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【第1部】5.誕生日
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聡子がいつものようにヘルプに入っていると、
「指名が入ったわ」
とママが詰め寄って来た。
しかしトモではないらしい。トモの場合は、こんなに詰め寄っては来ない。
「酒造会社の専務。現社長の後継者の川村さん。次期社長ってことね。お得意様の法人様よ。ここのいくつかのお酒もそちらから直接仕入させていただいているのよ。いつもは社長とご一緒なのに今日は専務お一人でいらしてて、ミヅキを指名しているの」
「……あの、どなかたと間違えられてるんじゃないでしょうか? わたしは全く指名される覚えがないんですけど」
トモの時も、初回は同じように断った。が、蓋を開けてみれば過去に会ったことのある人物だった、という結果だった。しかし酒造会社の取締役に伝はない。昼間の仕事でも関わったこともないし、もしあったとすれば尚更顔を出すわけにはいかない。素性をばらしてはいけないのだから。考えてみても、やはり身に覚えがない。
「そう思って、別の子を行かせたら違うって言うのね。そしたら『あのいつも雑用をしている女の子だ』っておっしゃるから……あなたのことだと思って」
「はあ……」
「あの子は見習いで、まだテーブルに付かせられません、って言ったら『でも先日ご来店の際に、あなたが客の相手をしているのを見た、自分のテーブルにも連れてきてほしい』ってしきりに」
「んー……わたしは指名される覚えがないのですけど。でもこのままだとママも姉さんたちも困るだけですし、ちょっと顔を出してきます」
「頼むわね。佳祐に言っておくから」
テーブルにつくと、二十代後半と思われるさわやかな青年がそこにいた。おそらく、トモと同じくらいと思われたが、明らかにトモとは全く違う世界の人だと思った。明るい店内ではないが、ジャケットを着こなしている姿に、これは仕事が出来る人だなと思った。
「いらっしゃいませ。見習いのミヅキと申します」
「待っていました。あなたとお話したいと思って。見習いだからと断られましたけど、可愛い人だったので興味がわいて、ずっとお話したくて」
「え!?」
少しお待ち下さい、と聡子はママたちの元へ戻る。
「ママ、わたしで間違いないそうなんですけど……どうしましょうか」
「見習いなのを承知のようだし……」
あなたなら大丈夫でしょう、と聡子に行かせた。
「佳祐、前の時みたくよく見ておいて。まあ、あの方と違って素性もしっかりしてるし、妙なことはされないと思うけど。誰かヘルプに入る準備して」
あの方、というのがトモのことだと察した。
(確かにトモさんは……)
ヤクザだけど、と胸がもやもやしています。
「わかりました。何かあればすぐ伝えます」
ボーイの佳祐が言った。
「では、対応してきます」
──酒造会社の専務・川村光輝。
なぜ聡子を指名して付かせたのか、さっぱりわからない。
着飾っているとはいえ、ホステスのなかでも地味なほうだ。本来は陰に徹する彼女だが、繁忙時間帯に時々出てくる聡子に興味がわいたらしい。
聡子本人は地味だと思ってはいるが、ベビーフェイスで男好きする顔立ちであることを本人だけは気づいていないのだが。トモに言われたことを理解していない本人なのだ。
さきほどママも言っていたが、川村光輝は酒造会社の専務取締役だという。だからと言って地位をひけらかすわけでもなく、次期社長であることをアピールするわけでもなかった。それよりも、仕事の酒造りのことを熱く語ってくれた。正直酒を飲まない聡子にはさっぱりわからない。
この店の酒のいくつかも、この川村酒造の清酒や焼酎を置いている。間に問屋が入らず、直接卸していることも、来店の要素のようだ。この会社の営業が直接訪問することがあったと後でママや先輩に教えてもうことになるのだが。
もう一人、先輩ホステスがテーブルについたが、しばらくすると他のテーブルに付くために下がっていき、聡子一人だけになった。トモの時と同じ状況だ。何か良くないことが起こりそうでも、この店には優秀なボーイがいるから安心できる。
「あまり、お酒には興味がありませんか?」
相槌しか打たない聡子に、申し訳なさそうに川村は言った。
「そういう訳ではないのですが、もしそういうふうに見えてしまったのでしたらお詫びします」
お酒が苦手なんです、と聡子は正直に話した。少し前に二十歳になったばかりだとは言えない。
「失礼しました。ホステスさんはお酒が強いイメージがあったので」
確かにこの店の従業員は皆酒が強い。
川村が経営の話をし出すと、聡子は少し興味がわいた。聡子も昼間は会社勤めをしているし、会計については少しだけわかるつもりだし、興味がある。聡子の数字に関心があることに気付いた川村は、ますます聡子に興味を持ったようだ。
会話のなかで悟ったのか、川村が、
「ミヅキさんは、計算が早いんですね」
そう言った。パーセンテージや原価についての話題になったときに、咄嗟に聡子が計算をしたからだ。
「あなたのような人は、財務や経理事務に向いているんじゃないですか」
「……どうでしょうね」
「何か資格は?」
「簿記や電卓はそれなりにできますけども」
「パソコンは」
「情報処理はやっていました」
「すごいな」
あなたが大学生なら、是非うちに就活に来てほしいくらいだ、と絶賛。
「いえ……わたしは大学生ではないので」
「では専門学校生さんですか?」
「いえ……」
あまり素性を話さないようにしないと、と聡子は話を遮った。
「あのう、……酒造といいますと、新しい商品の開発などもされているのでしょうか」
