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【第2部】15.恋愛初心者
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この一ヶ月で、トモの情報を更新することができた。
気になっていたトモの背後にある「組織」について、恐る恐る尋ねてみた。トモの言う「会長」という人物は、レイナが言っていたように、ずっと堅気だったらしい。では「神崎組」とどう関わりがあるのか。なかなかピンと来ず、すっきりしなかったが、それもトモが話してくれた。
「俺は高校中退して、組のやつらに拾われたんだよ。まあ、捨て駒的にな」
「借金の取り立て、してたって話してましたよね」
「ああ。まあサツに捕まってもいいような扱いっていうか」
ひどい、と聡子は声をあげた。
「俺はわりと腕っ節が強いほうで、上の目に止まったんだよ。ずっと、まあ、そんなふざけたことやりながら、それなりに金もらって、女も寄ってくるから毎日好き放題して、そういうことをずっとやってたんだよ」
けど四年くらい前だな、と声色が変わった。
「組長が亡くなって」
「!」
聡子の顔が驚愕の色になる。
「殺られたとかじゃない。病気だ。組長はもう自分で終わりにしようと思ってたみたいだ。若が……組長に息子がいたんだけどな。継がないってことになって昔に揉めたみたいで。まあそうこうしているうちに、亡くなって」
「…………」
組長には、極道の家に生まれたが堅気になりたくて家を出た、という兄がいたことがわかり、彼を説得して後を継がせようと周囲が画策したという。嫌で出た人間が、果たして極道の世界に入れるのか。
「それが、会長さん、ですか」
「ああ。『会長』っていうのは神崎組の会長じゃないぞ。会社の会長って意味の『会長』だからな」
どういうことだろう、と首を傾げていると話を続けてくれた。
組長の息子は、本当はずっと堅気になりたかったという。縁を切って堅気になって伯父とこっそり連絡を取り合っていた。伯父の神崎が組を継ぐことを了承する代わりに条件を提示された。
「それが組の解体」
「解体……」
「就任と同時に解体だ。だからもう神崎組はないんだよ」
「……なるほど」
かなり自分の得ていた情報をつながりだした。
「解体、ってそんな簡単にでは出来ないですよね?」
「そうだな。警察の世話にもなるし」
「どうしてですか? 逮捕されるんですか」
違うよ、とトモは首を振る。
「組を抜けるってのも、警察に保護されることがある。だいたい『飛ぶ』って言って、ほとぼりが冷めるまで高飛びしたりする。まあ、今は揉めずにすんなり抜けられる所もあるみたいだけどな」
聡子の知らない世界で、驚きを隠せなかった。
「で、解体ってなったときに、反発するものもいたし、そういう奴らは、あっさり盃を返して他の組の盃を交わしてる。ファミレスで暴れたあいつがそうだ。神崎会長は解体するが、構成員たちを見放すとは言わなかった。会長は会社経営をされているから、適材適所の人材を配置することも出来た。まあ一般社会に馴染めずに辞めてった奴もいるのは事実だ。そこまで会長は面倒を見てくれたんだから、恩を仇で返す義理はないし、会長もそれ以上世話を焼く必要もないんだけどな」
解体といっても、すぐにどうこうできるわけではない。
時間もかかるし、法律の縛りもあって、元構成員がすぐに一般社会に紛れ込むことは難しいのが現実だ。
「正直、会長のコネだ」
「コネ」
「知ってるか、反社組織から抜けて五年は、通帳も作れねえ、だからローンも組めねえ。携帯も契約できないし、アパートを借りるのだって無理だ。『契約』ができないってこと」
今、トモが持っているスマホはずっと前から持っていたものだから使えている、ということだ。新規契約をすることはできないという話をされた。
「車は? トモさんは車がありますよね?」
