11 / 222
【第1部】2.再会
3
しおりを挟む
「本当にありがとうございました」
「気が強い嬢ちゃんでも、やっぱあんな目に遭ったら辛いわな」
「……助かりました」
「おいおい泣くなよ」
「もう泣きません」
泣きそうになったが、ぐっと堪える。
弱みを見せてなるものか、といったふうに。
「バイト帰りか?」
「……はい」
「にしては遅いな」
「今日はお客さんが多かったのと、バイトの人数が少なくて」
「ふーん……。ああ、そうか、クリスマスイブだもんな。みんなデートの予定か。それで嬢ちゃんがイブにバイトか」
「……はい」
なんだか馬鹿にされているような気がしなくもない。
「で、自分の彼氏は? 彼氏よりバイト優先か?」
「…………」
「そんだけ気が強けりゃ彼氏いないんだろうな」
「かっ……彼氏くらい……」
「あ? いるのか」
腹が立つくらい、驚いた顔をしている。
「……いませんね」
「だろうな」
彼はなぜかクククと笑った。
(やっぱり馬鹿にされてる)
失礼な奴だ、と聡子は思ったが、助けてもらった手前そんなことは言えない状況だった。
「気が強い嬢ちゃんだし? 男も逃げてくか?」
「ど、どうせモテませんし」
「ふうん……そうか? 黙ってりゃ結構いけると思うけどなあ」
男は聡子を見下ろし、納得いかないような顔をしている。
「慰めですか」
「そういうつもりもねえけど」
この男に慰められても嬉しくも何ともない。
今日はデートがあると言って、シフトに入れない大学生のバイトが何人かいて、聡子は「時給アップするから」という言葉に乗せられてシフトに入ったのだ。まあどちらにせよ今日はシフトに入っていた日だ。
(ほんとに彼氏いないからいいけど)
この人がたまたま電車に乗っていたから助かったんだもんな、と聡子は男を見返した。でなければ足が竦んだままずっと耐えていたかもしれない。
そもそもこの人がわたしを助ける義理なんてなかっただろうに。
(そういえばこの人……今日は一人なのかな、クリスマスイブなのに)
わたしのことは馬鹿にしておいて、と聡子は男を見上げた。
「あのう……本当にありがとうございました」
「いいよ、別に何度も言わなくてもちゃんと伝わってるからよ」
彼はにっと笑う。
先ほどの馬鹿にされたような笑い方と違って、優しい笑い方だった。
「店じゃ勢いよかったけど、今日はさすがにそんなことはなかったか?」
もし痴漢に遭ったなら、きっと咄嗟の対応が出来ると思っていたが、実際自分がそんな目に遭っても何も出来なかった。しかもこの男がいなかったら、もっとイヤな思いをしていたことだろう。
聡子の目にじわりと涙が浮かぶ。
「お、おい、泣くなよ。悪かったって……」
「ち、違います! 何も出来なかった悔しくて……てか、泣いてなんかいません!」
「マジで気ぃ強ぇな……」
男は苦笑した。
いくつもの笑い方をする男だなと思った。
そういえばこの人の予定は大丈夫なのだろうか。人に言うだけあって、この男はデート帰りか何かなのだろうか、とまた詮索しかけて聡子は首を振る。人の予定なんてどうでもいいことだ。
「なあ、家はここから遠いのか?」
「あと、駅三つです」
ふうん、と男はそれを聞いて少し考えたふうな顔をし、
「……そうか。じゃあ嬢ちゃん、ついて来い」
聡子を促した。
「えっ」
男はすたすたと歩き出す。
彼について行くと、着いたのはタクシー乗り場だ。
「タクシーに乗って帰れ」
「えっ、そんなお金ないし、終バスで帰るんで!」
「送ってやりてぇとこだけど、俺はこれからまだ予定あるからよ」
悪いな、と彼は困った顔をしながら言った。
「予定? デート……とかですか?」
「いや……あー……まあ、そんなとこだと思っとけ」
男はニヤニヤと笑い出した。
「今日はクリスマスイブだぞ? 一体どれだけの男と女が」
「も、もう言わなくていいです!」
「あの痴漢のおっさんもさ、愛し合う相手がいないんだろうよ」
「だからってわたしに痴漢してもどうしようもないでしょう」
気持ち悪さに身震いをした。
「それもそうだな」
「です」
「悪いな、送ってってやりてえけど、女待たせてるんだ。あんたがオレの相手してくれるならあんたに乗り換え……と思ったけど、高校生のガキ相手じゃあ捕まるな」
「はいっ!?」
何を言っているんだろう、と聡子の脳内には無数のクエスチョンマークが浮かんだ。
(下品な男!)
