117 / 222
【第2部】26.若
3
しおりを挟む
***
「おっと、そこまでだな」
トモは聡子の前に立ち塞がった。
琥珀色の液体が、トモのジャケットの前面に降りかかる。おそらくコーヒーだと思われた。ジャケットがはじいた分は床にぽたりぽたりと落ちていく。
「えっ!?」
背後で聡子の驚く声が聞こえた。
身体半分で振り返り、
「大丈夫か?」
と尋ねる。彼女は、こくりこくりと頷いた。
「怪我はさせられてねえか?」
「大丈夫です」
「ほんとに大丈夫か?」
聡子の手が震えている。
きっと無意識だろう。
強がってはいたが、深層心理では恐怖があったのだろうとトモは思った。広田に襲われたことで何かしら心に傷を負っている。
「大丈夫です、でも、智幸さんが……」
聡子は自分のことよりトモを心配していた。
「俺は大丈夫だ。コーヒーは温いな。どうせナンパするためにコーヒー一杯で粘ってたんだろうよ」
「えっ」
「前にそういうヤツがいたからな」
聡子を庇い、男二人を見返した。
「おまえら、ヤクザか」
トモが一歩踏み出すと、男らは一歩下がった。
(半グレか?)
のわりには、神崎組、という固有名詞を口にした。
(神崎組とは関係なさそうだな)
「何だよ」
「別に」
「おまえもビビってんのか」
これ以上踏み込んでこないと思ったのか、金髪はトモを挑発するように言った。
「この店は反社お断りのはずだけどな」
「はあ?」
いつか聡子が自分たちに言ったことを思い出した。ファミレスで、声高らかに自分と連れに言っていた。
反社に対して「入店お断り」の札がかかっている店が多い。
見て見ぬふりをしている者が多いのが事実だが。
「人の女に……」
そう言いかけたときだ。
「おーっと君たち」
声のほうを振り向くと、高虎が二人の男の間に立ち、金髪、黒髪、それぞれの肩を抱いている。
「君たち、神崎組の構成員なの?」
「は? だったら何だよ」
「なんだテメェ」
「ふうん、新しい子が入ったなんて聞いてないなあ」
高虎は二人の顔を見比べながらニヤニヤしている。
「なんだ?」
「なんだこいつ」
「あれ、神崎組なのに俺のことわかんないわけ?」
「え」
「え……」
眉を八の字にして、高虎は困り顔をしてみせた。
「まあいいや。ちょうど俺、実家に帰るところだったし。君らもどうせ屋敷に帰るんでしょ。だったら一緒に行こう。俺、車回してくるからさ」
「え……」
男二人は顔を強ばらせ、高虎に目をやる。
「俺のことわかんないかなあ? 元組長の息子なんだけど。まあ俺自身は堅気だけどねー」
二人の男以外にも、店内にいた客の一部からも悲鳴のような声が聞こえて空気が凍りついた。
男達は咄嗟に高虎の腕から逃れようとしたが、高虎の力は思いのほか強かった。
「まさか嘘でした、なんてことはないよね? じゃあ行こうかー。あっ、君たちもおいで」
高虎はトモと聡子にも声をかけた。
頷いたが、トモははっとした。
「悪い、聡子。床を汚しちまったから、店の人に掃除道具借りて片してもらえないか? 俺は神崎さんについて、行ってくる」
「わかりました」
「ちょっと外野の目が嫌かもしれないけど」
耳元で小声で言う。
「平気です。ちゃんとお詫びしてから、あとで追いかけます」
「うん、頼む」
頭を撫でた。
人前だったが、ついいつものように撫でてしまった。
「あ、智幸さんジャケット脱いでもらえますか。すぐに汚れ落とさないと」
「わかった、頼む。ほんとに悪いな」
胸ポケットからスマホを出してジャケットを脱ぐと、聡子に手渡した。すぐに高虎についてトモは店を出た。
あとで聞いた話だが、聡子は店に掃除道具を借りて、床を掃除したという。店員たちは何もしなくていいです、と言ったらしいが聡子はきっちり清掃をしたようだ。ファミレスのバイト時代に清掃を経験しているので、手際よく出来たと話してくれた。
他の客たちが遠巻きに野次馬根性で見ていたらしいが、特に気にならず、どうでもよかったとも話してくれた。
「おっと、そこまでだな」
トモは聡子の前に立ち塞がった。
琥珀色の液体が、トモのジャケットの前面に降りかかる。おそらくコーヒーだと思われた。ジャケットがはじいた分は床にぽたりぽたりと落ちていく。
「えっ!?」
背後で聡子の驚く声が聞こえた。
身体半分で振り返り、
「大丈夫か?」
と尋ねる。彼女は、こくりこくりと頷いた。
「怪我はさせられてねえか?」
「大丈夫です」
「ほんとに大丈夫か?」
聡子の手が震えている。
きっと無意識だろう。
強がってはいたが、深層心理では恐怖があったのだろうとトモは思った。広田に襲われたことで何かしら心に傷を負っている。
「大丈夫です、でも、智幸さんが……」
聡子は自分のことよりトモを心配していた。
「俺は大丈夫だ。コーヒーは温いな。どうせナンパするためにコーヒー一杯で粘ってたんだろうよ」
「えっ」
「前にそういうヤツがいたからな」
聡子を庇い、男二人を見返した。
「おまえら、ヤクザか」
トモが一歩踏み出すと、男らは一歩下がった。
(半グレか?)
