大人の恋愛の始め方

文字の大きさ
上 下
120 / 222
【第2部】26.若

しおりを挟む
 答えはわかりきっている。
 絶対に「いいえ」だ。
「俺は嘘が嫌いだ。これは三度目だな」
 ごくり、と慶太が息をのむ音が聞こえた気がした。
「すみません! 嘘です! 健人が『神崎組』って言ったので、俺も合わせてしまいました。すみません! こんなことになるとは思ってなかったんです……!」
 慶太は頭を下げた。
「俺はどうなるんでしょうか!? 指を切らないいといけないんでしょうか、落とし前つけなきゃけないんでしょうか!? 上納金が必要なんでしょうか!? 組に入らないといけないんでしょうか……」
 ぷっとトモは笑った。
 景虎も、あははっと笑い出した。
「なんだよソレ。ヤクザをなんだと思ってんだよ」
「え……」
「心配すんな。そんなことしたりしねえよ。何の映画やドラマだよ……」
 車は、かつて事務所と元組長の家があった場所の前に着いた。高虎の生家があった場所でもある。今は更地になり売り出されているが、ずっと買手は決まっていない。神崎会長は、買い取って何かの施設を造るかと考えているようだが、現実は難しいようだ。
「ここは、昔神崎組の事務所があった場所だ」
「え……」
 慶太は窓越しにその更地を見た。
「今は……」
「解体したんだよ、五年近く前に。だから神崎組はもう存在しない」
「えっ……てことは、俺らが言ったことは……」
「嘘だって最初っからバレてるよ。それでもバックれてたからさ、ちょっと揶揄ってやろうと思って」
「……はあ……」
「はあ、じゃねえよ。勝手に人の組の名前出しやがって。そういう輩がいるせいで、サッパリ忘れ去られたいのに出来ねえんだよ。堅気で生きて藻掻いてる人間もいるんだからな」
 すみません、と慶太は蚊の泣くような声で詫びた。
 高虎は、生家があったはずのその更地を見つめている。トモもかつてはここに出入りしていた。思い出というものはないが、懐かしみはあった。
「さあて、そろそろ解放してやるかな」
 その言葉に慶太は背筋を伸ばした。
「おまえの連絡先、教えろ」
「ひっ……」
「別におまえにどうこうしようって腹はないよ」
「は、はい」
「ちょっと金髪君の動向について、情報が欲しいだけだ。いいよな?」
 こくこく、と言われるがままに慶太は頷いた。
「あいつ、神崎組の名前出しやがったからな。ちょっとイタい目見せてやんねえと。すぐに身元割れるしな。あっ、もちろん合法的にだよ?」
 二人はスマホを取り出し、メッセージのID交換をした。
「それ以外にも、何か困ったことがあれば連絡寄越せ。バイトの融通とか、女の子の融通もやってるし」
「神崎さん、さっきそいつに『彼女作れ』って言いましたよね、矛盾してませんか」
「金払ってプロとヤるのはいいだんよ」
「…………」
 慶太は困惑している様子だった。早くこの場から逃げ出したいのは明白だ。
「電話番号もIDも変えるのはナシだからな。君の身元もすぐ割れるからねえ」
「は、はいっ」
「俺から連絡して返信なかったら……どうなるか」
「変えません!」
 どうこうしようという腹はない、と言ったのは少々怪しいと思うトモだった。
「金髪君に、どうなったか訊かれたら適当に言っとけよ。おまえが逃げたせいで俺だけが痛い目に遭わされたとか、そこそこ盛っておけばいいよ。神崎組が解体してることも知らないみたいだから、そのまま何も言わなくていい。無知のままにしとけ。あいつと一気に手を切るのが難しいなら、俺に目ぇつけられたから、おまえまで迷惑かけたらやばいんで、とかなんとか言って離れていけばいいんだよ。あの金髪、マジでバカそうだし、すぐおまえと手を切ってくる」
「……は、はい」
 よおし、と高虎は車から降りようとして、慶太の顔が明るくなったが、
「トモ、おまえも何か言っときたいことあるかあ?」
 一瞬にして沈んだ。
 高虎はトモに声をかけたが、
「いや、俺は……」
 と口ごもった。
「あ」
「何かあるなら言っとけば」
「……いや、特にはない、ですね。まあ、俺の女にブスって言ったことは許せないし、腕掴んで怯えさせたり、コーヒーかけようとしたことは絶対に許す気はないですけど。あいつに手出していいのは俺だけだってのは、もう言わなくてもわかるだろうし、これ以上言うことはないです」
「……だってさ」
 高虎は慶太にそう言った。
「は、はは、はいっ! 申し訳ありませんでした!」
「こんな強面でも彼女にはメロメロだから。君もそんなふうになりなよ」
「はいっ」
 じゃあそろそろ解放してあげようかな、と高虎は車を降り、慶太を下ろした。
「じゃ、行ってよし」
「あの、すみませんでした」
「おう。じゃあな」
「し、失礼します」
 慶太はぎこちなくお辞儀をして逃げるように去っていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

契約妻ですが極甘御曹司の執愛に溺れそうです

冬野まゆ
恋愛
経営難に陥った実家の酒造を救うため、最悪の縁談を受けてしまったOLの千春。そんな彼女を助けてくれたのは、密かに思いを寄せていた大企業の御曹司・涼弥だった。結婚に関する面倒事を避けたい彼から、援助と引き換えの契約結婚を提案された千春は、藁にも縋る思いでそれを了承する。しかし旧知の仲とはいえ、本来なら結ばれるはずのない雲の上の人。たとえ愛されなくても彼の良き妻になろうと決意する千春だったが……「可愛い千春。もっと俺のことだけ考えて」いざ始まった新婚生活は至れり尽くせりの溺愛の日々で!? 拗らせ両片思い夫婦の、じれじれすれ違いラブ!

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

無表情いとこの隠れた欲望

春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。 小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。 緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。 それから雪哉の態度が変わり――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...