「それより、いいから来い」
一台のタクシーが扉を開けてくれると、聡子はタクシーに押し込まれた。
彼は運転手に一万円を渡すと、
「この子、三つ先の駅近くの家らしいから、その辺りまで頼む。近くまで言ったら家を確認して付近まで乗せてやってほしい」
そう言った。
「えっえっ、待って待って、バスが」
「じゃあな」
男は聡子の頭をぽんぽんと軽く叩き、ドアから離れた。
(子供扱いして……)
そして手を振られた。
(あっ……そうだ! ハンカチ……)
もし会うことがあったら返そうとずっと持っていたハンカチの存在を思い出し、ため息をついた。
「取りあえず今のお兄さんの言うとおりで大丈夫ですか?」
「えっ……っと……あ、はい、お願いします」
聡子は頷いた。
(ハンカチと一万円……借りちゃったよ……)
あのヤクザの人、ヤクザなのに親切だな、と聡子は思った。
そして、
(あんな強面の人でも恋人いるなんて、不公平だ)
と聡子は思った。
(ちょっとだけ親切な人だな……。でも、お金はちゃんと返さなきゃ……だってあの人はヤクザ! ろくなお金じゃないはずだから)
きっとまた会うような気がした聡子だった。
「気が強い嬢ちゃんでも、やっぱあんな目に遭ったら辛いわな」
「……助かりました」
「おいおい泣くなよ」
「もう泣きません」
泣きそうになったが、ぐっと堪える。
弱みを見せてなるものか、といったふうに。
「バイト帰りか?」
「……はい」
「にしては遅いな」
「今日はお客さんが多かったのと、バイトの人数が少なくて」
「ふーん……。ああ、そうか、クリスマスイブだもんな。みんなデートの予定か。それで嬢ちゃんがイブにバイトか」
「……はい」
なんだか馬鹿にされているような気がしなくもない。
「で、自分の彼氏は? 彼氏よりバイト優先か?」
「…………」
「そんだけ気が強けりゃ彼氏いないんだろうな」
「かっ……彼氏くらい……」
「あ? いるのか」
腹が立つくらい、驚いた顔をしている。
「……いませんね」
「だろうな」
彼はなぜかクククと笑った。
(やっぱり馬鹿にされてる)
失礼な奴だ、と聡子は思ったが、助けてもらった手前そんなことは言えない状況だった。
「気が強い嬢ちゃんだし? 男も逃げてくか?」
「ど、どうせモテませんし」
「ふうん……そうか? 黙ってりゃ結構いけると思うけどなあ」
男は聡子を見下ろし、納得いかないような顔をしている。
「慰めですか」
「そういうつもりもねえけど」
この男に慰められても嬉しくも何ともない。
今日はデートがあると言って、シフトに入れない大学生のバイトが何人かいて、聡子は「時給アップするから」という言葉に乗せられてシフトに入ったのだ。まあどちらにせよ今日はシフトに入っていた日だ。
(ほんとに彼氏いないからいいけど)
この人がたまたま電車に乗っていたから助かったんだもんな、と聡子は男を見返した。でなければ足が竦んだままずっと耐えていたかもしれない。
そもそもこの人がわたしを助ける義理なんてなかっただろうに。
(そういえばこの人……今日は一人なのかな、クリスマスイブなのに)
わたしのことは馬鹿にしておいて、と聡子は男を見上げた。
「あのう……本当にありがとうございました」
「いいよ、別に何度も言わなくてもちゃんと伝わってるからよ」
彼はにっと笑う。
先ほどの馬鹿にされたような笑い方と違って、優しい笑い方だった。
「店じゃ勢いよかったけど、今日はさすがにそんなことはなかったか?」
