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【第2部】26.若
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さて、二人を半ば羽交い締めにするように掴んで外に出た高虎を追うトモだったが、外に出ると二人の男達は逃げようと試みた。
「なんで逃げるのかなー」
「離せ!」
「離せって言われて離すと思う? 女の子に言われたら離すけどさ。てか、そもそも女の子には乱暴しないけどね、君たちと違って」
「若」
トモは声をかけた。
「おーい、その呼び方はやめろって言っただろ」
「すみません、つい」
「あ、ね、君たち、ついでに教えとくけど、この男も元組の人間だからね」
「えっ……」
「君らね、元だけどヤクザの女に手ぇ出そうとしてたんだよ? わかってる?」
「…………」
「ヤクザの女に手ぇ出して怪我させたら、どうなるか、わかるよね?」
二人の男たちはすっかり怯んでいる。
「まあ、君たちが本当に神崎組のヤクザの端くれなら、わかってるよね?」
高虎の車を停めている駐車場に着いた。
「俺ね、彼みたいに強面じゃなくて、どっちかっていうとイケメンだけど、怒らせると怖いからねえ。彼は《狂犬》って言われてたけど、それ以上だからさ。あ、神崎組なら《狂犬》の伝説は知ってるよね? 知らないはずないよね」
(自分でイケメンって言ったよこの人)
高虎は笑っているが目は笑っていない。
言葉だけで相手を怯ませている。
「ね、トモ、俺の車、運転してくれない? 俺はこの子たちにたくさん質問があるからさ」
「わかりました」
「鍵は右のポケット」
「はい」
失礼します、と前から高虎のスラックスの右ポケットに手を入れ、キーを取り出した。
高虎の車は、黒い大きなワンボックスカーだ。金額が高めのファミリーカーだった。
高虎は後部に二人を押し込み、その後に続いた。
「あっ」
どんっ、と高虎は金髪に体当たりをされ、車から投げ出されそうになったが、スライドドアを掴んだ。金髪は隙をついて車の外に出た。
「あっ! 待て!」
高虎はそう言ったが、金髪を追いかけることはしなかった。
その代わり、車に乗り込み、黒髪の横にきっちり座った。
「君は逃がさないからねー」
隙あらば逃げ出したいと思っているだろうが、無理だろうとトモは思った。高虎は、味方にはいいが、敵にはしたくない男だ。
「トモ、出ていいよ」
「走ります」
「ねえ、君は大学生?」
「……はい。さっきの金髪君は? 同じ大学?」
「いえ、あいつは無職です」
「君はどこの大学? あ、嘘は言わないでね。俺は嘘は嫌いなんだよ。どうせすぐバレるんだから」
「──大学です」
黒髪は大学名を口にしたが、高虎は首を傾げた。
「ふうん。知らないなあ。じゃあ学生証見せて」
尻のポケットの財布から学生証を出し、高虎に差し出した。
「聞いたことない大学だと思ったけど、ほんとにこんな大学あるんだ。新しい学校なのかな。はい、返す」
「…………」
「で、川尻慶太君、二十二歳」
高虎は黒髪の男の名前と年齢を言った。瞬時に覚え、年齢もすぐに計算している。
「二十二歳ってことは大学四年生?」
「はい……」
「あ、でも君、今年二十三だね。一浪したってこと? それとも留年?」
「一浪です」
「一浪してまで、よくわかんない大学入ったの? ……って、ほんとにここに通いたいって入学して来た子に失礼だけどさ」
ごめんごめん、と高虎は詫びたが、絶対に本心ではそんなことを思っていないだろうとトモは思った。
「どこにも受からなかったら、もう受験させないし学費も出さないって親に言われて……」
「それで、引っかかったこの大学に仕方なく入った感じ?」
「はい」
「俺自分で失礼なこと言ったって思ったけど、君のほうが失礼だよね。真面目に入学して来た子たちにしてみれば」
「……すんません」
「別に俺に謝る必要はねえけどさ」
高虎の声音が次第に低くなってゆく。
「就職活動は終わったの?」
「いえ……」
「あ、これからか。俺、大学の仕組みよくわかんないからさ。勉強が出来なかったから大学行ける頭なかったから高卒で働き始めたし。それでも、今じゃ会社の経営任せてもらえるようになったし」
黒髪の川尻慶太は高虎に驚いているように見えた。
「就職活動はもうする気なくて」
「は? 働く気ないの」
