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【第1部】12.目撃
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聡子の元気がないと、仲良しホステスのレイナが昼間のショッピングに誘ってくれた。
レイナには頭が上がらない。泥酔した日に泊めてもらった恩がある。彼女は気にしないでと言ってくれるが、礼には礼を尽くさないと気が済まない聡子は、どうにかして彼女に恩以上のものを返したいと思っていた。
普段のレイナはごく普通のOLのようだ。
彼女は世間で言う一流大学に通っていたが、就職できず、バイトをしていた店このまま専属になったという。就職面接でどんなアルバイトをしているのかという質問に、バーでアルバイトをしています、と馬鹿正直に答えてしまったのがいけなかったんだろう、レイナは笑ってそう言っていた。
「佳祐もたぶんそうだよ」
ボーイの圭祐も一流大学の学生で、工学部の優秀な学生だったようだが、なにか焦臭いことに巻き込まれて、その後退学したらしい。詳しくは教えてもらえなかったが、准教授に論文を盗まれた……ようなことを話してくれた。
「そんなことがあっていいんですか」
「よくないよ。学生の論文を自分のものとして発表するなんてね。准教授が教授になれなかったら、結構な運命を辿るらしいよ。捏造した論文も時にはあるって。報じられてないだけなんだなって」
そうなんですか、と聡子は相槌を打った。大学というところは華やかなわけではないのだと知る。
「ミヅキのほうが立派だよね」
「高校出て、真面目に働いて。目的を持って副業もして」
「そんなこと……」
「でも男の趣味はちょっとよくないよね」
とレイナは笑った。
「趣味、ですか……」
「あのヤクザみたいな人、えっと、影山さん? あの人にフラれた?」
バレている。
聡子は背中に汗が流れていくのを感じた。
「フラれたっていうか……一方的に好きになって、勝手に終わっちゃっただけです」
レイナは敏い。嘘をついてもごまかしても無駄だと察し、正直に話した。
「ミヅキには似合わないよ、あんな人。神崎会長の右腕なのかもしれないけど、女にはだらしなさそうだし」
「だらしないみたいですね」
「でしょ? 川村さんのほうがずっとお似合いだと思うけどな。川村さんから何かアプローチあったんでしょ?」
レイナのセンサーはとんでもない。強すぎる。お見通しのようだ。
「あったんですけど……」
「聴かせて!」
すごい勢いで食いついてくる。
少し買い物をしたあとカフェに寄り、テラス席に並んで座っている。
「話すようなことはないんですけど……」
「デートした?」
「ええ、まあ」
二度デートをしたこと。
一度目には交際を申し込まれ、襲われそうになったこと、しぶしぶ行った二度目では、改めて申し込まれ、回答を保留にしていること……レイナに話した。彼女は真剣に話を聴いてくれた。襲われそうになったことについては、怒ってくれた。
「本気だね」
「……はあ」
「ミヅキは? 乗り気じゃない?」
「はい」
「それはどうして?」
「どうして、って……川村さんには釣り合わないと思います。この先嫌な目に遭うのは目に見えてます」
「川村さんが? それともミヅキが?」
矢継ぎ早にレイナは質問を浴びせてくる。しかしその瞳は、興味本位のものではなく、優しい瞳をしていた。
「川村さんがです」
「ミヅキは? もしかしたら嫌な思いしちゃうかもよ?」
「わたしはいいです、別に。川村さんは、自分が守る、って」
「わお。男気あるね。じゃあ、川村さんと付き合ってもいいんじゃない?」
「…………」
「乗り気じゃないのは、影山さんのせい?」
ぴくりと肩を震わせる。
「影山さんの何がいいの? 女癖悪そうで、強面で、口も悪そうだし。川村さんは爽やかイケメンで身元もしっかりしてるし、何よりミヅキのことが好きでいてくれるんだよ」
でも、と聡子は口を挟む。
「すごく優しかったんです」
「優しい?」
「……はい」
