大人の恋愛の始め方

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【第2部】24.緊張

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 トモが支度を終え、聡子の元に運ぼうかとしている頃、インターホンが鳴った。
「俺が出てもいいか?」
「すみませんが、お願いします」
 トモがドアを開けると。
「あれっ……」
 トモよりは年上であろう女性が立っていた。
「なんすか?」
「間違えたかな」
「……?」
「ここ、月岡聡子の部屋じゃありませんか」
「そう、ですけど。おたくは」
「聡子の母です」
「!」
 トモはぎょっとした。
「す、少しお待ち下さい!」
 慌てて踵を返し、
「聡子、聡子、お、お、おふくろさんが来られてる」
 どこから出たのかわからないくらい甲高い声で聡子に言った。
「え!」
 トモは玄関に戻り、聡子の代わりに聡子の母を招き入れた。
「あの、娘さんは、今体調悪くて寝込んでて……それで、その、あの、とりあえずどうぞ」
「失礼します」
 聡子の母親は、トモの姿に驚きつつも、トモについては何も言わず上がった。
 トモは所在なく台所でおじやの鍋の前に立っていた。
 聡子の母は、聡子に連絡がつかないので心配になり、夜勤前にのぞきに来たのだと話した。聡子の母は看護師らしい。その話は聞いていたし、父親に押し付けられた借金を母と聡子で返済していると言っていたし、バリバリ働く女性だと聞いていたので、もっとおっかないイメージがあった。しかしそこにいるのは、聡子とよく似た可愛らしい女性だった。
「既読にもならないし、心配したんだからね」
「ごめんなさい」
 先ほどトモとやりとりしたことが再現される。
 母娘の会話をひとしきりしたあと、やはりトモのことが気にかかったらしく、
「ところで、あちらの方は?」
 と話題を振られた。
 ひっ、と小さく声を上げ、聡子と彼女の母親の前に進み出た。
「あのっ、はじめまして! 聡子さんとおつきあいをさせていただいています、影山智幸と申します! いずれ挨拶にお伺いしようとは思っていたのですが、お忙しいと伺いまして、なかなか挨拶にも行けず、その……申し訳ございませんっ!」
 緊張などほぼしたことのない、きっと緊張なんて言葉は無縁だと思っていたトモだが、ガチガチになり、しどろもどろで言い放った。
「そうだったんですか……。初めまして、聡子の母の大野陽子です。娘がお世話になっているようで、ありがとうございます」
 母親は頭を下げ、トモもぺこぺこと頭を下げた。
「びっくりした。料理人さんみたいな出で立ちだったから不思議で……」
「す、スンマセン……仕事の休憩中に来たもんで……。自分、飲食店で料理人をしておりまして……」
「そうなんですか」
 調理服にパーカーを羽織っただけの格好で来たので、知らない者が見れば、確かに「なんで料理人みたいな人がここにいる?」という状況になるだろう。
 聡子は母親に自分のことを話したことはないのだろう。
「娘のことを心配してくださってありがとうございます。今後も娘のことをよろしくお願いします」
「ははは、ははいっ、こちらこそよろしくお願いします!」
 思いがけず聡子の母と対面することになり、何の準備もしていなかったトモはかなり焦っていた。
「そろそろ仕事から帰る頃かなと思って寄ってみたけど、ちょっと早かったわよね。ダメ元で来たけど、運が良かったみたい」
「心配かけてごめんね」
「たまには連絡しなさい。こっちに気を遣わなくてもいいから」
「……うん。大野さんは元気?」
「うん、元気だよ。ほんとに気を遣わなくてもいいのに」
「別に気なんて遣ってないよ」
 聡子の母親が再婚したらしいというのは聞いていた。詳しくは訊かなかったが、そのこともあって家を出たということも聡子が言っていたし、全部これでつながった。
「じゃ、これから仕事だから。また連絡するね。影山さんも、うちに遊びに来てくださいね」
「は、はい、是非!」
 聡子の母親は、颯爽と帰っていった。滞在時間、わずか五分だった。
 聡子が体調が悪いなどどいうことがなく、普段通り仕事勤めをしていれば、母娘は連絡しあって、会うことはなかっただろう。また、トモと出くわすこともなかったはずだ。
(偶然ってすごいな……)
 聡子の母親を見送ったあと、トモはおじやをよそって運んだ。
