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4.一途男子×ツンデレ女子
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隆太は葵が大好きで大好きでたまらない。
「葵は俺の女房になるんだからな」
子供の頃からそんなことを言って、強引に葵を頷かせてきた。
「お嫁さん」だと言わないのは、工務店を経営している祖父や父の影響だった。祖父や父は、隆太の祖母や母のことを、つまりは自分の妻のことを「家内」や「女房」と言っていたからだ。「嫁」って言うのは間違いだからな、と祖父も父も言っていた。
「嫁っていうのは、息子の妻のことを言うんだ。だからじーさんが『わしの嫁』って言ったら、おまえの母さんのことだ。俺が『俺の嫁』って言ったら、おまえの結婚相手のことだからな」
間違っているんだ、と隆太は無意識に覚えていた。
「じゃあ、葵は俺の女房になるんだな」
「おうそうか、おまえの女房は葵ちゃんなのか」
「うん」
「葵ちゃん、うちの息子を頼むぞ」
「はいっ」
……小学生の頃はそれでよかった。
中学生になってからも……まあ、それでよかった。
しかし、高校生になってから葵はなんだか余所余所しい。
「なあ、葵、いつになったら俺とチューの先してくれるんだよー」
同じ高校に入って、葵に自分以外の男が寄ってこないようにと目を光らせていた。
「隆ちゃん、みんなが誤解するようなこと言わないでくれるかな。誰かに聞かれたらどうするの」
誰もいなくなった教室で、葵が当番日誌を書いているのを離れた所で見ている。
クラスの違う葵と一緒に帰りたくて、終わるのを待っていた。
「誤解って……俺が葵を好きなのはみんな知ってることだろ」
「そうかもしれないけどっ、みんなが隆ちゃんとわたしが付き合ってると思っちゃうよ」
「違うのか?」
「付き合ってない」
「えー……どうせ俺のもんになるのに?」
葵はイライラした表情で、
「あのね、昔は昔。今は今」
と声を低くして言った。
隆太の言動は葵の精神にダメージを与えているらしい。
「葵は俺のこと嫌い?」
「……っ」
葵の顔が赤くなる。隆太は席を立ち、葵の前に行き屈んで顔を覗き込んだ。
「嫌いじゃないでしょ? チューしたじゃん」
「……おままごとの時代の話でしょ。それ次言ったら殴るよ」
「俺ずっと、葵が好きって言い続けててるじゃん」
「隆ちゃんはそれでいいかもしれないけど!」
「良くはない。葵にも俺を好きって言わせなきゃいけないとは思ってる」
はああ、と葵は盛大に溜息をついた。
「もういいよ」
「いいの?」
隆太はニコニコ笑った。
「日誌書いた? じゃあ帰ろうよ」
「帰るけど、一緒に帰るとは言ってない」
「みんなに見られるのが嫌なんだろ? 俺が後ろを付いていくってことでさ」
葵は隆太と二人で帰るのが嫌のようだ。
恥ずかしいのかな、と勝手に思っていた。
二学期ももうすぐ終わる。
十二月ともなると、帰りは薄暗くなっていた。
「暗くなってきたからさ、俺がいると安心だろ?」
「……まあ、そうだね」
もう冬なのだと感じた。
頭一つ背の低い葵の隣──より半歩下がって隆太は歩いている。途中までは離れて歩いていたが、家が近くなってからはこの距離だ。
「葵、寒くない?」
「大丈夫」
「俺の手袋使えよ」
葵は防寒具を何も持っていなかった。
制服の上に薄手のコートを着ているが、手は素手だ。隆太はポケットに入れていた手袋を葵に渡した。
「いいよ、隆ちゃんが使ってよ」
「俺はいいよ、そんなに冷えてないし」
彼女の手を取り、
「葵のほうが冷たいよ。女の子は冷やしちゃいけないだろ」