のわりには、神崎組、という固有名詞を口にした。
(神崎組とは関係なさそうだな)
「何だよ」
「別に」
「おまえもビビってんのか」
これ以上踏み込んでこないと思ったのか、金髪はトモを挑発するように言った。
「この店は反社お断りのはずだけどな」
「はあ?」
いつか聡子が自分たちに言ったことを思い出した。ファミレスで、声高らかに自分と連れに言っていた。
反社に対して「入店お断り」の札がかかっている店が多い。
見て見ぬふりをしている者が多いのが事実だが。
「人の女に……」
そう言いかけたときだ。
「おーっと君たち」
声のほうを振り向くと、高虎が二人の男の間に立ち、金髪、黒髪、それぞれの肩を抱いている。
「君たち、神崎組の構成員なの?」
「は? だったら何だよ」
「なんだテメェ」
「ふうん、新しい子が入ったなんて聞いてないなあ」
高虎は二人の顔を見比べながらニヤニヤしている。
「なんだ?」
「なんだこいつ」
「あれ、神崎組なのに俺のことわかんないわけ?」
「え」
「え……」
眉を八の字にして、高虎は困り顔をしてみせた。
「まあいいや。ちょうど俺、実家に帰るところだったし。君らもどうせ屋敷に帰るんでしょ。だったら一緒に行こう。俺、車回してくるからさ」
「え……」
男二人は顔を強ばらせ、高虎に目をやる。
「俺のことわかんないかなあ? 元組長の息子なんだけど。まあ俺自身は堅気だけどねー」
二人の男以外にも、店内にいた客の一部からも悲鳴のような声が聞こえて空気が凍りついた。
男達は咄嗟に高虎の腕から逃れようとしたが、高虎の力は思いのほか強かった。
「まさか嘘でした、なんてことはないよね? じゃあ行こうかー。あっ、君たちもおいで」
高虎はトモと聡子にも声をかけた。
頷いたが、トモははっとした。
「悪い、聡子。床を汚しちまったから、店の人に掃除道具借りて片してもらえないか? 俺は神崎さんについて、行ってくる」
「わかりました」
「ちょっと外野の目が嫌かもしれないけど」
耳元で小声で言う。
「平気です。ちゃんとお詫びしてから、あとで追いかけます」
「うん、頼む」
頭を撫でた。
人前だったが、ついいつものように撫でてしまった。
「あ、智幸さんジャケット脱いでもらえますか。すぐに汚れ落とさないと」
「わかった、頼む。ほんとに悪いな」
胸ポケットからスマホを出してジャケットを脱ぐと、聡子に手渡した。すぐに高虎についてトモは店を出た。
あとで聞いた話だが、聡子は店に掃除道具を借りて、床を掃除したという。店員たちは何もしなくていいです、と言ったらしいが聡子はきっちり清掃をしたようだ。ファミレスのバイト時代に清掃を経験しているので、手際よく出来たと話してくれた。
他の客たちが遠巻きに野次馬根性で見ていたらしいが、特に気にならず、どうでもよかったとも話してくれた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。


イケメン二人に溺愛されてますが選べずにいたら両方に食べられてしまいました
うさみち
恋愛
卑怯だって、いいじゃないか。……だって君のことが好きなんだから。
隣の部屋の彼女が、好きだった男にフラれてしまったらしい。
俺がいい男だったら、「ただのいい男」として、慰め役に徹するだけだろう。
……だけど、ゴメン。
俺もずっと、ずっとずっと、好きだったんだ。
誰よりも、君のことが。
だから、卑怯になったって、いいだろ?
俺は君を、手に入れたいんだ。
……と思っていたら、どうやらフラれたというのは勘違いだったみたいで。
俺は今、もう1人のドSと戦ってる。
俺の好きな彼女は、押しに弱く、流されやすく、それに多分ちょっとM気質だ。
負けてられねぇ。
ーー絶対俺が、手に入れてみせる。
◾️この小説は、カクヨム、小説家になろうでも掲載しております。
◾️作者以外による無断転載を固く禁じます。
■本作は短編小説の連載版です。リクエストいただいたために長編を執筆することにしました。
◾️全40話、執筆済み。完結保証です。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
夫のつとめ
藤谷 郁
恋愛
北城希美は将来、父親の会社を継ぐ予定。スタイル抜群、超美人の女王様風と思いきや、かなりの大食い。好きな男のタイプは筋肉盛りのガチマッチョ。がっつり肉食系の彼女だが、理想とする『夫』は、年下で、地味で、ごくごく普通の男性。
29歳の春、その条件を満たす年下男にプロポーズすることにした。営業二課の幻影と呼ばれる、南村壮二26歳。
「あなた、私と結婚しなさい!」
しかし彼の返事は……
口説くつもりが振り回されて? 希美の結婚計画は、思わぬ方向へと進むのだった。
※エブリスタさまにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる