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5.大人男子✕大人女子
3.
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武内慶太とは部署が違うため、そう頻繁に会うこともない。
庁舎内でもわざわ出向かないと会えるものでもない。
(里紗ちゃんとデートしたんだろうか……)
気になる。
里紗本人に訊けばいいのだろうが、それができないからこうしてうじうじしているのだ。
《今日、行ってもいい?》
里紗にメッセージを送る。
すぐには返事は来ない。
彼女は急がしいのだ。
《いいよ》
海が仕事を終える頃には返事が入っていた。入っていたことに気付かなかった。
《もうすぐ終わるから、行くね》
慌てて返信をしておいた。
きっと里紗もまだ勤務中のはずだ。
少し残業をすることになったが、仕事を切り上げて、里紗のアパートに向かった。手土産にビールを持って行くが、海は飲むつもりはない。明日も仕事だし、車の運転をして帰らないといけないので、あくまでも手土産用だった。
公園の駐車場に停めて、里紗のアパートに行く。
インターホンを鳴らすと、里紗が出迎えてくれた。
「お疲れ」
「里紗ちゃんもお疲れ。はい、これどうぞ。飲みたいときに飲んで」
「いつもありがとう」
里紗は食事を用意してくれていた。
「この匂いはシチュー?」
「当たり」
「俺、里紗ちゃんのシチュー好き」
「そう? でも相変わらず市販のルーだけどね」
「里紗ちゃんのシチュー、じゃがいもが大きいんだよね。人参は小さいのに」
海の家で出てきたシチューとは野菜の大きさが違うのだ。例え市販のルーでも、入れる野菜によって味が変わるのでは、と海は思っていた。
子供の頃、一人で留守番をしている海を誘って、里紗が自宅に呼んでくれた。里紗の母も看護師で、家にいる日いない日があったが、里紗が簡単なものは作れると言って用意してくれたことがあったのだ。
自分の母のシチューより、里紗のシチューのほうが思い入れがあるし、好みだった。
「人参が小さい理由、わかる?」
「なんだろう、わかんないな」
「海君が、人参が嫌いって言うから、海君に食べさせてあげるときは小さく切ってたんだよ」
「嘘」
「ホント。知らなかった?」
うん、と海は頷いた。
今でこそ人参が嫌いではなくなったが、子供のころは人参が苦手で、カレーもシチューも大きい人参は避けていたものだ。
まさか自分のせいで、里紗のシチューの人参が小さくされていたとは思わなかった。
「俺ももう大人だし、今はちゃんと食べるよ。まあ、グラッセとかは好き好んでは食べないけどさ……」
ふふふっ、と里紗は笑った。
(子供扱いされてる……)
少しだけムッとしたが、過去の事実なので仕方がないと思った。
シチューをごちそうになり、後片付けは海がした。何もしなくていいと言われるが、お相伴に預かっておいて何もしないのは申し訳ない。昔から、里紗の家でごちそうになった時は、皿洗いをしたり、手伝いをしたものだ。
里紗と食事を済ませ、一息つく。
「里紗ちゃんは、明日も仕事?」
「うん。明日も日勤」
「そっか」
夜勤のシフトの前には休みがあると聞いているが、まだ夜勤ではないようだ。
「なあに?」
「いや、ただ訊いてみただけ」
「そう?」
「うん」
二人はテレビのほうを向いた。
クイズ番組が放送されている。
難しい問題を、サッと答える高学歴芸人が出演している。アイドルだったり俳優だったり、よくあんな難しい漢字がよめるなと感心している。
珍回答には、二人でケラケラと笑った。
「ねえ……里紗ちゃん」
「ん?」
「武内さんと、連絡取ってるの?」
年上同期の男の名前を出した。
彼女は動揺することもなく、
「うん、たまに連絡来るよ」
そう答えた。
「同期なんでしょ?」
「うん、でも部署違うから全然会わない。あの日も、先輩が連れてきたメンツだし」