「なかなか内定もらえなくて、もうバイトでもいいかって……」
ふざけんなよ、と高虎は低い声で言う。
「あのさ、社会に出て真面目に働いてる人間や、働こうとしてる人間はいっぱいいるわけ。生活のため、家族のため、老後のため、理由はいろいろだけどさ。正社員で働きたくてもなかなか採用されない人もいるし、正社員で働けないからバイトやパートでお金稼いでる人もいるわけよ。そのバイトにも採用されなくて困ってる人もいるのわかってる? 親の脛かじってる君にはわかんないだろうけどさ。だいたい、バイト『でも』の『でも』ってなんだよ。バイトを下に見てんのか? 一生懸命バイトしてる人間に失礼だぞ」
「すんません……」
黒髪は泣きそうになっている。
ルームミラー越しでもトモにもわかった。
「おい、ここでチビんなよ。これ買ったばかりの車なんだからな」
高虎の口調が段々と荒くなっていく。
「それと。さっきの金髪君とは友達?」
「はい、一応」
「一応って何だよ」
「あれは高校時代からの友達で……」
「うん。名前は?」
「高木、健人です」
「タカギ、ケント、君ね。で」
「最近またつるむようになって」
「それで」
「高校出てからは何にもしてないみたいなんですけど、親が社長だとかで」
ぴくりの高虎の頬が動く。
「正真正銘の脛齧りか」
「こづかいももらえるらしくて。よく奢ってくれるので」
「それ目当てでつるんでるって感じなんだな」
川尻慶太は頷いた。
「すんません……」
「友達は選べよ? さっさと君を置いて逃げたしな」
「……ですね」
「君は彼女いるの」
「いえ、いません」
「だろうな」
「…………」
高虎の質問にどういう意図があるのか、トモにはわからなかった。
「あっちの金髪君は?」
「いるみたいですけど、本命が一人で何人か遊びの相手が」
川尻慶太は訊かれたことに対しては全て回答している。よほど高虎に怯えているのだろう。
「彼女見たことある?」
「写真では」
「可愛い?」
「どうでしょうか……。ギャルというかヤンキーというか……」
「じゃあさ、さっきの女の子、この男の恋人なんだけど、どっちが可愛い?」
「さっきの子のほうが……」
「だよね」
高虎はミラーを介してトモに目配せした。
(なんだ?)
「二人のどっちかな、さっきの子に『ブス』って言ってたよね」
「さあ……覚えてな」
バンッ
高虎は自分の前の助手席の背中を叩いた。
「なんで逃げるのかなー」
「離せ!」
「離せって言われて離すと思う? 女の子に言われたら離すけどさ。てか、そもそも女の子には乱暴しないけどね、君たちと違って」
「若」
トモは声をかけた。
「おーい、その呼び方はやめろって言っただろ」
「すみません、つい」
「あ、ね、君たち、ついでに教えとくけど、この男も元組の人間だからね」
「えっ……」
「君らね、元だけどヤクザの女に手ぇ出そうとしてたんだよ? わかってる?」
「…………」
「ヤクザの女に手ぇ出して怪我させたら、どうなるか、わかるよね?」
二人の男たちはすっかり怯んでいる。
「まあ、君たちが本当に神崎組のヤクザの端くれなら、わかってるよね?」
高虎の車を停めている駐車場に着いた。
「俺ね、彼みたいに強面じゃなくて、どっちかっていうとイケメンだけど、怒らせると怖いからねえ。彼は《狂犬》って言われてたけど、それ以上だからさ。あ、神崎組なら《狂犬》の伝説は知ってるよね? 知らないはずないよね」
(自分でイケメンって言ったよこの人)
高虎は笑っているが目は笑っていない。
言葉だけで相手を怯ませている。
「ね、トモ、俺の車、運転してくれない? 俺はこの子たちにたくさん質問があるからさ」
「わかりました」
「鍵は右のポケット」
「はい」
失礼します、と前から高虎のスラックスの右ポケットに手を入れ、キーを取り出した。
高虎の車は、黒い大きなワンボックスカーだ。金額が高めのファミリーカーだった。
高虎は後部に二人を押し込み、その後に続いた。
「あっ」
どんっ、と高虎は金髪に体当たりをされ、車から投げ出されそうになったが、スライドドアを掴んだ。金髪は隙をついて車の外に出た。
「あっ! 待て!」
高虎はそう言ったが、金髪を追いかけることはしなかった。
その代わり、車に乗り込み、黒髪の横にきっちり座った。
「君は逃がさないからねー」
隙あらば逃げ出したいと思っているだろうが、無理だろうとトモは思った。高虎は、味方にはいいが、敵にはしたくない男だ。
