大人の恋愛の始め方

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【第1部】2.再会

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「本当にありがとうございました」
「気が強い嬢ちゃんでも、やっぱあんな目に遭ったら辛いわな」
「……助かりました」
「おいおい泣くなよ」
「もう泣きません」
 泣きそうになったが、ぐっと堪える。
 弱みを見せてなるものか、といったふうに。
「バイト帰りか?」
「……はい」
「にしては遅いな」
「今日はお客さんが多かったのと、バイトの人数が少なくて」
「ふーん……。ああ、そうか、クリスマスイブだもんな。みんなデートの予定か。それで嬢ちゃんがイブにバイトか」
「……はい」
 なんだか馬鹿にされているような気がしなくもない。
「で、自分の彼氏は? 彼氏よりバイト優先か?」
「…………」
「そんだけ気が強けりゃ彼氏いないんだろうな」
「かっ……彼氏くらい……」
「あ? いるのか」
 腹が立つくらい、驚いた顔をしている。
「……いませんね」
「だろうな」
 彼はなぜかクククと笑った。
(やっぱり馬鹿にされてる)
 失礼な奴だ、と聡子は思ったが、助けてもらった手前そんなことは言えない状況だった。
「気が強い嬢ちゃんだし? 男も逃げてくか?」
「ど、どうせモテませんし」
「ふうん……そうか? 黙ってりゃ結構いけると思うけどなあ」
 男は聡子を見下ろし、納得いかないような顔をしている。
「慰めですか」
「そういうつもりもねえけど」
 この男に慰められても嬉しくも何ともない。
 今日はデートがあると言って、シフトに入れない大学生のバイトが何人かいて、聡子は「時給アップするから」という言葉に乗せられてシフトに入ったのだ。まあどちらにせよ今日はシフトに入っていた日だ。
(ほんとに彼氏いないからいいけど)
 この人がたまたま電車に乗っていたから助かったんだもんな、と聡子は男を見返した。でなければ足が竦んだままずっと耐えていたかもしれない。
 そもそもこの人がわたしを助ける義理なんてなかっただろうに。
(そういえばこの人……今日は一人なのかな、クリスマスイブなのに)
 わたしのことは馬鹿にしておいて、と聡子は男を見上げた。
「あのう……本当にありがとうございました」
「いいよ、別に何度も言わなくてもちゃんと伝わってるからよ」
 彼はにっと笑う。
 先ほどの馬鹿にされたような笑い方と違って、優しい笑い方だった。
「店じゃ勢いよかったけど、今日はさすがにそんなことはなかったか?」
 もし痴漢に遭ったなら、きっと咄嗟の対応が出来ると思っていたが、実際自分がそんな目に遭っても何も出来なかった。しかもこの男がいなかったら、もっとイヤな思いをしていたことだろう。
 聡子の目にじわりと涙が浮かぶ。
「お、おい、泣くなよ。悪かったって……」
「ち、違います! 何も出来なかった悔しくて……てか、泣いてなんかいません!」
「マジで気ぃ強ぇな……」
 男は苦笑した。
 いくつもの笑い方をする男だなと思った。
 そういえばこの人の予定は大丈夫なのだろうか。人に言うだけあって、この男はデート帰りか何かなのだろうか、とまた詮索しかけて聡子は首を振る。人の予定なんてどうでもいいことだ。
「なあ、家はここから遠いのか?」
「あと、駅三つです」
 ふうん、と男はそれを聞いて少し考えたふうな顔をし、
「……そうか。じゃあ嬢ちゃん、ついて来い」
 聡子を促した。
「えっ」
 男はすたすたと歩き出す。
 彼について行くと、着いたのはタクシー乗り場だ。
「タクシーに乗って帰れ」
「えっ、そんなお金ないし、終バスで帰るんで!」
「送ってやりてぇとこだけど、俺はこれからまだ予定あるからよ」
 悪いな、と彼は困った顔をしながら言った。
「予定? デート……とかですか?」
「いや……あー……まあ、そんなとこだと思っとけ」
 男はニヤニヤと笑い出した。
「今日はクリスマスイブだぞ? 一体どれだけの男と女が」
「も、もう言わなくていいです!」
「あの痴漢のおっさんもさ、愛し合う相手がいないんだろうよ」
「だからってわたしに痴漢してもどうしようもないでしょう」
 気持ち悪さに身震いをした。
「それもそうだな」
「です」
「悪いな、送ってってやりてえけど、女待たせてるんだ。あんたがオレの相手してくれるならあんたに乗り換え……と思ったけど、高校生のガキ相手じゃあ捕まるな」
「はいっ!?」
 何を言っているんだろう、と聡子の脳内には無数のクエスチョンマークが浮かんだ。
(下品な男!)
「それより、いいから来い」
 一台のタクシーが扉を開けてくれると、聡子はタクシーに押し込まれた。
 彼は運転手に一万円を渡すと、
「この子、三つ先の駅近くの家らしいから、その辺りまで頼む。近くまで言ったら家を確認して付近まで乗せてやってほしい」
 そう言った。
「えっえっ、待って待って、バスが」
「じゃあな」
 男は聡子の頭をぽんぽんと軽く叩き、ドアから離れた。
(子供扱いして……)
 そして手を振られた。
(あっ……そうだ! ハンカチ……)
 もし会うことがあったら返そうとずっと持っていたハンカチの存在を思い出し、ため息をついた。
「取りあえず今のお兄さんの言うとおりで大丈夫ですか?」
「えっ……っと……あ、はい、お願いします」
 聡子は頷いた。
(ハンカチと一万円……借りちゃったよ……)
 あのヤクザの人、ヤクザなのに親切だな、と聡子は思った。
 そして、
(あんな強面の人でも恋人いるなんて、不公平だ)
 と聡子は思った。
(ちょっとだけ親切な人だな……。でも、お金はちゃんと返さなきゃ……だってあの人はヤクザ! ろくなお金じゃないはずだから)
 きっとまた会うような気がした聡子だった。
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