聡子は、かつて何度も助けてもらったことを話し、泣き出した。
言葉遣いも素行も悪く、世間一般的には顔もいまいちかもれない。レイナには言えないが、セックスにしか興味のないような男だ。それでも、気遣いを見せてくれたり、小さな土産をくれたり、会った後の別れ際に頭を撫でてくれるところが好きなのだ。
「そっかそっか……ごめんね。人は見かけじゃないんだよね、ミヅキはあの人のいいところ、知ってるんだね」
「フラれてもまだ好きなんです……それなのに川村さんと付き合えなんて」
「ごめんごめん」
レイナは聡子の背中を撫でてくれた。
優しい手だ。
「今日はお姉さんのおごりだ、おいしいもの食べにいこう」
仕事があるのに焼き肉を食べようというレイナに、泣くのを止めた。
「今日はお休みしちゃうよ」
「ええっ」
レイナは欠勤することにしたようだ。
「それにミヅキ、今月誕生日だったよね」
「えっ、よく覚えてらっしゃいますね」
「うん、二十歳の誕生日だったって去年の末近くに話してたから」
そんなこんなで、急遽二人で焼き肉に行くことになった。
去年はトモに祝ってもらったが、もう彼に会うことはない。だが今年は、レイナが誕生日祝いだといって焼肉に誘ってくれている。とても嬉しかった。
焼き肉をたらふく食べた後、長い時間入り浸った。
勤務終わりほど遅くはないが、長時間居座ってしまったようだ。
満腹になったその帰り、聡子はまた見かけてしまった。
「どしたのー」
少し酒の入ったレイナに声をかけられ、無言になってしまう。聡子の視線の先を辿ったレイナが、
「さいってー……」
と呟いた。
──トモだ。
また女が隣にいた。
胸の大きな女がトモと腕を組み、しなだれかかっている。川村と出かけた時に見た女性とは違う気がした。先日の女性は髪が短かったが、今日の女性は髪が長い。
「あれ、影山さんじゃん」
「ですね」
(おっきい……)
何で出くわすんだろう、と聡子は唇をかみしめた。
もう仕事も終わった時間帯なのだろう。
(わたしじゃなくてもやっぱり代わりはたくさんいるってこと)
現実を突きつけられた気がした。
「もっといい男いるよ。あなたに相応しい男は絶対いるから! 川村さんがそうだよ!」
レイナには頭が上がらない。泥酔した日に泊めてもらった恩がある。彼女は気にしないでと言ってくれるが、礼には礼を尽くさないと気が済まない聡子は、どうにかして彼女に恩以上のものを返したいと思っていた。
普段のレイナはごく普通のOLのようだ。
彼女は世間で言う一流大学に通っていたが、就職できず、バイトをしていた店このまま専属になったという。就職面接でどんなアルバイトをしているのかという質問に、バーでアルバイトをしています、と馬鹿正直に答えてしまったのがいけなかったんだろう、レイナは笑ってそう言っていた。
「佳祐もたぶんそうだよ」
ボーイの圭祐も一流大学の学生で、工学部の優秀な学生だったようだが、なにか焦臭いことに巻き込まれて、その後退学したらしい。詳しくは教えてもらえなかったが、准教授に論文を盗まれた……ようなことを話してくれた。
「そんなことがあっていいんですか」
「よくないよ。学生の論文を自分のものとして発表するなんてね。准教授が教授になれなかったら、結構な運命を辿るらしいよ。捏造した論文も時にはあるって。報じられてないだけなんだなって」
そうなんですか、と聡子は相槌を打った。大学というところは華やかなわけではないのだと知る。
「ミヅキのほうが立派だよね」
「高校出て、真面目に働いて。目的を持って副業もして」
「そんなこと……」
「でも男の趣味はちょっとよくないよね」
とレイナは笑った。
「趣味、ですか……」
「あのヤクザみたいな人、えっと、影山さん? あの人にフラれた?」
バレている。
聡子は背中に汗が流れていくのを感じた。
「フラれたっていうか……一方的に好きになって、勝手に終わっちゃっただけです」
レイナは敏い。嘘をついてもごまかしても無駄だと察し、正直に話した。