「あれは会長名義だ。使用料を払って使わせてもらってる。自分のじゃない。情けないだろ」
「……いえ、そんなことは。じゃ、じゃあ、お住まいは?」
「会長宅だよ。会長んちに居候の身だ。俺意外に三人世話人になってる」
元の組長の屋敷は全部解体され、更地になり、住む所もなくなってしまったのだ。
「まあ、一人は組に関係なくて、会長の経営されてる会社に勤めてる奴が事情あって、住まわせてもらってるんだけどな」
想像以上に情報量が多い。
「で、会長のコネで、根回しがあるのも事実だ。会長が保証人になってくれてるものがたくさんあるのが事実。会長は社会的信頼のある人だからな」
「……知らないことがいっぱいですね」
「俺は警察の世話になりたくない」
ぼそり、とトモは言った。
「なんとなく、それは感じてます」
「……そうか」
「ずっとヤクザだと勘違いしてたせいもあるんですけど、問題を起こしたくないふうでしたよね」
痴漢に遭った時、警察に犯人を引き渡す際、一緒にいたかと思えば姿が見えなくなったことがあった。
「まあ、そうだな。会長に迷惑をかけたくないってのが一番だ。問題起こして、保証人の会長に連絡が行くのは……申し訳ないからな」
(あの時は、悪いことしたわけじゃないのに……)
トモは悲しそうに小さく笑った。
──今のトモの状況を知ることが出来た聡子だが、まだまだ知らないことがあるのだろうと思った。その中には話したくないこともあるかもしれない。
(……「妹」のこと、訊けないよね)
訊きたいことがあれば何でも訊け、と言うが、訊きづらいこともきっとある。
(ご家族のこととか、どうして組に拾われるようなことになったのかとか……女性とまともにつきあったことない、って言ってたけど、彼女いなかったってわけじゃないもんね。知らない人にヤキモチ焼いてもしょうがないんだけど)
「どうした?」
「え? ごめんなさい、情報整理してました」
「そんな整理するほどの情報でもないだろ」
「いやいや……」
まるで小さいことのように言うが、聡子にとっては非現実的世界だった。
この一ヶ月で、トモの情報を更新することができた。
気になっていたトモの背後にある「組織」について、恐る恐る尋ねてみた。トモの言う「会長」という人物は、レイナが言っていたように、ずっと堅気だったらしい。では「神崎組」とどう関わりがあるのか。なかなかピンと来ず、すっきりしなかったが、それもトモが話してくれた。
「俺は高校中退して、組のやつらに拾われたんだよ。まあ、捨て駒的にな」
「借金の取り立て、してたって話してましたよね」
「ああ。まあサツに捕まってもいいような扱いっていうか」
ひどい、と聡子は声をあげた。
「俺はわりと腕っ節が強いほうで、上の目に止まったんだよ。ずっと、まあ、そんなふざけたことやりながら、それなりに金もらって、女も寄ってくるから毎日好き放題して、そういうことをずっとやってたんだよ」
けど四年くらい前だな、と声色が変わった。
「組長が亡くなって」
「!」
聡子の顔が驚愕の色になる。
「殺られたとかじゃない。病気だ。組長はもう自分で終わりにしようと思ってたみたいだ。若が……組長に息子がいたんだけどな。継がないってことになって昔に揉めたみたいで。まあそうこうしているうちに、亡くなって」
「…………」
組長には、極道の家に生まれたが堅気になりたくて家を出た、という兄がいたことがわかり、彼を説得して後を継がせようと周囲が画策したという。嫌で出た人間が、果たして極道の世界に入れるのか。
「それが、会長さん、ですか」
「ああ。『会長』っていうのは神崎組の会長じゃないぞ。会社の会長って意味の『会長』だからな」
どういうことだろう、と首を傾げていると話を続けてくれた。
組長の息子は、本当はずっと堅気になりたかったという。縁を切って堅気になって伯父とこっそり連絡を取り合っていた。伯父の神崎が組を継ぐことを了承する代わりに条件を提示された。
