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【第2部】22.絶望
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「トモさん、彼女さんのことめちゃくちゃ好きなのがわかりますね……」
「…………」
カズ──市川和宏が、自分の存在を不安がらせないよう必死で言葉を紡いでくれていることを悟った。
カズはトモを尊敬しているようだ。
「トモさんのこと、俺めちゃくちゃ尊敬してるんですよね。彼女ができたって言われて、驚いたりもしたんですけど、ベタぼれなんだなって。あんな強面で、いつも彼女さんのこと相談してくるんですから」
「そう、なんですか」
トモはあまり人に自分のことを話さないが、カズには色々相談をしていることに驚いた。確かに「カズ」という人物が話に出てくることは多い。しかしそこまで心を開いている人物とまでは思っていなかった。そんなに自分のために考えてくれているなんて思いもしなかった。
「……あの、市川さんにもご迷惑をおかけしました」
「迷惑だなんて。助けにならなくて、ほんと、申し訳ないです……」
トモが女性に執着したのを見たことはないし、況してやあんなに他人にキレたのは見たことがない、とカズは言った。
「ちょっと怖かったですけどね……。昔、狂犬って言われてたらしいですけど、あっ、これは聞かなかったことに。それだけ、彼女さんのことが大事なんですよ」
聡子は、診療所に連れていかれた。
事情を深くは訊かれなかったが、高齢の院長はてきぱきと対応をしてくれた。好好爺のような院長だと思った。
聡子は顔全体に傷、頭に瘤や打ち傷、手足にはすり傷があった。頬もまぶたも腫れ上がっているし、身体も殴られて痛んだ。
「塗布薬を出しましょう。お嬢さん、頬の傷はじきによくなりますからね。腫れもこの週末で治まるかと思いますが、こちらの左頬は……少し腫れが強いので、マスクをするといいでしょうね」
さあ冷やしましょう、と言われて横たわって、顔に濡れたタオルと氷嚢を置かれた。
上半身を診せることはなかったが、医者はどうやら察していたようだ。
診察しますか、と言われたが、聡子は首を振った。腹にスタンガンを当てられたが、見えない場所はさほど外傷はないと考え、診察はしてもらうことはしなかった。
手首の紐の痕に、院長はカズをジロリと睨み、
「女の子に手をあげるとは……」
と言った。
「いや、俺じゃないですよ!」
「みんなそう言うんじゃ」
「いやほんとに俺じゃなくて……」
カズが疑われていることに、聡子は横たわったまま声をあげた。
「違います、市川さんはわたしを助けて下さったんです」
聡子が助け船を出した。
顔をタオルと氷嚢で覆われているので、どんな顔で怒っているのかはわからないが、誤解されているのはまずいと思った。
「孕ませたりしてはおらんだろうな」
「してませんよ! 人の彼女に手を出しませんよ!」
「この方とはそんな関係じゃありません」
聡子は慌てて全力否定した。同時にこの医者が、聡子に何が起こったか、何をされたのか察したのだとわかった。
「……お嬢さんの言葉を信じることにしよう」
冷ややかな声だった。好好爺だと思ったが、訂正した。
「院長……俺は疑われてるんですか。この方はトモさんの彼女さんですよ……ひどいです」
孕む、と言う言葉に聡子は、広田に性器を押し当てられた時の恐怖が甦ってきた。
ガタガタと震えているのを見て、院長は何かを悟ったらしく、
「この老いぼれは、老いぼれ故に今までいろんなもんを見聞きしておる。誰にも言いやせん。何か聞いてもらいたいことがあるのなら、いつでも聞くからおいでなさい」
聡子は、この院長の優しい声に安堵した。
***
聡子に、
「薬を用意しますから、少しお待ち下さいますかな」
そういって待合室で待たせ、カズを呼んだ。
「おまえさん、本当に彼女に何もしていないのかね」
「俺は何もしてませんってば……」
「トモの彼女、と言ったね」
「はい」
「トモ、というと、あの顔に傷のある男だったか? 影山智幸」
「そうですそうです」
以前トモの傷を診たことがあったので覚えていたのだ。それに神崎がとても気に掛けている男だったからだ。
「その彼が、あの子に乱暴狼藉を?」
「違います……!」
カズは首を振った。
「何があったんだね」
「そ、それは……」
トモに、絶対に言うなと言われた以上カズは言うわけにはいかなかった。
「絶対に言うなって言われたので院長でも言えません……。彼女さんも言いたくないはずなので……」
「……まあ、大方察しはつくがな」
組の人間がいろんなことでここに来たことがあるし、長く生きてきて人を診てきたので察しはついた。
「質問を変えよう。あの子をあんな目に遭わせた相手はわかっているのかね?」
「……はい」
「そうか、わかった。もうこれ以上は訊かないでおこう。警察の力が必要なら、神崎に相談しなさい」
カズと目を合わせたあと、院長は出るように示唆した。
「トモさん、彼女さんのことめちゃくちゃ好きなのがわかりますね……」
「…………」
カズ──市川和宏が、自分の存在を不安がらせないよう必死で言葉を紡いでくれていることを悟った。
カズはトモを尊敬しているようだ。
「トモさんのこと、俺めちゃくちゃ尊敬してるんですよね。彼女ができたって言われて、驚いたりもしたんですけど、ベタぼれなんだなって。あんな強面で、いつも彼女さんのこと相談してくるんですから」
「そう、なんですか」
トモはあまり人に自分のことを話さないが、カズには色々相談をしていることに驚いた。確かに「カズ」という人物が話に出てくることは多い。しかしそこまで心を開いている人物とまでは思っていなかった。そんなに自分のために考えてくれているなんて思いもしなかった。
「……あの、市川さんにもご迷惑をおかけしました」
「迷惑だなんて。助けにならなくて、ほんと、申し訳ないです……」
トモが女性に執着したのを見たことはないし、況してやあんなに他人にキレたのは見たことがない、とカズは言った。
「ちょっと怖かったですけどね……。昔、狂犬って言われてたらしいですけど、あっ、これは聞かなかったことに。それだけ、彼女さんのことが大事なんですよ」
聡子は、診療所に連れていかれた。
事情を深くは訊かれなかったが、高齢の院長はてきぱきと対応をしてくれた。好好爺のような院長だと思った。
聡子は顔全体に傷、頭に瘤や打ち傷、手足にはすり傷があった。頬もまぶたも腫れ上がっているし、身体も殴られて痛んだ。
「塗布薬を出しましょう。お嬢さん、頬の傷はじきによくなりますからね。腫れもこの週末で治まるかと思いますが、こちらの左頬は……少し腫れが強いので、マスクをするといいでしょうね」
さあ冷やしましょう、と言われて横たわって、顔に濡れたタオルと氷嚢を置かれた。
上半身を診せることはなかったが、医者はどうやら察していたようだ。
診察しますか、と言われたが、聡子は首を振った。腹にスタンガンを当てられたが、見えない場所はさほど外傷はないと考え、診察はしてもらうことはしなかった。
手首の紐の痕に、院長はカズをジロリと睨み、
「女の子に手をあげるとは……」
と言った。
「いや、俺じゃないですよ!」
「みんなそう言うんじゃ」
「いやほんとに俺じゃなくて……」
カズが疑われていることに、聡子は横たわったまま声をあげた。
「違います、市川さんはわたしを助けて下さったんです」
聡子が助け船を出した。
顔をタオルと氷嚢で覆われているので、どんな顔で怒っているのかはわからないが、誤解されているのはまずいと思った。
「孕ませたりしてはおらんだろうな」
「してませんよ! 人の彼女に手を出しませんよ!」
「この方とはそんな関係じゃありません」
聡子は慌てて全力否定した。同時にこの医者が、聡子に何が起こったか、何をされたのか察したのだとわかった。
「……お嬢さんの言葉を信じることにしよう」
冷ややかな声だった。好好爺だと思ったが、訂正した。
「院長……俺は疑われてるんですか。この方はトモさんの彼女さんですよ……ひどいです」
孕む、と言う言葉に聡子は、広田に性器を押し当てられた時の恐怖が甦ってきた。
ガタガタと震えているのを見て、院長は何かを悟ったらしく、
「この老いぼれは、老いぼれ故に今までいろんなもんを見聞きしておる。誰にも言いやせん。何か聞いてもらいたいことがあるのなら、いつでも聞くからおいでなさい」
聡子は、この院長の優しい声に安堵した。
***
聡子に、
「薬を用意しますから、少しお待ち下さいますかな」
そういって待合室で待たせ、カズを呼んだ。
「おまえさん、本当に彼女に何もしていないのかね」
「俺は何もしてませんってば……」
「トモの彼女、と言ったね」
「はい」
「トモ、というと、あの顔に傷のある男だったか? 影山智幸」
「そうですそうです」
以前トモの傷を診たことがあったので覚えていたのだ。それに神崎がとても気に掛けている男だったからだ。
「その彼が、あの子に乱暴狼藉を?」
「違います……!」
カズは首を振った。
「何があったんだね」
「そ、それは……」
トモに、絶対に言うなと言われた以上カズは言うわけにはいかなかった。
「絶対に言うなって言われたので院長でも言えません……。彼女さんも言いたくないはずなので……」
「……まあ、大方察しはつくがな」
組の人間がいろんなことでここに来たことがあるし、長く生きてきて人を診てきたので察しはついた。
「質問を変えよう。あの子をあんな目に遭わせた相手はわかっているのかね?」
「……はい」
「そうか、わかった。もうこれ以上は訊かないでおこう。警察の力が必要なら、神崎に相談しなさい」
カズと目を合わせたあと、院長は出るように示唆した。
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