と言う。
葵はびくりとしたが、振り払うことはしなかった。
「……ありがとう」
彼女は黒い手袋をはめた。
「ちょっとでも違うだろ。まあ、俺のダサイ手袋だけど」
「そんなこと、ない」
「ついでにほら」
俺のマフラーも、と自分の首からマフラーを取り、葵の首に巻いてやった。
「隆ちゃんが寒くなるじゃない……」
「俺はいいんだよ、体温高いしさ」
帰ろ帰ろ、と隆太は促した。
誰も見ていない所では、葵は素直に隆太の好意を受け取ってくれることが多かった。
(やっぱ照れてるのかな)
脈がないこともないはずなんだけどな、と隆太は思う。
中学生くらいまでは普通に話していた記憶がある。
高校生になって、しばらくしてから、少し距離を感じるようになったのだ。一年生の時も二年生もクラスは離れてしまったので、彼女に何かあったのかはわからないが。
「葵はこっち側」
歩道の道路側を歩いていた葵と、隆太は立ち位置を入れ替わった。
「ね、危ないからさ」
「……ありがと」
照れくさそうに笑うのが見えた。
これで手をつなげたらいいのにな、と隆太は思う。
(付き合ってないんだよな……。好きって言っても、葵は真剣だと思ってくれなくなった気がする)
俺は本気なのにな、と隆太はぼやいた。
葵の家の前に着くと、彼女は手袋とマフラーを返してきた。マフラーは、先程隆太がしたように、今度は葵が首に巻いてくれた。
「貸してくれてありがとう」
「うん、いいよ」
「明日から、ちゃんと持っていくね」
「忘れたら俺が貸すから言って」
「いいよ、別に。隆ちゃんに風邪ひいてほしくないし」
じゃあまたね、と葵が言うと、
「うん、またな」
隆太も手を上げて返した。
ドアを開けて彼女の姿が見えなくなるまで、隆太は見送る。
一度葵は振り返り、笑って軽く手を振ってくれるのだ。
その瞬間がとても好きだった。
自分のためだけに笑ってくれている気がするからだ。
「葵は俺の女房になるんだからな」
子供の頃からそんなことを言って、強引に葵を頷かせてきた。
「お嫁さん」だと言わないのは、工務店を経営している祖父や父の影響だった。祖父や父は、隆太の祖母や母のことを、つまりは自分の妻のことを「家内」や「女房」と言っていたからだ。「嫁」って言うのは間違いだからな、と祖父も父も言っていた。
「嫁っていうのは、息子の妻のことを言うんだ。だからじーさんが『わしの嫁』って言ったら、おまえの母さんのことだ。俺が『俺の嫁』って言ったら、おまえの結婚相手のことだからな」
間違っているんだ、と隆太は無意識に覚えていた。
「じゃあ、葵は俺の女房になるんだな」
「おうそうか、おまえの女房は葵ちゃんなのか」
「うん」
「葵ちゃん、うちの息子を頼むぞ」
「はいっ」
……小学生の頃はそれでよかった。
中学生になってからも……まあ、それでよかった。
しかし、高校生になってから葵はなんだか余所余所しい。
「なあ、葵、いつになったら俺とチューの先してくれるんだよー」
同じ高校に入って、葵に自分以外の男が寄ってこないようにと目を光らせていた。
「隆ちゃん、みんなが誤解するようなこと言わないでくれるかな。誰かに聞かれたらどうするの」
誰もいなくなった教室で、葵が当番日誌を書いているのを離れた所で見ている。
クラスの違う葵と一緒に帰りたくて、終わるのを待っていた。
「誤解って……俺が葵を好きなのはみんな知ってることだろ」
「そうかもしれないけどっ、みんなが隆ちゃんとわたしが付き合ってると思っちゃうよ」
「違うのか?」
「付き合ってない」
「えー……どうせ俺のもんになるのに?」
葵はイライラした表情で、
「あのね、昔は昔。今は今」
