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【第1部】2.再会
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しおりを挟む いつの間にか会計をすませたのか、トモがいなくなっていた。いい加減返さなければいけないものがある。
「あの席にいた人は?」
「今帰られたよ」
ちょうど店を出たばかりのようで、ロッカーから荷物を取ってくると、彼の後ろ姿を追いかけた。
「あの……!」
聡子が大きな声で言うと、トモが振り返った。
やはり帰るところのようで、駐車場の車に向かっているところだった。
「どうした? ちゃんと金は払ったぞ」
「そうじゃなくて……!」
これを、と聡子は紙袋を差し出した。
その中には以前に押し付けられ……もとい、借りたハンカチと茶封筒、そして自分で作った焼き菓子が入っている。茶封筒にはタクシーに乗る際に借りた一万円札を入れていた。
「先日お借りしていたハンカチとお金です」
押し付けるように差し出した聡子の勢いに、トモは思わず手に取ってしまった様子だ。
「先日はありがとうございました。お礼が遅くなってすみません」
「ああ、いつかのハンカチか。捨てていいって言ったのに」
「それだけじゃなくて、お金もです。礼には礼を……」
トモは小さく笑って、袋を掲げて受け取った。
「マジで別にいいのにな。嬢ちゃんの親御さんの躾、いいんだろうな」
「そういうわけでは……」
確かに母親は「きちんと礼を尽くすように」ということをよく言っており、聡子は自然と身についていたようだ。
「どっちも嬢ちゃんにやったもんなのにな」
「いえ、わたしはお借りしたものだと思ってましたから。高そうなハンカチだったので。も、もし彼女さんからのプレゼントとかだったら申し訳ないし」
「別にそんなんじゃねえけどなあ」
ハンカチが「そんなんじゃねえ」のか、くれた相手が「そんなんじゃねえ」のかはわからないが、どちらにせよ捨ててしまったら聡子の夢見が悪くなる。自分がされて嫌なことを人にしてはいけないのだ。
「ぞんざいにしたくなかったので」
「もらいもんだけどだなあ」
やはりプレゼントされた物のようだ。聡子の予想は当たった。
「だったら尚更……彼女さんからとかですよね」
「んー……女にもらったものだったとは思うけど、別に彼女とかじゃねえし。だいたいどの女にもらったもんかもわかんねえなあ」
(うわ、最低最悪発言)
どんだけ女を替えてんですか、と言いかけて口を噤む。
「あと、お金もお借りしたものなので……! それに、たとえくれると言われても、反社会的勢力の人のお金は受け取れません、それだけです!」
聡子がカッと目を見開いて言うと、トモは真顔で見返してきた。
ぽかんとした顔だったが、ややあって笑い出した。
「はははっ、ほんとに気の強え嬢ちゃんだな!」
「……何かにつけて『気が強い』っておっしゃいますね」
聡子はむっとした表情で、少し口を尖らせた。
「あはは、悪い悪い」
なんで知らない人に馬鹿にされなきゃいけないの、と歯を強く噛み、トモを見上げた。彼は可笑しそうに笑うが、聡子は不快だった。
「悪かったよ」
強面だが、笑うとごくごく普通の男性だと思った。
「ごめんな。気を悪くしたら詫びる」
「気を悪くしないほうがおかしいです」
「別に気が強いのが悪いわけじゃないし、馬鹿にしてるわけじゃないよ。俺は気が強い女は好みだからな」
「え……」
尖らせた口が緩む。
「好み……」
「気の強い女って、芯の強い性格のやつも多いし、わかりやすい性格の女が多いから、一緒にいても気が楽なんだよな。あんたがガキじゃなきゃ、気に入っただろうなと思って。心配すんな、ガキに興味はないよ。結構守備範囲広いほうだけど、下はやっぱ高校生より上だな。捕まりたくない」
「あっあっ、あなたの好みなんて……どうでもいいです!」
「そりゃそうだな」
なんなの、と聡子は不快指数が上昇していくのを感じた。
トモはもう一度紙袋の中を覗き込み、ラッピングされたものを取り出した。聡子が焼いたブラウニーが入っている。今の時点で、入れるんじゃなかった、と後悔した。
「これは?」
「わたしが焼いたブラウニーです。そんな上手ではないですけど」
「嬢ちゃんのお手製か?」
聡子は頷く。
「……お口に合うかはわかりませんけど。てか合いませんよね、返して下さい」
聡子が手を伸ばすと、ひょいと掲げた。身長差が悔しい結果となった。この男は背が高い。
「おっと」
トモは笑う。
「こういうのは、好きな男にやるもんだろ。手作りの菓子なんてもんはよ」
「うっ……」
「あ、彼氏いないんだったな」
「……いませんよ」
「男に疎そうな嬢ちゃんだから、そんなこと考えてなさそうだけど」
「……そうですね、何も考えてませんでした。ということで、すみませんがそれ、返してもらっていいですか」
聡子はもう一度手を伸ばした。
背の高いトモはひょいと簡単にかわし、
「せっかくだから、ありがたくもらうよ。俺のために作ってくれたんだろ」
「…………」
「行為は無駄にするもんじゃないからな」
と笑った。
その笑い方は、聡子には「嬉しそう」に見えた気がしたが、気のせいだなと思うことにした。
「たくさんの人からもらってるでしょうに……」
「まあな。わかるか?」
「ほら」
「でも手作りは初めてかな。こういうのって嬉しいもんだな」
「嬉しい……んですか」
「おう」
気のせいじゃなかったのか、と聡子は心の中に温かいものが流れていくのを感じた。
「大体の女は、自分の身体を差し出してくるからな」
「……え」
聡子の目は半開きになる。
温かいものは、一瞬にして冷たい激流に変わった。
「返して下さい」
三度手を伸ばすが、同じようにかわされた。
「刺激的だったか?」
「返せ!」
「揶揄うと面白いな」
「揶揄ったんですか! ムカつく!」
もう二度と店に来るな、と言いたかったが、取りあえず返すものを返すことが出来、安堵したことで言うのはやめておいた。そんなことを言ったら、また子供だと馬鹿にされるのは目に見えている。
「じゃあな、また寄るわ」
「ありがとうございました」
また来る気なんだ、と聡子は見送りながらため息をついた。
それからも、トモは本当に聡子のバイト先のファミレスに現れた。
どうやら時々聡子のいない時にも来店して、食事をしているらしい。副店長の吉田や、香山茜が話してくれた。茜は対応するのが嫌だったようだが、特に何も言われることもないので気にしなくなったと話した。
話しかけるのは聡子にだけのようだ。
彼はヤクザだかチンピラだか、いわゆる反社の人間だと思われたが、どうも調子が狂うようなところがあった。ヤクザであることを忘れてしまうくらい、聡子はトモに対しての恐怖心が薄らいでいた。
「あの席にいた人は?」
「今帰られたよ」
ちょうど店を出たばかりのようで、ロッカーから荷物を取ってくると、彼の後ろ姿を追いかけた。
「あの……!」
聡子が大きな声で言うと、トモが振り返った。
やはり帰るところのようで、駐車場の車に向かっているところだった。
「どうした? ちゃんと金は払ったぞ」
「そうじゃなくて……!」
これを、と聡子は紙袋を差し出した。
その中には以前に押し付けられ……もとい、借りたハンカチと茶封筒、そして自分で作った焼き菓子が入っている。茶封筒にはタクシーに乗る際に借りた一万円札を入れていた。
「先日お借りしていたハンカチとお金です」
押し付けるように差し出した聡子の勢いに、トモは思わず手に取ってしまった様子だ。
「先日はありがとうございました。お礼が遅くなってすみません」
「ああ、いつかのハンカチか。捨てていいって言ったのに」
「それだけじゃなくて、お金もです。礼には礼を……」
トモは小さく笑って、袋を掲げて受け取った。
「マジで別にいいのにな。嬢ちゃんの親御さんの躾、いいんだろうな」
「そういうわけでは……」
確かに母親は「きちんと礼を尽くすように」ということをよく言っており、聡子は自然と身についていたようだ。
「どっちも嬢ちゃんにやったもんなのにな」
「いえ、わたしはお借りしたものだと思ってましたから。高そうなハンカチだったので。も、もし彼女さんからのプレゼントとかだったら申し訳ないし」
「別にそんなんじゃねえけどなあ」
ハンカチが「そんなんじゃねえ」のか、くれた相手が「そんなんじゃねえ」のかはわからないが、どちらにせよ捨ててしまったら聡子の夢見が悪くなる。自分がされて嫌なことを人にしてはいけないのだ。
「ぞんざいにしたくなかったので」
「もらいもんだけどだなあ」
やはりプレゼントされた物のようだ。聡子の予想は当たった。
「だったら尚更……彼女さんからとかですよね」
「んー……女にもらったものだったとは思うけど、別に彼女とかじゃねえし。だいたいどの女にもらったもんかもわかんねえなあ」
(うわ、最低最悪発言)
どんだけ女を替えてんですか、と言いかけて口を噤む。
「あと、お金もお借りしたものなので……! それに、たとえくれると言われても、反社会的勢力の人のお金は受け取れません、それだけです!」
聡子がカッと目を見開いて言うと、トモは真顔で見返してきた。
ぽかんとした顔だったが、ややあって笑い出した。
「はははっ、ほんとに気の強え嬢ちゃんだな!」
「……何かにつけて『気が強い』っておっしゃいますね」
聡子はむっとした表情で、少し口を尖らせた。
「あはは、悪い悪い」
なんで知らない人に馬鹿にされなきゃいけないの、と歯を強く噛み、トモを見上げた。彼は可笑しそうに笑うが、聡子は不快だった。
「悪かったよ」
強面だが、笑うとごくごく普通の男性だと思った。
「ごめんな。気を悪くしたら詫びる」
「気を悪くしないほうがおかしいです」
「別に気が強いのが悪いわけじゃないし、馬鹿にしてるわけじゃないよ。俺は気が強い女は好みだからな」
「え……」
尖らせた口が緩む。
「好み……」
「気の強い女って、芯の強い性格のやつも多いし、わかりやすい性格の女が多いから、一緒にいても気が楽なんだよな。あんたがガキじゃなきゃ、気に入っただろうなと思って。心配すんな、ガキに興味はないよ。結構守備範囲広いほうだけど、下はやっぱ高校生より上だな。捕まりたくない」
「あっあっ、あなたの好みなんて……どうでもいいです!」
「そりゃそうだな」
なんなの、と聡子は不快指数が上昇していくのを感じた。
トモはもう一度紙袋の中を覗き込み、ラッピングされたものを取り出した。聡子が焼いたブラウニーが入っている。今の時点で、入れるんじゃなかった、と後悔した。
「これは?」
「わたしが焼いたブラウニーです。そんな上手ではないですけど」
「嬢ちゃんのお手製か?」
聡子は頷く。
「……お口に合うかはわかりませんけど。てか合いませんよね、返して下さい」
聡子が手を伸ばすと、ひょいと掲げた。身長差が悔しい結果となった。この男は背が高い。
「おっと」
トモは笑う。
「こういうのは、好きな男にやるもんだろ。手作りの菓子なんてもんはよ」
「うっ……」
「あ、彼氏いないんだったな」
「……いませんよ」
「男に疎そうな嬢ちゃんだから、そんなこと考えてなさそうだけど」
「……そうですね、何も考えてませんでした。ということで、すみませんがそれ、返してもらっていいですか」
聡子はもう一度手を伸ばした。
背の高いトモはひょいと簡単にかわし、
「せっかくだから、ありがたくもらうよ。俺のために作ってくれたんだろ」
「…………」
「行為は無駄にするもんじゃないからな」
と笑った。
その笑い方は、聡子には「嬉しそう」に見えた気がしたが、気のせいだなと思うことにした。
「たくさんの人からもらってるでしょうに……」
「まあな。わかるか?」
「ほら」
「でも手作りは初めてかな。こういうのって嬉しいもんだな」
「嬉しい……んですか」
「おう」
気のせいじゃなかったのか、と聡子は心の中に温かいものが流れていくのを感じた。
「大体の女は、自分の身体を差し出してくるからな」
「……え」
聡子の目は半開きになる。
温かいものは、一瞬にして冷たい激流に変わった。
「返して下さい」
三度手を伸ばすが、同じようにかわされた。
「刺激的だったか?」
「返せ!」
「揶揄うと面白いな」
「揶揄ったんですか! ムカつく!」
もう二度と店に来るな、と言いたかったが、取りあえず返すものを返すことが出来、安堵したことで言うのはやめておいた。そんなことを言ったら、また子供だと馬鹿にされるのは目に見えている。
「じゃあな、また寄るわ」
「ありがとうございました」
また来る気なんだ、と聡子は見送りながらため息をついた。
それからも、トモは本当に聡子のバイト先のファミレスに現れた。
どうやら時々聡子のいない時にも来店して、食事をしているらしい。副店長の吉田や、香山茜が話してくれた。茜は対応するのが嫌だったようだが、特に何も言われることもないので気にしなくなったと話した。
話しかけるのは聡子にだけのようだ。
彼はヤクザだかチンピラだか、いわゆる反社の人間だと思われたが、どうも調子が狂うようなところがあった。ヤクザであることを忘れてしまうくらい、聡子はトモに対しての恐怖心が薄らいでいた。
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