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【第1部】14.条件
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しおりを挟む 聡子はアパートの近くまで呼び出された。
夜の公園だ。
「電話番号、変えたのか。それに店、辞めたんだってな」
「はい」
「なんでだ」
「もう、仕事を掛け持ちしなくてもよくなったんで」
「……そっか」
聡子はトモと相対峙した。
トモとはいつぶりだろう。一年は経ってはいないが……誕生日より前だったはずだ。
(なんで今さら……)
閉じ込めていたものが、胸の奥から表れた気がした。
***
「おまえ、俺の女になりてえか?」
唐突なトモの発言に、聡子は驚いた様子だったが、しばらくの沈黙の後、否定した。
「……いいえ」
まさかの答えに、トモは少し狼狽した。
きっと「なりたいです」と言ってくれると思っていたのに。
「もうあなたとは関係ありません、安心して下さい」
これまでいろいろありがとうございました、と聡子は冷たく言った。
「それじゃ。さようなら」
と頭を下げる。
「待て」
と、トモが聡子を追いかけ、背後から抱きしめた。
ギョッとして立ち止まる。
「おまえ、俺の女になれ」
「お断りします、離して下さい」
「おまえ、俺に惚れてんだろ」
「いつの話ですか。そうだったとしても、過去の話です」
「前に、俺の女になりたいって……言い掛けてただろ」
「気のせいです。言おうとしたことがあったかもしれませんが、あなたが最後まで言わせませんでしたよ」
失礼します、と言う聡子を引き留めるトモだ。
「俺の女になれよ」
「嫌だって言ってるじゃないですか」
「嫌だとは言わせない」
「わたしが断らないとでも?」
「……気の強い女は嫌いじゃねえ。俺の女になれよ」
「…………」
聡子は唇をかむ。
「もう一度おまえを惚れさせる」
「大した自信ですね」
「俺は、女には深入りしないように、特定の女とは付き合わないようにしてた」
「でも不特定多数の女の人と遊びでホテルは行くんですよね」
「相手も俺も割り切った関係で納得してたからな。そのほうが、都合がよかった」
「…………」
「おまえと寝てからは、やってねえよ……あんまり」
嘘をついた、とトモは最後に付け足した。
「わたしみたいなお子さまじゃなくて、もっと大人の女性、トモさんなら引く手数多じゃないんですか。隣にいる女の人、毎回違うし……胸のおっきい人ばっかり。わたしじゃなくてもいいじゃないですか」
「俺の女になってくれ」
「嫌です。なんで……なんで今更……」
まさか、とトモは呟く。
「男ができたの……か?」
裕美ママは否定していたが、あの男ともう付き合い始めているのかもしれない。
「だったらどうなんですか」
「奪うだけだ」
「なんですかそれ。もうわたしがあなたのものになる前提ですか」
「そうだ」
無茶苦茶自分勝手ですね、と聡子は突っかかった。トモの腕をすり抜け、正面に立つ。
「ああ、自分勝手だ。俺も自分でそう思う」
「開き直りましたね」
呆れたように彼女は言う。
「で、男はどんなやつだ……」
「どんなやつって」
「あいつか? 酒造会社の御曹司の……」
「そんなわけないじゃないですかっ」
聡子はキッとトモを睨み返す。
トモは少し安堵した。
(思い違いだったか……)
「トモさんは、もう俺の前に現れるな、って言った時も、もうおまえとは会わないって言った時も、トモさんのほうから現れたじゃないですか。わたしは忘れようとしてたのに……閉じこめようとした気持ちをこじあけてきて……ここまで弄んで……何なんですか」
そうだ──血を流しながら自分が言った、忘れろ、と。もうおまえとは会わないと言って最後のつもりでセックスをした。なのに、自分から彼女に近づいた。一度目は偶然とはいえ自分から、今日も……自ら彼女を探した。
「悪かった」
「いつだってそう、悪かった、って言って……」
聡子は睨みながら、涙を零し始めた。
「でも、いつだって……いつだって優しかった……」
「優しい……?」
