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3.普通男子×地味女子
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桜井祐輝は、由衣の幼馴染で初恋の男の子だった。
小学校の卒業式の日、
「俺、引っ越すんだ」
そう言われた。
「えっ、中学校は?」
「由衣と同じ中学校には行けなくなった」
「そんな……」
「ごめん。今日まで言えなかった」
引っ越すことは決まっていたようだ。後から聞いた話では、父親が、祐輝の祖父の会社の後を継ぐことになったからだということだった。祐輝が中学に上がると同時に、祐輝の弟も小学校に入学するタイミングで、その時に引っ越すことにしていたらしい。家は元々は借家だったと由衣の両親が話していた。
「今までありがとう」
祐輝は淡々と言ったが、由衣は涙を流した。
行かないでとごねたくても、大人が決めた事情があるのだろうし、祐輝が駄々をこねたりしてもいない。自分が何も言うことはできない。
「祐ちゃん、また会える?」
「また会えるよ。俺が由衣に会いに来る、絶対に」
「わたしも、祐ちゃんに会いたい」
「じゃあ、由衣も会いに来いよ。電話するし。手紙書くからさ。どこかで会おう」
「絶対だよ」
「約束する。それに由衣は俺と結婚するんだろ」
「えっ……」
「約束しただろ」
小さい頃の話をまだ覚えている。
ままごとの時に、祐輝が由衣に可愛いプロポーズをしたことがあったが、それが十二歳になった今でもまだ有効だったのかと驚く。ただ……本当なら嬉しいと思った。
「うん、するよ」
「だから迎えに来る」
「わかった」
「待ってろ」
そう言ってそれ以来、会っていない幼馴染だ。
(祐ちゃん、全然会いにきてくれなかったなあ)
もう新しい友達と仲良くなって、わたしのこと忘れてるんだろうな。そう思ってきた。彼女も出来てるだろうし、と胸が痛んだ。
「春川さん、俺のことさっきからチラ見してる?」
彼はくすくすと笑った。
「えっ!? すみません、そんなつもりじゃなかったんですけど、見てましたか!? 不快でしたよね、ごめんなさい!?」
指摘をされ由衣は慌てて詫びた。
「そんなに焦らなくていいって。なんか俺狙われてんのかな? って思っただけ」
「ね、狙ってなんてないです! 地味なわたしがそんな身の程知らずな! そんな恐れ多い!」
「いやいや、俺何者なの」
「あは……はは……」
「それに春川さん、地味じゃないよ。可愛いと思うけどな」
「えええっ……」
恥ずかしくて、穴があったら入りたいとはこういうことを言うのだと思った。
男性に免疫のない由衣は、桜井が笑うだけで身体が強ばってしまう。
「何か飲む?」
「いえ、烏龍茶があるので」
「そっか。……ね、春川さん、なんでそんなに俺を見てたの。別に興味があるわけではなさそうだよね。こういう合コンとか好きそうじゃないし」
ズバリ、彼は当ててきた。
由衣は口を開き、正直に話した。
どうせもう会うことはないのだし、と。
「わたし……幼馴染の男の子がいたんですけど、桜井さんと、同姓同名だったのでびっくりしてしまって。本人なのかなと一瞬思って、そうなのかどうなのか確認しようと、つい見てしまいました。ごめんなさい」
「謝らなくてもいいけどさ。そうなんだ……で、俺は本人だった?」
「いえ……違うっぽいなと」
「……そう」
「幼馴染の男の子は、やんちゃ坊主だったし、よく日焼けした丸顔だったから、桜井さんとはちょっと違うなって」
「ふうん。春川さんはその子が嫌いだったの?」
彼は由衣の顔を覗き込んできた。由衣は少し仰け反り、首を振った。
「嫌いじゃ無いですよ。寧ろ……好きだったかな、と。初恋の男の子でしたし。悪戯をされたりもしましたけど、それは意地悪でなかったし、他の男の子からの意地悪からは守ってくれましたし。強くて優しくて、かっこよくて、頭も良くて、すっごく物知りで……子供心に頼りになる人だなって思ってました」
