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【第1部】1.出逢い
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「何してくれんだよ!」
突然店内に怒号が響き渡った。
レジ打ちをしていた聡子は、その声のほうを見やる。
「申し訳ございません!」
男性二人のテーブルの側で、茜が頭を下げていた。
「どうしてくれんだよ!?」
店内の客たちも一斉にそちらに注目した。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
聡子がレジ接客を終え、新しい乾いた布巾を手に、茜のいるテーブルに向かった。
茜が水の入ったグラスを倒したのか、水がテーブル上に零れていた。茜がその水を拭いている。
「お客様、申し訳ございません。お召し物を拭かせていただいてよろしいでしょうか」
聡子は申し出た。
テーブルには、茶髪に無精髭の男性、その向かいに金髪に眉の薄い男性が付いており、茜に怒鳴っているのは金髪のほうだった。茶髪のほうが金髪より年上に見える。どちらも少々強面だが、茶髪のほうは切れ長の目が昔の時代劇俳優のようで、金髪のほうはいかにも頭が悪そうな口元だ。
(うわー、なんかチンピラっぽいな)
「拭いてもどうしようもねえだろうがよ!? クリーニング代くらいもらわねえとしょうがねえよな!?」
金髪男の着ているワインレッドのジャケットを拭いていた聡子だったが、その手を止めて、男の顔を見返した。
「クリーニング代ですか」
「そうだよ。それくらいで勘弁してやるかって言ってんの。おまえ、責任者?」
「いえ、責任者ではございません」
「責任者出せや」
「生憎、責任者が不在でございます」
「じゃあ代わりの人間出せや」
金髪男は、聡子に対して明らかに舐めた態度になっている。
「代わり……わたしでは不足だと言うことですよね」
「ったりめぇだろうがよ!」
「では少しお待ちいただけますか」
聡子は側に立っている茜に、
「わたしが対応する」
と言ったあと、
「エリアマネージャーに連絡」
と指示を出した。
茜は頷き、頭を下げてその場を去った。
今の時間は、店長も副店長もいない。店長は近隣の店舗を掛け持ちしており、今日は別の店舗に入っているはずだ。副店長は、聡子がシフトに入って少しした後に帰宅した。今頃自宅にいるはずなのだが。
エリアマネージャーに判断を委ねるしかない。緊急時には連絡をしていいと聞いているからだ。
「責任者に連絡を取りますのでお待ちいただけますか」
「あ? さっさとしろよ? こっちだって忙しいんだからな。おまえらみたいな雑魚、うちの会長なら一捻りだわ」
(会長? なんの会長? 生徒会長とかそんな狭いレベルじゃないか)
「申し訳ございません」
聡子は頭を下げた。
「くそブスが」
(はあ!?)
なんで初対面のあんたにブス呼ばわりされなきゃいけないわけ、と聡子は内心湧き上がる怒りを必死で抑える。
「飯がまずくなるわ」
「申し訳ありません、ブスは生まれつきなので、どうすることもできませんが、だからと言って、この顔のせいでお客様にご迷惑をおかけしたことはございません」
「……なっ!?」
「まずくなるとおっしゃるのでしたら、他の美人の揃ったお店のほうがよろしいかと思います」
売り言葉に買い言葉、聡子の怒りのバロメーターがどんどん上がっていく。
(ん?)
聡子は金髪男の左手の袖口に視線が行った。
(刺青? タトゥー?)
手首の辺りに刺青のようなものが見えた。どうやら本物のチンピラのようだ。
金髪は腹を立てているようで、聡子の顔を睨み付ける。
「あの、お客様、ちょっとよろしいでしょうか」
聡子は、
「申し訳ありませんが、そもそも当店は、反社会的勢力に関わりのある方の入店をお断りしております」
と高らかに告げた。
「なんだとてめぇ!? 誰に口利いてんだ! おまえごとき一瞬で殺せるんだからな! こっちを誰だと思ってんだ、神崎組を敵に回したらどうなるかわかってんのかァ!?」
金髪男は、茶髪男の手元のグラスを取ると、聡子の頭から水をかけた。
小さく悲鳴が店内から漏れてくるのが聞こえた。
「オレは客だぞ。責任者呼んでこいや!」
聡子はキッと相手を睨む。
「先ほど『少々お待ちいただけますか』と申し上げましたが。てっきり了承していただいたのだと思っていたのですが、小学生レベルの日本語がご理解いただけなかったようで、誠に残念です」
「殺されてえのか」
「お望みならかまいません。こちらはたかだかただのバイトですので、一人いなくなっても換えがききますので、さほど影響はないかと思います。それよりも、お帰りいただいたほうがそちらさまはよろしいかと思いますし、こちらとしてはとーっても助かります。それとも警察沙汰のほうはよろしいでしょうか」
ぽたぽたと前髪から水が滴り落ちる。
バックヤードから慌ただしい物音が聞こえてくる。
警察呼ぼう、と客の誰かが言うのも聞こえてきた。
聡子の態度が慇懃無礼なのは自分でもよくわかっていた。しかし水を頭からかけられ、我慢ならなくなったのだ。これは相手が悪いのだ、そう自分に言い聞かせる。
お客様は神様ではないのだ。相手がヤクザだろうがチンピラだろうが。