「ファミレスでも、痴漢にあった時も、変なヤクザに怪我させられそうになったときも、男の人に絡まれた時も、いつだって助けてくれて……。ヤクザだかチンピラだかわかんないけど、すっごく優しくしてくれた……」
勝手に好きになったのはわたしだけど、と泣きながら睨んでくる。零れる涙も拭かず、鼻をすすりながら言葉を発する。
「いつも乱暴にするのに、最後の日だけ優しくて……それまでみたいに乱暴にしてくれたら、ひどい人だって思って全身で拒めたのに! ……わたしじゃダメなんだなって……思ってたのに、そんな優しくして、何なんですか」
「違う」
トモは首を振る。
「あんな甘ったるいことしたの、おまえだけだぞ」
乱暴なつもりはなかったが、自分本位だった自覚はあった。特に聡子は気に入っていたし、好き勝手抱いていたとは思っている。
「確かに乱暴にしてたから最後くらいは……とは思ったのは確かだ。荒っぽいことしてたら、俺のことが嫌になるだろうって思ったのもあった」
諦めてもらいたくてひどいことした、と涙まみれの彼女を見下ろした。
「でも、あれからおまえと会わなくなって、やっぱり最後にしたくねえなって、そう思ったんだ」
「……なんで中途半端に優しくするんですか」
聡子は背を向け、手に持っていた着ていたパーカーのポケットからハンカチを出し、顔を拭った。
「そんなつもりはねえけど……」
優しくした覚えはない。だが、彼女には「優しい」と思えるところがあったのだろう。
「俺みたいなヤツを好いてくれる女なんていないと思ってた。いても結局は顔のいい、金のある男の所へ行く女ばっかりで。でもおまえだけは、なんか違うなって思ったのは本当だ……。なんとなく、誰にもおまえを渡したくねえって気になった。おまえが俺以外の男に抱かれるなんてムカつくんだ」
俺の女になってくれ、と彼女の正面に回った。
聡子は俯き、止まらない涙をを零した。ハンカチが追いつかない様子だった。
「なあ、俺の」
「勝手ですよね」
「わかってる。でもおまえを諦めたくない」
「……断らない前提なんでしょう?」
「……ま、まあな」
「いつも強引ですよね」
「……悪い」
「わかりました」
聡子は顔を上げた。
「え」
「いいですよ」
トモは驚いたが、その言葉に、
「ほんとか!」
と喜び、彼女を抱き締めた。
「でも条件があります」
夜の公園だ。
「電話番号、変えたのか。それに店、辞めたんだってな」
「はい」
「なんでだ」
「もう、仕事を掛け持ちしなくてもよくなったんで」
「……そっか」
聡子はトモと相対峙した。
トモとはいつぶりだろう。一年は経ってはいないが……誕生日より前だったはずだ。
(なんで今さら……)
閉じ込めていたものが、胸の奥から表れた気がした。
***
「おまえ、俺の女になりてえか?」
唐突なトモの発言に、聡子は驚いた様子だったが、しばらくの沈黙の後、否定した。
「……いいえ」
まさかの答えに、トモは少し狼狽した。
きっと「なりたいです」と言ってくれると思っていたのに。
「もうあなたとは関係ありません、安心して下さい」
これまでいろいろありがとうございました、と聡子は冷たく言った。
「それじゃ。さようなら」
と頭を下げる。
「待て」
と、トモが聡子を追いかけ、背後から抱きしめた。
ギョッとして立ち止まる。
「おまえ、俺の女になれ」
「お断りします、離して下さい」
「おまえ、俺に惚れてんだろ」
「いつの話ですか。そうだったとしても、過去の話です」
「前に、俺の女になりたいって……言い掛けてただろ」
「気のせいです。言おうとしたことがあったかもしれませんが、あなたが最後まで言わせませんでしたよ」
失礼します、と言う聡子を引き留めるトモだ。
「俺の女になれよ」
「嫌だって言ってるじゃないですか」
「嫌だとは言わせない」
「わたしが断らないとでも?」
「……気の強い女は嫌いじゃねえ。俺の女になれよ」
「…………」
聡子は唇をかむ。
「もう一度おまえを惚れさせる」
「大した自信ですね」
「俺は、女には深入りしないように、特定の女とは付き合わないようにしてた」
「でも不特定多数の女の人と遊びでホテルは行くんですよね」
「相手も俺も割り切った関係で納得してたからな。そのほうが、都合がよかった」
「…………」
「おまえと寝てからは、やってねえよ……あんまり」
嘘をついた、とトモは最後に付け足した。
