元旦の朝にチェックアウトの予定になっている。
 朝、車で出発し、午後観光をしたあとにここに到着した。
 抹茶と茶菓子をいただいたあと、少し寛ぎ、二人は散歩に行くことにした。
 旅館近くには、温泉街ということで、土産物屋がたくさん並んでいる。甘味処やスイーツの店、飲食店も紛れていた。
「聡子」
「はい?」
 二人は並んで歩いていたが、トモはふいに声をかけた。
「手え貸せ」
「え?」
 戸惑う聡子の手を取り、自分の手を絡めた。
「……嫌か?」
 怖々彼女の顔を見やると、嬉しそうに笑っていた。
「嫌なわけないです」
 指と指を絡めた《恋人つなぎ》にトモはそっぽを向く。
 あまり手をつないだことがない二人だ。そもそも二人でこうして出歩くことが少ないのだ、こういう時に手をつなぐべきだとトモが思ったのだった。
「……嬉しいです」
「ん?」
「何でも無いです」
 呟くような声は聞こえたが、聡子はそう言った。
「……俺も嬉しいよ」
 ぎゅっぎゅっ、と手に力を加えれば、聡子も同じように握り返してきた。
(ガキのデートかよ)
 二人で歩くと誰か知り合いに遭遇することが多いが、さすがにここでは会わないだろう。二人はのんびりと散策し、流れる時間を楽しんだのだった。

 夕食は、大きな宴会場に、個人宿泊客は用意されていた。
 豪華な食事に、二人は当然驚き、聡子は食べきれないと困惑した。もちろんトモが全て平らげたのだが。
 それでも、
「う……腹が破れそう……」
 と呻いたのだが。
「こんなにいい思いして、今日死んだりしませんよね」
「恐ろしいこと言うなよ……」
 ぽっこり出てしまったお腹を撫でながら、部屋に戻る。
 部屋に戻ると、布団が敷かれていた。
 思わず倒れ込みそうになったが、聡子が、端に寄せられた座椅子に座るよう示し、トモはそれに従った。
「あー……食い過ぎた……」
「わたしも……食べ過ぎました……それになんか暑いです……」
「暑い……? ああ、食前の梅酒のせいかもな。顔がちょっと赤いし」
 おいで、と言うと、聡子はトモの近くに座った。
「酔ってんのかな、顔が火照ってる」
「酔ってはないですよ。でもなんか、ふわあって感じがします」
 それは酔ってるんだろ、とトモは笑った。
 聡子は確か酒に弱く、尚且つ酒癖が悪い、ということを思い出す。
 以前バーでアルバイトをしていた頃、アルコール一杯で酔い潰れて、酒造会社の専務・川村光輝の前で醜態を晒したことがあるという話を、店のママに聞いたことがあった。トモに関係を終わりを告げられた後のことで、トモのせいだろうと責められた時に耳にしたことだった。
(梅酒でもまずいかも……)
「ちょっとだけしか飲んでないので大丈夫ですよ」
 ふふっ、と妖艶に笑った。
(おっ……可愛い)
 やっぱり酔ってるな、と苦笑する。しかしほんの少し顔が赤らんでいる程度で、記憶を無くしたり醜態を晒すほどまではないようで安心をした。
「チューしていいですか?」
(酔ってる)
「いいよ」
 唇を突き出すと、聡子も唇を突き出して触れた。
「食後の運動、するか?」
 手を伸ばし、彼女を抱き寄せようとしたが、
「お腹休めたら、お風呂入りに行きましょうー」
 すぐに離れた。
「あっ……おいっ」
「お風呂お風呂っと。お部屋の露天風呂は、明日の朝入りましょうよ」
 聡子はもう大浴場に行く準備を始めてた。
(はやっ)
 トモはまだ腹が満腹で苦しい。食後の運動などと言ってしまったが、まだ腹が重い状態であった。
「酔った状態で風呂なんて入るなよ」
「酔ってませんよ」
「大浴場じゃ、俺はおまえを助けてやれないんだぞ、混浴じゃないし」
「……はあい。じゃあ、もうちょっとしてからお風呂に行きますね」
「うん、そのほうがいいな」
 はあい、と聡子はしぶしぶといったふうに返事をした。

 暫くした後、聡子は大浴場に向かうと言って一人で部屋を出て行った。
 出る前、
「先にお風呂行ってきますね。たぶんわたしのほうがお風呂長いですし」
 うとうとしはじめたトモに彼女が声をかけた。
「ああ、うん……俺もあと追いかける」
「あっ、鍵……お風呂終わったら連絡して下さいね。入れ違いになったら部屋に入れなくなるので」
「わかった」
 そう言ったのにトモは座椅子にもたれたまま、そのまま居眠りをしてしまったようだ。
 チャイムが鳴り、トモは慌てて飛び起き、ドアを開けた。
「お風呂早かったんですね……って、あれっ、もしかして寝てましたか?」
 浴衣ではなく、到着した時と同じ恰好だったからか、聡子はそう言った。
「うん、風呂、まだ……」
「やっぱりそうだったんですね。お風呂、すっごく気持ちよかったですよ。露天風呂もありましたよ」
「うん……」
 目を擦り、湯上がりの浴衣姿の聡子を見下ろした。
(色っぽいってこういうことを言うのかな……)
「じゃあ、俺も風呂行ってくるかな……」
「はい」
「寝ないで待っててくれるか?」
「もちろん」
 先に寝るなよ、と頭を撫でた。
「テレビ、見ておきますね」
「ああ」
 どういう意味かわかってるのかな、とトモは思ったが口にはせず大浴場に向かった。
 聡子が露天風呂もあると言っていたが、大浴場の奥に露天風呂があるようで、女湯と男湯にはしっかり仕切りがされた露天風呂のようだ。
 露天風呂はそんなにスペースはないが、人はまばらでのんびり浸かるには充分だった。
(おお……熱いけどいいな……)
 ひんやりした空気を身に纏っていたが、湯に浸かることで一瞬で消え去る。
(気持ちいいなあ、温泉って……)

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