「トモ、出ていいよ」
「走ります」
「ねえ、君は大学生?」
「……はい。さっきの金髪君は? 同じ大学?」
「いえ、あいつは無職です」
「君はどこの大学? あ、嘘は言わないでね。俺は嘘は嫌いなんだよ。どうせすぐバレるんだから」
「──大学です」
黒髪は大学名を口にしたが、高虎は首を傾げた。
「ふうん。知らないなあ。じゃあ学生証見せて」
尻のポケットの財布から学生証を出し、高虎に差し出した。
「聞いたことない大学だと思ったけど、ほんとにこんな大学あるんだ。新しい学校なのかな。はい、返す」
「…………」
「で、川尻慶太君、二十二歳」
高虎は黒髪の男の名前と年齢を言った。瞬時に覚え、年齢もすぐに計算している。
「二十二歳ってことは大学四年生?」
「はい……」
「あ、でも君、今年二十三だね。一浪したってこと? それとも留年?」
「一浪です」
「一浪してまで、よくわかんない大学入ったの? ……って、ほんとにここに通いたいって入学して来た子に失礼だけどさ」
ごめんごめん、と高虎は詫びたが、絶対に本心ではそんなことを思っていないだろうとトモは思った。
「どこにも受からなかったら、もう受験させないし学費も出さないって親に言われて……」
「それで、引っかかったこの大学に仕方なく入った感じ?」
「はい」
「俺自分で失礼なこと言ったって思ったけど、君のほうが失礼だよね。真面目に入学して来た子たちにしてみれば」
「……すんません」
「別に俺に謝る必要はねえけどさ」
高虎の声音が次第に低くなってゆく。
「就職活動は終わったの?」
「いえ……」
「あ、これからか。俺、大学の仕組みよくわかんないからさ。勉強が出来なかったから大学行ける頭なかったから高卒で働き始めたし。それでも、今じゃ会社の経営任せてもらえるようになったし」
黒髪の川尻慶太は高虎に驚いているように見えた。
「就職活動はもうする気なくて」
「は? 働く気ないの」
「なかなか内定もらえなくて、もうバイトでもいいかって……」
ふざけんなよ、と高虎は低い声で言う。
「あのさ、社会に出て真面目に働いてる人間や、働こうとしてる人間はいっぱいいるわけ。生活のため、家族のため、老後のため、理由はいろいろだけどさ。正社員で働きたくてもなかなか採用されない人もいるし、正社員で働けないからバイトやパートでお金稼いでる人もいるわけよ。そのバイトにも採用されなくて困ってる人もいるのわかってる? 親の脛かじってる君にはわかんないだろうけどさ。だいたい、バイト『でも』の『でも』ってなんだよ。バイトを下に見てんのか? 一生懸命バイトしてる人間に失礼だぞ」
「すんません……」
黒髪は泣きそうになっている。
ルームミラー越しでもトモにもわかった。
「おい、ここでチビんなよ。これ買ったばかりの車なんだからな」
高虎の口調が段々と荒くなっていく。
「それと。さっきの金髪君とは友達?」
「はい、一応」
「一応って何だよ」
「あれは高校時代からの友達で……」
「うん。名前は?」
「高木、健人です」
「タカギ、ケント、君ね。で」
「最近またつるむようになって」
「それで」
「高校出てからは何にもしてないみたいなんですけど、親が社長だとかで」
ぴくりの高虎の頬が動く。
「正真正銘の脛齧りか」
「こづかいももらえるらしくて。よく奢ってくれるので」
「それ目当てでつるんでるって感じなんだな」
川尻慶太は頷いた。
「すんません……」
「友達は選べよ? さっさと君を置いて逃げたしな」
「……ですね」
「君は彼女いるの」
「いえ、いません」
「だろうな」
「…………」
高虎の質問にどういう意図があるのか、トモにはわからなかった。
「あっちの金髪君は?」
「いるみたいですけど、本命が一人で何人か遊びの相手が」
川尻慶太は訊かれたことに対しては全て回答している。よほど高虎に怯えているのだろう。
「彼女見たことある?」
「写真では」
「可愛い?」
「どうでしょうか……。ギャルというかヤンキーというか……」
「じゃあさ、さっきの女の子、この男の恋人なんだけど、どっちが可愛い?」
「さっきの子のほうが……」
「だよね」
高虎はミラーを介してトモに目配せした。
(なんだ?)
「二人のどっちかな、さっきの子に『ブス』って言ってたよね」
「さあ……覚えてな」
バンッ
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