「はあ……びっくりしたなー。めちゃくちゃ汗かいた」
「智幸さんでも緊張するんですね」
「するもんだな」
「テンパってる智幸さん、レアでしたね」
「うるせーよ」
 トモは赤面する。
「智幸さんの知らなかった一面を見られて嬉しいです」
「誰も得しねえだろ」
 おじややんねえぞ、とトモが言うと、
「ケチ」
 と口をとがらせて聡子が膨れた。
「やんねえわけねえだろ、知っててそういうこと言うんだからよ」
「知っててそういうこと言ってるんです」
「……ったく」
「嫌いになりましたか?」
「なるわけねーだろ。もっと好きになったわ」
 トモは照れて、聡子の額をこづいた。
「いたっ」
「……調子狂うわ」
 顔を見合わせ笑った。
「聡子のお母さん、俺に悪いイメージ持ってなきゃいいな」
「大丈夫ですよ。印象は絶対にいいです」
「ほんとか? だったら嬉しいけどな」
 未だに汗が止まらないトモだった。
 聡子に、
「身体起こせるか? 寝たまま食うか」
 とトモは言う。
 聡子はゆっくりと身体を起こす。
 パジャマがはだけ、聡子の赤ら顔、潤んだ瞳や唇に、トモは欲情しかけて戒めた。
(やばいやばい……)
 おじやの器を手に持ち、スプーンですくった。
「ほら、口開けろ。あーん」
「えっ、いいですよ、自分で食べられます……」
「いいから口開けろって」
 トモは、ふうふう、と冷ましながらスプーンを聡子の口に運んだ。
 寝たままなら、確実にトモは食べさせる気でいたに違いない。
「……おいしいです」
「そっか、よかった」
 まるで親ツバメがひなに餌をあげているときのようだ、とトモは思った。
「あの、智幸さん、いいですよ、自分で食べます。お仕事……休憩が終わっちゃいますし」
「あ」
「ね?」
「けどよ……」
「大丈夫です」
「じゃあ、食ったらそのままでいいから。帰りに寄るし」
「大丈夫ですって。智幸さんに精の付くもの作ってもらったし、ちゃんと水分取りますし、後かたづけもできますから。もう、すぐに元気になります」
「嘘付け」
 嘘じゃ無いですよ、と笑った。
「だって……智幸さんに会えたのが一番の薬ですい……なんて、あはっ、恥ずかしいですね!? わたし、何言ってんだろ!?」
 聡子が一人で勝手に戸惑っている。
 トモも釣られて赤くなった。
「……こっちが恥ずかしいわ」
 トモは聡子を抱きしめる。
「そんな恥ずかしいこと俺以外には絶対に言うなよ」
「い……言いませんよ、智幸さんしか……」
「おまえ、反則だぞ。ほんと可愛すぎなんだよ」
「そんなこと言ってくれるの、智幸さんだけですよ」
「俺だけでいいんだよ」
「あの、わたし、汗かいて臭いから、あんまり近寄っちゃうと……」
「ん? どれどれ」
「変態変態」
 トモがくんくんと聡子に首筋に鼻を寄せた。
「やめて下さいって」
「いいにおいしかしねえけどな」
「そんなわけないですって」
「こっちか?」
 先ほど母親が尋ねてきた時に整えられたパジャマを、わざとはだけさせた。
「ちょっと」
「んー、谷間、汗かいてるな」
「もおっ……見ないで下さい!」
 ボタンを外せば胸元が露わになり、トモは胸をつかんで谷間に舌を這わせた。
「汚いですよ! 変態!」
「ん? 汚くなんてねえけどな?」
 さりげなく指で先端を弾く。
「……ちょっ……ほんとに……」
「どうした……?」
 ちらりと聡子の表情を盗み見ると、瞳を潤ませ、熱い息をもらしていた。
「ダメですってば……」
「んー……」
「なんだか……敏感になってるみたいで……身体が熱くて……」
 トモはこのまま続けたかったが、
「悪い……おまえは病人だった」
 と冷静になった。
「具合悪いのにこんなことしちゃいけねえよな」
「……平気です」
 トモはパジャマを元通りにし、聡子に向き直った。
「続きは、食べて栄養つけて、元気になったら、な」
「……うん」
「じゃ、また終わったら来るから」
「無理しないで下さいね」
「無理じゃねえよ。こっちの台詞だぞ。安静にしとくんだぞ」
「はい」
 トモは聡子にちゅっとキスをすると、頭をぽんぽんと撫でた。
「行ってらっしゃい」
「行ってくるな」
 くるりを踵を返し、部屋を出た。
(あーやべえ……鎮まれ鎮まれ、俺のっ……)
 節操ないよなあ、と反省しながら部屋を出た。
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