「ミヅキには似合わないよ、あんな人。神崎会長の右腕なのかもしれないけど、女にはだらしなさそうだし」
「だらしないみたいですね」
「でしょ? 川村さんのほうがずっとお似合いだと思うけどな。川村さんから何かアプローチあったんでしょ?」
レイナのセンサーはとんでもない。強すぎる。お見通しのようだ。
「あったんですけど……」
「聴かせて!」
すごい勢いで食いついてくる。
少し買い物をしたあとカフェに寄り、テラス席に並んで座っている。
「話すようなことはないんですけど……」
「デートした?」
「ええ、まあ」
二度デートをしたこと。
一度目には交際を申し込まれ、襲われそうになったこと、しぶしぶ行った二度目では、改めて申し込まれ、回答を保留にしていること……レイナに話した。彼女は真剣に話を聴いてくれた。襲われそうになったことについては、怒ってくれた。
「本気だね」
「……はあ」
「ミヅキは? 乗り気じゃない?」
「はい」
「それはどうして?」
「どうして、って……川村さんには釣り合わないと思います。この先嫌な目に遭うのは目に見えてます」
「川村さんが? それともミヅキが?」
矢継ぎ早にレイナは質問を浴びせてくる。しかしその瞳は、興味本位のものではなく、優しい瞳をしていた。
「川村さんがです」
「ミヅキは? もしかしたら嫌な思いしちゃうかもよ?」
「わたしはいいです、別に。川村さんは、自分が守る、って」
「わお。男気あるね。じゃあ、川村さんと付き合ってもいいんじゃない?」
「…………」
「乗り気じゃないのは、影山さんのせい?」
ぴくりと肩を震わせる。
「影山さんの何がいいの? 女癖悪そうで、強面で、口も悪そうだし。川村さんは爽やかイケメンで身元もしっかりしてるし、何よりミヅキのことが好きでいてくれるんだよ」
でも、と聡子は口を挟む。
「すごく優しかったんです」
「優しい?」
「……はい」
聡子は、かつて何度も助けてもらったことを話し、泣き出した。
言葉遣いも素行も悪く、世間一般的には顔もいまいちかもれない。レイナには言えないが、セックスにしか興味のないような男だ。それでも、気遣いを見せてくれたり、小さな土産をくれたり、会った後の別れ際に頭を撫でてくれるところが好きなのだ。
「そっかそっか……ごめんね。人は見かけじゃないんだよね、ミヅキはあの人のいいところ、知ってるんだね」
「フラれてもまだ好きなんです……それなのに川村さんと付き合えなんて」
「ごめんごめん」
レイナは聡子の背中を撫でてくれた。
優しい手だ。
「今日はお姉さんのおごりだ、おいしいもの食べにいこう」
仕事があるのに焼き肉を食べようというレイナに、泣くのを止めた。
「今日はお休みしちゃうよ」
「ええっ」
レイナは欠勤することにしたようだ。
「それにミヅキ、今月誕生日だったよね」
「えっ、よく覚えてらっしゃいますね」
「うん、二十歳の誕生日だったって去年の末近くに話してたから」
そんなこんなで、急遽二人で焼き肉に行くことになった。
去年はトモに祝ってもらったが、もう彼に会うことはない。だが今年は、レイナが誕生日祝いだといって焼肉に誘ってくれている。とても嬉しかった。
焼き肉をたらふく食べた後、長い時間入り浸った。
勤務終わりほど遅くはないが、長時間居座ってしまったようだ。
満腹になったその帰り、聡子はまた見かけてしまった。
「どしたのー」
少し酒の入ったレイナに声をかけられ、無言になってしまう。聡子の視線の先を辿ったレイナが、
「さいってー……」
と呟いた。
──トモだ。
また女が隣にいた。
胸の大きな女がトモと腕を組み、しなだれかかっている。川村と出かけた時に見た女性とは違う気がした。先日の女性は髪が短かったが、今日の女性は髪が長い。
「あれ、影山さんじゃん」
「ですね」
(おっきい……)
何で出くわすんだろう、と聡子は唇をかみしめた。
もう仕事も終わった時間帯なのだろう。
(わたしじゃなくてもやっぱり代わりはたくさんいるってこと)
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