「そうなんだ」
「で……どこかに一緒に行った?」
「行ってないけど、なんで?」
「訊いてみただけ」
そう、と里紗は相槌を打った。
二人はまたテレビに向き直った。
海は里紗の横顔を眺めながら、少しずつ距離を詰めていく。
「どうしたの?」
里紗の手に自分の手を重ねた。
顔を寄せ、キスをする。
彼女は目を閉じ、海のキスを受け止めた。
耳にキスをし、
「セックス、しよ」
と囁いた。
「ごめん」
いつもと違う反応だった。
「え」
「ごめん。もうしない」
「なんで」
明らかに拒絶されている。
今キスはしたのに。
駄目と言いながら最終的に海を受け入れてきた里紗とは様子が違う。
「もう、やめよう。こんなの」
「どうして?」
「言わなきゃと思ってたんだ。いつまでもこんなことしてたら海君の彼女に悪いし」
「いないよ!」
「今はいなくても、出来るでしょ? 幼馴染なのにセフレっておかしいよ」
頭をガツンと殴られたような気分だった。
いつか言われるかもしれないという恐怖はあったが、求める前に拒否をされるとは思わなかった。
「なんで……里紗ちゃん、彼氏できたの」
「いないよ」
「武内さんと付き合うつもり?」
「なんで武内さんが出てくるの、付き合うどころか会ってもないのに」
「会ったら付き合う?」
「そんなのわからないよ、今の段階じゃ」
急にどうしてそんなことを言うのだろう。
海が求めれば、同じように求めてくれたのは気のせいだろうか。
身体だけの関係とはわかってはいるが、それなりに彼女の快楽を得てくれていたのではないのだろうか。
(なんで……)
「ね、もうやめよう。それに、こんなことして、幼馴染にも戻れないから。会うのもやめよう」
「…………」
里紗は立ち上がり、キッチンに向かった。
お茶を入れ直すと言って。
「わかった」
海は立ち上がり、里紗を追ったあと背後から抱き締めた。
「最後にするから、しよ」
「…………」
「お願い」
里紗の髪にキスをした。
「……わかった。ほんとに最後にしてね?」
「うん」
庁舎内でもわざわ出向かないと会えるものでもない。
(里紗ちゃんとデートしたんだろうか……)
気になる。
里紗本人に訊けばいいのだろうが、それができないからこうしてうじうじしているのだ。
《今日、行ってもいい?》
里紗にメッセージを送る。
すぐには返事は来ない。
彼女は急がしいのだ。
《いいよ》
海が仕事を終える頃には返事が入っていた。入っていたことに気付かなかった。
《もうすぐ終わるから、行くね》
慌てて返信をしておいた。
きっと里紗もまだ勤務中のはずだ。
少し残業をすることになったが、仕事を切り上げて、里紗のアパートに向かった。手土産にビールを持って行くが、海は飲むつもりはない。明日も仕事だし、車の運転をして帰らないといけないので、あくまでも手土産用だった。
公園の駐車場に停めて、里紗のアパートに行く。
インターホンを鳴らすと、里紗が出迎えてくれた。
「お疲れ」
「里紗ちゃんもお疲れ。はい、これどうぞ。飲みたいときに飲んで」
「いつもありがとう」
里紗は食事を用意してくれていた。
「この匂いはシチュー?」
「当たり」
「俺、里紗ちゃんのシチュー好き」
「そう? でも相変わらず市販のルーだけどね」
「里紗ちゃんのシチュー、じゃがいもが大きいんだよね。人参は小さいのに」
海の家で出てきたシチューとは野菜の大きさが違うのだ。例え市販のルーでも、入れる野菜によって味が変わるのでは、と海は思っていた。
子供の頃、一人で留守番をしている海を誘って、里紗が自宅に呼んでくれた。里紗の母も看護師で、家にいる日いない日があったが、里紗が簡単なものは作れると言って用意してくれたことがあったのだ。
自分の母のシチューより、里紗のシチューのほうが思い入れがあるし、好みだった。
「人参が小さい理由、わかる?」
「なんだろう、わかんないな」