「ええ、日々新しいものを考えていますよ。興味がお有りで?」
聡子はなんとか遮った。
「指名が入ったわ」
とママが詰め寄って来た。
しかしトモではないらしい。トモの場合は、こんなに詰め寄っては来ない。
「酒造会社の専務。現社長の後継者の川村さん。次期社長ってことね。お得意様の法人様よ。ここのいくつかのお酒もそちらから直接仕入させていただいているのよ。いつもは社長とご一緒なのに今日は専務お一人でいらしてて、ミヅキを指名しているの」
「……あの、どなかたと間違えられてるんじゃないでしょうか? わたしは全く指名される覚えがないんですけど」
トモの時も、初回は同じように断った。が、蓋を開けてみれば過去に会ったことのある人物だった、という結果だった。しかし酒造会社の取締役に伝はない。昼間の仕事でも関わったこともないし、もしあったとすれば尚更顔を出すわけにはいかない。素性をばらしてはいけないのだから。考えてみても、やはり身に覚えがない。
「そう思って、別の子を行かせたら違うって言うのね。そしたら『あのいつも雑用をしている女の子だ』っておっしゃるから……あなたのことだと思って」
「はあ……」
「あの子は見習いで、まだテーブルに付かせられません、って言ったら『でも先日ご来店の際に、あなたが客の相手をしているのを見た、自分のテーブルにも連れてきてほしい』ってしきりに」
「んー……わたしは指名される覚えがないのですけど。でもこのままだとママも姉さんたちも困るだけですし、ちょっと顔を出してきます」
「頼むわね。佳祐に言っておくから」
テーブルにつくと、二十代後半と思われるさわやかな青年がそこにいた。おそらく、トモと同じくらいと思われたが、明らかにトモとは全く違う世界の人だと思った。明るい店内ではないが、ジャケットを着こなしている姿に、これは仕事が出来る人だなと思った。
「いらっしゃいませ。見習いのミヅキと申します」
「待っていました。あなたとお話したいと思って。見習いだからと断られましたけど、可愛い人だったので興味がわいて、ずっとお話したくて」
「え!?」
少しお待ち下さい、と聡子はママたちの元へ戻る。
「ママ、わたしで間違いないそうなんですけど……どうしましょうか」
「見習いなのを承知のようだし……」
あなたなら大丈夫でしょう、と聡子に行かせた。
「佳祐、前の時みたくよく見ておいて。まあ、あの方と違って素性もしっかりしてるし、妙なことはされないと思うけど。誰かヘルプに入る準備して」
あの方、というのがトモのことだと察した。
(確かにトモさんは……)
ヤクザだけど、と胸がもやもやしています。
「わかりました。何かあればすぐ伝えます」
ボーイの佳祐が言った。
「では、対応してきます」
──酒造会社の専務・川村光輝。
なぜ聡子を指名して付かせたのか、さっぱりわからない。
着飾っているとはいえ、ホステスのなかでも地味なほうだ。本来は陰に徹する彼女だが、繁忙時間帯に時々出てくる聡子に興味がわいたらしい。
聡子本人は地味だと思ってはいるが、ベビーフェイスで男好きする顔立ちであることを本人だけは気づいていないのだが。トモに言われたことを理解していない本人なのだ。
さきほどママも言っていたが、川村光輝は酒造会社の専務取締役だという。だからと言って地位をひけらかすわけでもなく、次期社長であることをアピールするわけでもなかった。それよりも、仕事の酒造りのことを熱く語ってくれた。正直酒を飲まない聡子にはさっぱりわからない。
この店の酒のいくつかも、この川村酒造の清酒や焼酎を置いている。間に問屋が入らず、直接卸していることも、来店の要素のようだ。この会社の営業が直接訪問することがあったと後でママや先輩に教えてもうことになるのだが。
もう一人、先輩ホステスがテーブルについたが、しばらくすると他のテーブルに付くために下がっていき、聡子一人だけになった。トモの時と同じ状況だ。何か良くないことが起こりそうでも、この店には優秀なボーイがいるから安心できる。
「あまり、お酒には興味がありませんか?」
相槌しか打たない聡子に、申し訳なさそうに川村は言った。
「そういう訳ではないのですが、もしそういうふうに見えてしまったのでしたらお詫びします」
お酒が苦手なんです、と聡子は正直に話した。少し前に二十歳になったばかりだとは言えない。
「失礼しました。ホステスさんはお酒が強いイメージがあったので」
確かにこの店の従業員は皆酒が強い。
川村が経営の話をし出すと、聡子は少し興味がわいた。聡子も昼間は会社勤めをしているし、会計については少しだけわかるつもりだし、興味がある。聡子の数字に関心があることに気付いた川村は、ますます聡子に興味を持ったようだ。
会話のなかで悟ったのか、川村が、
「ミヅキさんは、計算が早いんですね」
そう言った。パーセンテージや原価についての話題になったときに、咄嗟に聡子が計算をしたからだ。
「あなたのような人は、財務や経理事務に向いているんじゃないですか」
「……どうでしょうね」
「何か資格は?」
「簿記や電卓はそれなりにできますけども」
「パソコンは」
「情報処理はやっていました」
「すごいな」
あなたが大学生なら、是非うちに就活に来てほしいくらいだ、と絶賛。
「いえ……わたしは大学生ではないので」
「では専門学校生さんですか?」
「いえ……」
あまり素性を話さないようにしないと、と聡子は話を遮った。
「あのう、……酒造といいますと、新しい商品の開発などもされているのでしょうか」
「ええ、日々新しいものを考えていますよ。興味がお有りで?」
聡子はなんとか遮った。
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