「へえー」
誰にも話したことのなかった思い出を、今、人に初めて話した。
胸の奥が温かい気持ちでいっぱいになった。
「課外実習の時、意地悪な男の子に崖から突き落とされて、落ちて怪我をしたことがあったんですけど、祐ちゃんが……あー、幼馴染の男の子なんですけど、祐ちゃんが探しに来てくれて。見つけてくれて、背中におんぶして助けてくれて、もうめちゃくちゃかっこよかったんです」
「そっか」
「ほかにもたくさんエピソードがあるんですよ。……あ、すみません、こんなこと聞きたくないですよね」
「いいよ、話してよ」
桜井は笑って促した。
祐輝の思い出を語るのが楽しくて、つい饒舌になってしまう。
「給食のデザートに出てきたみかん、わたしはすごく好きだったんですけど」
「俺も好きだったなあ」
「ですよね! 嫌いな人いないですよね!? そのみかん、わたしに意地悪する男の子が盗ってしまって……。なんで意地悪するんだろうって悲しかったんですけど、祐ちゃんが『食べろよ』ってくれて。祐ちゃんはわたしがみかんを好きって知ってたんですよね。でも祐ちゃんもみかんが好きなのを知ってたから遠慮したんです。そしたら、祐ちゃんが、それなら半分こしよう、って。もう、そういう優しい所も大好きでした」
「意地悪な男子って、春川さんが好きで意地悪してたんじゃない?」
「ええー、それはないと思います。本当にわたしが嫌いだったんだと。昔から地味で引っ込み思案で、おどおどしてたし、祐ちゃんに助けてもらってばっかりで、イライラしたんじゃないでしょうか……」
「幼馴染君も、春川さんが好きだったんだね。だからちょっかいかけてくる男子から守ってたんじゃない?」
「それも……今思えば、ないと思います。祐ちゃんにとっては、ただの幼馴染だっただけだと」
そうかなあ、と桜井は首を傾げた。
「ねえ、その意地悪男子って、中学に入ってもずっと意地悪だった?」
「うーん……意地悪は意地悪だったんですけど、六年生の時に、ケンカになってそれからはちょっと大人しくなったんですよね」
由衣はその時のことを思い出し、口にした。
小学校の卒業式の日、
「俺、引っ越すんだ」
そう言われた。
「えっ、中学校は?」
「由衣と同じ中学校には行けなくなった」
「そんな……」
「ごめん。今日まで言えなかった」
引っ越すことは決まっていたようだ。後から聞いた話では、父親が、祐輝の祖父の会社の後を継ぐことになったからだということだった。祐輝が中学に上がると同時に、祐輝の弟も小学校に入学するタイミングで、その時に引っ越すことにしていたらしい。家は元々は借家だったと由衣の両親が話していた。
「今までありがとう」
祐輝は淡々と言ったが、由衣は涙を流した。
行かないでとごねたくても、大人が決めた事情があるのだろうし、祐輝が駄々をこねたりしてもいない。自分が何も言うことはできない。
「祐ちゃん、また会える?」
「また会えるよ。俺が由衣に会いに来る、絶対に」
「わたしも、祐ちゃんに会いたい」
「じゃあ、由衣も会いに来いよ。電話するし。手紙書くからさ。どこかで会おう」
「絶対だよ」
「約束する。それに由衣は俺と結婚するんだろ」
「えっ……」
「約束しただろ」
小さい頃の話をまだ覚えている。
ままごとの時に、祐輝が由衣に可愛いプロポーズをしたことがあったが、それが十二歳になった今でもまだ有効だったのかと驚く。ただ……本当なら嬉しいと思った。
「うん、するよ」
「だから迎えに来る」
「わかった」
「待ってろ」
そう言ってそれ以来、会っていない幼馴染だ。
(祐ちゃん、全然会いにきてくれなかったなあ)
もう新しい友達と仲良くなって、わたしのこと忘れてるんだろうな。そう思ってきた。彼女も出来てるだろうし、と胸が痛んだ。
「春川さん、俺のことさっきからチラ見してる?」
彼はくすくすと笑った。
「えっ!? すみません、そんなつもりじゃなかったんですけど、見てましたか!? 不快でしたよね、ごめんなさい!?」
指摘をされ由衣は慌てて詫びた。