と声を低くして言った。
隆太の言動は葵の精神にダメージを与えているらしい。
「葵は俺のこと嫌い?」
「……っ」
葵の顔が赤くなる。隆太は席を立ち、葵の前に行き屈んで顔を覗き込んだ。
「嫌いじゃないでしょ? チューしたじゃん」
「……おままごとの時代の話でしょ。それ次言ったら殴るよ」
「俺ずっと、葵が好きって言い続けててるじゃん」
「隆ちゃんはそれでいいかもしれないけど!」
「良くはない。葵にも俺を好きって言わせなきゃいけないとは思ってる」
はああ、と葵は盛大に溜息をついた。
「もういいよ」
「いいの?」
隆太はニコニコ笑った。
「日誌書いた? じゃあ帰ろうよ」
「帰るけど、一緒に帰るとは言ってない」
「みんなに見られるのが嫌なんだろ? 俺が後ろを付いていくってことでさ」
葵は隆太と二人で帰るのが嫌のようだ。
恥ずかしいのかな、と勝手に思っていた。
二学期ももうすぐ終わる。
十二月ともなると、帰りは薄暗くなっていた。
「暗くなってきたからさ、俺がいると安心だろ?」
「……まあ、そうだね」
もう冬なのだと感じた。
頭一つ背の低い葵の隣──より半歩下がって隆太は歩いている。途中までは離れて歩いていたが、家が近くなってからはこの距離だ。
「葵、寒くない?」
「大丈夫」
「俺の手袋使えよ」
葵は防寒具を何も持っていなかった。
制服の上に薄手のコートを着ているが、手は素手だ。隆太はポケットに入れていた手袋を葵に渡した。
「いいよ、隆ちゃんが使ってよ」
「俺はいいよ、そんなに冷えてないし」
彼女の手を取り、
「葵のほうが冷たいよ。女の子は冷やしちゃいけないだろ」
と言う。
葵はびくりとしたが、振り払うことはしなかった。
「……ありがとう」
彼女は黒い手袋をはめた。
「ちょっとでも違うだろ。まあ、俺のダサイ手袋だけど」
「そんなこと、ない」
「ついでにほら」
俺のマフラーも、と自分の首からマフラーを取り、葵の首に巻いてやった。
「隆ちゃんが寒くなるじゃない……」
「俺はいいんだよ、体温高いしさ」
帰ろ帰ろ、と隆太は促した。
誰も見ていない所では、葵は素直に隆太の好意を受け取ってくれることが多かった。
(やっぱ照れてるのかな)
脈がないこともないはずなんだけどな、と隆太は思う。
中学生くらいまでは普通に話していた記憶がある。
高校生になって、しばらくしてから、少し距離を感じるようになったのだ。一年生の時も二年生もクラスは離れてしまったので、彼女に何かあったのかはわからないが。
「葵はこっち側」
歩道の道路側を歩いていた葵と、隆太は立ち位置を入れ替わった。
「ね、危ないからさ」
「……ありがと」
照れくさそうに笑うのが見えた。
これで手をつなげたらいいのにな、と隆太は思う。
(付き合ってないんだよな……。好きって言っても、葵は真剣だと思ってくれなくなった気がする)
俺は本気なのにな、と隆太はぼやいた。
葵の家の前に着くと、彼女は手袋とマフラーを返してきた。マフラーは、先程隆太がしたように、今度は葵が首に巻いてくれた。
「貸してくれてありがとう」
「うん、いいよ」
「明日から、ちゃんと持っていくね」
「忘れたら俺が貸すから言って」
「いいよ、別に。隆ちゃんに風邪ひいてほしくないし」
じゃあまたね、と葵が言うと、
「うん、またな」
隆太も手を上げて返した。
ドアを開けて彼女の姿が見えなくなるまで、隆太は見送る。
一度葵は振り返り、笑って軽く手を振ってくれるのだ。
その瞬間がとても好きだった。
自分のためだけに笑ってくれている気がするからだ。
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