「それが組の解体」
「解体……」
「就任と同時に解体だ。だからもう神崎組はないんだよ」
「……なるほど」
かなり自分の得ていた情報をつながりだした。
「解体、ってそんな簡単にでは出来ないですよね?」
「そうだな。警察の世話にもなるし」
「どうしてですか? 逮捕されるんですか」
違うよ、とトモは首を振る。
「組を抜けるってのも、警察に保護されることがある。だいたい『飛ぶ』って言って、ほとぼりが冷めるまで高飛びしたりする。まあ、今は揉めずにすんなり抜けられる所もあるみたいだけどな」
聡子の知らない世界で、驚きを隠せなかった。
「で、解体ってなったときに、反発するものもいたし、そういう奴らは、あっさり盃を返して他の組の盃を交わしてる。ファミレスで暴れたあいつがそうだ。神崎会長は解体するが、構成員たちを見放すとは言わなかった。会長は会社経営をされているから、適材適所の人材を配置することも出来た。まあ一般社会に馴染めずに辞めてった奴もいるのは事実だ。そこまで会長は面倒を見てくれたんだから、恩を仇で返す義理はないし、会長もそれ以上世話を焼く必要もないんだけどな」
解体といっても、すぐにどうこうできるわけではない。
時間もかかるし、法律の縛りもあって、元構成員がすぐに一般社会に紛れ込むことは難しいのが現実だ。
「正直、会長のコネだ」
「コネ」
「知ってるか、反社組織から抜けて五年は、通帳も作れねえ、だからローンも組めねえ。携帯も契約できないし、アパートを借りるのだって無理だ。『契約』ができないってこと」
今、トモが持っているスマホはずっと前から持っていたものだから使えている、ということだ。新規契約をすることはできないという話をされた。
「車は? トモさんは車がありますよね?」
「あれは会長名義だ。使用料を払って使わせてもらってる。自分のじゃない。情けないだろ」
「……いえ、そんなことは。じゃ、じゃあ、お住まいは?」
「会長宅だよ。会長んちに居候の身だ。俺意外に三人世話人になってる」
元の組長の屋敷は全部解体され、更地になり、住む所もなくなってしまったのだ。
「まあ、一人は組に関係なくて、会長の経営されてる会社に勤めてる奴が事情あって、住まわせてもらってるんだけどな」
想像以上に情報量が多い。
「で、会長のコネで、根回しがあるのも事実だ。会長が保証人になってくれてるものがたくさんあるのが事実。会長は社会的信頼のある人だからな」
「……知らないことがいっぱいですね」
「俺は警察の世話になりたくない」
ぼそり、とトモは言った。
「なんとなく、それは感じてます」
「……そうか」
「ずっとヤクザだと勘違いしてたせいもあるんですけど、問題を起こしたくないふうでしたよね」
痴漢に遭った時、警察に犯人を引き渡す際、一緒にいたかと思えば姿が見えなくなったことがあった。
「まあ、そうだな。会長に迷惑をかけたくないってのが一番だ。問題起こして、保証人の会長に連絡が行くのは……申し訳ないからな」
(あの時は、悪いことしたわけじゃないのに……)
トモは悲しそうに小さく笑った。
──今のトモの状況を知ることが出来た聡子だが、まだまだ知らないことがあるのだろうと思った。その中には話したくないこともあるかもしれない。
(……「妹」のこと、訊けないよね)
訊きたいことがあれば何でも訊け、と言うが、訊きづらいこともきっとある。
(ご家族のこととか、どうして組に拾われるようなことになったのかとか……女性とまともにつきあったことない、って言ってたけど、彼女いなかったってわけじゃないもんね。知らない人にヤキモチ焼いてもしょうがないんだけど)
「どうした?」
「え? ごめんなさい、情報整理してました」
「そんな整理するほどの情報でもないだろ」
「いやいや……」
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