「そんなに焦らなくていいって。なんか俺狙われてんのかな? って思っただけ」
「ね、狙ってなんてないです! 地味なわたしがそんな身の程知らずな! そんな恐れ多い!」
「いやいや、俺何者なの」
「あは……はは……」
「それに春川さん、地味じゃないよ。可愛いと思うけどな」
「えええっ……」
恥ずかしくて、穴があったら入りたいとはこういうことを言うのだと思った。
男性に免疫のない由衣は、桜井が笑うだけで身体が強ばってしまう。
「何か飲む?」
「いえ、烏龍茶があるので」
「そっか。……ね、春川さん、なんでそんなに俺を見てたの。別に興味があるわけではなさそうだよね。こういう合コンとか好きそうじゃないし」
ズバリ、彼は当ててきた。
由衣は口を開き、正直に話した。
どうせもう会うことはないのだし、と。
「わたし……幼馴染の男の子がいたんですけど、桜井さんと、同姓同名だったのでびっくりしてしまって。本人なのかなと一瞬思って、そうなのかどうなのか確認しようと、つい見てしまいました。ごめんなさい」
「謝らなくてもいいけどさ。そうなんだ……で、俺は本人だった?」
「いえ……違うっぽいなと」
「……そう」
「幼馴染の男の子は、やんちゃ坊主だったし、よく日焼けした丸顔だったから、桜井さんとはちょっと違うなって」
「ふうん。春川さんはその子が嫌いだったの?」
彼は由衣の顔を覗き込んできた。由衣は少し仰け反り、首を振った。
「嫌いじゃ無いですよ。寧ろ……好きだったかな、と。初恋の男の子でしたし。悪戯をされたりもしましたけど、それは意地悪でなかったし、他の男の子からの意地悪からは守ってくれましたし。強くて優しくて、かっこよくて、頭も良くて、すっごく物知りで……子供心に頼りになる人だなって思ってました」
「へえー」
誰にも話したことのなかった思い出を、今、人に初めて話した。
胸の奥が温かい気持ちでいっぱいになった。
「課外実習の時、意地悪な男の子に崖から突き落とされて、落ちて怪我をしたことがあったんですけど、祐ちゃんが……あー、幼馴染の男の子なんですけど、祐ちゃんが探しに来てくれて。見つけてくれて、背中におんぶして助けてくれて、もうめちゃくちゃかっこよかったんです」
「そっか」
「ほかにもたくさんエピソードがあるんですよ。……あ、すみません、こんなこと聞きたくないですよね」
「いいよ、話してよ」
桜井は笑って促した。
祐輝の思い出を語るのが楽しくて、つい饒舌になってしまう。
「給食のデザートに出てきたみかん、わたしはすごく好きだったんですけど」
「俺も好きだったなあ」
「ですよね! 嫌いな人いないですよね!? そのみかん、わたしに意地悪する男の子が盗ってしまって……。なんで意地悪するんだろうって悲しかったんですけど、祐ちゃんが『食べろよ』ってくれて。祐ちゃんはわたしがみかんを好きって知ってたんですよね。でも祐ちゃんもみかんが好きなのを知ってたから遠慮したんです。そしたら、祐ちゃんが、それなら半分こしよう、って。もう、そういう優しい所も大好きでした」
「意地悪な男子って、春川さんが好きで意地悪してたんじゃない?」
「ええー、それはないと思います。本当にわたしが嫌いだったんだと。昔から地味で引っ込み思案で、おどおどしてたし、祐ちゃんに助けてもらってばっかりで、イライラしたんじゃないでしょうか……」
「幼馴染君も、春川さんが好きだったんだね。だからちょっかいかけてくる男子から守ってたんじゃない?」
「それも……今思えば、ないと思います。祐ちゃんにとっては、ただの幼馴染だっただけだと」
そうかなあ、と桜井は首を傾げた。
「ねえ、その意地悪男子って、中学に入ってもずっと意地悪だった?」
「うーん……意地悪は意地悪だったんですけど、六年生の時に、ケンカになってそれからはちょっと大人しくなったんですよね」
由衣はその時のことを思い出し、口にした。
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