大人の恋愛の始め方

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【第2部】23.不安

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 人の情事を見聞きするのはつまらなかった。そして気持ち悪いだけだ。一度でもこの女を抱いたのは間違いだったと思った。
(広田はただただ早いし、雑でそのくせ何回もヤるし、あの女も結局誰でもいいんじゃねえか)
 ただただ呆れてしまった。
 クズのセックスは参考にもならない。用が済んだら耳にしたことをさっさと忘れよう、そう思った。
 二人のお楽しみが終わった頃、トモはカズにメッセージを送った。すぐにカズがやってきた。
 ノックがされ、二人がベッドから起き上がる物音がした。
(カズが来たな)
 バタバタと音がする。
 隙間から、バスタオルを腰に巻いた広田の姿が見えた。
「はい」
 広田がドアを開けると、すぐにカズの声がした。
「何の用だ」
「すみませんが、荷物を回収させてもらえますか」
「は?」
 ズカズカと入ってきたカズを、広田は制止しようとする。
「ちょっと何よあんた!」
 カズの姿に驚き声をあげるリカだ。
 その隙にクローゼットから脱出し、照明を点けると、広田とリカの背後に立った。
「え?」
 いきなり灯りがついたことで、二人は振り返った。
「トモ……!」
「トモ!?」
 二人の声が重なった。
 その隙に、カズは隠して置いた機器を回収している。
「なんでおまえがここに」
「ここは俺が取った部屋だ」
「トモ、どこに行ってたのよ! あんたのかわりこいつに犯されたじゃないのよ!」
「は?」
 さげすんだ目でリカを見た。
「何が犯されただ、広田にお粗末なもん突っこまれて、あんあん言ってたのはどこの阿婆擦れだよ」
 トモは一蹴した。
 リカの顔色が変わる。
「で、広田……てめえ、俺は絶対に許さねえって言ったよな」
 のこのこ釈放されやがって、と一歩踏み出すと、広田は震えながら、股間の辺りを押さえ後ずさった。いつかのように、顔を殴られても大事なものは守りたいのだろう。
「リカ、おまえもだ。人の女を犯すようこいつを唆しやがって……絶対に許さねえ」
「ち、違うわよ。こいつが、広田が、トモのこと気に入らないっていうから、ちょっとアドバイスしただけよ」
「嘘つけ! おまえが、トモの女をレイプして来いって言ったんだろ」
「言ってないわよ! 痛い目に遭わせてとは言ったけど! ね、トモ、ごめんね、わたしのこと好きにしていいから、ねっ?」
「は? するかよ」
 近寄ってきたリカを右手で押し返した。
「反吐がでるわ」
「トモさん、オッケーです」
 カズが小声で言った。
「おまえら、絶対……許さねえからな」
 リカは言い訳をし、広田は無言で怯える。
「広田。のうのうと出来るのも今のうちだ。近いうちに《別荘》に行くことになるぞ。リカ、おまえも逃れられると思うなよ。俺を怒らせたらどうなるか……覚悟しとけ」
 別荘、とは《刑務所》を指しているが、広田にはわかったようだ。
 トモはICレコーダーを取り出し、一度見せてポケットにしまった。
「この阿婆擦れが。金でこいつを雇ったクズが」
 リカは性懲りもせず、トモにすがろうと近寄った。
「雇ってない!」
「金でこいつに俺の女を襲わせた」
「金なんか渡してない! この男が勝手にやっただけよ!」
(金を渡してないのか? なら単純に広田が、リカをモノに出来ると思って?)
 バカなのか、と呆れるしかなかった。本当に金の報酬なしで、リカのためにやったのだろうか。
「二度と俺の前に現れるな。もしのこのこ出てきやがったら……命はないと思え」
 狂犬が……、とリカが呟くのが聞こえた。
 トモは広田を一瞥し、カズと共に部屋を出たのだった。
 ホテルを出ると、二人はトモの車に乗り込む。
「カズ、いろいろ助かった」
「まあ、自分に出来ることしかしてないですけどね」
「ちょっと犯罪スレスレなところもあったけどな」
「なんとかなりますよ」
 昨日警察から戻ったすぐ後、カズに協力を要請し、広田とリカを呼び出すことを考えた。
 聡子が被害届を出したことで、早いうちに広田が捕まると考え、その前にリカが共犯だと言う言質を取りたかった。
 リカを指定時間に呼び出したあと、時間をずらして広田を呼び出す。しかしトモからの電話だときっと彼は呼び出しに応じない。ITに強いカズなら何かしらの作があるのでは、と相談し、非通知でリカの声を語り留守番電話にメッセージを残した。リカの声、これはカズが変声システムで作ってくれた。リカの声を知っているトモの指示で、システムを使ってカズが調整をしてくれたことにより、リカに近い声を作り出し、広田を呼び出すことに成功した。予約していた部屋に、トモとカズは、遠隔で録音録画が可能なカメラとレコーダーを設置し、あとで回収したという流れだ。カメラとレコーダーの設置は、盗撮盗聴に該当する可能性が高く、不当な利用をした場合は罪になるという認識は持ち合わせていた。
(けど、これはあいつらに復讐するためだ)
 カメラとレコーダーは言うなれば保険だ。自分の持っているICレコーダーの録音に失敗した時のためのものである。
「あいつらが捕まるのは時間の問題だ」
「今、通報しなくていいですかね?」
「いいだろ。聡子が通報するならともかく、俺らが通報したら……こっちがヤバイことになるかもしれないしな」
「それもそうですね」
 まずはICレコーダーの確認だ、とトモは再生ボタンを押す。
 二人の声がはっきりと録音されていた。
「バッチリだな」
「ですね。リカって女の証言も入ってますし、聡子さんを酷い目に遭わせた奴ら、裁きにかけられますね」
「まあ……法的な罰がどんだけ下るか、納得がいくかどうかはともかくだけどな」
「女性を一人辱めといて、軽い刑なわけないですよ。それに犯罪を犯してのうのうを生きていけるはずがないです」
 そうだな、とトモは小さく頷いた。
(自分も、犯罪紛いのことして生きてたこともあったからな……)
 偉そうなことは言えねえけど、と心のなかで呟く。
「取りあえず、さっさと帰るか。もう真夜中だしな」
「そうですね」
「もう遅いから、聡子には会えねえな……」
 メッセージも入れていなかったことに気付き、車を止め、スマホを確認する。
「メッセージ来てました?」
「ああ、今日は会えそうにないのか、って」
「うわ……まずい……まずいですよ」
「なんで」
「だって昨日久しぶりに会えて、やっと今日一緒に過ごせるかと思ってたんじゃないですかね?」
 なぜかカズが心配している。
 メッセージがいくつか入っていて、最後に「おやすみ」というスタンプが送られていた。
「まあ、そんな心の狭い女じゃない。連絡が遅くなったのは申し訳ないけど、そこまで聞き分けのない女でも、束縛する女でもないし、ちゃんとわかってくれる」
《遅くなって悪い おやすみ 今から帰るから今日は会えないけど明日は会いに行く》
 と返信した。
「めちゃくちゃいい女なんだよ、聡子は」
「はいはい、ごちそうさまです」
「ちゃんと連絡してよって拗ねたとしても、そういうところも可愛いだろうな」
「はーいはい、もうお腹いっぱいでーす」
 車を再び走らせ、神崎邸へと二人は戻って行った。
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