聡子は金髪をまっすぐに見据えた。
金髪が何か言おうとした時、向かいに座っていた茶髪男が口を開いた。
突然店内に怒号が響き渡った。
レジ打ちをしていた聡子は、その声のほうを見やる。
「申し訳ございません!」
男性二人のテーブルの側で、茜が頭を下げていた。
「どうしてくれんだよ!?」
店内の客たちも一斉にそちらに注目した。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
聡子がレジ接客を終え、新しい乾いた布巾を手に、茜のいるテーブルに向かった。
茜が水の入ったグラスを倒したのか、水がテーブル上に零れていた。茜がその水を拭いている。
「お客様、申し訳ございません。お召し物を拭かせていただいてよろしいでしょうか」
聡子は申し出た。
テーブルには、茶髪に無精髭の男性、その向かいに金髪に眉の薄い男性が付いており、茜に怒鳴っているのは金髪のほうだった。茶髪のほうが金髪より年上に見える。どちらも少々強面だが、茶髪のほうは切れ長の目が昔の時代劇俳優のようで、金髪のほうはいかにも頭が悪そうな口元だ。
(うわー、なんかチンピラっぽいな)
「拭いてもどうしようもねえだろうがよ!? クリーニング代くらいもらわねえとしょうがねえよな!?」
金髪男の着ているワインレッドのジャケットを拭いていた聡子だったが、その手を止めて、男の顔を見返した。
「クリーニング代ですか」
「そうだよ。それくらいで勘弁してやるかって言ってんの。おまえ、責任者?」
「いえ、責任者ではございません」
「責任者出せや」
「生憎、責任者が不在でございます」
「じゃあ代わりの人間出せや」
金髪男は、聡子に対して明らかに舐めた態度になっている。
「代わり……わたしでは不足だと言うことですよね」
「ったりめぇだろうがよ!」
「では少しお待ちいただけますか」
聡子は側に立っている茜に、
「わたしが対応する」
と言ったあと、
「エリアマネージャーに連絡」
と指示を出した。
茜は頷き、頭を下げてその場を去った。
今の時間は、店長も副店長もいない。店長は近隣の店舗を掛け持ちしており、今日は別の店舗に入っているはずだ。副店長は、聡子がシフトに入って少しした後に帰宅した。今頃自宅にいるはずなのだが。
エリアマネージャーに判断を委ねるしかない。緊急時には連絡をしていいと聞いているからだ。
「責任者に連絡を取りますのでお待ちいただけますか」
「あ? さっさとしろよ? こっちだって忙しいんだからな。おまえらみたいな雑魚、うちの会長なら一捻りだわ」
(会長? なんの会長? 生徒会長とかそんな狭いレベルじゃないか)
「申し訳ございません」
聡子は頭を下げた。
「くそブスが」
(はあ!?)
なんで初対面のあんたにブス呼ばわりされなきゃいけないわけ、と聡子は内心湧き上がる怒りを必死で抑える。
「飯がまずくなるわ」
「申し訳ありません、ブスは生まれつきなので、どうすることもできませんが、だからと言って、この顔のせいでお客様にご迷惑をおかけしたことはございません」
「……なっ!?」
「まずくなるとおっしゃるのでしたら、他の美人の揃ったお店のほうがよろしいかと思います」
売り言葉に買い言葉、聡子の怒りのバロメーターがどんどん上がっていく。
(ん?)
聡子は金髪男の左手の袖口に視線が行った。
(刺青? タトゥー?)
手首の辺りに刺青のようなものが見えた。どうやら本物のチンピラのようだ。
金髪は腹を立てているようで、聡子の顔を睨み付ける。
「あの、お客様、ちょっとよろしいでしょうか」
聡子は、
「申し訳ありませんが、そもそも当店は、反社会的勢力に関わりのある方の入店をお断りしております」
と高らかに告げた。
「なんだとてめぇ!? 誰に口利いてんだ! おまえごとき一瞬で殺せるんだからな! こっちを誰だと思ってんだ、神崎組を敵に回したらどうなるかわかってんのかァ!?」
金髪男は、茶髪男の手元のグラスを取ると、聡子の頭から水をかけた。
小さく悲鳴が店内から漏れてくるのが聞こえた。
「オレは客だぞ。責任者呼んでこいや!」
聡子はキッと相手を睨む。
「先ほど『少々お待ちいただけますか』と申し上げましたが。てっきり了承していただいたのだと思っていたのですが、小学生レベルの日本語がご理解いただけなかったようで、誠に残念です」
「殺されてえのか」
「お望みならかまいません。こちらはたかだかただのバイトですので、一人いなくなっても換えがききますので、さほど影響はないかと思います。それよりも、お帰りいただいたほうがそちらさまはよろしいかと思いますし、こちらとしてはとーっても助かります。それとも警察沙汰のほうはよろしいでしょうか」
ぽたぽたと前髪から水が滴り落ちる。
バックヤードから慌ただしい物音が聞こえてくる。
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聡子の態度が慇懃無礼なのは自分でもよくわかっていた。しかし水を頭からかけられ、我慢ならなくなったのだ。これは相手が悪いのだ、そう自分に言い聞かせる。
お客様は神様ではないのだ。相手がヤクザだろうがチンピラだろうが。
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