もし痴漢に遭ったなら、きっと咄嗟の対応が出来ると思っていたが、実際自分がそんな目に遭っても何も出来なかった。しかもこの男がいなかったら、もっとイヤな思いをしていたことだろう。
聡子の目にじわりと涙が浮かぶ。
「お、おい、泣くなよ。悪かったって……」
「ち、違います! 何も出来なかった悔しくて……てか、泣いてなんかいません!」
「マジで気ぃ強ぇな……」
男は苦笑した。
いくつもの笑い方をする男だなと思った。
そういえばこの人の予定は大丈夫なのだろうか。人に言うだけあって、この男はデート帰りか何かなのだろうか、とまた詮索しかけて聡子は首を振る。人の予定なんてどうでもいいことだ。
「なあ、家はここから遠いのか?」
「あと、駅三つです」
ふうん、と男はそれを聞いて少し考えたふうな顔をし、
「……そうか。じゃあ嬢ちゃん、ついて来い」
聡子を促した。
「えっ」
男はすたすたと歩き出す。
彼について行くと、着いたのはタクシー乗り場だ。
「タクシーに乗って帰れ」
「えっ、そんなお金ないし、終バスで帰るんで!」
「送ってやりてぇとこだけど、俺はこれからまだ予定あるからよ」
悪いな、と彼は困った顔をしながら言った。
「予定? デート……とかですか?」
「いや……あー……まあ、そんなとこだと思っとけ」
男はニヤニヤと笑い出した。
「今日はクリスマスイブだぞ? 一体どれだけの男と女が」
「も、もう言わなくていいです!」
「あの痴漢のおっさんもさ、愛し合う相手がいないんだろうよ」
「だからってわたしに痴漢してもどうしようもないでしょう」
気持ち悪さに身震いをした。
「それもそうだな」
「です」
「悪いな、送ってってやりてえけど、女待たせてるんだ。あんたがオレの相手してくれるならあんたに乗り換え……と思ったけど、高校生のガキ相手じゃあ捕まるな」
「はいっ!?」
何を言っているんだろう、と聡子の脳内には無数のクエスチョンマークが浮かんだ。
(下品な男!)
「それより、いいから来い」
一台のタクシーが扉を開けてくれると、聡子はタクシーに押し込まれた。
彼は運転手に一万円を渡すと、
「この子、三つ先の駅近くの家らしいから、その辺りまで頼む。近くまで言ったら家を確認して付近まで乗せてやってほしい」
そう言った。
「えっえっ、待って待って、バスが」
「じゃあな」
男は聡子の頭をぽんぽんと軽く叩き、ドアから離れた。
(子供扱いして……)
そして手を振られた。
(あっ……そうだ! ハンカチ……)
もし会うことがあったら返そうとずっと持っていたハンカチの存在を思い出し、ため息をついた。
「取りあえず今のお兄さんの言うとおりで大丈夫ですか?」
「えっ……っと……あ、はい、お願いします」
聡子は頷いた。
(ハンカチと一万円……借りちゃったよ……)
あのヤクザの人、ヤクザなのに親切だな、と聡子は思った。
そして、
(あんな強面の人でも恋人いるなんて、不公平だ)
と聡子は思った。
(ちょっとだけ親切な人だな……。でも、お金はちゃんと返さなきゃ……だってあの人はヤクザ! ろくなお金じゃないはずだから)
きっとまた会うような気がした聡子だった。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました
utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。
がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる