大人の恋愛の始め方

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【第2部】15.恋愛初心者

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 もうすぐ「お試し交際期間」の三ヶ月が終わろうとしている。
 暑かった季節が、涼しくなり、秋は一瞬で過ぎて十二月となった。 
 トモとつきあうようになっても、部屋に呼ぶようになっても、昼間に出かけることはなかった。トモは料理店で働いているし、休みの月曜日の昼間は世話になっている会長の仕事の手伝いをすることもあるらしい。
 それでも聡子に会いに来てくれるので、嬉しさを隠さなかった。
 三ヶ月、肌を重ねることはしない。
 トモはきっちり約束を守ってくれている。
 もしかしたら別の誰かと……と一瞬思うことはあったが、ないと信じたい。かなり我慢しているのは聡子も感じている。
 キスをするのも躊躇っているのを感じる。
 あまり深いキスをせず、啄むようなものをくれる。聡子が返そうとすると、
「これ以上すると我慢できなくなるから、ここまでにしとくな」
 と言ってやんわり止められたことがあった。
 そういう時は、ぎゅっとトモの胸に抱きつく。そうするとトモが両腕で抱き返してくれる。それがたまらなく幸せだった。


 一緒にテレビを見ていたが、トモがいつの間にか居眠りをしていることに気が付いた。目を閉じてしまっている。
(疲れているんだな……)
 と思う聡子だ。
 顔の傷をみる度に、自分をかばってくれたことを思い出し、申し訳なくなる。
(売り言葉に買い言葉でお試しとは言ったけど、三ヶ月はちょっと短いかな……)
「ん……」
 じっと見つめていると、トモがゆっくりと目を開いた。見つめていたことに気付かれないよう、テレビに視線を戻す。
 トモは居眠りなどしていなかったかのように、テレビを見た。
(わたしといても、そんなに楽しくはないかも……セックスするわけじゃないし)
 三ヶ月が終わろうとしているのを機に、
「智幸さんは……わたしをどう思ってるんですか?」
 ふいに尋ねた。
 心境の変化の有無の確認だ。もうお試しでおなかいっぱい、終了したくなったか、それとも継続する気があるか。もちろん聡子は「継続希望」であった。
 今日は、夕食を部屋で一緒に食べて、その後はテレビを見ながらおしゃべりをしていた。
 聡子が尋ねても、トモはテレビを見ながら、うーん、うーんと言ってごまされてしまう。
「……可愛いと思うことはありますか?」
「あるよ」
「じゃあ、わたしのことは……好きですか?」
「ああ」
「じゃあ、たまには『好き』って言って下さい」
「気が向いたらな」
「気が向いたら……」
 わざと意地悪な質問をしても生返事だ。
(もうっ)
 生返事に聡子は少し不満だった。
「智幸さんは胸の大きい人が好きですよね」
「そうだな」
「おっぱい星人なんですか」
「そうだな」
「わたしに会いたいって思うことがありますか」
「そうだな」
 聡子は生返事に少し苛立った。
「セックスしたいですか」
「……そうだな」
(そうですか……)
「じゃあ……しますか?」
「……しない」
(ちゃんと聞こえてるんだ)
「……お茶、入れますね」
 聡子は立ち上がり、顔を背けた。
 三ヶ月の間、過度なスキンシップはない。
 と同時に言葉もなかった。
(好きなら「好き」って言われたい)
 付き合う前は言われたことがあったが、付き合いだしてからは全くない。
「釣った魚には餌をやらないタイプかも。……いいけど」
(わたしばっかりが好きみたい、悔しい)
 身体が好みって言われたし仕方ないか、などと自分の中で折り合いをつけようとする。
(そういえば)
 自分はトモのことをあれこれ訊いてしまうが、トモからは訊かれることは少ない。
(わたしのこと、そんなに知りたくないのかな……やっぱり、三ヶ月で終わるつもりかな)
 三ヶ月前は、短いと言ってごねていたのに。
(しないって言った途端一ヶ月って言い出したし、手を出しては来ないけど、我慢してるんじゃなくて、見切りつけてるだけ……ってことも)
 わたしに興味を持たないのも納得がいく、と聡子はつけたはずの折り合いがつかなくなってしまった。
 お茶を出したあと、聡子は声をかける。
「飲んだら帰るわ。あんまり遅くまでいるのも悪いしな」
「わかりました」
 そう言ってトモはお茶を飲むと帰り支度を始めた。
 ハンガーのジャケットを取ると、手渡した。
「ありがとな」
 トモが笑うと、聡子も笑みを浮かべる。
(……わたしはトモさんが好き)
 自分だけに向けられた笑顔に胸がドキドキする。
(幸せなのがあと一週間でもいい)
 我ながら自分勝手だと思ってしまう。
 聡子は、いつものようにトモを玄関まで見送る。
 眠ってしまっても、泊まっていくことはないトモだ。たまには泊まってくれてもいいんだけどな、と残念に思う。
「智幸さん、たまには泊ま……」
「ん?」
 靴を履いたトモと玄関で向き合った。
「トマ……トソースパスタも練習しますね」
「練習するほどのもんでもないぞ? トマトソースなら、作るより缶のソースのほうがお手頃だし。なんかあったのか?」
「な、なんでもないです」
 聡子は言えなかった。
(セックスしないなら泊まる必要もないか……)
「じゃ、そろそろ帰るな」
「はい」
 聡子は頷く。
「いつもありがとな」
「こちらこそ、ありがとうございます。疲れてるのに寄ってもらえて、智幸さんに会えて嬉し……」
 と言い掛けて、聡子は言葉を飲み込む。
 重いと思われたくない、と考えてしまったからだ。
「こら。言い掛けたことはちゃんと言えよ」
 トモは右手の甲で、聡子の頬を撫でた。
 トモに触れられ、頬を染めた。
 これで充分だ、といつも思ってしまう。惚れた弱みだなと思うが仕方がない。
 トモは帰ろうとして、ドアのシリンダーに手をかけ、振り返る。
「どうかしましたか?」
「いや……」
 聡子よりほんのちょっと高い目線からトモが聡子を見つめる。
 ぽんぽんと聡子の頭を撫でた。
「え……何ですか?」
「聡子のことも、先のことも、俺なりにちゃんと考えてっから……。今はまだこんなんじゃ、親御さんに挨拶も行けねえから、もうちょっと時間くれるか」
「え……」
 三ヶ月のお試し期間を飛び越えた発言に思える。
「聡子に会えて嬉しいと思ってる。週に一回や二回じゃなくて、もっと聡子に会いたいと思ってる。でも……もう少しだけ我慢してくれねえか」
 ちゅっ、と聡子の唇に触れると踵を返した。
「じゃあな、ちゃんと戸締まりしろよ」
 トモがシリンダーに手をかけたとたん、聡子はトモの背中に飛びついた。
「ま、待って、智幸さんっ」
 大きな背中に、聡子はしがみつく。そして腕を回した。
「……あの、わたし」
 大好きだとか嬉しいだとか何か言おうとしたが、言葉がうまく紡げない。
 回した聡子の腕に自分の手を重ねたトモ。
「不安にさせてごめんな」
「そんな、そんなことない」
「……今度、ちゃんと泊まらせてもらう」
「ほんと……ですか?」
「ああ。だから……三ヶ月は短かいな。もうすぐ三ヶ月終わるし、更新する気でいてくれ」
 聡子は嬉しくなる。
「それと、言いたいこと、ちゃんと言ってくれていいぞ」
 トモが自分に興味がなくなったとかではなく、真剣に考えてくれているんだ、と悟った。
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