大人の恋愛の始め方

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【第2部】15.恋愛初心者

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 お試し交際期間がスタートした。
 月曜日の夜、聡子の仕事帰りにトモと一時間程度会う。それがデートだ。健全な交際は継続されている。
 食事をすることもあれば、カフェで少し話をするだけの夜もある。トモの車でドライブをして帰るだけのこともあった。
 そうしてひと月が経過している。
 その間に関係を持つことはなかった。トモはきちんと約束を守ってくれているし、時々帰り際にキスをしてくれる。
 これまでは、車の中でもおかまいなしにトモとはしていたが、今の彼は紳士だった。
(我慢してるのかな……?)
 四回目のデートという名のドライブのあと、トモが言った。
「一週間に一回じゃ、少なくないか? 俺に合わせてくれなくてもいい。おまえの休みや休みの前の夜でもいいよ。俺はもっとおまえに会いたい。おまえは俺に会いたくないかもしれねえけど」
「会いたくないわけないじゃないですかっ」
 週に一回は寂しい、会える日があるなら会いたい。言いたくても言えなかっただけだ。
「ほんとか?」
 トモは食い気味に言う。
 車でアパートまで送ってもらい、降りる前での話だ。
「会いたいですよ……」
「俺だけじゃなかったんだな」
 照れたように笑うトモが可愛らしく思えた。今までは見たこのない表情だと感じた。
「トモさんに合わせますから、その日でもいいので連絡いただけますか」
「おう、そうする」
 聡子がシートベルトを外すと、トモがキスをする。
「またな」
 頭をぽんぽんと撫でるのも変わらない。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
 学生は夜に出歩きはしないだろうが、内容としては、まるで中学生や高校生のようだ、と思う。聡子もトモも「恋愛初心者」なのだ。


 一ヶ月が経過して、聡子はトモを自宅に呼ぶことにした。
 トモは飲食店の仕事を終えてから、近くの公園の駐車場に車を停め、聡子のアパートへ歩いて来ているようだ。
 一緒に食事をするということも考えたが、遅い時間な上、トモは賄いを食べているらしいのでそれは断念することにした。
「お邪魔します」
「どうぞ」
 女性の部屋に不慣れな様子はなく、トモは何食わぬ顔でローテーブルの前に向かった。1Kの単身アパートなので、当然広くはない。
「お茶がいいですか、コーヒーがいいですか?」
「淹れてもらえるなら、茶がいいかな」
 聡子が示した座布団の上に腰を下ろした。
「わかりました」
「ありがとう、頼む」
 夜は少し肌寒くなってきたせいか、トモはジャケットを羽織っていた。それを脱ぐと、傍らに置く。聡子はそれに気付いて、ハンガーにかけた。
「悪いな、ありがと」
「シワになっちゃいますからね」
「もうホステスじゃないだろ」
 彼は笑った。
「ホステスじゃなくても、それくらい気付けますよ。ここに掛けておきますね」
「ありがとな」
 トモは視線で部屋のあちこちを観察するように見ていた。
(狭いと思ってるのかな。狭いけど)
 これまで女性の部屋に上がったことはあるようだし、恐らくこんな狭いワンルームの女性はいなかったのだろう。当時のトモの目的は、女性と寝ることだっただろうし、これまでの噂から推測すれば、相手の女性は水商売でそれなりに収入があった女性だと思われる。なので収入と同じく、それなりの部屋に住んでいたのだろう。もっと煌びやかな部屋だったのかもしれない。
「狭くてがっかりですか?」
 湯が沸くまで、と聡子もローテーブルの前に来た。
「いや、そんなこと思うかよ。普通の女の部屋ってこんな感じなんだなって」
「ほかの人はどんな感じでしたか?」
「なんか部屋に入るなり、いろんな匂いがぷんぷんしてよ。ベッドもでかくて……あ、いや、悪い」
「?」
 聡子はきょとんとする。
「どうしたんです?」
「いや……他の女の話したらいけねえと思って」
「そうですか? 知らないことが知れて面白いですけど」
 トモなりに気を遣ったらしい。
「事実は事実ですし」
「嫌じゃないのか?」
「そりゃあ、あの時の女とはこんなことした、あんなことした、とか自慢げに言われたりすればムカつきますけど」
「言うかよ」
 他愛ない話で時間が過ぎてゆく。
 お湯が沸くと、二人分の緑茶を淹れて差し出した。
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