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【第1部】6.恋心
1.
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いつでもジャケットを返せるようにしていたが、トモは店に来なくなった。
新しい年になり、それでもまだ姿は見ない。
聡子は正直がっかりした。
(会いたいのになぁ……)
そのかわり、あの川村が各週のようにやってきた。
聡子にプレゼントを贈ろうとしていたが、彼女はことごとく断った。
高い時計もアクセサリーもいらない。
(トモさんがくれたネックレスだけでいい……)
聡子は物欲がさほどない。金は必要だが、それらを買うためのものではない。
ほかのホステスの中には、時計やアクセサリーをプレゼントしてもらったり、個人的にデートに出かけたりしている者もいるようだ。なかには身体を提供している者もいるようだが……皆見てぬ振り、それは自己責任だと考えているようだった。ママも何も言わない。
「まだ見習いの身ですので」
聡子はトモのくれたネックレスをとても大切にしている。いつもそのネックレスを付けていたのに川村は気づいたらしく、派手なアクセサリーを用意してきたが、やはり聡子は受け取らなかった。
「ミヅキちゃんが何も欲しいものがないっていうから、今日はこういうのを持ってきたよ」
川村は諦めたのか、今度は自社製品の甘酒を持ってきた。入店時にママに断りを入れているらしい。酒造会社の専務だけあって、宣伝も兼ねており、その辺は抜かりがない。
「アルコールは飛ばしているから、お酒がダメな人でも飲めるよ」
「それなら……少しいただきます」
川村は甘酒のボトルを振ったあと開封する。聡子はグラスを二つ用意し、川村が注いでくれた。
「感想をきかせてね」
と言われ聡子はそれには素直に応じた。
麹の香りが強かったが、飲みやすく美味しいと思えた。正直なところ味には無頓着な聡子だったので、繕うことなく素直に感想を述べた。
川村は上機嫌な様子で、聡子の感想に耳を傾けていた。
「ね、ミヅキちゃん、週末の昼間は空いてる? 僕、珍しく出張もないし、時間があれば……他社の酒造カフェに行こうと思ってるんだけど。偵察みたいな感じでさ。一人じゃあなんだし、あの……よかったら一緒にどうかなと思って……」
川村がごくりと息をのみ、拳をぎゅっと握っている。
彼なりに意を決して「ミヅキ」をプライベートに誘っているようだ。
えっ、と聡子は一瞬川村を見たが、彼は社交辞令で言っているわけでもないようだ。
(どうしよう)
「あの、遠慮させていただけますか。……お客様とあまり親密になってはいけないもので」
聡子は断った。
「そっか……なら仕方ないね」
親密になってはいけない、なんて決まりはない。ママも大目に見てくれるはずだ。客と恋仲になったホステスも過去にはいたようだし、割り切った「親密」な関係の間柄になった者もいたという。ここはいかがわしい店はないため、迷惑をかけないのなら、とママが見て見ぬふりをしてくれていると聞いた。
「またの機会に」
会社にかかってくる営業電話を撃退する際の最後に言う言葉のようだ。
それからは気まずくなったのか、少し飲んだ後、川村は引き上げて行った。とぼとぼ帰ってゆく後ろ姿を見送った。
聡子はため息しか出ない。
「最近全然ヘルプじゃないな……ヘルプのほうが勉強になるのに……」
トモ以外興味がない聡子だった。
聡子は、この店では虐められるようなこともなく、先輩ホステスたちとうまくやっているほうだと思っている。寧ろ、可愛がられているのだが、聡子はそこまで自惚れてはいなかった。
身の程を弁えていることは好感を持たれ、化粧に無頓着なところが、先輩たちの餌食になっていた。
「もっと可愛くしてあげる」
そう言って、薄い化粧を濃くされたり、
「ネイルしてあげる」
ネイリストを目指しているホステスには、練習台にされていた。
「ミヅキは元がいいから、そんなに濃くしなくてもいいけど、こんな薄暗いライトの下じゃ、映えないよ」
同世代の女性が職場にはいないし、それが不満ではないが、交流がないのでここにくるのは楽しかった。そして何より働きやすい。先輩たちの話も楽しい。
社会勉強も出来るし、聡子は夜の自分を楽しんでいた。
新しい年になり、それでもまだ姿は見ない。
聡子は正直がっかりした。
(会いたいのになぁ……)
そのかわり、あの川村が各週のようにやってきた。
聡子にプレゼントを贈ろうとしていたが、彼女はことごとく断った。
高い時計もアクセサリーもいらない。
(トモさんがくれたネックレスだけでいい……)
聡子は物欲がさほどない。金は必要だが、それらを買うためのものではない。
ほかのホステスの中には、時計やアクセサリーをプレゼントしてもらったり、個人的にデートに出かけたりしている者もいるようだ。なかには身体を提供している者もいるようだが……皆見てぬ振り、それは自己責任だと考えているようだった。ママも何も言わない。
「まだ見習いの身ですので」
聡子はトモのくれたネックレスをとても大切にしている。いつもそのネックレスを付けていたのに川村は気づいたらしく、派手なアクセサリーを用意してきたが、やはり聡子は受け取らなかった。
「ミヅキちゃんが何も欲しいものがないっていうから、今日はこういうのを持ってきたよ」
川村は諦めたのか、今度は自社製品の甘酒を持ってきた。入店時にママに断りを入れているらしい。酒造会社の専務だけあって、宣伝も兼ねており、その辺は抜かりがない。
「アルコールは飛ばしているから、お酒がダメな人でも飲めるよ」
「それなら……少しいただきます」
川村は甘酒のボトルを振ったあと開封する。聡子はグラスを二つ用意し、川村が注いでくれた。
「感想をきかせてね」
と言われ聡子はそれには素直に応じた。
麹の香りが強かったが、飲みやすく美味しいと思えた。正直なところ味には無頓着な聡子だったので、繕うことなく素直に感想を述べた。
川村は上機嫌な様子で、聡子の感想に耳を傾けていた。
「ね、ミヅキちゃん、週末の昼間は空いてる? 僕、珍しく出張もないし、時間があれば……他社の酒造カフェに行こうと思ってるんだけど。偵察みたいな感じでさ。一人じゃあなんだし、あの……よかったら一緒にどうかなと思って……」
川村がごくりと息をのみ、拳をぎゅっと握っている。
彼なりに意を決して「ミヅキ」をプライベートに誘っているようだ。
えっ、と聡子は一瞬川村を見たが、彼は社交辞令で言っているわけでもないようだ。
(どうしよう)
「あの、遠慮させていただけますか。……お客様とあまり親密になってはいけないもので」
聡子は断った。
「そっか……なら仕方ないね」
親密になってはいけない、なんて決まりはない。ママも大目に見てくれるはずだ。客と恋仲になったホステスも過去にはいたようだし、割り切った「親密」な関係の間柄になった者もいたという。ここはいかがわしい店はないため、迷惑をかけないのなら、とママが見て見ぬふりをしてくれていると聞いた。
「またの機会に」
会社にかかってくる営業電話を撃退する際の最後に言う言葉のようだ。
それからは気まずくなったのか、少し飲んだ後、川村は引き上げて行った。とぼとぼ帰ってゆく後ろ姿を見送った。
聡子はため息しか出ない。
「最近全然ヘルプじゃないな……ヘルプのほうが勉強になるのに……」
トモ以外興味がない聡子だった。
聡子は、この店では虐められるようなこともなく、先輩ホステスたちとうまくやっているほうだと思っている。寧ろ、可愛がられているのだが、聡子はそこまで自惚れてはいなかった。
身の程を弁えていることは好感を持たれ、化粧に無頓着なところが、先輩たちの餌食になっていた。
「もっと可愛くしてあげる」
そう言って、薄い化粧を濃くされたり、
「ネイルしてあげる」
ネイリストを目指しているホステスには、練習台にされていた。
「ミヅキは元がいいから、そんなに濃くしなくてもいいけど、こんな薄暗いライトの下じゃ、映えないよ」
同世代の女性が職場にはいないし、それが不満ではないが、交流がないのでここにくるのは楽しかった。そして何より働きやすい。先輩たちの話も楽しい。
社会勉強も出来るし、聡子は夜の自分を楽しんでいた。
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