大人の恋愛の始め方

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【第2部】24.緊張

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 今日は聡子からのメッセージの返信がない。
(メッセージが既読になんねえから電話したいけど……)
 トモは不安になった。
 自分は返す余裕がない時は既読にするだけだ。それでいいと聡子は言っていた。
(既読がつかなくて心配した、って……)
 先日の一件で、彼女がその時の不安を口にしていた。
 今日は正に反対の立場だと言える。
(最後に連絡したのは、昨日の夜か。おやすみのスタンプが最後だな)
 その後に、自分から《おやすみ》とメッセージを送っている。それは既読になっていなかった。
 昨日は彼女に会いには行かなかった。
(まあ、まだ丸一日経ってないし、心配しなくても大丈夫か?)
 自分の場合は、三日四日、スマホを持つことができない状況だった。彼女はもっと不安に思ったことだろう。
(仕事が忙しいんだ、たぶん)
 店の昼の営業を終え、スマホを覗くが、メッセージは既読になっていない。
 今はきっと仕事中だろう。
 電話をかけるのは申し訳ない。
(……まさか)
 忘れた頃に、聡子が何か思い詰めた結果どうにかなったのでは……と、よからぬことを考えてしまった。
 一度考えてしまうと頭から離れない。
「店長、ちょっと抜けます。休憩時間中には戻ってきますんで」
「いいよ」
「聡子の……彼女のアパートに行ってきます」
「……わかった。何かあったらすぐ連絡しろよ」
「はい、ありがとうございます」

 金曜日の夜まで待てず、トモは仕事の合間に訪問することにした。
 インターホンを押しても聡子は出ない。
(そりゃそうか、仕事だもんな)
 いるはずはない。
 聡子の部屋の合鍵を取り出し、静かに部屋に入る。合鍵を使うのは二度目だ。
「えっ」
 いるはずのない聡子がベッドの中にいた。
(どうした!?)
 思わず駆け寄る。
 生きているのか、それとも……。
「寝てる……」
 聡子はしかめっ面で眠っていた。
(よかった……)
 傍らにあるスマホはピカピカとランプが光っている。
 ほっとして、その場に座り込んだ。
(取りあえず安心したな……)
 すぐに立ち上がり、聡子の顔を覗き込む。
 息が荒い。
(具合が悪いのか?)
 汗をかいているのか、髪の毛が顔に張り付いている。
 そっと額に手を当てると、
(熱があるのか)
 彼女が熱を出して寝込んでいることを理解した。
「俺を頼ればいいのに……」
 洗面所に行きタオルを一枚取り出し、水で湿らせ、それを聡子の額に乗せた。
(取りあえずの応急処置だな。冷却シート、あとで買いに行くか)
「ん……冷たい……」
 聡子が目を覚ました。
 目を開けると、彼女がげっそりしているのがよくわかった。
「智幸さん……?」
「大丈夫か?」
「どうして?」
 起き上がろうとした聡子を制し、そのまま寝かせた。
「何かあったんじゃないかって心配になって来てみた」
「今、何時ですか……」
「今……午後四時過ぎだな」
 朝会社に欠勤の連絡をしてそれ以降は眠っていたようだ、と彼女は言った。
 聡子は昨日から熱があり部屋で倒れ、医者にもいけない状態のようだった。
「診療所に行くか?」
 とトモが言うと、
「熱が下がれば大丈夫ですよ」
 と聡子はぼそりと言った。
「結構熱ありそうだけど」
「下がればなんとかなります。ただの心労だと思います」
「コラ、下がっても安心できねえよ、何かの病気だったらどうすんだよ」
「大丈夫です」
 彼女は「大丈夫」しか言わない。それに苛立ち、
「俺が心配なんだよ」
 語気を強めて言ってしまった。
「……ごめんなさい」
「悪い、きつく言い過ぎた」
 とトモはすぐに詫びた。
(心労……俺のせいか……)
 嫌なことが続いたことで、聡子に心理的負荷がかかったのかもしれない。
「なんで俺に連絡しなかったんだ?」
 優しく言ったつもりだ。聡子は目を少し逸らし、
「……だって、迷惑かけたくなかったから……」
 力なく言った。
 昨日のうちに言えたはずだろう、そうすれば力になれたのに、そう思った。
「迷惑なんて思わねえよ。何も連絡ないと、不安になるし、心配にもなるだろ?」
「ごめんなさい」
「謝らせてばっかだな。俺こそ、ごめんな」
 腹を立てているわけじゃない、とトモは言い訳をした。
「こないだ、おまえが俺からの連絡がなくて不安だった、って言ってたろ?」
「はい」
「今は、その気持ちがめちゃくちゃわかる」
 ごめんなさい、と彼女はまた謝った。
「謝るなっての」
「たった半日でこんなに不安だったんだ、おまえはもっと俺のこと不安に思っただろうな。ごめんな」
「ううん……」
「まあ、無事で安心した。まあ無事じゃねえけど」
 聡子の力ない顔をを覗き込み、安堵の笑みを浮かべた。
「ううん……智幸さん、今休憩?」
「ああ、五時からだからさ。ちゃんと許可貰って出て来てるよ。ちゃんと戻るし」
 聡子は申し訳なさそうだが嬉しそうに見えた。
「何も食ってねえんだろ」
「うん……でも欲しくない」
「ちゃんと食わねえと。……って、そんな気力も体力もなかったんだろ。水は?」
「ううん……」
「水飲まねえと。汗かいてんだろ」
「うん……」
「待ってろ、おじや作るから」
「でも智幸さん、休憩でしょう? 時間が」
「俺の職業なんだと思ってんだ?」
「ヤクザ……?」
「……強ちはずれてはねえけど、昔の話だろ」
「嘘ですよ、料理人さんですね」
「ん、合格」
 トモは聡子の頭を撫でた。
「手早く作るからさ。水飲んどけ。冷蔵庫の中、勝手に漁るぞ」
 トモは支度をする。
 その間に、聡子はトモが冷蔵庫から出した水を飲んだ。
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