「わたしみたいなお子さまじゃなくて、もっと大人の女性、トモさんなら引く手数多じゃないんですか。隣にいる女の人、毎回違うし……胸のおっきい人ばっかり。わたしじゃなくてもいいじゃないですか」
「俺の女になってくれ」
「嫌です。なんで……なんで今更……」
まさか、とトモは呟く。
「男ができたの……か?」
裕美ママは否定していたが、あの男ともう付き合い始めているのかもしれない。
「だったらどうなんですか」
「奪うだけだ」
「なんですかそれ。もうわたしがあなたのものになる前提ですか」
「そうだ」
無茶苦茶自分勝手ですね、と聡子は突っかかった。トモの腕をすり抜け、正面に立つ。
「ああ、自分勝手だ。俺も自分でそう思う」
「開き直りましたね」
呆れたように彼女は言う。
「で、男はどんなやつだ……」
「どんなやつって」
「あいつか? 酒造会社の御曹司の……」
「そんなわけないじゃないですかっ」
聡子はキッとトモを睨み返す。
トモは少し安堵した。
(思い違いだったか……)
「トモさんは、もう俺の前に現れるな、って言った時も、もうおまえとは会わないって言った時も、トモさんのほうから現れたじゃないですか。わたしは忘れようとしてたのに……閉じこめようとした気持ちをこじあけてきて……ここまで弄んで……何なんですか」
そうだ──血を流しながら自分が言った、忘れろ、と。もうおまえとは会わないと言って最後のつもりでセックスをした。なのに、自分から彼女に近づいた。一度目は偶然とはいえ自分から、今日も……自ら彼女を探した。
「悪かった」
「いつだってそう、悪かった、って言って……」
聡子は睨みながら、涙を零し始めた。
「でも、いつだって……いつだって優しかった……」
「優しい……?」
「ファミレスでも、痴漢にあった時も、変なヤクザに怪我させられそうになったときも、男の人に絡まれた時も、いつだって助けてくれて……。ヤクザだかチンピラだかわかんないけど、すっごく優しくしてくれた……」
勝手に好きになったのはわたしだけど、と泣きながら睨んでくる。零れる涙も拭かず、鼻をすすりながら言葉を発する。
「いつも乱暴にするのに、最後の日だけ優しくて……それまでみたいに乱暴にしてくれたら、ひどい人だって思って全身で拒めたのに! ……わたしじゃダメなんだなって……思ってたのに、そんな優しくして、何なんですか」
「違う」
トモは首を振る。
「あんな甘ったるいことしたの、おまえだけだぞ」
乱暴なつもりはなかったが、自分本位だった自覚はあった。特に聡子は気に入っていたし、好き勝手抱いていたとは思っている。
「確かに乱暴にしてたから最後くらいは……とは思ったのは確かだ。荒っぽいことしてたら、俺のことが嫌になるだろうって思ったのもあった」
諦めてもらいたくてひどいことした、と涙まみれの彼女を見下ろした。
「でも、あれからおまえと会わなくなって、やっぱり最後にしたくねえなって、そう思ったんだ」
「……なんで中途半端に優しくするんですか」
聡子は背を向け、手に持っていた着ていたパーカーのポケットからハンカチを出し、顔を拭った。
「そんなつもりはねえけど……」
優しくした覚えはない。だが、彼女には「優しい」と思えるところがあったのだろう。
「俺みたいなヤツを好いてくれる女なんていないと思ってた。いても結局は顔のいい、金のある男の所へ行く女ばっかりで。でもおまえだけは、なんか違うなって思ったのは本当だ……。なんとなく、誰にもおまえを渡したくねえって気になった。おまえが俺以外の男に抱かれるなんてムカつくんだ」
俺の女になってくれ、と彼女の正面に回った。
聡子は俯き、止まらない涙をを零した。ハンカチが追いつかない様子だった。
「なあ、俺の」
「勝手ですよね」
「わかってる。でもおまえを諦めたくない」
「……断らない前提なんでしょう?」
「……ま、まあな」
「いつも強引ですよね」
「……悪い」
「わかりました」
聡子は顔を上げた。
「え」
「いいですよ」
トモは驚いたが、その言葉に、
「ほんとか!」
と喜び、彼女を抱き締めた。
「でも条件があります」
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