「海君が、人参が嫌いって言うから、海君に食べさせてあげるときは小さく切ってたんだよ」
「嘘」
「ホント。知らなかった?」
うん、と海は頷いた。
今でこそ人参が嫌いではなくなったが、子供のころは人参が苦手で、カレーもシチューも大きい人参は避けていたものだ。
まさか自分のせいで、里紗のシチューの人参が小さくされていたとは思わなかった。
「俺ももう大人だし、今はちゃんと食べるよ。まあ、グラッセとかは好き好んでは食べないけどさ……」
ふふふっ、と里紗は笑った。
(子供扱いされてる……)
少しだけムッとしたが、過去の事実なので仕方がないと思った。
シチューをごちそうになり、後片付けは海がした。何もしなくていいと言われるが、お相伴に預かっておいて何もしないのは申し訳ない。昔から、里紗の家でごちそうになった時は、皿洗いをしたり、手伝いをしたものだ。
里紗と食事を済ませ、一息つく。
「里紗ちゃんは、明日も仕事?」
「うん。明日も日勤」
「そっか」
夜勤のシフトの前には休みがあると聞いているが、まだ夜勤ではないようだ。
「なあに?」
「いや、ただ訊いてみただけ」
「そう?」
「うん」
二人はテレビのほうを向いた。
クイズ番組が放送されている。
難しい問題を、サッと答える高学歴芸人が出演している。アイドルだったり俳優だったり、よくあんな難しい漢字がよめるなと感心している。
珍回答には、二人でケラケラと笑った。
「ねえ……里紗ちゃん」
「ん?」
「武内さんと、連絡取ってるの?」
年上同期の男の名前を出した。
彼女は動揺することもなく、
「うん、たまに連絡来るよ」
そう答えた。
「同期なんでしょ?」
「うん、でも部署違うから全然会わない。あの日も、先輩が連れてきたメンツだし」
「そうなんだ」
「で……どこかに一緒に行った?」
「行ってないけど、なんで?」
「訊いてみただけ」
そう、と里紗は相槌を打った。
二人はまたテレビに向き直った。
海は里紗の横顔を眺めながら、少しずつ距離を詰めていく。
「どうしたの?」
里紗の手に自分の手を重ねた。
顔を寄せ、キスをする。
彼女は目を閉じ、海のキスを受け止めた。
耳にキスをし、
「セックス、しよ」
と囁いた。
「ごめん」
いつもと違う反応だった。
「え」
「ごめん。もうしない」
「なんで」
明らかに拒絶されている。
今キスはしたのに。
駄目と言いながら最終的に海を受け入れてきた里紗とは様子が違う。
「もう、やめよう。こんなの」
「どうして?」
「言わなきゃと思ってたんだ。いつまでもこんなことしてたら海君の彼女に悪いし」
「いないよ!」
「今はいなくても、出来るでしょ? 幼馴染なのにセフレっておかしいよ」
頭をガツンと殴られたような気分だった。
いつか言われるかもしれないという恐怖はあったが、求める前に拒否をされるとは思わなかった。
「なんで……里紗ちゃん、彼氏できたの」
「いないよ」
「武内さんと付き合うつもり?」
「なんで武内さんが出てくるの、付き合うどころか会ってもないのに」
「会ったら付き合う?」
「そんなのわからないよ、今の段階じゃ」
急にどうしてそんなことを言うのだろう。
海が求めれば、同じように求めてくれたのは気のせいだろうか。
身体だけの関係とはわかってはいるが、それなりに彼女の快楽を得てくれていたのではないのだろうか。
(なんで……)
「ね、もうやめよう。それに、こんなことして、幼馴染にも戻れないから。会うのもやめよう」
「…………」
里紗は立ち上がり、キッチンに向かった。
お茶を入れ直すと言って。
「わかった」
海は立ち上がり、里紗を追ったあと背後から抱き締めた。
「最後にするから、しよ」
「…………」
「お願い」
里紗の髪にキスをした。
「……わかった。ほんとに最後にしてね?」
「うん」
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