大人の恋愛の始め方

文字の大きさ
上 下
13 / 222
【第1部】2.再会

しおりを挟む
 いつの間にか会計をすませたのか、トモがいなくなっていた。いい加減返さなければいけないものがある。
「あの席にいた人は?」
「今帰られたよ」
 ちょうど店を出たばかりのようで、ロッカーから荷物を取ってくると、彼の後ろ姿を追いかけた。
「あの……!」
 聡子が大きな声で言うと、トモが振り返った。
 やはり帰るところのようで、駐車場の車に向かっているところだった。
「どうした? ちゃんと金は払ったぞ」
「そうじゃなくて……!」
 これを、と聡子は紙袋を差し出した。
 その中には以前に押し付けられ……もとい、借りたハンカチと茶封筒、そして自分で作った焼き菓子が入っている。茶封筒にはタクシーに乗る際に借りた一万円札を入れていた。
「先日お借りしていたハンカチとお金です」
 押し付けるように差し出した聡子の勢いに、トモは思わず手に取ってしまった様子だ。
「先日はありがとうございました。お礼が遅くなってすみません」
「ああ、いつかのハンカチか。捨てていいって言ったのに」
「それだけじゃなくて、お金もです。礼には礼を……」
 トモは小さく笑って、袋を掲げて受け取った。
「マジで別にいいのにな。嬢ちゃんの親御さんの躾、いいんだろうな」
「そういうわけでは……」
 確かに母親は「きちんと礼を尽くすように」ということをよく言っており、聡子は自然と身についていたようだ。
「どっちも嬢ちゃんにやったもんなのにな」
「いえ、わたしはお借りしたものだと思ってましたから。高そうなハンカチだったので。も、もし彼女さんからのプレゼントとかだったら申し訳ないし」
「別にそんなんじゃねえけどなあ」
 ハンカチが「そんなんじゃねえ」のか、くれた相手が「そんなんじゃねえ」のかはわからないが、どちらにせよ捨ててしまったら聡子の夢見が悪くなる。自分がされて嫌なことを人にしてはいけないのだ。
「ぞんざいにしたくなかったので」
「もらいもんだけどだなあ」
 やはりプレゼントされた物のようだ。聡子の予想は当たった。
「だったら尚更……彼女さんからとかですよね」
「んー……女にもらったものだったとは思うけど、別に彼女とかじゃねえし。だいたいどの女にもらったもんかもわかんねえなあ」
(うわ、最低最悪発言)
 どんだけ女を替えてんですか、と言いかけて口を噤む。
「あと、お金もお借りしたものなので……! それに、たとえくれると言われても、反社会的勢力の人のお金は受け取れません、それだけです!」
 聡子がカッと目を見開いて言うと、トモは真顔で見返してきた。
 ぽかんとした顔だったが、ややあって笑い出した。
「はははっ、ほんとに気の強え嬢ちゃんだな!」
「……何かにつけて『気が強い』っておっしゃいますね」
 聡子はむっとした表情で、少し口を尖らせた。
「あはは、悪い悪い」
 なんで知らない人に馬鹿にされなきゃいけないの、と歯を強く噛み、トモを見上げた。彼は可笑しそうに笑うが、聡子は不快だった。
「悪かったよ」
 強面だが、笑うとごくごく普通の男性だと思った。
「ごめんな。気を悪くしたら詫びる」
「気を悪くしないほうがおかしいです」
「別に気が強いのが悪いわけじゃないし、馬鹿にしてるわけじゃないよ。俺は気が強い女は好みだからな」
「え……」
 尖らせた口が緩む。
「好み……」
「気の強い女って、芯の強い性格のやつも多いし、わかりやすい性格の女が多いから、一緒にいても気が楽なんだよな。あんたがガキじゃなきゃ、気に入っただろうなと思って。心配すんな、ガキに興味はないよ。結構守備範囲広いほうだけど、下はやっぱ高校生より上だな。捕まりたくない」
「あっあっ、あなたの好みなんて……どうでもいいです!」
「そりゃそうだな」
 なんなの、と聡子は不快指数が上昇していくのを感じた。
 トモはもう一度紙袋の中を覗き込み、ラッピングされたものを取り出した。聡子が焼いたブラウニーが入っている。今の時点で、入れるんじゃなかった、と後悔した。 
「これは?」
「わたしが焼いたブラウニーです。そんな上手ではないですけど」
「嬢ちゃんのお手製か?」
 聡子は頷く。
「……お口に合うかはわかりませんけど。てか合いませんよね、返して下さい」
 聡子が手を伸ばすと、ひょいと掲げた。身長差が悔しい結果となった。この男は背が高い。
「おっと」
 トモは笑う。
「こういうのは、好きな男にやるもんだろ。手作りの菓子なんてもんはよ」
「うっ……」
「あ、彼氏いないんだったな」
「……いませんよ」
「男に疎そうな嬢ちゃんだから、そんなこと考えてなさそうだけど」
「……そうですね、何も考えてませんでした。ということで、すみませんがそれ、返してもらっていいですか」
 聡子はもう一度手を伸ばした。
 背の高いトモはひょいと簡単にかわし、
「せっかくだから、ありがたくもらうよ。俺のために作ってくれたんだろ」
「…………」
「行為は無駄にするもんじゃないからな」
 と笑った。
 その笑い方は、聡子には「嬉しそう」に見えた気がしたが、気のせいだなと思うことにした。
「たくさんの人からもらってるでしょうに……」
「まあな。わかるか?」
「ほら」
「でも手作りは初めてかな。こういうのって嬉しいもんだな」
「嬉しい……んですか」
「おう」
 気のせいじゃなかったのか、と聡子は心の中に温かいものが流れていくのを感じた。
「大体の女は、自分の身体を差し出してくるからな」
「……え」
 聡子の目は半開きになる。
 温かいものは、一瞬にして冷たい激流に変わった。
「返して下さい」
 三度手を伸ばすが、同じようにかわされた。
「刺激的だったか?」
「返せ!」
「揶揄うと面白いな」
「揶揄ったんですか! ムカつく!」
 もう二度と店に来るな、と言いたかったが、取りあえず返すものを返すことが出来、安堵したことで言うのはやめておいた。そんなことを言ったら、また子供だと馬鹿にされるのは目に見えている。
「じゃあな、また寄るわ」
「ありがとうございました」
 また来る気なんだ、と聡子は見送りながらため息をついた。

 それからも、トモは本当に聡子のバイト先のファミレスに現れた。
 どうやら時々聡子のいない時にも来店して、食事をしているらしい。副店長の吉田や、香山茜が話してくれた。茜は対応するのが嫌だったようだが、特に何も言われることもないので気にしなくなったと話した。
 話しかけるのは聡子にだけのようだ。
 彼はヤクザだかチンピラだか、いわゆる反社の人間だと思われたが、どうも調子が狂うようなところがあった。ヤクザであることを忘れてしまうくらい、聡子はトモに対しての恐怖心が薄らいでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

夫のつとめ

藤谷 郁
恋愛
北城希美は将来、父親の会社を継ぐ予定。スタイル抜群、超美人の女王様風と思いきや、かなりの大食い。好きな男のタイプは筋肉盛りのガチマッチョ。がっつり肉食系の彼女だが、理想とする『夫』は、年下で、地味で、ごくごく普通の男性。 29歳の春、その条件を満たす年下男にプロポーズすることにした。営業二課の幻影と呼ばれる、南村壮二26歳。 「あなた、私と結婚しなさい!」 しかし彼の返事は…… 口説くつもりが振り回されて? 希美の結婚計画は、思わぬ方向へと進むのだった。 ※エブリスタさまにも投稿

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...